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楽しいはずのスポーツで子どもが傷つけられる? 安心安全な環境をつくるセーフガーディングとは

一般社団法人S.C.P.Japanが主催するスポーツ教室の様子
一般社団法人S.C.P.Japanが主催するスポーツ教室の様子
この記事のPOINT!
  • スポーツ現場では、子どもがハラスメントや機会の不平等に直面することがある
  • 子どもの権利を尊重し、不適切な扱いから守る「セーフガーディング」が注目されている
  • 子どもの声に耳を傾け、指導者同士が指摘し合える関係性が、安心安全な環境づくりにつながる

取材:日本財団ジャーナル

スポーツ現場では、長年にわたり子どもの人権が十分に守られない側面がありました。その深刻さが広く知られるようになったのは、子どもへの体罰や過度な指導をめぐる問題が相次いで明らかになった2010年代でした。

2013年には、主要なスポーツ競技団体が「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を発信しましたが、10年以上経った現在も、子どもへの体罰やハラスメントに関する報道は後を絶ちません。

こうした背景から、近年スポーツ現場で注目されているのが「セーフガーディング」です。セーフガーディングとは、子どもや弱い立場にある人が安心して活動できる環境をつくり、暴力や搾取から守る仕組みや考え方のこと。

日本でも、子ども支援の現場を中心に導入が進み、日本財団もこども基本法プロジェクト(外部リンク)の一環としてセーフガーディングを推奨しています。

今回は、子どものスポーツ現場におけるセーフガーディングの推進や、誰もが楽しめるスポーツ教室の開催に取り組む、一般社団法人S.C.P.Japan(外部リンク)の代表理事・井上由惟子(いのうえ・ゆいこ)さんと、プロジェクトスタッフ・川合みなみ(かわい・みなみ)さんに、子どものスポーツ現場におけるセーフガーディングの重要性や団体の活動内容について伺いました。

S.C.P. Japan主催のスポーツ教室が行われた小学校の体育館で、取材に応じる井上さんと川合さん
千葉県で開催されたスポーツ教室の前に、取材に応じてくれた井上さん(左)と、川合さん

スポーツ現場の人権侵害。二度とスポーツができなくなる子も

――スポーツの現場では、今なお子どもが人権侵害に遭うことがあるのでしょうか。

井上さん(以下、敬称略):残念ながら、2025年現在も大人から子どもに対する暴言や威圧的な指導はなくなっていません。昔から厳しい指導が多い競技や強豪チームだけでなく、どんなレベルやカテゴリーにも存在します。

スポーツ界では「勝つためには強くならなければいけない」という考えのもと、子どもの人権を軽視した接し方が容認されていると感じます。

そもそも日本では、習い事や体育の授業など、子どもが関わるスポーツのほとんどで、強くなることを強制されがちです。一方で、勝ち負けにこだわらず純粋に体を動かすことを楽しめる機会はあまり多くありません。その結果、あらゆる場所で運動が得意な子しか楽しめず、苦手な子が引け目を感じる構造になっています。

川合さん(以下、敬称略):海外では、スポーツを通じて、自分に対する信頼感やリーダーシップといった内面的な力を育むことに重きを置かれていますが、日本ではその視点が政策の中で十分に位置付けられていない傾向があると感じます。

取材に応じる井上さん
井上さんは、サッカー選手を引退後、JICA海外協力隊員としてブータンに赴任。帰国後、筑波大学大学院に進学。研究に取り組む傍ら、S.C.P.Japanを設立した

――2025年の日本スポーツ協会(JSPO)の発表(※)によると、スポーツにおけるハラスメントの被害者の多くが子どもでした。どういった背景があるのでしょうか。

川合:まず、スポーツの指導者と選手には明確な立場の差があり、主従関係のような状態になりがちです。そうした状態は、指導者の不適切な行為を招きやすくします。さらに、大人と子どもでは上下関係や力の差が一層生じやすくなり、指導者側は「子どもは大人の言うことを聞いて当然」、子どもは「大人の言っていることは正しい」と思い込んでしまいます。

すると、子どもは不適切な指導を限界まで我慢し、いずれは耐え切れずに爆発してしまう。食事が喉を通らなくなる子や、練習に出られなくなる子、スポーツと二度と関われなくなる子もいます。

井上:そして、ハラスメントの直後に症状が出るとは限りません。心の奥に傷が残り、大人になってから影響が出ることもあります。スポーツは本来、ポジティブな体験であるべきもの。スポーツの機会を提供する大人たちは、子どもにネガティブな影響を与えていないかを見つめ直すべきだと感じます。

