社会のために何ができる?が見つかるメディア
キコニワ、グラツナなど障害に関わるコンテンツを発信し続ける株式会社方角の思い
- 株式会社方角の方山さんは「エキマトペ」のデザイン制作をきっかけに、障害者のための仕事をしようと決意
- 聴覚障害者と出会ったことで、当時者が抱える日常における困りごとが見えるように
- 1,000人に一人が興味を持つかもしれない。だから聴覚障害に関する情報発信を続けている
取材:日本財団ジャーナル編集部
2021年9月、JR巣鴨駅のホームに設置されると、途端に話題を集めた「エキマトペ(※)」。電車の発車ベルや駅員のアナウンス、電車のブレーキ音や走行音などをAIによって識別し、ディスプレイ上に文字や手話で視覚化する装置です。
- ※ こちらの記事も参考に:駅の「音情報」を視覚化する装置「エキマトペ」(別タブで開く)
「エキマトペ」の設置により、駅のホームでは実に多くの音が溢れているのを、聴覚障害者の方々が知ることになりました。
そんなエキマトペのデザインを手掛けたのは、株式会社方角(以下、方角)(外部リンク)で代表を務める方山(かたやま)れいこさん。方角では聴覚障害、視覚障害、盲ろう者(※)など障害者を複数人採用し、特に聴覚障害に関する情報発信に力を入れています。
- ※ 盲は視覚、ろうは聴覚に障害がある人を指し、盲ろう者は視覚と聴覚の障害を併せ持つ人を指す。
その一つが「キコニワ」(外部リンク)。これは「聴覚障害者のためのライフスタイルWEBメディア」で、聴覚障害の当事者や、それに近しいライターが、聴覚障害にまつわるさまざまな情報を発信しています。
他にも、聴覚障害者に特化した就労情報を配信する「グラツナ」(外部リンク)、世界のろう者・難聴者に関する情報をデータベース化した「WDDB(World Deaf Data Base)」(外部リンク)など、聴覚障害者に寄与するような仕事にも積極的に取り組んでいます。
方山さん自身は耳が聞こえる聴者です。当事者ではない方山さんが、聴覚障害に関する情報の発信に注力する理由はなぜでしょうか? その原体験や目指すべき未来について、お話を伺いました。
聴覚障害者のために、デザインの能力を活かしていきたい
――2021年、方山さんがデザインを手掛けた「エキマトペ」が大きな話題を集めました。
方山さん(以下、敬称略):ありがとうございます。エキマトペのプロジェクトリーダーは、大学時代からの知り合いでお声がけいただきました。実はそれまで聴覚障害に関することは一切やっていなかったんです。だから、エキマトペを作りながら、聴覚障害について一から勉強していきました。
結果、SNSを通じて、当事者の方々からたくさんご意見をいただきました。「いままで息子が言っていた駅の音がなんなのか分からなかったけれど、エキマトペのおかげで理解できた」「中途失聴者(※)になってからずっと活字の世界で生きてきたけど、エキマトペを見て世界が潤った」など……。そういった当事者の方々の声が本当にうれしくて。
それまでの私は、美大を卒業してデザイナーになって、なんとなくノリで会社まで立ち上げてしまったけれど、誰のためにデザインしているのかが見えてこず、考えても答えが出ませんでした。
でも、エキマトペの件があって、私は聴覚障害のある人たちのためにデザインの能力を活かしていこうと思えたんです。
それからも聴覚障害についての勉強は続けましたし、ご縁があり聴覚障害のある方をメンバーとして採用することになりました。
- ※ 病気や事故、加齢などが原因で、突発的、あるいは少しずつ聴力が低下したり、失ったりした人のこと
――当事者と接するようになってみて、気付くことはありましたか?
方山:正直、最初は不安もありました。でも、一緒に働いてみたらなんの問題もありませんでした。たとえ手話ができなくても、ちょっと工夫をすればコミュニケーションはとれるんですよ。それを知ってからは積極的に聴覚障害者を採用するようになって、いまでは会社にいるスタッフの8割が聴覚障害者です。社内だけを見ると、聴者のほうがマイノリティになっていますね。
――コミュニケーションにおける工夫とはどのような方法でしょうか?
方山:例えば聞こえる社員と聞こえない社員がやり取りするときはチャットを使えばいいですし、離れた場所にいる聞こえない社員同士はオンライン会議機能を利用して、手話で話しています。
いまの時代、いくらでも方法があるので、やり方次第ですよね。
「まずは自分たちのことを知ってもらいたい」という聴覚障害者の思い
――聴覚障害のある方々と出会ったことで見えてきたものがありましたか?
方山:そうですね。考え方は180度変わったと思います。それまでの私は障害に関して本当に無知でした。でも、聴覚障害者の方々と関わるようになって、課題が山積みなことに気付いて、とてもショックを受けたんです。
聞こえる人が前提のものが世の中にはたくさんあります。エレベーターが急に止まってしまったら、流れるのは音声アナウンスです。「聞こえない人たちはどうするんだろう?」と、聞こえないことによる日常生活での困りごとも、具体的に想像できるようになりました。
障害者の労働環境についても疑問があります。現状の障害者雇用って、採用した障害者には制限のある仕事しか任せなかったり、可能性を発揮できない環境しか用意していなかったりするんですよ。障害者であっても、障害のない人と遜色なく働ける環境を整備するのが、真の障害者雇用だと思っています。
だから、そういった就業に関する問題点を改善していく取り組みを始めなければいけないと考えているところです。
――方角では聴覚障害についての情報発信にも力を入れています。それは聴者にもっと理解してもらいたい、という思いがあるからでしょうか?
