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子どもたちにスポーツを心から楽しんでもらいたい。「監督が怒ってはいけない大会」代表・益子直美さんの想い
- スポーツ現場での指導者による暴力・ハラスメントなどの相談件数は年々増加
- 気合いや根性を重んじる高圧的な指導では、子どもの主体性や自信が育ちづらい
- 自分の意思で取り組める環境をつくることが、子どもの健全な成長につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
部活やクラブなどで子どもたちが監督に怒鳴られながら練習——そんな風景を目にしたことがある人は少なくないと思います。
そんな高圧的な指導に対して、近年「ハラスメントなのではないか」「そこまで厳しくする必要があるのか」といった疑問の声が上がるようになってきました。スポーツ現場における体罰やハラスメントがようやく可視化され、問題視されるようになりました。
スポーツを「する」「みる」「ささえる」ための環境づくりを行うJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)に寄せられた、スポハラ(スポーツ・ハラスメント)に関する相談件数は、2022年度に373件、2023年度に485件と、連続で過去最多を記録しています。
こういったスポーツ現場の現状を変えるべく、立ち上がったのが、元バレーボール日本代表の益子直美(ますこ・なおみ)さんです。
現在理事を務める北川新二(きたがわ・しんじ)さん、北川美陽子(きたがわ・みよこ)さん夫妻の3人で「監督が怒ってはいけない大会」(外部リンク)の活動を2015年にスタートし、全国各地で、監督が怒らないことをルールに、子どもたちが伸び伸びとプレーできるバレーボール大会を開催しています。
2021年には一般社団法人化し、2022年には日本財団が主催する社会貢献活動に取り組むアスリートや企業、団体を表彰するイベント「HEROs AWARD」(外部リンク)のアスリート部門を受賞しました。
スポーツ現場におけるハラスメントや体罰は、「子どもたちにどんな影響を与えるのか」「そもそもどうしてそういった指導がなくならないのか」といったことについて、益子さんと北川新二さんにお話を伺いました。
「過剰な指導」によって、自らの命を絶つ子もいる
――スポーツの現場における暴力やハラスメントが大きく問題視されるようになったきっかけはあったのでしょうか。
益子さん(以下、敬称略):やはり、2012年に起きた「桜宮高校バスケ部(※)」の事件でしょう。キャプテンだった生徒が、監督からの体罰を苦に、自ら命を絶ちました。そこからスポーツ界が大きく動き出していったように感じます。でも、その後も同じような事件がたびたび発生しました。
そういうニュースを目にするたびに、私自身も紙一重だったのではないか、と思っていたんです。現役時代、バレーボールの練習でひどく追い詰められていました。それでも私はなんとか生き残って選手になれましたけど、途中でバレーボールから離れていく子もたくさんいたんですよ。
あのとき、私が動いていたら、そういう子たちを助けてあげられたのかもしれない。そんな呪縛にもとらわれてしまっています……。
- ※ 2012年12月23日に、大阪市立桜宮高等学校(現・大阪府立桜宮高等学校)2年のバスケットボールでキャプテンを務めていた男子生徒が、顧問の体罰を苦に自殺した事件
――そういう思いから「監督が怒ってはいけない大会」を立ち上げられたのですね。
益子:そうなんです。もともと、社会的に追い詰められている人たちの手助けがしたいという思いを持っていて。「監督が怒ってはいけない大会」を運営するようになる前は、ゲイの人たちのバレーボール大会を主催していたんです。
当時はまだLGBTQ(※)という言葉が一般的ではない頃で、ゲイの友だちに「僕たちは目指す大会がない」と言われた一言から大会をつくりました。カミングアウトすら難しい時代でしたけど、みんな楽しんでくれていましたね。
その大会が10年の節目を迎えたとき、北川さんから「次は小学生の子どもたちを対象にした大会を一緒にやりませんか」と声がかかって、この「監督が怒ってはいけない大会」を立ち上げたんです。
北川さん(以下、敬称略):妻(美陽子さん)が実業団のバレーボール選手だったこともあって、学生時代のハラスメントや体罰についてはよく聞いていました。暴言、暴力の嵐で、「バレーボールを辞めるのが目標だった」なんて言うんですよ……。