  • JSPOは、スポーツ現場における不適切行為に対応するため、2013年に「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」を開設。寄せられる相談で、小学生・中学生・高校生の多くが被害者となっているという
取材に応じる川合さん
川合さんは、トライアスロンの24歳以下エイジンググループチャンピオンとして活躍。現在は同志社大学大学院でスポーツ政策とジェンダーをテーマに国際比較研究を行う

――スポーツの現場では、障害の有無や性別、国籍などによって、参加のしやすさに差が生じることがあるとも聞きますが、実際にはどのような課題があるのでしょうか。

井上:そうですね。マイノリティを差別する意図がなくても、例えば地域の小学生向けサッカーチームでは、指導者の多くが男性で、メンバーも健常者の男の子ばかりだと、その他の子はどうしても参加しにくくなります。

川合:実際に「女の子は思春期にスポーツから離れる傾向がある」というスポーツ庁の調査結果(※)もあります。背景には、第二次性徴の体の変化を男性の指導者に指摘されて傷つく、生理の症状について打ち明けられないといった困難が存在すると考えられています。

そうした機会の不平等やハラスメントを防ぐため、私たちは「セーフガーディング」という考え方を推進しています。

  • 参考:スポーツ庁「平成30年度体力・運動能力調査結果」
S.C.P. Japan主催のスポーツ教室に参加する子どもの様子
S.C.P.Japanでは、「障害・性別・国籍などに関係なく楽しむスポーツ教室」や「障害のある女の子のためのスポーツ教室」などを実施している

子どものスポーツ現場におけるセーフガーディングとは

――子どものスポーツ現場で推進されるセーフガーディングについて教えてください。

川合:スポーツに関わる全ての子どもたちを、ハラスメントや虐待などの不適切な行為から守り、安心してスポーツを楽しめるようにする取り組みです。ポリシーを策定し、それに則った関わり方を徹底することで子どもの権利を守ります。

関わり方の例としては「怒鳴らない」「威圧的な態度をとらない」「暴力を振るわない」「密室で大人と子どもが一対一にならない」「一対一での連絡を控える」「不適切なスキンシップや過保護な手助けをしない」などがあります。

相談窓口の設置はもちろん、相談を受けたあとの対応プロセス、支援体制を整えておくのも基本です。

――ハラスメントを受けていても、相談すること自体が難しい子もいると思います。そうした状況も想定されているのでしょうか。

井上:はい。セーフガーディングの担当者は、相談を待つだけでなく、子どもの変化に気づき、自ら声をかける役割も担っています。ただ、担当者だけに任せるのでは不十分です。大人全員が日常的に子どもの様子に気を配ることが重要だと考えています。

また、「相談窓口があるから大丈夫」と考えるのではなく、通報に至るほど深刻化する前に異変に気づき、改善するのも、組織として欠かせない姿勢です。ハラスメントをしている当人が自らの行為を自覚し改善すること、指導者同士が互いに指摘し合うことも重要です。

――とはいえ、実際には同僚や上司のハラスメントを指摘しづらい人も多いのではないでしょうか。

井上:私たちの現場では、毎回活動後に振り返りの時間を設けています。もし不適切な行為があったとしても、すぐに修正できるようにするためです。その際、「誰の何が悪かったか」を問うのではなく、「セーフガーディングの観点から見て、今日の活動はどうだったか」という切り口で話し合い、意見を出しやすくします。

こういった話し合いも、相互に尊重し合うオープンな土壌がないと成立しません。まずは指導者の大人同士が、互いの意見を受け入れる健全な関係性を築くことが、子どもを守る環境づくりの土台になると考えています。

小学校の体育館で、子どもたちに囲まれながら指導を行う井上さん
スポーツ教室で指導を行う井上さん

――ほかにも、セーフガーディングの視点に基づく組織づくりのために必要なことはありますか。

井上:保護者や子どもを含めた関係者全員を巻き込むことです。いくら指導者が意識して取り組んでいても、一人一人がその意義を理解していなければ、「もっと厳しく指導してほしい」「個別の連絡をくれなくて寂しい」といった不満が生まれてしまいます。子どもを守るための取り組みであると丁寧に説明し、納得してもらうプロセスが欠かせません。

S.C.P.Japan作成の「子どもの権利」を守るためのリーフレット画像。 左側はリーフレットの全体像で、権利の定義や「コーチからの約束」が記されている。 右側はその詳細で、「バカにしない」「叩かない」「嫌な触り方をしない」といった暴力や暴言の禁止、意見を聴き否定しないこと、成長を助けることなど、コーチが子どもたちと交わす具体的な約束事が箇条書きにされている。
子どもの権利を守るため、コーチが大切にする約束を子どもたちや保護者に伝えるリーフレットと、その記入例。画像提供:一般社団法人S.C.P.Japan