方山:そうですね。当事者の方と話していて思うのは、「世の中の人に自分たちのことをもっと知ってほしい」と感じている人が多いということです。
障害者雇用を考えているという企業の方とお話しする機会もよくあるのですが、その際も「働き方うんぬんの方法論よりも、一人一人のパーソナリティを理解することが大事ですよ」という話をしています。
ですので、私たちの方から知る機会を増やして、「聴覚障害? なんかあの記事で読んだことあるな……」という人を増やせればいいなと思っています。
――世界のろう者・難聴者に関するデータベースサイトWDDBを立ち上げたきっかけはなんでしょうか?
方山:2023年の夏に韓国で開催された「世界ろう者会議」に参加したことがきっかけです。
方山:そこには各国の聴覚障害者が2,000人くらい集まっていて、その一人一人に違いがあり、実に多様であることを痛感しました。
また、聴覚障害者を取り巻く状況について、世界から学ぶことはたくさんあるとも思いました。日本の聴覚障害当事者って、障害者手帳保持者に限定すると35万人くらいいるといわれているのですが、世界的に見ると4億6,000万人ほどいるんです。それってすごい数字じゃないですか。
そう考えると、世界中のさまざまな事例を知ることで、日本が次にすべきことも分かるはず。だから、その情報をデータベース化したい、聴覚障害について知ってもらいたい、そんな思いからWDDBを立ち上げました。
「アメリカの聴覚障害のマーケットはこれくらいか……」とWDDBを参考にしてもらい、商品開発が始まるような、聴覚障害周りの経済発展につながってほしいと思っています。
冷ややかに見ている非当事者を巻き込んでいくために
――聴覚障害者を取り巻く社会問題を解決するために、株式会社方角としてどう寄与できると考えていますか?
方山:デザインの力って無限大だと思うんです。例えば、情報発信一つとってみてもそうです。キコニワで発信していることって、正直、テキストにしてX(旧Twitter)に書き込むだけでも、「伝えた」とは言えるんですよ。
でも、ただテキストが並んでいるだけよりも、デザインに工夫を凝らすことで、もっと読んでもらえるかもしれません。だから、私は今後もデザインの力をあらゆる領域で活用していきたいんです。
――今後、より力を入れていきたいことはなんですか?
方山:聴覚障害に関する問題はたくさんあります。それを解決するためには、当事者と一緒に声を上げたり、パブコメ(※1)を出したりと、方法はいろいろありますが、方角の主たる役目はそこではないかなと考えています。
それは私が聴覚障害者ではないので、彼らの声を100パーセント理解して、一緒に声を上げることは難しいと思ったからです。
じゃあ、どういうアプローチができるか考えたときに、企業や学校、自治体が「障害者理解のために何かをしたい」ってなったときに、株式会社方角が「こういう形ならどうでしょう?」って、相談されるようなサポーターのような存在になりたいと思っています。
あと、もうちょっと大きな視点で取り組んでいきたいですね。これまで聴覚障害にスポットを当てて活動してきましたが、「なんでわざわざそんなことをしてるの?」と冷笑的な態度で見てくる人たちもいました。それにイラッとしてしまうこともあったんですけど、そういう人たちも巻き込んでいかないと、意識は変わっていかないでしょう。
サステナビリティと聞くと気候変動や脱炭素が思い浮かびますけど、DE&I(※2)や障害者雇用も持続可能な社会の要素に含まれているんですよね。だから、社会的に大きな流れであるサステナビリティ推進の文脈で、何か打ち出せることはないかなと、最近は考えています。
- ※ 1.パブリックコメント制度の略。行政機関が命令等を定めようとする際に、事前に広く一般から意見を募り、その意見を考慮することで、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図り、国民の権利利益の保護に役立てることを目的としている
- ※ 2.ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの略。人種や性別、年齢、障害の有無といった多様性を互いに尊重し、認め合い、公平性を重んじる、誰もが活躍できる社会づくりを指す
――多くの人が障害などマイノリティの情報に興味を持たないと、社会は変わっていきません。私たち一人一人ができることは何があるでしょうか?
方山:まずはキコニワを見てみてください。まさに、聴覚障害について情報をお持ちではない方々に向けたメディアでもあるので、そこから少しずつ知っていただければと思います。
仮に1,000人の聴者がキコニワを見たとしたら、そのうちの一人が「何かしてみよう!」と思ってくれるかもしれない。私はその可能性に賭けていますし、その割合を少しでも増やしていきたいです。
そもそも、誰もが自分の中にマイノリティ性を持っていると思うんですよ。ちょっと人と違う部分があるとか。自己分析をしてみて、自身のマイノリティな部分を理解する。そうすることで、他のマイノリティ性を持つ人にも、目を向けられるようになるのではないでしょうか。
編集後記
当事者ではないからこそ、社会に対してどんなアプローチができるのか。それをずっと考えてきた方山さんの言葉には、「確実にこの社会を変えてみせる」という覚悟が感じられました。
社会問題を解決しようとするとき、しばしば、当事者のマイノリティと非当事者であるマジョリティとの間に分断が生じることがあります。それを埋めるのは、方山さんのような存在なのかもしれません。
自分にできることを把握し、柔軟に対応していく。取材を通して、方山さんの姿勢を見習いながら、社会問題の解決について改めて考えてみたいと思いました。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
方山れいこ(かたやま・れいこ)
1991年生まれ。東京芸術大学大学院映像研究科修了後、デザイン制作会社、フリーランスを経て2021年に株式会社方角設立。「エキマトペ」「ミルオト」をはじめとしたインクルーシブデザインや、聴覚障害者のための求人サービス「グラツナ」や聴覚障害者が発信する情報WEBメディア「キコニワ」を展開する。従業員の5分の4に何らかの障害がある。第29回東京都主催Upgrade with Tokyoで優勝。
株式会社方角 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。