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分解されないから、永遠に残る化学物質「PFAS(ピーファス)」は、何が怖い?

- 化学物質「PFAS(ピーファス)」を使った製品は水や油をはじく性質、化学的に安定した性質から、生活用品・工業製品などに多用されてきた
- 環境中で分解されにくいため、土壌に残ったPFASが水道水汚染を起こしていることが近年明らかに
- 人体への悪影響も判明。法整備とその対応の重要性を訴えていくことが重要
取材:日本財団ジャーナル編集部
化学物質「PFAS(ピーファス)」(※)による、水道水の汚染が問題になっていることをご存知でしょうか。
- ※ 「Perfluoroalkyl and Polyfluoroalkyl substances」の略。日本語ではペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物と呼ぶ。1万2,000種類以上の合成化合物の総称
PFASは有機フッ素化合物のうち人工的に作られたフッ素が多い化合物の総称で、PFASを使った製品は水や油をはじき、分解しにくいという性質があるため、1940年頃から防水スプレーや、レインコートなどさまざまな生活用品に幅広く活用されてきました。
しかし、PFASの中には2000年頃から有害性を指摘されるようになり、製造・輸入が禁止になっているものがあります。それが「PFOS(ピーフォス※1)」、「PFOA(ピーフォア※2)」です。
- ※ 1.正式名称はペルフルオロオクタンスルホン酸。半導体製造や金属メッキの薬剤、泡消火剤などに使われた
- ※ 2.正式名称はペルフルオロオクタン酸。フッ素樹脂製造、繊維、医療、食品包装紙などに使われた

これらの物質による環境汚染が2000年頃にアメリカの研究者により明らかになり始め、日本各地でも調査が行われるようになると、沖縄や東京・多摩地区、大阪などの地域で水の汚染が起きていることが分かりました。
その後も各地で調査が続き、2022年の環境省の発表(外部リンク)では、国内111地点の河川、地下水で暫定目標値(1リットル中、50ナノグラム以下)を超える数値が検出されています。
PFASは分解しにくい性質があるため、「永遠の化学物質」と呼ばれ、自然環境中に長く残留します。そして、残留したPFASが土壌に入っていくと地下水に浸透し、水道水にまで汚染を広げていくといわれているのです。
では、PFASはどのような被害を及ぼすのでしょうか。今回、京都大学大学院医学研究科准教授であり、2002年からPFAS汚染の調査に取り組んできた原田浩二(はらだ・こうじ)さんにお話しを伺い、PFASとは何なのか、人体への影響、日本を含めた世界各地の規制の取り組みについてお話しを伺いました。

身近な製品に使われてきたPFAS。2000年頃から明らかになったその有害性
――PFASはどんな製品に使われてきたのでしょうか。
原田さん(以下、敬称略):1940年代に開発されてから、挙げればきりがないほどさまざまな製品に使われてきました。一例を挙げると、防水スプレーや、レインコート、フライパンのコーティング、ハンバーガーなどの耐油性の包み紙などです。これらの製造にはPFASの一種であるPFOS、PFOAが使われてきました。
また、空港や基地などでは、火災が起きた際にガソリンに引火して大きな火災となりやすいため、一般的な消火剤でなく、泡消火剤というものが配備されているのですが、この泡消火剤にもPFASの一種であるPFOSが使われていました。
――そのPFASが環境汚染につながっていると問題視されるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
原田:1990年代の後半くらいからです。一部の研究者から、「PFASは壊れにくい性質を持っているため、自然環境中でも分解されないのではないか」という指摘がされ始めたのがこの頃でした。
そして、PFAS問題がとりわけ世間の注目を集めるようになったきっかけが、2000年に化学メーカーの3M社が、環境や生態系への汚染を理由にPFOS、PFOAの製造を自主的に中止すると発表したことです。
PFOS、PFOAは3M(スリーエム)社が自社製品として積極的に製造してきたものであったため、産業界にも衝撃を与えました。

