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益子直美さんが主催するスポーツ大会「監督が怒ってはいけない大会」。子どもたちの成長に本当に必要な指導とは?

「監督が怒ってはいけない大会」は元バレーボール日本代表の益子直美さんが主催する、子どもたちのためのスポーツイベント
この記事のPOINT!
  • 「監督が怒ってはいけない大会」は、子どもたちが最大限に楽しむことを目的としたスポーツイベント
  • 試合中のプレーミスは怒ってはいけない。そのミスは、子どもにとってチャレンジである
  • ルールやマナー違反など怒る必要があるときは、きちんと理由を説明することが大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

厳しい指導によって子どもたちが強く成長していく。スポーツの現場にはいまだにそういった思い込みや考え方が強く残っています。しかし、ときには高圧的な指導が「アスリートの卵たち」を潰してきたのも事実。過去には、監督からの暴言や体罰、ハラスメントを苦に、自ら命を絶ってしまう悲しい出来事も起きています。

そんなスポーツの現場を変えようと奮闘しているのが、元バレーボール日本代表の益子直美(ますこ・なおみ)さんです。2015年に、理事を務める北川新二(きたがわ・しんじ)さん、北川美陽子(きたがわ・みよこ)さん夫妻と3人で「監督が怒ってはいけない大会」(別タブで開く)の活動をスタートさせ、全国各地で、子どもたちが伸び伸びとプレーできるバレーボール大会を開催してきました。

その活動が実を結び、2022年には、日本財団が主催する、社会貢献活動に取り組むアスリートや企業、団体を表彰するイベント「HEROs AWARD」(外部リンク)のアスリート部門を受賞しました。

そんな「監督が怒ってはいけない大会」とは、一体どういった大会なのか。2024年10月5日に長野県岡谷市で開催された、長野県の小学生チームによるバレーボール大会を訪問しました。

「監督が怒ってはいけない大会」ののぼりと優勝旗

スポーツマンとは「仲間を大切にし、他人から信頼される人」

大会の会場となったのは、諏訪湖のほど近くに位置する岡谷市民総合体育館。早朝から運動着姿の子どもたちが大勢集まります。みんな、開始の時間を今か今かとワクワクしている様子です。

そうして開会時間となり、子どもたちが大きな声で「益子さーん!」と呼ぶと、Tシャツ姿の益子さんが軽やかな足取りで登場しました。会場は大きな拍手で包まれます。

開会の挨拶のあと、今回の大会をサポートしてくれるアスリートが紹介されました。現役の選手であると同時に日本パラ水泳連盟のアスリート委員も務める久保大樹(くぼ・だいき)さんです。第一線で活躍する現役アスリートの登場に、会場はさらに沸きました。

大会の目的や「スポーツマンシップ」について説明する益子さん

まず行われたのが「スポーツマンシップセミナー」です。益子さんが子どもたちに「自分のことをスポーツマンだと思う人はいる?」と問いかけるも、手を挙げる子はほとんどいません。

益子さんの問いに答える子どもたち

益子さんが理由をたずねると「スポーツマンの意味が分からないから、手を挙げられなかった」「運動が苦手だからスポーツマンとは名乗れない」といった声がありました。

そもそも、スポーツマンとはどういう意味なのでしょうか。これには監督やコーチ、保護者も答えられません。

それを受けて、益子さんは話し始めます。

「日本のスポーツの現場は勝利至上主義過ぎます。だからスポーツマンにも強さや勝つことばかりが求められてしまう。でも、この大会ではそんな日本の定義は採用していません。ここで採用しているのはスポーツの発祥の国であるイギリスの定義、『スポーツマンとは、仲間を大切し、他人から信頼される格好いい人』です」

「スポーツにおいて格好いい人とは、他者にリスペクトを持てる人のこと。たとえ試合に負けたとしてもイライラしたり、相手の悪口を言ったりしない。また、マナーを守らなかったりする人も当てはまりません。スポーツの技術だけではなく、人間的に成熟していることが大切なんです」

そんな話を聞いた子どもたちからは、「後輩にやさしくして、プレー中もたくさん声がけをします」「相手のプレーも褒めて、自分と相手のチームを高め合っていきたい」といった宣言がなされました。

その後、参加する子どもや監督たちにリラックスしてもらうために、チーム対抗リレー走や、指導者によるバレーボールを使った的当てゲームなどのレクリエーションが開催されました。

レクリエーションの一環で行われたチーム対抗のリレー走
レクリエーションを楽しむ監督と子どもたち

プレー中のミスは子どもたちにとってのチャレンジ

子どもたちがレクリエーションで白熱している最中、場所を変えて行われたのは監督やコーチに向けた「アンガーマネジメントセミナー」です。

「アンガーマネジメント」とは、1970年代にアメリカで生まれたとされる、怒りの感情と上手に付き合うための心理教育、心理トレーニングのこと。集まった監督たちに向けて、益子さんは選手時代のことをこう振り返ります。

「私は監督に怒られるのが怖くて、バレーボールを心から楽しんだことがありませんでした。指導者に皆さんには、選手たちを萎縮させるのではなく、もしも子どもたちが良いプレーをしたらハイタッチしてあげたり、コートの中に入っていって褒めてあげたりと、どんどん勇気づけてあげてほしいんです」

