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【障害とビジネスの新しい関係】企業連携で一人ひとりの強みを発掘。住友生命がセクターを超えた協働で挑む、新たな就労支援の形

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写真上段左から住友生命の柳谷さん、百田さん、枝川さん、日本財団ワーキンググループの山田さん。下段は日本財団ワーキンググループの奥平さん
この記事のPOINT!
  • 障害者就労は複雑な問題を抱え、一社一組織で解決することは難しい
  • 住友生命はシンガポールで現地企業と連携し、新たな就労支援のモデルづくりに注力している
  • 障害者雇用を企業の成長につなげるには、トップダウンとボトムアップの両輪での努力が重要

取材:日本財団ジャーナル編集部

この特集では、企業における障害者雇用や、障害者に向けた商品・サービス開発に焦点を当て、その優れた取り組みを紹介する。障害の有無を超えて、誰もが参加できるインクルーシブな社会(※)をつくるためには、どのような視点や発想が必要かを、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。

  • 人種、性別、国籍、社会的地位、障害に関係なく、一人一人の存在が尊重される社会

取材を行うのは、日本財団で障害者の社会参加を加速するために結成された、ワーキンググループ(※)の面々だ。

  • * 特定の問題の調査や計画を推進するために集められた集団

今回登場するのは、特例子会社(※)や本部で障害のある従業員が働き、女性や高齢者の雇用といったダイバーシティの推進にも力を入れている住友生命保険相互会社(別ウィンドウで開く)(以下、住友生命)。同社が2019年9月にシンガポールで立ち上げた、障害者就労の新しいモデルをつくるプロジェクト「TomoWork(トモワーク)」(別ウィンドウで開く)の取り組みを紹介する。

  • 障害者の雇用促進、雇用の安定を図るために設立された会社

情報システム部デジタルイノベーション推進室に所属する百田牧人(ももた・まきと)さん、柳谷雅子(やなぎや・まさこ)さん、枝川和貴(えだがわ・かずき)さんに話を伺った。

組織の枠組みを超え、障害者就労の課題に取り組む

奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。まずTomoWorkが立ち上がった経緯について教えてください。

百田さん:私たちの所属するデジタルイノベーション推進室には、保険領域だけでなく、周辺領域の介護や認知症、障害者就労などの社会課題に対し、オープンイノベーション(※)で課題解決を目指すミッションがあります。どの社会課題も非常に複雑で、一社一組織で解決できるようなものではありませんよね。

  • 自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を取り込んで、革新的な新製品やサービス、ビジネスモデルを開発し市場機会を増やすこと

そうした中、2019年にシンガポールで開催されたイノベーションプログラムへの参画をきっかけに、現地のパートナーと共に障害者就労の課題解決を目指して立ち上げたのがTomoWorkです。

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住友生命がシンガポールで取り組む、デジタル時代の障害者就労の新しいモデルをつくるプロジェクトTomoWork。障害当事者である参加メンバーとプロジェクトを牽引する百田さん(前列左から3人目)。写真提供:住友生命保険相互会社

このプロジェクト名は、現地パートナーが発案してくれたもので、「Tomo」には友人の「友」、共に取り組む「共」の意味が込められています。日本語を調べて発案してくれたことに驚きました。

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住友生命情報システム部デジタルイノベーション推進室の百田さん

奥平:さまざまな社会課題がある中で、障害者の就労支援に乗り出したのはなぜですか。

百田さん:私たちが生命保険という商品を扱う中で、単純に保険だけでは解決できない課題があることに気付きました。私たちは保険会社ですから、事故などでご自身やご家族が障害を負ったときに保険金をお支払いします。しかし、障害と共に生きていく方たちにとっての大きな課題は「どうやって社会復帰をするか」です。そのソリューションを提供することで、ご家族をもっと支えることができるのではないかと考えました。

また、私の子どもに先天的な視覚障害があり、障害者の就労問題を身近に感じていることもあります。

奥平:なるほど。ではなぜ、シンガポールで展開することになったのでしょう。

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日本財団ワーキンググループの奥平さん

百田さん:当社が加盟する「デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)」が主宰する「シンガポール・イノベーションプログラム」に参画したことが直接のきっかけです。参加してよく分かりましたが、シンガポールはイノベーション国家です。スタートアップへの投資額は日本の2倍以上で、スイスの有力なビジネススクールであるIMDが発表している世界国際競争力ランキングでも2年連続で1位を獲得しています。資源のない小国家なので、いかに人材を育て、イノベーションを起こしていくかを大切にしており、ビジネスの俊敏性がとても高いと感じました。

