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【障害とビジネスの新しい関係】トップの舵取りと地道な種まきが賛同の輪を広げる。昭和電工のインクルーシブな組織づくり

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左下から時計周りで、昭和電工の人事部ダイバーシティグループの市川さん、鈴木さん、荒さん、日本財団ワーキンググループの奥平さん
この記事のPOINT!
  • 昭和電工では社内専用の「障がい者インクルージョン応援サイト」を立ち上げ、D&I(※)を促進
  • 企業のトップリーダーが舵取りを行うことで、社内意識に大きな変革をもたらす
  • ワークショップの実施等を通じて賛同者を増やし、会社全体にムーブメントを起こす
  • ダイバーシティ&インクルージョンの略。性別や年齢、人種、障害の有無などに関係なくそれぞれの多様性を尊重し、活かし合う考え方

取材:日本財団ジャーナル編集部

いま、グローバル企業にとって重要な経営テーマとなっているD&I。前回の記事で紹介した日本を代表する化学メーカー・昭和電工株式会社(外部リンク)は、「オンリーワンの個性を、チカラに変える。」をスローガンに、知的・発達・精神障害のある社員の雇用ノウハウを蓄積する部署「ジョブ・サポートチーム(以下、JST)」を設置し、「障害のある社員と共に働く」モデルケースをつくり社内に共有することでD&Iを推し進めている。

2020年には、障害者の社会参加を促進する世界的規模のネットワーク組織「The Valuable 500(ザ・バリュアブル・ファイブハンドレッド)」(外部リンク)に参画。そのことをきっかけに、組織内の障害者に対する理解が急速に進んでいるという。

人事部ダイバーシティグループ・グループリーダーの荒博則(あら・ひろのり)さん、JSTを率いる同グループの鈴木秀明(すずき・ひであき)さん、市川友紀(いちかわ・ゆき)さんに、日本財団ワーキンググループ(※)のメンバーが取材を行った。

  • 日本財団において、障害者の社会参加を加速するために調査や計画を推進するメンバー

※部署名、役職名は、取材実施した2021年12月時点のものになります

「強制」ではなく「共感」を集める

奥平:日本財団ワーキンググループの奥平真砂子(おくひら・まさこ)です。今回は、昭和電工さんのD&I、特に障害者インクルージョンの取り組みについて伺いたいと思います。障害者に対する社内理解を促進する上で、大切にされていることは何ですか?

鈴木さん:ひと言でいうと、「無理やりに押し付けない」です。お腹がいっぱいの人に食べ物を提供しても喜ばれませんよね?だから、まずはお腹を空かせてもらうための仕組みが必要だと考えました。

私たちが掲げているスローガン「オンリーワンの個性を、チカラに変える。」は、「障害のある社員」ということを前面に押し出すことなく、さりげなくアピールするために考えた言葉です。JSTでは社内の名刺印刷やポスター、パンフレットなどの印刷を請け負っているのですが、「オンリーワンマーク」を作成し、名刺の箱や社内メール便で使う封筒のひな形など、JSTで作成したものに貼るようにしています。まずはこのマークがJSTの存在を意識するきっかけになればいいなと思っています。

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昭和電工のD&Iを推進するために作成された「オンリーワンマーク」
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昭和電工の障害者インクルージョンの取り組みについて話す鈴木さん

奥平:社内で「インクルーシブな職場環境づくり」について賛同者を募る「オンリーワンサポーター500」も展開されていると耳にしました。

鈴木さん:私は2014年に入社して以来、障害者雇用の促進に取り組んできましたが、応援してくれるコミュニティがあればいいなと思っていました。とはいえ、社内の意識を一気に変えるのは簡単なことではありません。

2020年にThe Valuable 500へ参画することになり、これをきっかけに、みんなでポジティブに取り組めたらという思いから生まれたのがオンリーワンサポーターです。まず、社内専用の「障がい者インクルージョン応援サイト」を立ち上げ、サポーターを募りました。

写真:「障がい者インクルージョン応援サイト」 TOPページ
昭和電工の 社内専用の「障がい者インクルージョン応援サイト」

鈴木さん:2014年に「精神・発達・知的障がい者と一緒に働くためのガイドブック」というものを制作し配布したのですが、その時はただ配っただけで、社内に何も変化は起きませんでした。

その反省も踏まえ改訂版を作成することを検討し、2020年の冬にはThe Valuable 500へ参画した理由やグループ内の雇用の成功事例をまとめたD&Iパンフレット「障がい者インクルージョン編」を作成し配布しました。そして、これをもとに国内541チーム(職場)、国外16チームが「D&Iワークショップ」を実施してくれました。当初、500人のサポーターを集めることを目標にしていたのですが、2021年11月までに4,000人以上の方がサポーターに登録してくれています。

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2020に作成されたD&Iパンフレット「障がい者インクルージョン編」(左)とサポーターに配られるオンリーワンサポーター500ステッカー(右)

奥平:すごい!目標の8倍以上の方が登録されたのですね。

市川さん:JSTの存在が少しずつ認知されてきたということもありますが、何より前社長である森川宏平(もりかわ・こうへい)が障害者インクルージョンの取り組みに対して舵を切ると宣言し、The Valuable 500に参画することでグローバルメディアに向けても発信したことが、組織内の意識変革に大きな影響を与えたのだと思います。

奥平:強力なリーダーシップが、昭和電工さんのD&Iを推し進めているのですね。

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The Valuable 500への参画に対する社内の影響について語る市川さん
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社内専用の「障がい者インクルージョン応援サイト」には森川前社長のメッセージが掲載されている

すぐに実践できる4つの「変える」を提案

奥平:D&Iワークショップでは、どんなことが行われているのですか?

