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ホップ産地・岩手県遠野が生んだ唯一無二のクラフトビール。作り手たちが醸成させる新たな町の文化

- 日本随一のホップ生産地である岩手県遠野市は、ホップ農家の数が最盛期の6分の1まで減少
- 日本のビール文化を前進させるため、官民・地域一体で「ホップとビールによる町づくり」に挑む
- 人と人の「共有」と「つながり」を生む「ブルワリー」を拠点に、新たなビール文化を醸成させる
取材:日本財団ジャーナル編集部
職人が、丹精込めて作り上げるクラフトビール。ホップのフルーティーな香り、コーヒーのようなシャープな苦み、スッキリとした飲み心地…。ブルワー(ビールの作り手)が変われば、その味も変わり、個性豊かで奥深い世界を感じさせてくれる。
今回は、こだわりのクラフトビールとそれにまつわる作り手たちの物語をお届けしたい。主役は岩手県遠野市にある元酒屋をリノベーションしてつくられたブルワリー「遠野醸造TAPROOM(タップルーム)」(別ウィンドウで開く)を営む移住者たち。そこでしか飲むことができない唯一無二のビールが生まれた背景とは。
減少し続けるホップ農家
満員のお客さんで賑わう店内。きびきびとビールや料理を提供する合間を縫って話を聞かせてくれたのは、株式会社遠野醸造の代表取締役・袴田大輔(はかまだ・だいすけ)さん。

「遠野は盆地気候で、寒暖差が激しいため、香りの良いホップが育つんです。農家で採れた上質なホップをすぐに僕たちのブルワリーで使用できる。そうすることによって、他にはない『ホップの里』ならではのフレッシュで爽やかな香りのビールを楽しんでいただけます」
民間に伝わる言い伝えや伝承を綴った柳田國男(やなぎた・くにお)の『遠野物語』の舞台として有名な遠野市は、50年以上の歴史を持つ日本随一のホップ産地でもある。 栽培面積は全国1位、生産量は全国2位と、国産ホップを使ったビールの生産を陰で支えている地域といっても過言ではない。


そんなホップの里がいま継続の危機に瀕している。高齢化と後継者不足により生産者が年々減少し、かつては240戸ほどあったホップ農家が現在では40戸を切るまでに。このままでは近い将来、日本産ホップを使ったビールが飲めなくなってしまうかもしれないのだ。
「ビールが好き!という思いに加えて、遠野の自慢である美しいホップ畑やホップ作りの歴史を後世に伝えたいという気持ちから、ホップ生産者や民間企業、地域の方々、僕らも立ち上がったのです」
「ホップの里」から「ビールの里」へ
「遠野のホップ作りの歴史や、美しいホップ畑を残していきたい」
そんな思いから2016年にスタートしたのが、ホップ生産減少の課題を解決するためのプロジェクト「Brewing Tono」(別ウィンドウで開く)。民間企業、ホップ生産者、行政、そして地域の人々が力を合わせて「ホップとビールによる町づくり」に取り組んでいる。
「僕らが描く未来は、遠野産ホップを使ったビールを提供するブルワリーやパブが点在し、遠野でしか味わえないビールを求めて観光客が増える町。生産者やブルワー同士の距離も近く、一緒に日夜、これまでにないビールを生み出すべく切磋琢磨する活気に溢れた遠野です」
図表:ビールの里を目指すメンバー

「ホップの里」から「ビールの里」へ。この言葉をスローガンに、プロジェクトの拠点として2018年5月にオープンしたのが「遠野醸造TAPROOM」なのである。
「遠野醸造TAPROOMは、ただのブルワリーではありません」と話すのは、袴田さんと同じ運営者である太田睦(おおた・むつみ)さん。
「ここは、定期的にイベントなどを開催し、人と人の『共有』と『つながり』を生み出す『コミュニティーブルワリー』を目指しているのです」