――その後の動向は、どうなっていったのでしょうか。
原田:3M社の発表を受けて、環境の研究者からも注目が集まるようになり、現状どれだけPFASが広がっているかという調査が各国で行われ始めました。
その結果、世界の各地でPFASが検出されるような状況となっていて、汚染がかなり広がっているということが分かったんです。
こういった結果を受けて、最初に動き出したのはアメリカで、PFOS、PFOAを環境中に排出させないよう、企業に向けて強い要請を出しました。アメリカはグローバル企業も多く、そういった取り組みが世界に広がっていくきっかけにもなりました。
――そこから世界各地で規制が始まっていったのですか。
原田:そうですね。一番大きな動きとしては、2009年にストックホルム条約(※)で、PFOSが規制の対象に指定されたことです。そのため条約加盟国ではPFOSの新規製造を原則中止することになり、日本もストックホルム条約を批准(ひじゅん)していますので、同様の対応をとることになりました。
その後、2019年にはPFOAも同様にストックホルム条約で規制の対象となり、少しずつ法律的な枠組みも作られてきているところです。
- ※ 残留性有機汚染物質(毒性が強く、残留性が高いなど人体および環境への悪影響を有する化学物質のこと)の廃絶や、削減を国際的に協力して行うために2001年に採択された条約。POPs条約とも呼ぶ
――実際にPFASが人体に与える影響について教えてください。
原田:PFOS、PFOAについてはこれまで多くの研究や調査が行われており、さまざまなことが明らかになってきています。
一番有名なデータは、1990年代にアメリカの化学メーカーであるデュポン社の工場があった汚染事例(※)において、地域の住民7万人ほどのPFAS摂取量と健康影響を調査した結果です。
動脈硬化にもつながる血液中のコレステロール値の高さや、腎臓がん、精巣がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)、妊娠高血圧症との間に関連性が高いという結論が発表されました。関連性が高いというのは、必ずその病気になるというものではないが、発症する確率、リスクが上昇しているということです。
- ※ デュポン社の工場からの廃棄物によって土地が汚染され、190頭もの牛が病死したことに始まった、ウェストバージニア州とオハイオ州の住民7万人を原告団とする一大集団訴訟に発展した事例。裁判の結果、住民側が和解による損害賠償を勝ち取り、和解金の支払いと住民の健康調査を行うことになった
――他にも人体への影響はあるのでしょうか。
原田:母体の血液中PFAS濃度が高かった場合、生まれてきた子どもの体重が低下する傾向にあるといわれています。アメリカやヨーロッパで行われた調査では、子どもの免疫力に影響が出るともいわれており、ワクチンを打ったあとに血液中に抗体ができづらいという事例もあるようです。他にも肝臓への影響もあるという研究結果も出ています。

暫定目標値を超える河川、地下水は111地点。検査の義務化も課題
――日本は、PFAS問題に対してどのような調査が行われてきたのでしょうか。
原田:2002年に私も在籍していた調査チームが発足したのを皮切りに、各地で調査が始まりました。
まず、全国79カ所の河川を調査したところ、東京の多摩川ではPFOSが、大阪の淀川ではPFOAが高濃度で検出されました。多摩川は東京都福生市にある横田基地、淀川は空調メーカーであり、フッ素化学メーカーでもあるダイキン工業の淀川製作所が流出元だった可能性が考えられました。
その後も各地で調査が続きました。2014年から2016年の沖縄県が独自の調査で、沖縄県中部の水道水の調査を行ったところ、高いPFAS濃度であったことを公表しました。2016年のアメリカの目標値だった「PFAS、PFOA合算で1リットル中70ナノグラム以下」という値を超えていました。
その後、2019年に沖縄県宜野湾市の住民から京都大学に依頼があり、地域住民の血液検査を行いました。すると、PFASが高く検出された地域の浄水場の水道水を使っている人たちは、血液中のPFAS濃度も高くなることが判明し、水道水の影響が確かにあることが判明したんです。
こういった事態から県知事の要請もあり、2020年に厚生労働省と環境省が水道水や地下水などに関する暫定目標値を設定することになりました。
PFOSとPFOAを合わせて、1リットルあたり50ナノグラムというのがその数値です。

