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漁師、仲買人、生鮮流通企業、研究者、水産庁から直接「水産業のいま」を学ぶ学生たち。3カ月後、レストランで料理を振る舞うプロジェクト「THE BLUE CAMP」って?
- 過去40年で日本の漁業生産量は3分の1以下に減少。水産資源危機が問題となっている
- 「THE BLUE CAMP」は次世代を生きる学生たちが、東京と京都のトップシェフ4名の伴走のもと、海の未来を考え学び、実践するプロジェクト
- 魚料理を食べながら、海洋や水産業の現状を知ることで、“自分の問題”として捉える機会になる
取材:日本財団ジャーナル編集部
「THE BLUE CAMP(ブルーキャンプ)」(外部リンク)は、学生がトップシェフと共に海と食の未来について学び、考え、実践するプロジェクト。
持続可能な海を目指し、啓発活動を行う一般社団法人「Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)」(外部リンク)が、日本財団「海と日本プロジェクト」(別タブで開く)の助成を受け、海や水産にかかわる次世代の人材育成を目的に立ち上げられたプロジェクトです。
全国から選ばれた学生は、3カ月の間に、海や漁業、流通を取り巻く現状を当事者から直接学び、最終プログラムでは学んだことを伝える場として、トップシェフのサポートを受け、期間限定のポップアップレストランをオープンします。
第2回となる2024年度は、東京チーム8名、京都チーム7名の計15名の学生が参加しました。
今回は、2024年8月に行われた東京でのポップアップレストランの模様を紹介します。さらに、「Chefs for the Blue」の代表理事で、フードジャーナリストの佐々木ひろこ(ささき・ひろこ)さんにもお話を伺いました。
「100年後も魚を食べ続けるには?」。答えが見いだせずメンバーは葛藤
2024年8月、6日間限定でオープンした「THE BLUE CAMP」のポップアップレストラン。
東京チームが運営する会場では、“海のいま、漁業のいま、流通のいま”に焦点を当て、「あおのいま」をテーマに考案されたメニューが振る舞われました。
会場には魚食の歴史、現在の海や水産を取り巻く現状を示す資料なども展示されていました。
漁港や「せり」の見学、定置網漁業者との交流など、さまざまなプログラムを通じて、水産業の流通の仕組みに触れたメンバーの多くは、「過去40年で日本の漁業生産量は3分の1以下に減少している」という事実を知り、驚いたといいます。
レストランでの食事が終了すると、メンバーの一人である安永和矩(やすなが・わく)さんは、「魚は無限にあるものではない」と、水産資源管理(※)の重要性について来店者に語り始めました。
- ※ 水産資源(魚)の維持や増大をして、より安定した漁業の経営を目指すこと。また、国際交渉を通じて、周辺水域の資源も維持、増大させること。参考:【解説】70年ぶりの「漁業法改正」をどう見るか |WWFジャパン(外部リンク)
「水揚げ量が減少している大きな原因として、地球温暖化や海洋汚染、乱獲などが挙げられます。一方で世界の漁業生産量は増えているんです。水産大国として知られるノルウェーでは、科学的な根拠に基づいた漁船あたりの漁獲枠を設定することで、資源管理に取り組んできました」
「今後も日本が持続的に漁業を行うためには、資源管理が必要です。『漁獲量を制限したら漁師さんの収入がなくなるのでは』という声もあります。しかし、このまま取り続けていけば、魚が全く取れなくなる未来というのもあり得るでしょう。漁業を継続させていくためにも、資源管理は重要なのです」
また、田中大輔(たなか・だいすけ)さんは、ポップアップレストランを通して何を伝えるか、メンバー間でも悩みながら議論を重ねたと続けます。
「『100年後も魚を食べ続けるためには』をテーマに意見を出し合いました。そのためにはまず『魚食文化』を伝えていくことが重要です。そして、魚食文化を伝えるためには、先ほどもお話したように、『資源管理』が必要です。そこで『一般の消費者が資源管理を意識するにはどうすればいいのだろうか』と考えました」