監督やコーチに向けてアンガーマネジメントについて説明する益子さん
益子さんの話に真剣な眼差しで耳を傾ける監督やコーチの皆さん

もちろん、怒らなければいけないときもあります。

「例えば、ルールやマナーを守れなかったり、取り組む姿勢や態度が悪かったりしたときには、ちゃんと怒ってあげなければいけない。ただ、そんなときもきちんと理由を説明することが重要です。また、試合中のミスは怒ってはいけません。そのミスは子どもたちにとってのチャレンジですから、怒るのではなくアドバイスするようにしていただきたいです」

大切なのは怒る、怒らないの線引きをすること。とはいえ、いきなり実践できるものでもありません。どうすれば無用な怒りを鎮められるのか。冷静に子どもたちと向き合えるようになるのか。

益子さんは怒りのコントロールの仕方や、「ミスするな」を「思い切ってやれ」、「どうしてできないんだ」を「チャレンジしてみよう」など、ネガティブな言葉をポジティブな言い回しに変換する「ペップトーク(※)」といった具体的な技術について説明していきます。参加していた監督やコーチは、益子さんの言葉にうなずきながらも、これまでの指導方法について各々振り返っているようでした。

その後、昼食の休憩を挟み、いよいよ交流試合がスタートします。

  • もともとアメリカでスポーツの試合前に監督やコーチが、選手を励ましたり、鼓舞したり、集中力を高めたりするために使われるポジティブな言葉がけ。「PEP(ペップ」は「元気・活力・活気」といった意味

参加した子どもたち、監督の胸中に広がるもの

今回の大会に参加したのは計12チーム。ルールは大会名の通り、「監督やコーチは怒らないこと」。そして「参加する子どもが最大限に楽しむこと」「子どもたちも監督もチャレンジすること」を目標に、交流試合が行われました。

今大会の「監督は優秀」と益子さんも感心するほど、どのチームも、サーブやスパイクが決まると監督、コーチが立ち上がり、子どもたちとハイタッチをして盛り上がります。またミスによって失点したとしても怒るような場面は見られず、的確な言葉でアドバイスするなど、微笑ましくなるような様子があちこちで見られました。

伸び伸びと交流試合を楽しむ子どもたち

なかでも監督と子どもたちの一体感が素晴らしかったのは、チーム「上田ジュニア」。相手は長野県屈指の強豪チーム「湖南(こなみ)バレーボールクラブ」でしたが、上田ジュニアのメンバーは善戦を見せます。

終始押され気味ではあるものの粘り強く得点を重ねます。点を取るたびにハイタッチで盛り上がり、上田ジュニアのボルテージがどんどん上がっていくのが伝わってくるほど。結果、第1セットは湖南バレーボールクラブが取るものの、第2セットは接戦の末、上田ジュニアが取ることができました。

コーチをハイタッチする上田ジュニアのメンバー

メンバーも監督も大満足の結果に終わったようです。

試合後、子どもたちに感想を聞くと「点を決めたときに監督やコーチがハイタッチしてくれたので、うれしい気持ちになれた」「いつも怒られていたけど、今日はそれがなくて楽しくプレーできました」とうれしそうに話します。

取材に答えてくれた上田ジュニアの子どもたち

監督の関口大輔(せきぐち・だいすけ)さんにもお話を伺いました。

――得点が入るたびに立ち上がって喜んだり、ハイタッチをしたりと、監督も楽しもうとする姿が印象的でした。

関口監督「今日は子どもたちに喜んでもらおうとハイタッチしてみたんですが、そうするとこちらの気持ちも盛り上がってきて、『もっと、もっと、試合を楽しもう』という気持ちになりましたね。結果、子どもたちのテンションも上がっていって、強豪校からセットを取ることができました。自分たちでも、ものすごく驚いています(笑)」

今大会に参加した感想を話す関口監督

――今回の経験が今後の指導に活かせそうですか?

関口監督「アンガーマネジメントセミナーを受けてみて、いきなり怒るのはやめようと思いました。子どもたちそれぞれの良いところを見つけて、褒めて伸ばしていきたいですね」

一方、対戦相手だった湖南バレーボールクラブは実力者揃いのチームとあって、常に冷静で「勝つこと」を見据えた印象を受けました。

監督やコーチとハイタッチする湖南バレーボールクラブの子どもたち

ですが、試合後、メンバーからは「監督が怒らなかったので、いつもよりも伸び伸びとプレーできました」「相手のチームとお互いに盛り上がる場面もあって、楽しかったです」と笑顔で話します。

取材に答える湖南バレーボールクラブの子どもたち

実はこのチーム、2023年に行われた前回の長野大会にも参加していたそうです。チームを率いる監督・植松悟(うえまつ・さとる)さんは、そこで「怒らないこと」の大切さを実感したと言います。

――「監督が怒ってはいけない大会」に2年連続での参加ですね。

植松監督「1回目の開催が決まったときに、関係者の方から『湖南さんは強いチームだからぜひ参加してほしい』と声をかけられたんです。私たちが参加すれば、他のチームの参加意欲も高まるだろうとのことでした。結果、私自身、参加したことで大きな学びが得られましたね」

指導する上で大切なことを話す植松監督

――怒らない指導の大切さを感じたということでしょうか?

