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【ソーシャル人】ファッションを生きる力に。中島ナオさんがつくる「N HEAD WEAR」という希望

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デザインを通してがんを取り巻くさまざまな問題解決に取り組む中島さん
この記事のPOINT!
  • 抗がん剤治療は、髪の毛が抜けるなど生活やファッションの幅が制限されてしまうことがある
  • 「N HEAD WEAR」は、髪の毛がなくてもおしゃれが楽しめる、患者にとって希望の帽子
  • デザインの力とみんなの力を合わせて、がんを一日も早く治せる病気にする

取材:日本財団ジャーナル編集部

「君の頭の中にあるモノを形にするのは、君しかいない」

髪の毛があってもなくてもおしゃれを楽しむことができる帽子「N HEAD WEAR(エヌ・ヘッド・ウェア)」(別ウィンドウで開く)」は、この一言から誕生した。生みの親はデザイナーの中島ナオさんだ。

31歳の春、乳がんの告知を受けてから、中島さんの人生はいろいろな意味で大きく変化していった。これまでの仕事を離れ、デザイン教育を学ぶため大学院に進学。そこで培った考え方を生かして、「N HEAD WEAR」を手掛ける「ナオカケル株式会社」を設立し、現在の活動に至る。そんなパワフルな生き方の影には、背中を押してくれた多くの人との「縁」があったという。「N HEAD WEAR」に込められた想い、そして中島さんを支えた人々とは?

不思議な「縁」に導かれ、ブランドを立ち上げた「新しい頭のファッション」

「結婚、出産、仕事…。全てにおいて『これからだ』と思っていた矢先に突きつけられた重い事実でした」

がんの告知を受けた当時のことを中島さんはこのように振り返る。ステージ3のがんで、5年で長生きと言われる病状であることを知ると、これまで想像していた未来を思い描けなくなったという。

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「N HEAD WEAR」をかぶる中島さん。華やかな印象だ

「独身だったので養ってくれる家族もなく、かといって大きな蓄えがあるわけでもなく…。仕事は続けなきゃと思いながらも、これまでのように毎日通勤して、朝から晩まで働くことはできない、どうしようと自問していましたね」

専門的な知識を身に付け、自身の時給を上げる必要がある。中島さんは以前より関心があったデザイン教育について学べる大学院の門戸を叩く。合格を果たした彼女を悩ませたのが、抗がん剤の副作用による脱毛の影響を抱えながらの生活だ。

「最初の治療で、半年間髪の毛がない状態になりました。帽子だけでは頭を隠しきれませんし、質を求めるとウィッグは数十万円もする。その時の蓄えや、今後必要となる治療費のことを考えるととても手が出なかったので、手頃なファッションウィッグと帽子の組み合わせで過していました。ニット帽に合うカジュアルな服装ばかりの日々。心のどこかで過去の自分の姿を追い求め、隠すように帽子やウィッグをまとって我慢している自分自身に違和感を抱いていました」

夏場でもニット帽をかぶらねばならず、劇場やレストランなどでは場合により帽子を取らなくてはならない。治療に加えて、精神的にも大変だったと中島さんは当時を振り返る。

日本は「がん大国」だ。国立がん研究センターの統計によると、2019年における「がん罹患(りかん)数予測」は100万人を超え、死亡数も38万人以上と日本人の死因のトップとなる。その中で抗がん剤治療を必要とする患者の多くが髪の毛の問題を抱えているのだ。

その後、新たに転移が見つかったことで再治療となり、再び全ての髪の毛を失うことになった時、「もうこれ以上、頭髪の問題に縛られ続けるのは嫌だ」と思った中島さんは、頭髪がない今の自分にも似合う「こんな帽子があったら」というラフスケッチを描き、何人かの帽子作家やアパレルブランドのデザイナーに作ってもらえないか話を持ち掛けた。その時にあるファッションデザイナーに言われたのが、冒頭の「君の頭の中にあるモノを形にするのは、君しかいない」という言葉だ。

「帽子作りや、アパレル業界に詳しいわけでもない自分にはできるはずがない。病気もあるし、その世界に踏み込んでは行けない、そう思っていたんです。でも、その一言を言われた時に気が付きました。私が心のどこかで何かを背負うことを避けていたことを。なぜか涙が出てきました」

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自分がブランドを立ち上げ、帽子を世に発信するのには勇気が必要だったと語る中島さん

「これは自分にしかできないことなんだ」という思いで、慣れ親しんだ編み物からスタートし、四苦八苦しながらも初めてイメージしていた帽子を作り上げたという中島さん。個性的なデザインのその帽子をかぶり治療に訪れた病院で、隣に座った上品な母親くらいの世代の女性から「とても似合っている。素敵な帽子ね。でも、私には難しいかも」と話しかけられたという。

「その人は、身に付けている物やウィッグ、雰囲気がとても上品な方でした。がんになってもファッションを楽しもう、人生を楽しもうとしている人なんだと感じました。すると、『自分以外で脱毛に苦しむ人にも早く帽子を届けたい』といった思いがこみ上げてきて、すぐに商品化に向けて動き始めました」