画像:IMD WORLD COMPETITIVENESS CENTER
IMD World Competitiveness ranking 2020 One year change
2020 1 Singapore 2019 1 Change 0
2020 2 Denmark 2019 8 Change 6 ↑
2020 3 Switzerland 2019 4 Change 1 ↑
2020 4 Netherlands 2019 6 Change 2 ↑
2020 5 Hong Kong SAR 2019 2 Change -3 ↓
2020 6 Sweden 2019 9 Change 3 ↑
2020 7 Norway 2019 11 change 4 ↑
2020 8 Canada 2019 13 change 5 ↑
2020 9 UAE 2019 5 Change -4 ↓
2020 10 USA 2019 3 Change -7 ↓
2020年6月16日にIMDが発表した2020年度の世界国際競争力ランキング。2年連続でシンガポールが1位を獲得した。引用元:IMD WORLD COMPETITIVENESS CENTER

奥平:シンガポールの障害者への支援政策についても教えていただけますか。

百田さん:シンガポールは1970年代以降急速に拡大してきた都市国家である一方、国民の経済格差が大きな社会課題にもなっています。政府も格差是正に取り組んでおり、障害者への取組みに関して言えば、大統領自身が基金やアワードをつくったりしながら、障害者の就労のイノベーションを推し進めようとしています。

シンガポールには日本と違って法定雇用率はありませんし、障害者手帳のような仕組みもなく、福祉が充実しているとは言えないかもしれません。しかし、それがゆえに、障害のある方が良い意味でハングリーという面もあります。スキルを身に付けて積極的に働きたいという方が多く、TomoWorkでも参加した障害のある方が驚くような成果を上げています。

一人ひとりの強みを発掘。最初のトライアル後に5名が就職

奥平:TomoWorkでは、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。

百田さん:2019年9月に2週間かけて、障害者の就労モデルをつくることを目的として、現地の複数のパートナー企業や障害当事者の方たちと一緒にトライアルを実施しました。私たちはこれをフェーズ1と呼んでいます。

当時は、「スキル開発」「場所」「働き方」の3つのテーマを掲げ、「スキル開発」では障害のある方との共創活動を通じて、参画企業へのプレゼンを実施しました。「場所」では、障害のある方のためのコワーキングスペースの在り方についてアイデアをまとめました。「働き方」では、障害者の適性の見極めと最適な求人とのマッチングに必要な情報プラットフォームのアイデアをスケッチしました。

プロジェクトには15名の障害のある方が参加し、当初は自信がない人もいましたが、プログラムを通じて自信をつけ、最大限のパフォーマンスを発揮してくれました。その結果、トライアル終了後に15名のうち5名の方に就職先が決まるなど、思わぬ成果を上げることができました。この経験が、今の取組みの柱となっている「アクセラレーションプログラム(※)」につながりました。

  • 短期間で事業を成長させるための、ベンチャー企業や中小企業を対象としたプログラム。アクセラレーター(メンター)と呼ばれる支援者との定期的な面談などを通して事業の検証・精査を二人三脚で行う

そして2020年1月から始まったフェーズ2ではアクセラレーションプログラムに特化し、多国籍企業との共同プロジェクトを実施したり、フェーズ1でスケッチした障害者就労を実現するための情報プラットフォームのモックアップを作成したりするなどしました。

写真:障害のある人々が参加し、共創活動を行っている様子
TomoWorkでの実施したトライアルの様子。写真提供:住友生命保険相互会社
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共創しながらプロジェクトに取り組む障害のある方々。写真提供:住友生命保険相互会社

奥平:TomoWorkの運用体制はどのようになっているのでしょうか。

百田さん:私たちが所属しているデジタルイノベーション推進室のメンバーのうち3名ほどが主体となって運営しています。そして、プロジェクトのフェーズごとに、現地でパートナー企業を募ったり、障害のある方は政府系機関・高等教育機関やNPO等を通しての紹介いただき参加いただいたりしています。

奥平:このプロジェクトに参加した障害のある方には、どのような変化が見られましたか。

枝川さん:印象的だったのは、フェーズ2で一緒になった障害のある方。スキルがあって分析力に長けた方だったのですが、他のメンバーとぶつかることもありました。

でもプロジェクトを通して、相手を思いやるコミュニケーションを学び、「彼はここが苦手だから僕がやるよ」とか「クライアントにこんなことを聞かれると思うから、こんなアプローチをしてみては」というような、自身の長所を良い方向に生かせるようになりました。その変化を見て、とてもうれしかったのを覚えています。

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住友生命情報システム部デジタルイノベーション推進室の枝川さん

山田:日本財団ワーキンググループの山田悠平(やまだ・ゆうへい)です。障害者の就労支援に取り組み始めたことで、住友生命さんに良い影響はありましたか。

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日本財団ワーキンググループの山田さん

百田さん:1年半前にシンガポールでの取り組み結果を日本で報告したときに比べ、その後も粘り強く継続してく中で理解者が増え、理解も深まってきたように感じます。社会の流れも変わってきているように思いますし、企業として経済価値に加えて社会価値を追求することが今の時代に求められていると感じます。

