【今さら聞けない、ダイバーシティって何ですか?】困った時に“借りられるお父さん”?古くて新しい家族のあり方

新たな家族の形を提案する「お父さんバンク」創設者の2人

取材:日本財団ジャーナル編集部

この記事のPOINT!

・「お父さんバンク」は子育て家庭と時間のある大人をつなげるプラットフォーム

・世の中に大勢いる子育てで手一杯な家庭を、みんなで支える仕組み

・多様な家族のあり方が選択肢として広がれば、生きやすくなる人も多くなる


さまざまな個性や生き方を尊重し、みんなで支え合う。そんな仕組みを創出している人たちから、多様性社会について考えるヒントをもらうのが、連載「今さら聞けない、ダイバーシティって何ですか?」だ。

今回お話を伺うのは、新しい家族のあり方を提案する「お父さんバンク」の創設者であるカヤノヒデアキさんとヨシヒロチアキさん。「お父さんバンク」はなぜ生まれ、どのような仕組みで運営されているのか。そして主宰者であるカヤノさんとヨシヒロさんの思う多様性社会とは、一体どのようなものなのだろうか。

「手を借りたい人」と「手を貸したい人」をつなげるお父さんバンク

今回の取材にあたって伺ったのは、片瀬江ノ島駅から10分ほど歩いた場所に位置する「喫茶ラムピリカ」。店主はお父さんバンクの創設者の1人、ヨシヒロチアキさんだ。ここは不定期で営業している喫茶店であり「お父さんバンク」誕生の場所でもある。

柿の葉や蓬(よもぎ)など、17種の野草を使ったブレンドティーは、「喫茶ラムピリカ」の看板メニューの1つ

「お父さんバンク」とは「子育てを手伝ってほしい」家庭と、「特技を活かしたい、人とのつながりを広げたい」と思っている人がつながるためのプラットフォームだ。ウェブサイトには「お父さん」として登録されている人の特技やプロフィールが書かれた「お父さん図鑑」がある。お絵描きが好き、撮影ができる、肩車が得意、とにかく子どもが大好き…。そんな個性豊かな「お父さん」たちが現在30人登録され、その中から求めるスキルのある人を選び、直接連絡を取って依頼する仕組みだ。費用は一切発生しない。

「お父さん図鑑」には個性豊かな「お父さん」がずらり。男性に限らず女性も登録できる

「お父さん」を借りられるこのシステムを発案したのは、シングルマザーであるヨシヒロさん。彼女がシングルマザーになったのは10年以上前のことだ。当時は1人で子育てをする中で、ベビーシッターのサービスを利用していたそうだ。

「すごく便利なサービスだし助かりましたが、同時に寂しいなと思っていたんです。子どもたちと仲良くなってくれても、契約の時間が過ぎれば関係性がそこで終わってしまう。仕事なので当然なのですが、虚しさを感じていました」

ご自身も1人で子育てをしてきた経験を持つヨシヒロチアキさん

そんな折、あることに気づく。経営している喫茶店に訪れるお客さんの中には、時間やお金に余裕があり、その上で「子どもと関わりたい」と感じている人がたくさんいたのだ。「結婚せずに一人暮らしを選ぶ人も増えていますよね。だけどたまには一家だんらんみたいな感じで、人とワイワイ過ごしたい、食事を楽しみたいと思っている大人がいるんです」

一方で、1人で子育てに追われる母親や父親も大勢いる。仕事をしながらも、炊事や洗濯、掃除をこなしつつ、時間があれば学校行事にも参加して…。これらをすべて単親でこなす苦労は、想像に難くない。そのように日々奮闘している一人親家庭が日本には約141万9,000世帯もいる(2016年、厚生労働省調べ)。

「世の中には時間や得意技を持て余している人がいる一方で、人の手を必要としている子育て世帯がいます。両者がつながれば、お互いにもっと幸せになれるんじゃないかと思ったんです」