そんな中、私が暮らす福岡で、バレーボールのジュニアチームの活動に関わることになりました。ちょうど17年前の話です。現場を見たら、相変わらずのスパルタ指導が行われ、子どもたちの中には泣いている子もいたんですね。
昭和の時代から何も変わっていないわけです。これはどうにかしないといけないと悩んでいたときに、益子さんと出会って、私の方から「一緒にスポーツ界を変えませんか」とお声がけしました。
益子:でも、この活動を始めた当初はとにかく批判が多かった。
「お前だってそうやって成長したじゃないか」
「お世話になった監督を裏切るのか」
「そんな甘いことをやっているから、日本のスポーツ界はダメになるんだ」
そんなふうに、周りから散々言われました。
- ※ 「レズビアン」は女性の同性愛者、「ゲイ」は男性の同性愛者、「バイセクシャル」は両性愛者、「トランスジェンダー」は「身体の性」に違和感を持つ人、「クィア」は典型的とされる性の在り方に当てはまらない人を包括的に表し、「クエスチョニング」は自分の性自認や性的指向が定まっていない、もしくは意図的に定めていない人のことを指す。こちらの記事も参考に:LGBTQなど性的マイノリティを取り巻く問題。私たちにできること(別タブで開く)
――時代が変わっても、いわゆる「スパルタ指導」や「根性論」を支持する人は減らないのでしょうか。
北川:それでも10年前に比べれば、少しずつ改善されていると思います。ただ、私たちが動き出したのが早かったので、風当たりが強かったのかもしれません。
益子:そうですね。当初はそういった批判の声が怖くて、「監督が怒ってはいけいない大会」の活動について情報を発信することを、あまりできませんでした。でもようやく、こうして堂々と取材を受けられる空気ができてきたと思います。
ハラスメントによって子どもの主体性が育ちづらい
――そもそも、スポーツの現場でのハラスメントは子どもたちにどんな影響を与えるのでしょうか、
益子:あくまでも私が体験したことに基づいてお話ししますが、まずは子どもたちの主体性が育ちづらくなってしまうと感じます。誰かに指示されければ判断できない、行動することができないという状態になってしまうんです。
また、自信も持てなくなります。私は全日本の代表に選ばれて、エースになっても自信が持てなくて、練習や試合中も常に怯えていました。トスが上がらなければいいのに……、私にボールが回ってこなければいいのに……と思っていたくらいです。
そもそもプレー中にミスしたときに、「気合いが入っていないからだ!」なんて怒るのは意味がない。ミスをしたときには、フォームが合わなかったとか、ジャンプのタイミングがずれていたとか、そういった技術的な原因があるはずです。
でも、それを指摘せずに、全てを気合いや根性のせいにされてしまったら、その子のミスは改善されません。だから同じミスを繰り返しますし、自分のメンタルが弱いせいだなんて思い込んでしまいます。そうしてどんどん追い込まれていくんです。
北川:妻も、バレーボール選手を辞めて社会に出たときに、どう動けばいいのか分からなかったと言っていました。それまで命令されたとおりに動いてきたから、急に解放されても、主体的に行動することが難しかったそうです。
――アスリート時代を終えてからの人生にも影響が出てしまうのですね。それなのに、スポーツ現場でのハラスメントや体罰がゼロにならないのはなぜだと思いますか。
益子:やはり、それ以外の指導方法が分からないんだと思います。特に昭和の時代を生きてきたような監督は、なかなか時代の変化についていけないところがある。
自分は年齢を重ねていくのに、毎年新たに入ってくる子どもたちの保護者の方は若いでしょう? すると、コミュニケーションにもズレが生じてしまう。やがて監督だけが孤立してしまって、意固地になってしまう。だから、どうしたらいいのか分からなくて悩んでいる監督も少なくないと思います。
――「監督が怒ってはいけない大会」では、そういった監督に向けてアンガーマネジメント(※)に関する講座も開いていますね。
益子:講座を受けた監督の中には意識が変わって、子どもたちに怒鳴り散らしている監督に対して「そんなふうに責めてはいけない」「なんのために怒っているのか考えてみてほしい」と言ってくださる方もいるみたいなんです。
私が監督たちに対して「怒っちゃだめです」と言うよりも、監督同士で指摘し合う。そんなふうになっていくことが、私たちの活動の理想です。
北川:同時に保護者の意識も変えていかなければいけないと思います。保護者の中には、監督に対して「今年は強い子が揃っているから、上を狙えます。厳しく指導してください」なんて言う方もいるんです。