素材探しに東奔西走する中島さんは、やがて西陣織(にしじんおり)と出会う。そして、その新素材で帽子作りに没頭。そうして生まれたのが、現在の「F-LINE」(別ウィンドウで開く)の帽子である。

さらには、同じ時期に出会った服飾大学の教授がN HEAD WEARのコンセプトに共感してくれたことから、帽子の授業で講師を務める帽子職人の方との出会いにつながり、商品としての制作を進めることができた。そうして生まれたのが、髪の毛に問題を抱える人たちもそうでない人も楽しめる帽子ブランド「N HEAD WEAR」なのである。販売がスタートしたのは中島さんががんを患っていることが分かってから4年が経った春のことだ。

写真:N HEAD WEARをかぶる女性
インパクトがありながらも落ち着きや上品さを感じさせる「N HEAD WEAR」。左側が西陣織の帽子「F-LINE」、右側がシンプルな丸いフォルムの「B-LINE」

No Hair, No Life?(髪の毛がないと、生きていけない?)

「私たちが作った帽子が、メガネみたいなアイテムになればと考えています。メガネの中にもサングラスやだてメガネなどさまざまな種類があり、視力が落ちメガネを掛けているから周りから変に注目されるなんてことはないですよね。そんな、髪の毛があってもなくても楽しめる、頭の新しい選択肢をつくりたかったんです」

「N HEAD WEAR」から現在販売されている帽子は大きく分けて3タイプある。シルクの西陣織が見る角度によって表情を変える「F-LINE」。外側には暖かいウール、内側は肌触りの良いコットンで仕上げたベレー帽タイプの「B-LINE」はリブ部分の折り方で3つの表情が楽しむことができる。そして、汗ばむ季節でも安心して使えるコットン素材の「C-LINE」。今後もさらに便利な新作が発表される予定だ。

どれも国内の工房にて職人が一点一点仕上げたもの。頭をすっぽりと包んでくれ安心感がある。一番の特徴は「年齢問わず、髪の毛があってもなくても楽しめる」ところだ。また、治療の投薬時など帽子を着けたままベッドに横になれる点も患者にとってはうれしい。

「購入者の方からは、『この帽子のおかげで外出が楽しくなった』『素敵だから一緒にかぶろう、と母娘お揃いで買いました』『私が長年ほしかったのはこれだったのよ』といった喜びのお声をいただいて本当にありがたいです」

髪がないからといっておしゃれを我慢する必要はない。頭髪の有無は個性の一つであって、アイテムがなければ自分で作ればいい。そんなポジティブな思いが中島さんの話から伝わってきた。

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日本財団の職員に「N HEAD WEAR」のおしゃれなかぶり方を伝える中島さん

失ったものは数えない。そこから生まれる強くしなやかな生き方

中島さんが次に仕掛けるのは、みんなの力でがんを治せる病気にするプロジェクト「delete C(デリート・シー)」(別ウィンドウで開く)だ。これは、企業の商品名からCancer(がん)の頭文字である「C」を消し、その商品の売上の一部をがんの治療研究に充てる取り組みになる。

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「delete C」のイメージ。商品の「C」の文字を消すことで「がんを治せる病気にしよう」と呼びかける

「日本では、2人に1人ががんになると言われています。年間で約100万人の方ががんと診断され、約38万人の方が命を落とす…。これは大きな問題です。一方で、がんはいつか治る病気だとも言われています。一日でも早く治せるようにするには、治療研究が必要で、そのためには資金が必要なのです」

写真:遠くを見る中島さんの画像にdelete Cのロゴが入った画像
デザインの力でこれからも社会課題を解決していく中島さん

「叶えたいことがたくさんある毎日は、ワクワクの連続です」と語る中島さん。彼女のブログ(別ウィンドウで開く)には、「パラリンピックの父」とされるルードヴィヒ・グッドマンの「失われたものを数えるな。残っているものを最大限に生かせ」という言葉が引用されている。「N  HEAD  WEAR」や「delete C」は自身の状況を受け入れ、そこから何がしたいか考えた末に生まれた答えなのだろう。

自分が叶えたい世界を夢見ながら、強くしなやかな生きる中島さん。そんな彼女だからこそ、たくさんの人と縁を紡ぐことができるのかもしれない。

撮影:新澤 遥

〈プロフィール〉

中島ナオ(なかじま・なお)

デザイナー、ナオカケル株式会社代表。2014年に31歳で乳がんを罹患し、16年ステージ4に。治療を続けながら、2017年には東京学芸大学大学院を修了。髪の毛があってもなくても楽しめる帽子「N HEAD WEAR」や、ユニークな方法でがんの治療研究費を集める「delete C」プロジェクトを通して「がんをデザインする」ことに取り組んでいる。
N HEAD WEAR 公式サイト(別ウィンドウで開く)

※中島ナオさんは2021年4月20日にご逝去されました。日本財団ジャーナル編集部一同、心よりお悔やみを申し上げます

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。