ヨシヒロさんは、自称“拡張家”としてユニークなプロジェクトを多数手がけている友人のカヤノさんにこのアイデアを持ちかけた。

何かあったら頼れる「お父さんバンク」は、子育て世帯のセーフティーネットに

「すごく面白そうだし、良い考えだと思いました」と語るカヤノさんは、さまざまなイベントを手がけていることもあり、アイデアを形にすることを得意としている。彼はヨシヒロさんの発想をベースとしつつ、「家族の拡張」をテーマに「お父さんバンク」をプロデュースした。

カヤノさんが「お父さんバンク」のプロデュースを引き受けた理由の1つに、「報道」に対するある疑問があった。

「虐待に関するニュースが報道されると、だいたいネット上で『親がおかしい、どうかしている』ってたたかれていますよね。だけど虐待の原因には、親が“おかしいから”じゃないこともあると思うんです」

多様な生き方ができる世の中を目指し、さまざまなイベントを企画・運営しているカヤノヒデアキさん

親といえども、抱えられるものには限界がある。働きながら「家庭」という小さなコミュニティーだけで子どもを育てることが、大きな負担になることもあるはずだ。

「それなら家族の枠を超えて、みんなで子育てができる仕組みを作れば合理的だと思ったんです。限界が来る前にみんなで協力し合えば、状況は変わるはずです」

そんな「お父さんバンク」を形にする上で、どのような苦労があったのだろう。2人に聞いてみると「特になかったよね」と顔を見合わせた。「楽しいことが大半で、苦労はありませんでしたよ。唯一私たちが気をつけていたのは“ユーモア”を大切にすること」とヨシヒロさん。

「子育て支援サービスはすでにたくさんありますよね。だったら私たちは、子育てをがんばっている親御さんたちが“ホッとできること”を優先して仕組みを作りたい。そんな気持ちで少しずつ『お父さんバンク』の構想を練りました」

堅苦しい規約より、“家族らしさ”を大切にしたい

ところで、やはり気になるのが「お父さん」たちだ。彼ら、彼女らはどのような段階を踏んでお父さんバンクに登録されているのだろうか。

「お父さんバンク」の考え方に賛同する多くの「お父さん」登録希望者が集うお父さんバンクカフェ

登録の際には身分証のコピーをもらうが、トラブルがあったときのための保険や保証制度はあえて設けていないという。

「『お父さんバンク』はあくまで“つながり”を広げる場であり、お金の対価としてサービスを提供するものではありません。血の通った“家族らしさ”を大切にしたいので、堅苦しい規約は作らないことにしています」とカヤノさん。

とはいえ、人と人との信頼関係があるからこそ成り立つこの仕組み。登録を希望する人には、まずは定期的に開催している「お父さんバンクカフェ」に参加してもらう。顔を合わせてお父さんバンクの仕組みやビジョンを説明し、よく話をした上で、考えを共有できた人だけに登録をお願いしているそうだ。

「例えば親戚のおじさんに子どもを預けるとして、保険には入らないじゃないですか。そんな関係性を、血縁関係を超えて作る場にしたいんです」とヨシヒロさんは話す。

「お父さん」としても活動するカヤノさん。子どもたちも安心して甘えられる存在だ

そんな「お父さんバンク」も、運営開始からおよそ1年半が経った。さまざまな出会いがあった中で、ヨシヒロさんが特に印象に残っていると話すのが、ある20代男性の「お父さん」のエピソードだ。彼を“借りた”のは、電車が大好きな2人の男の子を育てているお母さんだったそう。夫はいつも忙しくて家にいなかったこともあり、電車に詳しい「お父さん」に子どもと遊んでほしいとの依頼が届いた。

「彼はとにかく電車オタクなんです。そこで子どもたちを連れて交通公園に行ったそうなのですが、どの電車を見ても詳しく説明できる。子どもたちは大喜びで、3人でかなり盛り上がったみたいです」

さらにその「お父さん」自身も、「お父さん体験」ができて楽しかったと語っていたそう。

「アトラクションの汽車に子どもたちを乗せて、自分も後ろから乗って…そんなことをしているうちに、『きっと本当のお父さんもこんな感じなんだろうな』って、ジーンとしたそうです」