川合:加えて、リーダーが持つ「組織の文化をつくる力」はとても大きいので、リーダーのマインドセットや振る舞いから変えていくことが重要です。例えば、チームの苦しい場面で、監督が「大丈夫だよ」と声をかけるのか、「おい、何をやっているんだ!」と罵声を浴びせるのかで、チームの雰囲気は大きく変わりますよね。リーダーが威圧的だと、選手間でもそうした関わりが当たり前になってしまい、選手が組織に対して意見しにくい環境が形成されてしまいます。

井上:かつて当たり前とされていた権威的な指導に頼るのではなく、子ども自身の意思決定を尊重し、主体性を育む指導へと転換していくことも大切です。

指導者の方々と接すると、「子どもに悪影響を与えたくないが、どう接すればいいのか分からない」という声をよく聞きます。これからは、指導者自身が学び直し、指導法をアップデートしていく姿勢が求められているのではないでしょうか。

――国内のスポーツ界で、すでにセーフガーディングを取り入れている組織はありますか。

井上:サッカー界では、ヨーロッパを中心にセーフガーディングが浸透していて、その流れを受けて、日本でもJリーグ(日本プロサッカーリーグ)が導入を進めています。また、日本サッカー協会では、指導者ライセンスの講習会において、セーフガーディングを基礎的な知識として学ぶ機会を設けています。

S.C.P.JapanのYouTubeで公開されている動画「スポーツにおけるセーフガーディング(コーチの声編)」のキャプチャー。屋外のグラウンドで、子どもとスタッフがサッカーゴールのフレームを運んでいる様子。画面中央には大きく「セーフガーディング」という白い文字が書かれている。
S.C.P.Japanは、スポーツにおけるセーフガーディングについて、コーチや子どもの声を交えて紹介する動画を公開。画像出典:「スポーツにおけるセーフガーディング(コーチの声編)」(外部リンク/動画)
S.C.P.JapanのYouTubeで公開されている動画「スポーツにおけるセーフガーディング(コーチの声編)」のキャプチャー。井上さんと、黄色いゼッケンをつけた女の子が、並んで歩いている様子。画面下部には「あなたの気付きは 子どもたちのパワーに変わるはず」という白い字幕が表示されている。
動画はS.C.P.Japanの公式YouTubeで閲覧可能。画像出典:「スポーツにおけるセーフガーディング(コーチの声編)」

スポーツで「誰もが自分らしく生きられる共生社会をつくる」

――改めて、S.C.P.Japanという団体について教えてください。

井上:元サッカー選手らが中心となり、2020年に設立した一般社団法人です。誰もが自分らしく生きられる共生社会を目指し、スポーツを通じて社会課題の解決や子ども・若者の可能性を広げる活動を行っています。

具体的には、スポーツ指導者を対象としたセーフガーディング研修事業や、誰もが楽しめる運動共育(※)事業などを行っています。

  • 「共育」とは、子どもが成長に必要なことを学ぶだけではなく、子どもと接している大人も共に学び、成長し合うこと

――セーフガーディング研修とは、どのような内容なのでしょうか。

井上:基礎編では、現状のスポーツ界が抱える課題を振り返りながら、なぜセーフガーディングが必要なのかをさまざまな視点から考えます。応用編では、実際に取り組みを始めるために必要なことや、問題が起きた場合の具体的な対応方法を学んでいきます。

国内ではセーフガーディングの考え方が浸透していないので、受講者からは「こんな考え方があることを学べて良かった」「必要性がよく理解できた」といった声が寄せられています。まずは多くの方に知ってもらい、いずれは実践につなげられる人を増やしていきたいですね。

――運動共育事業ではどんなことをしていますか。

井上:障害・性別・国籍などに関係なく誰もが楽しめるスポーツ教室、障害のある女の子たち向けのスポーツ教室、障害のある女性向けのサッカーチーム「FC RESIA」の3つの事業を運営しています。

「FC RESIA」の集合写真。手前には「S.C.P. JAPAN」のロゴの旗が掲げられている。
「FC RESIA」は2024年4月に設立され、10歳から22歳までの13名がそれぞれのペースで練習や活動に参加している。画像提供:一般社団法人S.C.P.Japan

多くの子どもたちに、スポーツの素晴らしさを知ってほしい

――スポーツにアクセスしにくい子どもたちは、どんな困難に直面するのでしょうか。

川合:例えば日本語を母国語としない子は、情報へのアクセスの難しさから、スポーツ活動を含む地域のコミュニティに参加しにくく、他の子どもとうまくなじめないことがあります。しかし、スポーツは言語に頼らなくても成立するもの。共に体を動かし、同じ目標に向かう中で、自然と子どもたちの関係性を深める重要な手段にもなり得ます。

