日本財団ジャーナル

【ソーシャル人】現役医師が立ち上げたベンチャーが挑む「医療がつながり、いのちがつながる世界」

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アンター株式会社代表の中山さん(左)とCOOの西山さん
この記事のPOINT!
  • 医療の進歩による専門分野の複雑化や高齢化により、一人の医師が身に付けられる知識や技術には限界がある
  • 医療系ベンチャー「アンター」は、オンラインで医師同士をつなぐことで、医療現場の課題を解決
  • 場所や時間、どんな環境下でも、医療がつながり、いのちがつながる世界(社会)を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

医師が抱える負担は大きい。患者やその家族の期待を背負いながら診察や手術、ハードな業務をこなし、人口が少ない地方であれば、頼れる人が周りにいないことも多い。

最近の新型コロナウイルスでは、そこに不当な差別や長時間の労働なども加わってくる。

24時間365日、いつ急患が運ばれてくるか分からない状況で常に気を張っていなくてはならず、中には助かるかもしれない命を助けることができなかった苦い思いを抱えている医師も少なくないだろう。

今回取り上げるのは、医師同士がつながることで、目の前の命を救い、医師の心の負担をやわらげるオンラインサービスを展開しているアンター株式会社(別ウィンドウで開く)。日本財団が2019年4月よりシンガポールのアクセラレーターImpacTech(インパク・テック)と共に取り組む、社会課題に挑むスタートアップを対象とした創業支援プログラム「日本財団ソーシャル・チェンジ・メーカーズ」(別ウィンドウで開く)の第1期生でもある。

アンター設立の経緯や、サービスに込めた思いについて、代表取締役で現役医師でもある中山俊(なかやま・しゅん)さんと、COOの西山知恵子(にちやま・ちえこ)さんにお話を伺った。

「助けられる命」を救いたい

「私は鹿児島県奄美大島の出身で、自分が生まれたこの地に何か貢献したい、という思いから医師を目指しました。しかし、医者になって4年目になると、島の医療を考えながら一人の医者ができることに限界を感じるようになったんです」

そう語るのは、アンター創業者の中山さん。医療が発達した現代社会では、一人の医者がどれだけ経験を積み、必死に勉強したとしても、それが成果に結びつかないケースもあるという。

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アンター代表の中山さん

「100年前、医学はそれほど細分化されていませんでした。当時は、医療技術が発達しておらず、平均寿命も若かった。しかし医学が進歩し、高齢化が進むことで医師に求められるスキルや知識が膨大になっていった。麻酔により外科手術が可能になり、CTスキャンやMRIなどの高度な医療機器が導入されることで、心臓外科や脳神経外科などさまざまな分野が生まれました。それは良い反面、医師は自分の専門分野以外の知識・経験を身に付けることが難しくなりました。また、高齢化による体力の衰えなどで、複数の病気が併発して問題を起こし、原因を特定するのが難しい患者さんも少なくありません。大病院なら大丈夫かもしれませんが、地域で活動する医師の場合だと、全ての問題に一人で対応することはとても難しいのです」

図表:厚生労働省が発表している診療科具体例

厚生労働省が発表している診療科具体を示す一覧表。内科、呼吸器科、循環器科、消化器科、心臓内科、血液内科、気管食道内科、胃腸内科、腫瘍内科、糖尿病内科、代謝内科、内分泌内科、脂質代謝内科、腎臓内科、神経内科、診療内科、感染症内科、漢方内科、老年内科、女性内科、新生児内科、性感染内科、内視鏡内科、人工透析内科、疼痛緩和内科、ペインクリニック内科、アレルギー疾患、内科、内科(ペインクリニック)、内科(循環器)、内科(薬物療法)、内科(感染症)、内科(骨髄移植)、外科、呼吸器外科、心臓血管外科、心臓外科、消化器外科、乳腺外科、小児外科、気管食道外科、肛門外科、整形外科、脳神経外科、形成外科、美容外科、腫瘍外科、移植外科、頭頸部外科、胸部外科、腹部外科、肝臓外科、膵臓外科、胆のう外科、食道外科、胃外科、大腸外科、内視鏡外科、ペインクリニック外科、外科(内視鏡)、外科(がん)、精神科、アレルギー科、リウマチ科、小児科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、産科、婦人科、眼科、耳鼻いんこう科リハビリテーション科、放射線科、放射線診断科、放射線治療科、病理診断科、臨床検査科、救急科、児童精神科、老年精神科、小児眼科、小児耳鼻いんこう科、小児皮膚科、気管食道・耳鼻いんこう科、腫瘍放射線科、男性泌尿器科、神経泌尿器科、小児泌尿器科、小児科(新生児)、泌尿器科(不妊治療)、泌尿器科(人工透析)、産婦人科(生殖医療)、美容皮膚など
2019年アンター株式会社のピッチ資料より

助けられるはずの命を助けるにはどうすればいいか…。そこで中山さんが思い付いたのが、医師同士による知識の共有。業務の傍ら毎晩、医師たちと会い、「(勉強会などで作った)先生のスライドをください」と説得して回ったという。

