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「紙がぬれてしまう」「手を握れない」――日常生活に大きな支障をきたす「多汗症」とは?
- 「多汗症」とは、気温や運動に関係なく、日常生活に支障をきたすほど大量の汗をかく疾患のこと
- 「たかが汗」と軽く考えられがちだが、日常生活やコミュニケーションに支障をきたすため、悩みを抱えている人が多い
- 多汗症は体質ではなく「病気」。そのことを当事者が自覚し、周囲の人が理解することが、生きやすい社会につながる
取材:日本財団ジャーナル編集部
「テスト用紙がぬれてしまう」「スマートフォンが反応しない」「すぐに靴下がびしょびしょになる」——。そんなふうに、手や足に大量の汗をかくのは、体質ではなく「多汗症」といえるかもしれません。
「多汗症」とは文字通り、日常生活に支障が出るほど通常より多くの汗をかいてしまう疾患のことで、全身に汗をかく「全身性多汗症」や、手のひらや脇、足など特定の場所に大量の汗をかく「局所多汗症」などの症状があり、日常生活や人とのコミュニケーションに支障をきたすこともある深刻な病気です。
日本人の10人に1人が多汗症あるといわれています(※1)。しかし、汗をたくさんかくことを“体質だから”と諦めて、医療機関を受診せず、誰にも言えないまま悩んでいる人も少なくありません。
「ノートやテスト用紙が汗でぬれて破れる」「握手ができない」などといった日常生活への物理的な支障を伴うにもかかわらず、周囲からは「汗っかきなだけ」と軽く見られがちです。
また、当事者や保護者すらも単なる体質(個性)だと思い込んでいる人も多く、「治療できる疾患である」ことを知らず、病院を受診するという選択肢に辿り着けていません。当事者の「他人に言うのは恥ずかしい」という思いと医療認知の低さが重なることから、病気のつらさが表面化されにくい「サイレントハンディキャップ」とも呼ばれています。
そんな多汗症のなかでも、明確な原因がないにもかかわらず手足や脇などに過剰な汗をかく「原発性局所多汗症」に関する認知拡大の活動を行っているのが、NPO法人多汗症サポートグループ(外部リンク)です。周知のためのパンフレット作成・配布、SNSでの情報発信といった啓発活動や、当事者が悩みを相談できる交流会などを実施しています。
今回は多汗症の当事者であり、NPO法人多汗症サポートグループの副代表理事を務める福士竜(ふくし・りゅう)さん、井上裕喜(いのうえ・ゆうき)さんに、日々の生活で生じる困りごとや、人には理解されづらい病気の悩みについてお話を伺いました。


「体質だから仕方がない」と病院に行かない人も多い
――そもそも「原発性局所多汗症」とは、どんな病気なのでしょうか。
福士さん(以下、敬称略): 例えば、手に汗をかく「手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)」は、重度になると手のひらから汗がしたたり落ちるほどになります。単に「汗っかき」というレベルではなく、手にした紙がぬれてしまったり、スマートフォンが誤作動してしまったりと、症状によっては日常生活や人との関わりに大きな影響を及ぼします。
多汗症は、手以外にも、脇や足の裏、頭部、顔面などの部位に症状が出ますが、健常者と比べて汗腺の密度や形態に異常があるわけではなく、はっきりとした原因は分かっていません。
日本皮膚科学会の調査によると、日本人の10人に1人は多汗症だとする推計があります。ただ、実際に医療機関を受診したことがある人はそのうちの数パーセントから1割程度で、実際にはもっと多くの人がこの症状に悩みながらも、「体質だから仕方ない」と病院へ行かずに抱え込んでいるとみられます。
――お二人も多汗症に悩む当事者ですが、いつ頃から症状を自覚されたのでしょうか。
福士:私は今49歳ですが、初めて多汗症だと診断されたのは27歳の時です。小学校低学年くらいから汗の量が多く、「なぜ自分は人よりも汗をかくのだろう」と疑問に思ってはいたものの、当時は多汗症についての情報はほとんど見つかりませんでした。
同じ症状の人と話す機会もなかったので、体質なのか病気なのかも分からない状態でしたね。
大人になってから皮膚科の先生に汗のことを相談したところ、「それなら詳しい先生がいる」と専門医を紹介してもらったのが診断のきっかけです。
井上さん(以下、敬称略):私は今23歳で、自分が多汗症だと自覚したのは同じく小学校低学年くらいだったと思います。ただ、その前から母は私の症状に気がついており、汗に関して調べてくれていたようで、物心がつく頃には皮膚科を受診していました。
――それぞれの幼少期で、多汗症についての情報量や認知度が大きく違っているんですね。
福士:時代による変化はあると思います。私と井上さんとでは20歳以上の年齢差がありますが、私の幼少期はそもそも情報自体が少なく、多汗症という言葉も世間ではほとんど知られていませんでした。