山田さん:逆に皆さんがTomoWorkに関わったことで、ご自身に変化はありましたか。

枝川さん:障害のある方のサポートをするという視点が途中から消え、障害の有無に関係なく、それぞれの強みを持ち寄って支え合うという視点に変わったことです。

当初私は障害のある方が近くにいた経験がなくて、無意識に身構えてしまっていました。でも私自身が英語で何かを伝えるということが苦手で、それを参加した障害のある方が汲み取り、言い換えて助けてくれたり、逆に、分析力は高いけれどエクセルが使えない人に対して私が手助けをしたり。そうやって助け合いながら全員が力を発揮できたので、パートナー企業の満足度も大きく、成果につながったと思っています。

柳谷さん:外部の人と連携し、それぞれができることを少しずつ持ち寄ると大きなことが成し遂げられることが実感できたことです。私は社内の人との仕事が長かったため、貴重な経験になりました。

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住友生命情報システム部デジタルイノベーション推進室の柳谷さん

障害者就労で重要なのは、トップダウンとボトムアップの両輪

百田さん:2021年3月からは、高等教育機関の卒業見込み生または卒業生である20歳前後の若い障害のある方々に参加してもらい、新たなプログラム(フェーズ3)がスタートします。さまざまなヒアリングと対話を重ねてきた結果、障害者教育を担う高等教育機関や企業、政府系機関も、障害者就労の課題を解決しようと尽力しているのになかなか結果につながらない現実に気付きました。そこでTomoWorkは実働部隊として、その真ん中に立ち、課題解決を目指していきたいと考えています。

図の中心に、高等教育機関、企業、政府系機関・財団、ソーシャルセクターの実働部隊として協働するTomo WORK。
高等教育機関とは、基礎教育、タレントのパイプライン、転職支援を展開。就労と教育のギャップを埋めるために、企業とは、インターンシップ、コーポレートプロジェクト、メンタリング、採用・就労を展開。政策と就業のギャップを埋めるために、政府系機関・財団とは助成金、ファンディング、企業のD&I啓発、各種サポートを展開。政策と社会課題のギャップを埋めるために、ソーシャルセクターとは、コミュニティビルディング、エンゲージメント、障がい当事者とのパイプを展開。
フェーズ3以降のイメージ。TomoWorkが実働部隊として中心に立ち、社会が抱える障害者雇用の課題の解決を目指す。 画像提供:住友生命保険相互会社

百田さん:現地のパートナー企業約20社に参加いただくのと並行して、フェーズ3からはソフトスキル(※)を磨くプログラムにも力を入れていきます。「働くことはどういうことなのか」という考え方から始まり、どんな風に自分を磨いていけばいいのか、自己分析に心理学を取り入れたアセスメントも行う予定です。さらにパートナー企業が実践的なプロジェクトを提供し、障害当事者のメンターも伴走するという取り組みで、ぜひ成果を上げて日本にも持ち帰りたいと思っています。

  • コミュニケーション力、協調性、自発性、リーダーシップといった数字では表せない質的なスキル  

奥平:住友生命さんは2020年9月に、企業における障害者の社会参加を推進する世界的な運動「The Valuable 500」(別ウィンドウで開く)に署名をされていますが、何か社内に良い影響はありましたか。

百田さん:はい、とても大きな変化がありました。The Valuable 500で、住友生命は「新しい障害者の就労モデルをつくる」ということにコミットメントしました。SDGsへの貢献を中期経営計画に掲げる中、このコミットメントによって、物事がさらに進めやすくなり、私たちプロジェクトチームの大きなよりどころとなっています。また私たちのパートナー企業も、The Valuable 500に加盟しているところが多く、協力を得られやすくなりました。

山田:これから、障害者雇用に取り組む企業もあると思います。どんなところから一歩を踏み出せばよいか、アドバイスをいただけますでしょうか。

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障害者インクルジョーンを推進するために必要な企業姿勢について語る百田さん(写真左端)

百田さん:トップダウンとボトムアップの両輪で動くことが非常に大切だと思っています。トップダウンはValuable500が好例で、これは世界の名だたるグローバルリーダーたちが障害者の社会参画を真剣に捉えている表明ですよね。ボトムアップは、私たち自身が障害者の持つ強みに着目して成果を積み上げていくことだと思います。

また、今、世の中には多様なニーズを持つ消費者がおり、障害のある方もその一部だと思います。そういったニーズを捉える点という意味でも、多様性と包摂性をイノベーションのドライバーと考えているグローバル企業は確実に増えてきていると感じます。

奥平:最後に今後の目標を教えてください。

百田さん:障害者が社会から取り残されるのではなく、強みを生かして働き社会参画することは極めて大きな意味を持つと思います。税金で支えられる側から、税金を納める側になる方が増えるとすれば社会的なインパクトも大きいですよね。何よりも、障害の有無等によらず誰もが働き甲斐をもって生きていける、そんな社会づくりに貢献していきたいと思います。

奥平:私たちも何らかの形で協働できるとうれしいです。本日はありがとうございました。

撮影:十河英三郎

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