「2018年に70年ぶりに改正された漁業法に基づき、資源管理強化の取り組みが行われていますが、どんな魚を資源管理するのかを考え、生産者とやりとりをするのは、全て水産庁の役割です」
「消費者ができることを考えたときに、『エコ認証された漁業者が取った魚介類を選べばいいのではないか?』という話題になりました。しかし、漁業者がエコ認証を受けるためにはコストがかかる上、そもそもエコラベルに対して付加価値を感じる消費者は少ないのが現状です」
「『違法に取られた魚を買わない』という意見もありましたが、実は世界で漁獲される魚介類の内、3割は違法・無報告・無規制に行われる漁業(IUU漁業)で取られていると推定されていて、知らない内に違法に取られた魚介類を買ってしまっていることもあり得ます」
「最終的に、私たちは『100年後も魚を食べ続けるためにどうしたらいいか』という問いに対して、明確な答えを出すことができませんでした……」
最後に、「私たちが悩み、答えが見いだせなかったことをお客さまに伝えることで、海の現状を知っていただき、少しでも興味を持ってもらえたら」と訴えかけました。
「応援しています」は人事。一緒に同じ方向を向いて行動してほしい
――ここからは、「Chefs for the Blue」の代表理事である佐々木さんにお話を伺います。そもそも、「Chefs for the Blue」を立ち上げるきっかけはなんだったのでしょうか。
佐々木さん(以下、敬称略):数年前に漁業の現場への取材を通して、初めて魚が減少し続けている現状を知り、衝撃を受けました。このままではまずい、なんとかしなくてはいけないと、お付き合いのあったシェフたちに声をかけて、2017年に立ち上げた勉強会が「Chefs for the Blue」の活動の始まりです。
これまで生産者、流通、レストラン、消費者などさまざまな対象に向けて、日本の水産資源を守り、食文化を未来につなぐための啓発活動を行ってきました。
その中で、未来の海と一緒に生きていく次世代の方々と活動してみたいという思いから生まれたプロジェクトが「THE BLUE CAMP」です。
――「THE BLUE CAMP」では漁船に乗って定置網漁を間近に見学し、魚市場の視察、水産庁の方との対話など、さまざまな水産業の現場に触れ、レストラン研修を経て、ポップアップレストランではメニューの考案、調理、提供まで自分たちの手で行っています。このアイデアはどのようにして生まれたものでしょうか?
佐々木:さまざまな活動を続ける中で、水産サプライチェーン(※)はとても複雑で、全体を俯瞰できる人が少ないことが課題だと感じていました。
水産資源を未来に残すことを考えると、漁業者、流通業者、小売業者、消費者が互いに理解をして、同じ方向を向いて行動しなければなりません。
そのため、今回のプロジェクトでは、水産サプライチェーンの各所を直接見て、体験し、プレーヤーのみなさんと対話してもらうことを中心にプログラムを構成していきました。
- ※ ある製品が、原料の段階から消費者に至るまでの全過程のつながりのこと。参考:コトバンク(外部リンク)
佐々木:また、レストランは「メディア」であり、生産者と消費者とをつなぐことができる存在だと考えているんです。そんなさまざまな可能性を秘めた空間で、水産業を取り巻くさまざまなストーリーをお届けできたらと、プログラムの最終出口を「レストラン」としました。
――どんな学生から応募があったのでしょうか? また、印象に残っているエピソードはありますか?
佐々木:対象は高校生、専門学校生、大学生なのですが、各々学んでいる領域はさまざまです。生物としての魚が好きな人もいれば、食べ物としての魚が好きな人、食文化に興味があり、海を取り巻く問題に危機感を覚えている人、海についてもっと学びたいという農学部の学生など、本当にさまざまなんです。
2023年も2024年も、学生たちがよく口にしていたのが、「『応援しています』と言われるのが本当に嫌だ」という言葉でした。
「私たちは、当事者として海と向き合ってほしい、あなたに変わってほしいとメッセージを発信しているのに、『応援しています』と言われると、人事と思われているようで悔しい」、という声を聞きます。
――それを聞いて、佐々木さんはどのようにお話されましたか?