「結果は、惨敗でしたね。スライドをもらうどころか、試作したサービスのアカウント登録もしていただけなくて…」

初めての試みの結果について中山さんは苦笑する。しかし、ここで諦めずに考え方を変えてみた。

「人に何かをお願いする前に、自分からギブ(Give)できるものはないだろうか?」

そう考えた中山さんは、整形外科医としての自分のLINEの連絡先を医師たちに伝え、24時間365日、困ったことがあれば相談に乗ることを始めた。

「半年ぐらい経った頃でしょうか。いつも連絡を取っている医師の皆さんから、『何か自分にもできることがあれば、言ってほしい』と言われるようになりました」

そんな中山さんの努力によって、2016年に誕生したアンター。はじめは数人だった登録医師の数も、現在では2万人を超える人気サービスにまで成長している。

「医者になって良かった」と思えるサービスを

アンターの事業は、大きく分けて3つの柱に分かれている。

医師同士がオンライン上で臨床の相談をし合えるプラットフォーム「Antaa QA」(別ウィンドウで開く)、勉強会・セミナーや学会等で作成したスライドをシェアできる「Antaa Slide」(別ウィンドウで開く)、そしてライブ型でセミナーや議論を配信する「Antaa NEWS/Antaaオンライン配信」の3つだ。

写真:「Antaa QA」の画面
当直や深夜の急患でも他の医師にすぐ質問できる「Antaa QA」
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医師が勉強会などで作成したスライドをシェアできる「Antaa Slide」。写真は掲載されたスライドの一部

中でもメイン事業といえる「Antaa QA」の魅力について、中山さんはこう語る。

「とてもピュアなサービスだと考えています。患者さんを目の前にした医師が、自分ではどうしたら良いか分からない、でも助けたいという気持ちで質問を発信し、それを見た別の医師が応える。そこに金銭のやりとりは発生しません。『誰かのために何かをしたい』という優しさがベースとなっているのです」

「実際に『Antaa QA』を利用して、深夜にとある島の病院で患者さんが助かったことがありました。その場面を目の当たりにすることができて感動したのを覚えています」

そう語るのは、COOの西山さん。

「『Antaa』とは、フィンランド語で『ギブ』を意味します。医師の方が互いにギブし合うことで、人が助かるサービスが『Antaa QA』なのです。また、同時に患者さんだけでなく、日頃から多くのストレスにさらされる医師の心も支えることができたらと考えています。いつでも、どこにいても誰かとつながれる安心感はもちろん、『医師になって良かった!』と思っていただける瞬間を増やしていけると私たちもうれしいですね」

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医師が一歩前に踏み出すお手伝いをしたいと語る西山さん

西山さんはもともと、アンターが2017年から2018年にかけて参加していた東京都のアクセレーションプログラム(※)のメンターだった。

  • 短期間で事業を成長させるための、ベンチャー企業や中小企業を対象としたプログラム。アクセラレーター(メンター)と呼ばれる支援者との定期的な面談などを通して事業の検証・精査を二人三脚で行う

「プログラムの間は、何度も『アンターとは何のために存在するのか』と原点に立ち返らせてもらいました。そのおかげでより良い形に近づいたと考えています。また、西山さんの明るさや、人を巻き込む力にも感銘を受け、オファーさせていただきました」と中山さん。

はじめは驚いたという西山さんも「アンターというサービスを広く世に広げていくには、医師だけではなく違うバックグラウンドを持つ人材、社長が男性なら女性などが入った方が良いと思い、ジョインを決めました」と語る。

多様性があり、お互いの良いところを生かし会える企業風土が、アンターの成長を加速させたと言えるだろう。

目指すのは、医者が一人いれば患者が助かる世界

新型コロナウイルスにより、医療従事者に大きな影響を及ぼした2020年。医師たちからの声や最近の活動についても話を聞いた。

「一言でいうと、医療業界を覆っていた暗い雰囲気を少しでも明るくすべく、私たちにできる活動をしてきました。医療従事者というだけで、家に帰ってはいけない、家族を地元に残して死ぬつもりで、自分はコロナに向き合うと言った医師の方がたくさんいらっしゃいました。そういった方たちのために、最新の情報共有はもちろん、5月には『つながるちからフェス』(別ウィンドウで開く)という医師同士がオンラインで交流する機会づくりなども行っておりました」

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「つながるちからフェス」で「COVID-19時代のヘルステック」というプログラムで登壇医師たち

「医療をつなぎ、いのちをつなぐ」というミッションのもと、活動を続けるアンターが目指すのは「どんなところでも、医者が一人いれば患者が助かる世界」だと中山さんは言う。

「一人でも多くのお医者さんに使っていただいて、安心感や居心地の良さを感じていただけたらうれしいですね」と西山さんも続く。

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アンターの目指す未来について語る中山さん(左)と西山さん

最後に、地道に努力を重ねながら医療業界に新たな風を吹き込む中山さんと、メンターそしてCOOとして会社を支えてきた西山さんに、社会課題に関心のある若者に向けて2人から一言いただいた。

「大事なのは、達成したい未来があるなら、やり続けること。自分の心や気持ちを大事にしてください」と中山さん。

西山さんも「ソーシャルであればこそやったほうが良い」と語る。

「ソーシャルの事業って自分の内なる声でもあると思うんです。ならばそれを大切にしましょう。大変なこともあるかもしれませんが、そんなときに相談できる友人がいるといいですね。目の前のことを一つずつクリアしていくことで、見えてくる景色も変わってくるのではないでしょうか」

撮影:宮田絵理子

〈プロフィール〉

中山俊(なかやま・しゅん)

鹿児島県奄美大島生まれ。アンター株式会社の代表取締役。2016年に創業以来、IBM Bluehub第3期 最優秀賞(2017年)、デジタルハリウッド大学大学院デジタルヘルスラボ グランプリ受賞(2017年)、経済産業省ジャパンヘルスケアビジネスコンテスト優秀賞(2019年)、未来2019最優秀賞(2019年)など数多くの団体から評価されている。
アンター株式会社 コーポレートサイト(別ウィンドウで開く)

西山知恵子(にしやま・ちえこ)

株式会社リクルートや、デロイトトーマツ ベンチャーサポート株式会社などを経て、アンター株式会社取締役COOに就任。