親に相談しても、「緊張しなければいいんだよ」というようなアドバイスしか返ってこなかった記憶があります。


「常にタオルが手放せない」学校生活や仕事に及ぼす支障
――多汗症の方たちは、日常生活でどんなことに困っているのでしょうか。
福士:当事者の声で多いのは、「汗でテスト用紙がふやけてしまった」「ノートが汗で破れてしまう」といった、紙を扱うときの苦労です。人とのコミュニケーションでは、「手をつなげない」「ハイタッチができない」といったものがよくあります。
また、汗は精密機器との相性が悪いので、パソコンやタブレットが誤作動してしまったり、反応しなかったりといった困りごともしょっちゅうです。
ガラケーを使っていた頃、私は1年間で3台壊れてしまったことがありました。今はスマホの防水加工が進化したので、だいぶ使いやすくはなったものの、やはりスクロールが反応しない、指紋認証ができないなどの不便は常に感じています。
そして、私は脇汗にも悩まされていて、ワイシャツだけでなくジャケットにまで汗が染みてしまうこともあります。さらに、足裏からの汗では靴下がびしょびしょになってしまうので、ひどいときには1日に2、3回は靴下を履き替えていました。
洋服や靴は汗で傷むのが早いので、頻繁に買い替えなければならず、経済的な負担もかかります。数え上げたらきりがないほど、日常生活で困ることはたくさんあります。
今思うと、特に幼少期から思春期にかけては、何をするにも汗のことばかり気にしていた記憶があり、常にタオルが手放せませんでした。
また、汗は単に不快なだけでなく、危険を伴うこともあります。私たちの団体の代表は、足裏の汗が原因で階段から滑ってしまい、尾てい骨にヒビが入るほどのけがを負ったことがありました。
井上:学校生活では、意外なところで苦労することもあるんです。私の場合は、家庭科の授業で裁縫ができなくて大変でした。縫っているうちに針も布もぬれてしまい、とても時間がかかってしまうので、先生に相談していました。
また、大学受験の時には事前に問い合わせをして、タオルの持ち込みを許可してもらう必要がありました。テスト用紙がぬれないように利き手の下に敷くためのものと、手の汗をぬぐうためのものを1教科につき2、3枚ずつ、1日10枚は持って行っていました。
許可はもらっていたものの、他の人と違うことをしているので、どうしても人の目が気になってしまうんです。
――仕事をするうえで困ったことはありますか。
福士:紙の資料を配るときや、名刺交換は気を使うので緊張します。新人の頃は、お客さんにお渡しする資料を汗でぬらしてしまい、先輩に怒られたこともありました。
井上:私はシステムエンジニア職で働いており、営業職に比べると直接人と接する機会が少ないため、精神的な負担は比較的少ないです。ただ、サーバーの電源を扱うときは、手に汗をかいていると感電する恐れがあるので、「大丈夫だろうか」と心配になります。
また、仕事で参加したセミナーで、2人で1台の端末を操作しなければならないことがあり、端末に汗がついてしまわないか不安になったことがありました。誰かと同じものを共有するのは、相手にどう思われるか分からないので緊張します。
――多汗症によって、就職先が狭められてしまうケースがあると聞きました。
福士:確かに、やりたくてもできないことはあります。
例えば、手の汗がひどければ精密機器を扱うのは難しいですし、美容師や医療従事者といった他人に触れる仕事をためらう人もいると思います。そもそも人の目が気になるのであれば、他人と接する仕事自体を避けてしまうかもしれません。
ただ、多汗症だからといって自分で可能性を制限せず、思い切って飛び込んでみるのもいいんじゃないかなと思います。汗をかいていると必要以上に周りの反応が気になってしまうものですが、意外と相手は気にしていないことも多いんですよね。
私は大学時代、飲食店でアルバイトをしていたのですが、よく店長から売上の集計と確認をするレジ締めを任せられていました。理由を聞くと、「お札を数えるのがうまいから」と言われたんです。
もちろん、周囲の理解は欠かせませんが、そんなふうに周りの人たちに多汗症であることを知ってもらい、特性として受け止めてもらうことで、疾患があっても自分らしくいられる場所が見つかるかもしれません。
――多汗症の治療法はあるのでしょうか。
福士:手と脇の症状に関しては、「外用抗コリン薬」という保険適用の汗を抑える外用薬があり、皮膚科で処方されています。全身の発汗を抑える内服薬もありますが、夏場に服用する際には熱中症になる恐れがあるため、注意が必要です。
保険適用外の薬剤もありますが、それぞれ効果には個人差がありますので、まずは多汗症の治療を行っている医療機関に相談してみてください。そもそも汗は体温調節に必要な機能なので、汗を拭くことで対処できるのであれば、無理に治療を受けなくてもよいといわれています。


「たかが汗」では済まされない病気
――NPO法人多汗症サポートグループを立ち上げた経緯を教えてください。