鈴木さん:D&Iパンフレット「障がい者インクルージョン編」には、障害をどうしたら自分事としてとらえることができるか、そのヒントを散りばめてあります。The Valuable 500の創設者のキャロラインさんのメッセージ動画を見て、パンフレットを読み、それを参考にしながら障害について考える機会を設けています。その上で、昭和電工グループのD&I推進のキーワード「マネジメントを変える」「コミュニケーションを変える」「働き方を変える」「自分を変える」という4つの「変える」を、障害者インクルージョンや一人一人の4つの変えるに置き換えて考えてみましょうと提案し、障害や病気のある社員を含む全ての社員が安心して力を発揮できる職場環境にするために、「自分事としてとらえてみませんか?」と呼びかけています。

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D&Iパンフレット「障がい者インクルージョン編」には「4つの『変える』」を実践するための意識や行動が紹介されている

奥平:社員の方からはどのような反響がありましたか?

市川さん:「障害といっても人それぞれ違うのだから、障害を受け入れる側も、理解してもらう当事者側も、双方の努力が重要」や「将来的には『障害者』という概念を感じることがない世の中にしたいと思う」など、たくさんの貴重な意見や感想が届いています。

「そもそもインクルージョンって何?」という声もありましたが、疑問を持つということは関心があるということ。一人一人の社員が障害者インクルージョンに関心を持ち、「自分には何ができるだろう?」と考える仕掛けをするのが私たちの役割だと思っています。

奥平:疑問や関心を持つことがはじめにおっしゃっていた「お腹を空かせてもらう」ということにつながるんですね。ちなみにD&Iワークショップの他に、社員の方に何か発信をされていますか?

鈴木さん:これまでは「種まき」期間でしたが、次のステップは拡大期間として、応援ポータルサイト上でD&Iについて詳しく学べるeラーニングコンテンツを提供しています。もちろんこれも強制ではなく、気になった方が自由に見てくださればという考えでつくっているものです。

ちなみに、このコンテンツはJSTのメンバーが作成しており、いま2本目のコンテンツ制作に取り組んでいるところです。私には思いつかないようなデザインやアイデア、見せ方の発想など随所に盛り込まれていて、社員の方からは「とても分かりやすい」と好評をいただいています。

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eラーニングコンテンツの作成に取り組むJSTのメンバー

「JSTにしかできない」職域を拡大し、社内理解を深化させる

奥平:とても良い形でD&Iが進んでいるようですね。では、今後の展望についても教えていただけますか?

荒さん:障害者雇用というと「補助的な業務」をイメージする方が多いかもしれません。ですが、私がJSTのメンバーと一緒に仕事をした時に、高いIT技術を有していることに驚かされました。その際に、社内において「他の人にはできないことがJSTのメンバーにはできる」という価値の出し方があるのではないかと考えました。

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JSTのメンバーの活躍に期待を寄せる荒さん

荒さん:そこで思いついたのがeラーニングコンテンツの作成です。既に多くの部署で独自にeラーニングコンテンツを作成していますが、自分たちで見よう見まねで作ると退屈なコンテンツになりがちです。一方、外部に頼めば見栄えはいいが中身が伴わない。JSTならビジュアルも内容も、レベルの高いコンテンツが作れるのではないかと考えました。

そしてこのコンテンツが話題になれば、他の部署からICTの仕事を任されるようになり、さらにいい人材が集まって、会社全体のデジタル化推進にもつながるのでは…。私はJSTのメンバーに対してそんな期待を抱いています。

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昭和電工の障害者インクルージョンについて取材をする奥平さん

鈴木さん:私たちの目的は、まず、障害者インクルージョンに対して興味を持ち、賛同者を増やすことです。時間はかかりますが、種がまかれた人に向けて「知識」という栄養を与えていけば、必ず花が咲き、インクルーシブな環境がつくられていくと信じています。

実は私自身も2013年に心臓発作を起こし、胸にICD(小型のAED)を埋め込む手術を受けたのを機に障害者手帳を取得しました。はじめは自分が「障害者」と呼ばれることに対して抵抗がありましたが、生活をする中で配慮してほしいことが出てきて、それを自ら発信しなければ誰にも伝わらないということに気付きました。健康な人にとっては全く想像できないかもしれませんが、誰でも障害者になる可能性があることを少しでも考えてもらえればと思っています。

奥平:これからさらに理解が広がればいいですね。今日はありがとうございました。

撮影:十河英三郎

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