一人親家庭の母親からの依頼で3人の「お父さん」が子どもの運動会に参加。撮影や下の子の面倒を見るといったことを「お父さん」が代わりにすることで、母親も子どもの応援に専念できたそう

続いてカヤノさんが、小学校6年生の女の子を育てている一人親家庭の母娘とのエピソードを振り返る。

「彼女たちが『お父さんバンク』を利用した後、娘さんが“私たちには『お父さんバンク』があるから、何があっても安心だね”ってお母さんに言っていたそうなんです。頼れる人がたくさんいるという安心感を持ってもらえたようで、嬉しかったですね」

子どもたちを代わりに見てくれる、たくさんの「お父さん」がいる場として。そして何があっても助けてくれる人がいるセーフティーネットとして。さまざまな方法や理由で、お父さんバンクは頼りにされているようだ。

依頼人の子どもの授業参観に参加したカヤノお父さん(左)。また、年賀状の写真を撮りたいという依頼で一緒にハイキングしたことも(右)

目指すは“倒産”?理想は支え合う選択肢が無数にある世の中

血縁関係のない「お父さん」が、手の足りていない家族を支え、見守る仕組みを作っている「お父さんバンク」。これには、かつては当然だった「地域ぐるみで子どもの面倒を見る」という地域コミュニティーに通じるものがある。一人親家庭も多い現代において、この仕組みは古くも新しい家族の形として受け入れられるようになるかもしれない。

さらに、地域ぐるみの人付き合いが増えれば、親だけでなく子どもに良い影響があるはず、とヨシヒロさん。

「今の子どもたちが生活の中で知り合える大人って、親と先生ぐらいですよね。それってもったいないな、というのが私の意見です。子どもたちには、世の中には多種多様な大人がいることを理解しながら大人になってほしい」

「だからと言って、決して『お父さんバンク』が新しくて素晴らしく、他がダメ、というわけじゃないんです」と続けるカヤノさん。さまざまな生き方があることを、多くの大人と関わりながら学ぶ。そんな生き方が理解される一方で、家系や血縁を大切にし、家族の枠を守って生活することも選択肢としてある。子どもたちの生きる未来は、そんな風に、家族のあり方一つにしても無数の選択肢がある社会であったら嬉しいと2人は語る。

ヨシヒロさんとカヤノさんは、子どもも大人もみんなが生きやすい社会になることを願っている

また「生きづらさを感じることが多々あるので、僕自身が生きやすい社会にしたい、というのも正直なところですが(笑)」とカヤノさん。「共感はできなくても、理解し合いたい。人はみんな違うという前提が浸透すればいいですね」

最後に、「お父さんバンク」としての目標を伺うと「お父さんバンクの倒産です」との回答が。

「私たちにできることって、こんな家族の形や概念があるんだよ、と伝えることだと思っているんです。『お父さんバンク』という存在を通して、『自分ひとりでがんばらないと』と肩肘張っている人たちが少しでもホッと力を抜けたらいいな」と、カヤノさんとヨシヒロさんは笑顔で語る。

「そうして、例えば『近所のおじさんはすごく優しそうだし、子どもが好きそうだな。ちょっとだけ子ども見てもらえないかな…』と、そんな発想が生まれるようになったら嬉しいですね。そしてそこから豊かな人間関係が自然と生まれて、“支え合う”という選択肢が当たり前になったなら、きっともう大丈夫。『お父さんバンク』は喜んで倒産したいな、と思っています」

撮影:佐藤潮

〈プロフィール〉

ヨシヒロ チアキ
「喫茶ラムピリカ」店主。二人の子どもを育てるシングルマザーであり、お父さんバンクの発案者。「喫茶ラムピリカ」では、「お父さんバンクカフェ」のほかにもライブや演劇、ワークショップといったさまざまな催しを開催。最新情報はフェイスブックでチェック。
「喫茶ラムピリカ」フェイスブック

カヤノ ヒデアキ
“拡張家”としてイベントやプロジェクトの企画を手がける。ヨシヒロさんの相談を受けて、「お父さんバンク」のプロデューサーを担当。「お父さん」の1人としても活躍する。