そうすると監督もつい過剰な指導をしてしまう。子どものうちは勝つことばかりを求めるのではなく、まずはその子たちの心と体を育むべきですね。押さえつける指導はやめて、主体性を尊重する。そうすることで、その子たちのやってきたことが中学生、高校生になったときに花開くと考えています。
- ※ 怒りの感情と上手に付き合うための心理教育、心理トレーニング。1970年代にアメリカで生まれたとされる
現役アスリートと共に輪を広げていきたい
――活動を通してうれしかった出来事などはありますか。
北川:小学生の頃にこの大会に参加していた子どもたちが、高校生や大学生になってもバレーボールを続けている姿を見ると、やはりうれしいですよね。
この大会のことが楽しい思い出になっていて、それでバレーボールを続けられた、なんて言ってくれる子もいるんです。スポーツが「嫌なもの」にならずに済んでいるのなら、私たちの願い通りです。
益子:そもそもスポーツというのは、誰かにやらされるものではないですからね。子どもたちが自分の意思で飛び込んで、楽しみながら取り組むものです。監督や保護者の思うような人生を歩む必要なんかない。自分らしく楽しんでもらいたいです。
――「監督が怒ってはいけない大会」の目標を聞かせてください。
益子:私たちが活動をしなくて済むことですね。それはつまり、スポーツ現場からハラスメントがなくなるということ。10年前に始めた当初は「10年あれば、スポーツ現場も変わっているはず」と思っていました。でも、まだまだです。
ただ、2年前に「HEROs AWARD」を受賞したこともあって、もう少し頑張れるなと思いました。おかげさまで他のスポーツの分野でも独自に「監督が怒ってはいけない大会」を開催してくれる人たちが増えてきています。そうやってスポーツ現場のハラスメントを無くすために行動する人たちが増えてくれたらありがたいです。
北川:最終的には後継者をつくっていきたいですよね。「監督が怒ってはいけない大会」ってネガティブな響きを持つ名称ですけど、子どもたちが楽しんで、監督は学びを得られる場所だということを広めていく後継者が出てきてほしい。
これまで益子さんと妻と私のたった3人でやってきました。でも、そろそろ仲間がほしい。それが直近の目標です。
益子:それこそ現役のアスリートが興味を持ってくれるとうれしいですね。打ち込むものがスポーツだけという状況は、やはりつらいんです。でも、この活動をひとつの社会貢献として捉えてもらって、現役のスポーツと同様に打ち込んでもらえると、メンタル的にも安心材料になるのではないかと思います。
編集後記
なくならないスポーツ現場での指導者による暴力やハラスメントに対し、その背景にはどのような要因があり、子どもや若者にどのような影響を及ぼすのかを探るために、「監督が怒ってはいけない大会」で実践する益子さん、北川さんにお話を伺いました。
そこで分かったことは、指導者の中にも社会の変化について行くことができず、思い悩んでいる人たちがいるということ。だからといって、子どもや若者が犠牲になることは許されることではありません。
スポーツは、体力の向上や健康を保つだけでなく、相手への敬意や思いやりの心を育む、子どもたちの健全な成長に欠かせない要素をたくさん持っています。勝つことだけでなく、それを導くことが、指導者にとって大切な役割ではないかと、改めて感じた取材でした。
撮影:永西永実
〈プロフィール〉
益子直美(ますこ・なおみ)
中学時代からバレーボールを始め、高校時代は名門共栄学園のエースとして活躍。高校3年の秋に全日本代表入り。1985年に世界ジュニア代表となり新人賞を受賞。その後、新生「イトーヨーカドー」チームに入り、エースとして活躍。1989年にワールドカップ代表となりベスト6を受賞。1990年に常勝「日立」を破って日本一に輝く。1991年にイトーヨーカドー主将を務め、1992年3月に現役を引退。現在は、スポーツキャスターとしてテレビ・ラジオ・雑誌などで活躍。2015年に「監督が怒ってはいけない大会」の活動をスタートさせ、2021年に一般社団法人化した。
監督が怒ってはいけない大会 公式サイト(外部リンク)
北川新二(きたがわ・しんじ)
地元・福岡県福津市でバレーボールのジュニアチームを指導する傍ら、一般社団法人監督が怒ってはいけない大会の理事も兼任。2015年に益子直美さんと出会い、同団体の活動をスタートさせた。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。