福士:団体が発足したのは2022年4月になります。それまでは多汗症を支援する団体はなく、当事者同士がつながれる機会もほとんどありませんでした。
日本人の10人に1人は多汗症といわれているのにもかかわらず、私自身、同じ悩みを持つ人に初めて出会ったのは40歳を超えてからでした。そうした状況を変えようと設立したのが当団体です。
私たちは多汗症に苦しむ人たちをサポートし、病気の認知度を上げるための情報発信や交流会の開催、グッズ販売などの活動をしており、現在は100人以上の会員がいます。
――交流会に参加した当事者の方たちからは、どのような反響がありましたか。
福士:「自分と同じ悩みを持つ人と初めて話した」「会えてよかった」という声が多いですね。誰にも言えず、一人で悩みを抱えており、涙を流す人もいました。仲間がいると分かったことで、「気持ちが楽になった」という方もいます。
――周囲の人たちに、多汗症であることを打ち明けられない人が多いのでしょうか。
井上:僕の場合、付き合いが長くなる人には、あらかじめ伝えるようにしています。働き始めてすぐに同じ職場の人たちには話したのですが、偶然、上司にも多汗症の人がいたので、すぐに病気を理解してもらえて心強かったです。
ただ、特に弊害がないのであれば、あえて自分から話そうとは思いません。おそらく、家族などの身近な人たちにしか伝えていない人が多いと思います。
福士:汗をかくのが“恥ずかしい”という思いがあり、人に話したくないという人は少なくありません。だからこそ、多汗症サポートグループでは当事者同士の交流会を開き、安心して話せる場をつくりたいと思っています。
実際、多汗症の人たちのなかには、周囲からの反応に傷ついた経験をしている人もたくさんいます。病気が理解されていないと、「なんで手がぬれているの?」「気持ち悪い」と心無い言葉をかけられてしまうことがあるからです。そうした言葉で傷つく人が一人でも少なくなるように、小さい頃からこの病気について知ってもらうことが大事だと考えています。
――教育現場や社会にはどんなことが求められていますか。
井上:多汗症によって、やりたくてもできないことや、難しいことがあることを知ってもらいたいです。
例えば、体育館で行う授業で裸足にならなければいけないとき、足裏の汗で滑って転んでしまうかもしれません。ルールだからといって例外を認めないのではなく、「危ないから靴下を履いてもいいよ」といった、個別の対応をしてもらえるといいなと思います。
多汗症は命に関わる病気ではありませんが、「たかが汗」で済まされるものではありません。汗によって日常生活で困ることがたくさんある。まずは、そのことを知ってもらいたいです。
福士:ここ数年で多汗症に対する認知は広がってきていますが、まだまだ説明が必要な病気であることに変わりはありません。
マスクをしている人がいたら「風邪を引いているのかな」と思うような感覚で、汗をたくさんかいている人や、常にタオルが手放せない人がいたら、「多汗症なのかな」と自然に受け止めてもらえる社会になってほしいと思います。
そうすれば、多汗症であっても制限を感じることなく、その人の本来の力を発揮できるようになるはずです。


多汗症の人たちが生きやすい社会にするために、私たち一人一人にできること
最後に、手掌多汗症をはじめとする多汗症の人たちにとって、自分らしく生きられる社会にするために、私たち一人一人ができることを福士さん、井上さんに伺いました。
[1]多汗症でどんなことに困っているのかを知る
手のひらや脇、足の裏、顔面などから大量の汗をかく多汗症は、“体質”ではなく“病気”であり、症状によって日常生活に多くの支障をきたしていることを知る
[2]安心して相談できる場所があることを広める
多汗症に悩んでいる人がいたら、医療機関やNPO法人多汗症サポートグループが情報発信していることを知らせる
[3]特別視するのではなく理解する
多汗症を特別視するのではなく、当事者が日々の暮らしで困っていることに対して理解の目を向ける
日本人の10人に1人が悩んでいるとされる多汗症。それは決して珍しい病気ではなく、私たちの身近にも困っている人がいるということです。
福士さんは「単なる汗っかきと受け止められてしまうことがあるが、多汗症は暑くても寒くても汗をかく。当事者の方のなかには、特に夏は症状がひどくなると感じる方もいる」とおっしゃっていました。
取材を通して、多汗症の方たちがいかに日常生活で多くの困りごとを抱え、常に他人の目を気にしなければならない状況に置かれているのかを知りました。当事者の方が日々受けるそのストレスは、計り知れない精神的負担となっています。
この状況を当事者だけの問題にするのではなく、まずは私たちが多汗症について正しく理解し、社会全体としての受け止め方を変えていく必要があると感じました。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。