社会のために何ができる?が見つかるメディア
恐れるべきはウイルスで人ではない。社会をむしばむ「コロナ差別」をなくすためには
- 新型コロナウイルスの蔓延に伴い感染者や医療従事者などへの差別やいじめが増えている
- 不当な差別をなくすために、人権教育啓発推進センターが「STOP!コロナ差別」キャンペーンを展開
- 恐れるべきはウイルスで人ではない。正しい理解を広め、差別やいじめのない社会を目指す
取材:日本財団ジャーナル編集部
新型コロナウイルスの感染拡大によって、感染者やその家族、最前線でウイルスと闘う医療従事者、物流を支える運送業者などに対する差別やいじめが社会問題化している。こうした人権侵害を決して無視できないとして、公益財団法人人権教育啓発推進センターでは、2020年5月17日より「STOP!コロナ差別 ―差別をなくし正しい理解を-キャンペーン」(別ウィンドウで開く)を展開している。
このようないわれなき差別が生まれる背景には何があるのか。そして、どうすれば差別やいじめをなくすことができるのか。今回は、人権教育啓発推進センターの専務理事であり、日本財団の特別顧問も務める田南立也(たなみ・たつや)さんにお話を聞いた。
感染症への恐怖から生まれる差別
すれ違いざまに距離を取られる、看護師の白衣を洗ってくれる業者が見つからない、あおり運転や投石をされた…。新型コロナウイルスの蔓延により、感染者や医療従事者、長距離トラックの運転手などといった特定の人々への差別やいじめが深刻化している。
「一例としては、新型コロナウイルスと闘っている看護師さんの夫が職場で『奥さんが仕事を辞めないのならあなたが会社を辞めて』と心無い言葉を浴びせられたと言います。またある看護師さんは、自分の子どもが通う保育園の他の保護者から『保育園に通わせないで』と言われたと聞きました」
そう語る田南さんは、世界各国のハンセン病患者、回復者そしてその家族への偏見、差別をなくするための活動に長く携わってきた。
他にも、感染者の自宅に石が投げ入れられる、特定の国の人々に対してタクシーが乗車拒否する、宅配業者の配達員が「コロナを運ぶな」と除菌スプレーをかけられるなど、新型コロナウイルスによる差別やいじめの事例は数多い。
そのような差別やいじめが生まれる背景には、「新型コロナウイルスに対する正しい知識を持たないことから、過度に不安や恐れを抱いてしまい、過剰な行動に走ってしまう」と田南さんは言う。
しかし、誰もが感染者になりうる状況下で感染者や医療従事者などを差別することは、自分の首を締める行為とも言えるのではないか。
「これは非常に重大な人権問題です。私が関わってきたハンセン病の問題では、誤った理解のもとに患者、回復者とその家族に対し、社会からのけ者にする、法律で強制的に隔離するなどといった差別が日本で90年以上も行われてきました。現在、起こっている『コロナ差別』にも通ずるような気がします」
新型コロナウイルスは人類にとって大きな試練であり、人間性を問われるテストとも言えると田南さん。私たちはこのウイルスとどう向かい合っていくべきなのか。
恐れるべきはウイルス。人ではない
「差別やいじめをなくす第一歩は、一人一人が正しい知識を持つこと。インターネットを通じて、早く、広く、影響力のあるメッセージを社会に伝えたい。そんな考えから『STOP!コロナ差別 ―差別をなくし正しい理解を-キャンペーン』は生まれました」
このキャンペーンページでは、主旨に賛同した人権専門家や学者、俳優、アスリートなどがYouTubeやInstagramを通じて社会に向けて差別撲滅を呼びかけたメッセージを視聴することができる。
「社会に対し、『恐れるべきはウイルスであって、人ではない』、『病気を理由に人を差別したり、職業や属性だけでレッテルを貼って、排除したりすることは絶対に許されない』というメッセージと同時に、『医療従事者の方々とその家族にエールを送ろう』『Do Your Part それぞれの立場で共に戦おう』という思いも伝えていきたいと考えています」
ここで、著名人から届いたメッセージの中からいくつかご紹介したい。
人道支援実践家、臨床心理士
森光玲雄(もりみつ・れお)さん(別ウィンドウで開く)