――日本でこの目標値を超えている地点は、現状どのくらいあるのでしょうか。
原田:2020年度の河川、地下水の調査では37地点が該当していたのですが、2022年度の環境省の調査によると、東京、神奈川、大阪、兵庫、沖縄など16都府県の111地点で目標値を超えるという結果が出ました。このうちいくつかでは水道水にも影響を与えています。
PFOS、PFOAが製造されなくなって10年以上が経過していますが、過去に使っていたものが土壌や地下水の中に残っていることが大きな問題で、今後も新たな場所から発見されることもあると思います。
――それに対して日本では、何か対策が取られているのでしょうか。
原田:水道の検査は随時行われており、濃度が高く検出された場合にはそれを下げるよう取り組みがされているところです。水の浄化方法はいくつかあるのですが、活性炭を使用した処理というのがよく行われています。

原田:ただ、検査は義務ではありませんので、見過ごされる場所もありますし、自治体が管理していない企業や個人が管理している水道も中にはあるので、どんな状況か全容が明らかになっていません。2024年5月には環境省、国土交通省が検査結果の報告を要請しましたが義務ではありません。
水道水の安全性を確保するためには、検査が義務となるように行政が動いてくれることを望んでいます。
――他にも行政に求めることはありますでしょうか。
原田:やはり、法整備です。PFASを使用してきた企業がきちんと処理を行い、汚染が広がらないようにするためには、排水に対する規制が必要ですが、法律上の効力がないと、自治体が企業に要請することもできません。
日本の法律には「水質汚濁防止法」「土壌汚染対策法」という、運用次第では強力な効力を発揮する法律がありますので、こちらをPFASでも運用できるようにすれば排水対策、土壌汚染対策は大きく前進するはずです。
行政が取り組むべきこととして声を上げることが重要
――PFAS問題を解決するため、一人一人ができることはどんなことでしょうか。
原田:個人の生活を守るためにできることとしては、水道の汚染状況を知る(水道担当窓口、自治体ホームページ)、東京都などに設置されたPFAS汚染の相談窓口(外部リンク)を利用する、浄水方法の改善を訴える、PFAS濃度が比較的高い地域では個人ごとに浄水器を設置するなどの対策があります。
直接的な対策を個人で行うというのは難しいのですが、PFOS、PFOAについて行政や政治がしっかり取り組むべき課題だということを、国民として示す必要はあると思います。
また、2024年6月からPFASの中のPFHxS(ピーエフヘクスエス:ペルフルオロヘキサンスルホン酸)に対しても新規製造などの規制が厳しくなりました。消費者としては、PFAS自体が使われていないPFASフリー製品を選ぶということも重要かと思います。
PFASを使わない選択をしている企業も段々と広がってきています。そういった企業の製品を選び、企業の取り組みを後押しすることも大切です。
編集後記
PFASは環境中にも、体内にも長く蓄積される特性があり、環境汚染も、健康被害についてもまだ完全には明らかになっていません。今後もっと事態が深刻化する可能性もある点が非常に怖いと感じました。
自分の暮らす地域でどのような対策が取られているのか目を光らせ、疑問があれば声を挙げていく必要がありそうです。
原田さんは各地の市民団体と協力しながら、今も汚染の調査や研究に取り組んでいるとのことです。今回の取材で「PFAS問題はまだ始まったばかり」という原田さんの言葉がとても印象的でした。
〈プロフィール〉
原田浩二(はらだ・こうじ)
京都大学大学院医学研究科准教授。専門は環境衛生学。京都大学大学院医学研究科助教、講師を経て2009年から現職。2002年に京都大学で小泉昭夫(こいずみ・あきお)教授(現・名誉教授)の調査チームの一員として、PFAS汚染の調査に取り組み、近年は国内各地の市民団体と協力しながら、調査・研究に力を入れている。
原田浩二准教授の研究ページ 公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。