井上:障害のある子は、一人ひとりの特性やペースが異なるため、集団で同じ形の活動や、長時間指導者の話を聞くことが難しい場面もあります。そのため、ご本人や保護者自身が「自分は(自分の子どもは)ここに居ていいのだろうか」と不安に感じてしまうことも少なくありません。

千葉県で開催されたスポーツ教室に参加した子どもたちと保護者の皆さん
スポーツ教室に参加する子どもたちと保護者の皆さん

――そうした子どもたちの障壁を取り除くにはどうすればいいでしょうか。

井上:まずは、誰もがスポーツにアクセスしやすい環境をつくること、そして、アクセスした先で安心できることが重要です。

例えば、「スポーツ教室」と掲げると、健常者の男の子のための活動と認識されがちなので、チラシに「障害のある子も、女の子も、日本語が苦手と感じている子も歓迎です」という文言を入れる、多言語で発信する、といった広報面での工夫です。

そして、一人一人の子どもたちが「自分は歓迎されている」と思える環境づくりも大切です。プログラムの内容や指導者の声かけを工夫し、子どもそれぞれに応じた関わり方を意識することが、安心して参加できる土台になります。

スポーツ教室で子どもたちと一緒に体を動かす川合さん
インタビュー後に、スポーツ教室を実施する川合さん

――最後に、今後のS.C.P.Japanの展望を教えてください。

井上:スポーツは本来、強力なエンパワーメント(※)のツールです。仲間と力を合わせてチャレンジして、勇気が必要な場面もたくさんあって、失敗しても励ましてくれる人がいる。豊かな体験や心の変化を経験でき、ポジティブな影響を与えてくれます。

今は、子どものスポーツ現場におけるマイナスな側面をゼロにする活動がメインですが、今後はそうしたプラスの面を届ける活動にも積極的に取り組みたいですね。「スポーツを好きになった」「自信がついた」という子どもを一人でも増やせたらうれしいです。

  • 「エンパワーメント」とは、立場の弱い人が主体的に社会と関われるよう力を付け、自身の生活や環境をコントロールできるように支援する考え方。英語の「empower(能力や権限を与える)」に由来する
S.C.P. Japan主催のスポーツ教室に参加する子どもたちの様子
S.C.P.Japanは、千葉県流山市、柏市を中心に、月1回スポーツ教室を開催している
S.C.P. Japan主催のスポーツ教室に参加する子どもたちの様子
スポーツ教室の参加申し込みは、S.C.P.Japanの公式サイト(外部リンク)にて受け付けている

全ての子どもたちがスポーツを楽しむために、周囲の大人やスポーツ指導者にできること

井上さんと川合さんから、全ての子どもたちがスポーツを楽しむために、周囲の大人やスポーツ指導者にできる3つのアドバイスをいただきました。

[1]子どもの声や意見を尊重し、主体性を育む

大人が一方的に答えを与えるのではなく、子どもの声に耳を傾け、共に考える姿勢が重要。こうした関わりは主体的な判断力を育み、将来さまざまな場面で役立つ。また、対等なコミュニケーションを重ねることで、子どもの変化やSOSのサインに気づきやすくなる

[2]子どもがスポーツを楽しめる最善の方法を考える

指導者は「勝つために強くなるべき」という目標だけに捉われず「この指導は子どもにとって最善か」を問い続ける。幼い頃にスポーツで受けた心の傷は、後年に影響を及ぼすこともある。短期的な成果ではなく、長く安心してスポーツに関われる体験を提供する

[3]自身の指導法の長所とセーフガーディングをミックスする

自身の指導や組織の文化を見つめ直し、子どもにとって適切でない点は改め、良い点は活かす。学び直しを通じて、指導や振る舞いを改善し、組織に属するメンバーや周囲の指導者同士で価値観を共有することが、安全で健全な環境づくりにつながる

子どもへの過度な指導や暴力に関するニュースを目にし、「なぜ不適切な指導はなくならず、どうすれば改善できるのか」という疑問から取材を行いました。

特に印象的だったのは、「指導者同士が指摘し合える関係性が重要」というお話でした。子どもを守るためには、まず大人たちが自身の弱さや間違いを認め、対話し合える土壌が必要だという視点は、家庭や職場などあらゆる組織に通じることではないでしょうか。

セーフガーディングとは、単なる危機管理のルールではなく、私たち大人自身の心に余裕があるか、子どもを一人の尊重されるべき存在として向き合えているかを問い直すための考え方でもあるかもしれません。

撮影:十河英三郎

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