植松監督「もちろん、礼儀や、試合や練習の姿勢など、怒らなくてはいけない場面もあると思うんです。でもそんなときも『どうして怒るのか』をきちんと説明するようになりました。それと、プレーを楽しむことにもメリハリを意識しています。楽しむこととふざけることは意味が違うので、ほどよく緊張感を持ち、自分らしいプレーができることの楽しさを知ってもらいたいですね。ただ、ネガティブな言葉は言わないように気をつけています。チームを卒業した子たちからは、『いまの監督はめちゃくちゃ優しいじゃないですか』なんて言われるくらいです(笑)」

現役アスリートから見た「監督が怒ってはいけない大会」の意義とは

交流試合が終わると、いよいよ閉会式です。「最優秀応援賞」「スマイル賞」「ナイスチャレンジ賞」など、チームや個人を対象に益子さんから賞が授与され、最後に参加した全てのチームに表彰状が渡されました。

益子さんのその思いが届いたのか、閉会式を終えた子どもたちの顔には、達成感と充実感で溢れていました。

スポーツの現場で怒らないこと。これは子どもたちをただ褒める、優しく接するということではありません。大切なのはイギリスのスポーツマンシップにのっとって、子どもたちの主体性を育み、心から楽しんでスポーツに取り組む気持ちを伸ばしていくことです。

そんな大事なことを伝えた今回の長野大会。裏の立役者ともいえるのが、サポートアスリートとして参加した久保大樹さんです。積極的に子どもたちと交流し、試合では誰よりも大きな声で応援をする姿は、きっと多くの子どもたちの心を動かしたことでしょう。

ハイタッチして、子どもたちを励ます久保さん

久保さんにも胸中を伺いました。

――今大会に参加しようと思った理由を教えてください。

久保さん「実は『東京2020パラリンピック』に出場できなかったことがきっかけです。僕は病気の後遺症で体に軽い麻痺が残ってしまい、それからパラアスリートになったんですが、『東京2020パラリンピック』の直前に障害の等級が変わってしまったことで、出場を断念せざるを得ませんでした。そのことをきっかけに『勝利至上主義』について考えるようになり、勝ち負け以外にも大切なことがあるんじゃないかと思うようになったんです。そんな時に『監督が怒ってはいけない大会』と出会い、今回参加させていただきました」

「監督が怒ってはいけない大会」に参加したきっかけを話す久保さん

――久保さんもスポーツの現場におけるハラスメントは目にしてきましたか?

久保さん「たくさん見てきました。子どもの時に通っていたスイミングスクールでは体罰もありましたし、体が弱い子は退会させられてしまうこともありました。コーチは勝つことばかりを重視していたんですね。そういった中で育ったので、僕の中にも『勝利至上主義』の視点がいつの間にか根付いていました。試合に勝てない選手を見ると、『努力していないからできないんだろ?』と思ってしまってたんです。いま振り返ってみると、負の連鎖ですよね。そういう思考を持つアスリートが指導者になってしまうと、結局は同じように厳しい指導ばかりしてしまう。どこかで断ち切らないといけないんです」

――「断ち切る」という意味では、この大会に強い意義があるように感じます。

久保さん「そうですね。『怒らない』ことの意味を学んで、勝利至上主義から解放されていく指導者が増えていくといいなと思います」

――久保さんご自身の目標はありますか?

久保さん「パラ水泳の現場って、保護者がコーチを担うことも多いんです。そうすると、ついつい保護者も厳しくなってしまい、結果的に子どもたちが苦しむことになる。そして、やがては水泳自体が嫌いになってしまうんです。でも、それは悲しいことなので、保護者に向けたアプローチをしていきたいですね。少しでも水泳を好きでいてくれる子どもを増やしていきたいですし、その上で、最終的には共生社会を目指したいと思っています。いまの世の中『共生社会』や『多様性』という言葉がよく使われますよね……。でも、そんな言葉を使わなくても、当たり前にいろんな人たちと一緒に生きていける社会が理想です。ひとりのアスリートとして、水泳を通じてそういった社会の実現を目指していきたいです」

閉会式で、益子さんと一緒に子どもたちの頑張りを讃える久保さん

編集後記

スポーツ現場におけるハラスメントや体罰の根絶を目指す「監督が怒ってはいけない大会」。具体的にはどんな活動をしているのかを知るため、実際の大会に参加させていただきました。

そこで目にしたのは、子どもたちが笑顔でスポーツに取り組んでいる姿。それこそが本来のあるべき姿であることを実感しました。

同時に、アンガーマネジメントセミナーによって監督やコーチに対して理論的にアプローチしていくことの重要性も痛感しました。「怒ってはいけない」とただ伝えるのではなく、それはなぜ必要なのか、事例や方法も丁寧に伝えることで、スポーツ現場は変わっていくのかもしれないと感じました。

撮影:永西永実

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。

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