「感染したくない、そう誰しもが思います。だからこそ、私たちの誰もがついつい、感染者を遠ざけたり、差別してしまったりする可能性があります。ウイルスそのものは差別をしません。私たちの過度に恐れ、遠ざけようとする心が、差別の根につながっていくこと。そして、その大人の姿をいま子どもたちも見ているんだということを一人一人が認識しておく必要があります。感染した人や、周囲で働いている人たちに対して、差別ではなく、ねぎらいの言葉とエールを送り、共にこの危機に立ち向かっていきましょう」
日本障がい者サッカー連盟会長、日本サッカー協会理事、元サッカー日本代表
北澤豪(きたざわ・つよし)さん(別ウィンドウで開く)
「闘う相手はコロナです。人ではありません。我々みんな、いつ感染してもおかしくありません。感染した人たちを差別するのは間違っていると思います。特に子どもたちや高齢者の方たち、障がい者の方たちなど、社会的に弱い人たちを守らなければいけない、サポートしなくてはいけない。差別によって人権を無視してはいけません」
女優、脚本家、作家
中江有里(なかえ・ゆり)さん(別ウィンドウで開く)
「人は誰でも病気にかかります。病気にかかるのは、その人のせいではないんです。コロナは確かに恐ろしい病気ですが、私たちが恐れるのはウイルスであって、人ではありません。だから感染した人や、感染していた人を差別してはいけないんです」
他にも、元AKB48のメンバーでタレントの高橋(たかはし)みなみさん、シンガーソングライターのピコ太郎(たろう)さん、熊本県の公式マスコットキャラクターのくまモンといった錚々たる顔ぶれがメッセージを発信している。
「皆さんも身近なことでもいい。不当な差別やいじめをなくすために、自分にできることから始めていきましょう」と、田南さんは語気を強める。
誰も置き去りにしない社会へ
差別やいじめは決して他人事ではなく、自分事として捉えてほしいと田南さんは訴える。
「少し先の未来を想像してみてください。あなたは新型コロナウイルスに対する、差別やいじめが横行する社会の中で、感染してしまいました。そのとき、素直に『感染しました』と言えますか?それが、あなたではなくても、大事な人だったら…。誰にでもその可能性はあるのです」
人間にとって本当に大切なことは、互いを思いやる心だと田南さん。
「誰もが自分一人、あるいは自分と家族だけでは生きていくことはできません。この問題をきっかけに、それぞれが社会とどう向き合い、お互いを大切にしながらどう生きていくかを学んでほしいと思います。特に子どもたちには、『差別やいじめは絶対にいけないことだ』と学び、成長していってほしいと思いますし、そのためには大人がお手本を見せなければいけません」
多くの人々の努力により、国内の新型コロナウイルス感染者数は徐々に減りつつあるが、世界的に見ればまだ収束に近づいているとは言い難い。キャンペーンは今後も継続して行い、いずれは自治体や企業、個人の参加者も募りたいという。
「国際社会を見ると、女性や子ども、障がいのある人々、外国人や難民など、常に弱い立場にいる人々が偏見や差別、いじめの対象になりやすい。病気が広がるにつれて、さらに世界でも差別やいじめが広がることも考えられます。日本の『コロナ差別』は世界で起こっている差別と無関係ではありません。正しい理解と正しいメッセージをみんなが発信することで、弱い立場の人々の助けになることができるのです」
SDGs(持続可能な開発目標)では、2030年までに達成すべき17の目標を達成し、「誰も置き去りにしない」社会をつくることをゴールに掲げている。新型コロナウイルスを通して私たちは、今、本当に向き合うべき問題に直面しているのかもしれない。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
田南立也(たなみ・たつや)
公益財団法人日本財団 元常務理事。世界各国におけるハンセン病の制圧活動と、人権問題としてのハンセン病患者、回復者、そしてその家族への偏見、差別を撲滅する活動に笹川陽平WHOハンセン病制圧大使の下で長く携わった後、公益財団法人人権教育啓発推進センター 専務理事に就任。さまざまな活動を通して、あらゆる差別をなくすための啓発に取り組む。
公益財団法人人権教育啓発推進センター(別ウィンドウで開く)
STOP!コロナ差別 ―差別をなくし正しい理解を-キャンペーン(別ウィンドウで開く)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。