「『共有』と一言でいっても、いろいろあります。まずは、おいしいビールを片手に楽しい時間の共有ですね。また、お客さんだけでなく、醸造家やホップ生産者たちがお互いに意見を出し合い、知識を共有することで、新たなアイデアや夢が生まれます。品種改良が繰り返されてきた日本のホップ。遠野から新しい品種が生まれるかもしれませんね」
他にも、生産者やビール好きの地元の人の要望を取り入れて、設備を共有し一緒にビールづくりに取り組む「開かれたビールづくり」の実現や、お店を起点にマイクロブルワリー(小規模ブルワリー)を訪ねて生産者から話を聞き、最後はバーベキューをしながら乾杯する「ビアツーリズム」の確立など、「遠野醸造TAPROOM」はプロジェクトにおいて重要な役割を担っている。

人と人のつながりが町に変化をもたらす
「クラフトビールの魅力は、ビールを媒介として、さまざまな人々がつながれるところだと思います。そんな光景を、ここ遠野で実現できたらうれしいですね」
そう語る袴田さんとクラフトビールとの出合いは大学時代。休学して世界の国々を回っていた袴田さんは、その土地々々(とちとち)の多種多様なクラフトビールの味わいに魅了されたという。卒業後、大手アパレル系企業に就職するが、大量生産・大量消費の世界に疑問を持ち、退社をして「Brewing Tono」プロジェクトに参画。「遠野醸造TAPROOM」を立ち上げるため、2017年に遠野へ移住してきた。

一方、太田さんがお店の運営に携わることになったのは、偶然の出合いがきっかけだ。
「僕は、家の床張りの講習に参加するために遠野に訪れたんです。その場所でBrewing Tonoプロジェクトにも参画する民間団体Next Commons Lab(ネクストコモンズラボ)(別ウィンドウで開く)の林篤志(はやし・あつし)さんと出会い、話をするうちに『太田さん、ビールづくりに向いてそうだね!』と言われて。気が付いたら『遠野醸造TAPROOM』の立ち上げに関わっていました」

そう語りながらもどこか楽しそうな太田さん。「最終的な遠野へ移住の決め手は、面白そうだったから」だという。
「ビールづくりの経験があるわけでもないけど、話を聞いてとてもワクワクしたんですよ。俺がビールを作っていいんだって(笑)。開店するまでには、ビール作りの研修をみっちりこなし、醸造設備の設計・設置なども自分で手掛けました。だから今、いろんな人に『おいしい』と褒めてもらえるのが、たまらなくうれしいですね」
袴田さんは遠野醸造の経営管理と営業・販売、イベント企画を、元エンジニアの太田さんはビールの醸造と品質管理、レシピ開発など醸造に関する業務全般を担当している。
お店では、常時6種類ほどのクラフトビールを用意。他に、自家製ビールで漬けたピクルスや、スペインではビールに合うおつまみ野菜として有名なパドロン(トウガラシの一種、辛味は控えめ)の素揚げなど、地元の食材を生かしたフードも提供している。
おいしい酒と肴を求めて、地元の人だけでなく多くの観光客が噂を聞きつけて足を運ぶ「遠野醸造TAPROOM」。そこから生まれた人と人のつながりが、遠野を「ビールの里」へと着実に前進させている。


ワインの中には智恵がある。ビールの中には自由がある。
これは、アメリカの政治家で発明家としての顔も持つ、ベンジャミン・フランクリンの言葉。遠野から発信する自由なビール文化がどのように発展していくのか、目が離せない。
撮影:新澤遥
〈プロフィール〉
袴田大輔(はかまだ・だいすけ)
株式会社遠野醸造・代表取締役、経営・営業責任者。青森県出身。大学卒業後、大手アパレル企業を経て、2016年より「Brewing Tono」プロジェクトに参画。オリジナルのビアツーリズムの企画や、クラフトビールをテーマにした地域密着型のイベント企画を行なっている。
遠野醸造TAPROOM 公式サイト(別ウィンドウで開く)
Brewing Tono 公式サイト(別ウィンドウで開く)
太田睦(おおた・むつみ)
株式会社遠野醸造・代表取締役、醸造責任者。大阪府出身。数理工学専攻の工学博士。大手家電メーカーで製品の研究・開発を行う。2016年より「Brewing Tono」プロジェクトに参画。全国30カ所以上のブルワリーを巡り、3つのブルワリーで醸造研修を受ける。
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