佐々木:人が意識や習慣を変えるには、まずは「知る」、そして「共感する」、さらにその一部の人が「応援する」。その次の次くらいに、ようやく「自分たちの行動を変える」というステップがあります。
これまでも「Chefs for the Blue」を通して啓発活動を続けてきましたが、どれだけの人を変えられたかと聞かれたら、心もとないです。
その上で、「たった2時間のレストラン体験で、『知る』『共感する』『応援する』の3つのステップを一気に上げたあなたたちはとても素晴らしくて、胸を張っていいんだよ!」と伝えました。
「人事と思われているようで悔しい」というのは、私たちも実感していることですし、とても重い言葉だと思います。
――お客さまの反響はいかがでしたか?
佐々木:学生たちの熱のこもったプレゼンに涙を流される方もいらっしゃいましたし、ある水産系の仕事に携わる方からは「これまで日本では資源の課題について注目されず、自分たちだけでなんとかしなければと必死で活動してきたが、次の世代にもこんなに考えてくれる人がいることに感動した」とお話しされていました。
ほかにも、「『知ってもらうことが一番重要』という言葉に感化され、身近にいる人に伝え、SNSでも発信してみました」「海資源の現状について一人でもでも多くの方に知ってもらえたらと、イベントで配布された冊子を、会う人会う人に見せています」など、実践されている方もいるようです。
課題解決の第一歩は、「知る」こと。そして「おいしい魚を食べる」こと
――毎年、さまざまな魚が不漁だ、豊漁だとニュースで取り上げられています。「Chefs for the Blue」の活動を通して、改めて感じる海の危機はありますか?
佐々木:活動を始めてから7年が経ちますが、年々温暖化が激しくなっているのを感じます。魚たちがどんどん北上するので、かつて北海道で取れていたものが全く取れなくなったり、温暖な地域で取れるとされてきたマンボウが、北海道で取れたりするといった話をあちこちで聞きます。
ずっと不漁だといわれていたサンマが、今年は豊漁だと話題になっていますが、安いからといって決して喜んでばかりはいられない状況です。
――日本人の「魚離れ」も問題視されています。海や水産業を取り巻く問題に興味を持ち、行動する人を増やすために、一人一人ができることはあるでしょうか?
佐々木:おいしい魚を食べていただくことが一番だと思っています。実は、今回参加したメンバーの中には、“魚嫌い”が2名いたのですが、プロジェクトを通して産地へ足を運び、おいしく調理された魚を食べたことで、2人とも大好きになったと話していました。
海や水産業を取り巻く課題を伝えようとするとき、「環境」をキーワードに進めようとすると高い壁がありますよね。
でも、「食」を入り口に「このおいしい魚を将来的にもずっと食べ続けるために、どうすればいいのか」と語りかけることで、多くの人にとって自分事として捉えやすくなるのではないでしょうか。
――「食育」にもつながりますね。今後も「THE BLUE CAMP」の活動は続きますか?
佐々木:はい、そのつもりです。10年続ければ、160名ほどの卒業生を輩出することになります。その160名を中心に、料理人やお世話になった漁業者さん、物流の現場の方など、水産業をつなぐコミュニティが広がり、社会を変えるきっかけになればと願っています。
編集後記
「THE BLUE CAMP」に参加した学生たちの「『応援している』と言われることが悔しい」という言葉に、ハッとさせられました。
ポップアップレストランでも語られていたように、魚は無限にあるものではなく、マグロやニホンウナギをはじめ、カツオ、サバ、スルメイカなど大衆魚として親しまれてきた魚の水揚げ量も年々減少しています。
いまや世界中で親しまれている日本の「魚食文化」を、100年後の未来につなぐために、私たちも「知る」ことから始められたらと思います。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
佐々木ひろこ(ささき・ひろこ)
一般社団法人Chefs for the Blue 代表理事。食やサステナビリティをテーマに国内外の取材・執筆を続けるジャーナリスト。日本で国際関係論、アメリカでジャーナリズム学と調理学、香港で文化人類学を学ぶ。2017年より東京・京都のトップシェフたちと共に持続的な海を目指す啓発活動に取り組み、水産資源を維持し食文化を未来につなぐことをミッションに、さまざまなプロジェクトを推進している。農林水産省 水産政策審議会(企画部会/資源管理分科会)特別委員。
THE BLUE CAMP 公式サイト(外部リンク)
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