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能登半島地震でも大活躍。早く、安く建てられる「インスタントハウス」が避難所生活を変える

能登半島地震の避難所である輪島中学校に建てられたインスタントハウス。左端が開発者である北川教授。画像提供:名古屋工業大学
この記事のPOINT!
  • 避難所の生活は過酷。避難生活によって健康状態が悪化し亡くなる、災害関連死(※)があとを絶たない
  • インスタントハウスと呼ばれる、被災時の居住環境を改善する簡易住宅が誕生。能登半島地震でも活躍
  • 日常から災害発生時を想定し、近所のコミュニティを確認しておくことで、避難所でもスムーズに助け合う空気が生まれる
  • 災害によるけがや、避難生活による健康状態の悪化が原因で亡くなること

取材:日本財団ジャーナル編集部

世界有数の災害大国である日本。災害が起き、家屋の倒壊やライフラインの断絶が起きると、避難所で過ごすのが一般的ですが、生活環境が整っているとはいえないのが現状です。冬の寒さや夏の暑さの厳しさ、雑魚寝……。衛生面の配慮も薄く、プライバシーも確保されていないといいます。

2024年、能登半島地震における避難所の様子。画像引用:令和6年能登半島地震における避難所運営の状況|内閣府(防災担当)(外部リンク/PDF)

また、仮設住宅が建てられるまでには3カ月から6カ月ほどかかるのが一般的で、長期間の避難所での生活は過酷を極めます。その結果、健康を害したり、適切な医療が受けられないまま亡くなったりする、災害関連死が起こっています。

2024年、能登半島地震の際の仮設住宅。画像引用:応急仮設住宅(建設型)について(災害救助法:令和6年(2024年)能登半島地震) | 石川県(外部リンク)

実際、2024年1月に起きた能登半島地震でも死者341人のうち、災害関連死は112人にも上っています(2024年8月9日時点での情報)。そして、地震発生から半年近くが経っても、いまだ2,000人以上の人が避難所生活を続けており、その危険にさらされています。

そんな過酷な避難所生活を少しでも改善しようと、新たに開発されたものもあります。名古屋工業大学の北川啓介(きたがわ・けいすけ)教授が開発した「インスタントハウス」です。

インスタントハウスは早く、安価につくることができ、空気の層を活用し、断熱性に優れているため快適に過ごすことができます。また、プライバシーを保護し、心安まる空間にもなることから、仮設住宅代わりに活用され始めています。

今回、北川教授にインスタントハウスの特徴や開発のきっかけ、日本の避難所の課題などについて伺いました。

名古屋工業大学のキャンパス内に設置された、屋外用インスタントハウスからオンライン取材に応じる北川さん

子どもの「先生だったら来週にでも建ててよ」の一言で開発を開始

――まずインスタントハウスの特徴について、教えていただけますか。

北川さん(以下、敬称略):早く、安価に建てることができる簡易住宅の一種です。インスタントハウスには、テント倉庫(※)などに使われる膜材(まくざい)を使った屋外用と、段ボール製の屋内用があり、どちらも空気を多分に含んだ構造で断熱性に優れているため、外気の影響を受けづらく、快適に過ごすことができます。

  • 軽量鉄骨を組み、その上からシート膜をかぶせてつくる倉庫

――屋外用、屋内用それぞれの組み立て方や費用について教えてください。

北川:屋外用は膜材の中に送風機で空気を入れ、膨らまし、断熱材を吹き付けることで完成します。施工業者が一人いれば1~2時間ほどで建てることができます。原価は20万円ほどです。

屋内用の段ボール製インスタントハウスは、壁パーツと屋根パーツに分かれていまして、それを組み立てて専用の器具で留めるだけで完成します。原価は1万円程度、慣れてくればお子さんでも15分くらいで組み立てることが可能です。

屋外用インスタントハウス(左)と、段ボール製の屋内用インスタントハウス(右)。画像提供:名古屋工業大学

――インスタントハウスをつくろうと思ったきっかけは。

北川:東日本大震災の際に、建築の専門家の一人として石巻市と仙台市の避難所を視察させてもらったのですが、この時に出会ったある男の子の言葉がきっかけでした。

視察1日目の夜に石巻中学を訪れ、1時間ほどの視察を終えて避難所をあとにしようとした時、小学校3年生、4年生くらいの男の子たちから声をかけられたのが、「なんで仮設住宅を建てるのに、3カ月から6カ月もかかるの? 大学の先生だったら来週にでも建ててよ」という言葉でした。

それに対して私は何も返す言葉がなく、悲しかったし、悔しかったんですよね。建築を専門とする者として何かできたらという思いに駆られ、その後5年間の試行錯誤を経て完成したのが、インスタントハウスです。

北川さんが考えた既存の建築の特徴とその対義語

重い→軽い
高価→安価
部材が多い→部材が少ない
多人数でつくる→一人でつくる
トラックで搬送→人力で搬送
表面積が大きい→表面積が小さい
接合部がある→接合部がない
開発にあたり、まずは一般的な建築に時間がかかる要因の対義語を考え、共通する概念が「空気」であることに気付き、空気を活用する建築構造に行き着いたという

新聞記事がきっかけで寄付金は6,100万円に。被災地でも即活用

――能登半島地震の避難所にも、インスタントハウスを設置したとのことですが、どのような経緯だったのでしょうか。

北川:地震発生当日、私は自宅のある名古屋で大きな揺れを感じ、「これは大変なことになる」と段ボール製のインスタントハウスを10軒分くらい持って、翌日には現地入りしました。

現地に知り合いがいたわけではないので、輪島市や穴水町(あなみずまち)の避難所を回り、現地の方と情報交換をするうちに、市の職員の方から輪島中学校への設置をお願いされました。

輪島中学校では体育館の両側の窓が全部割れてしまって、本当に寒い状況だったんです。そこで体育館の奥や、校舎の踊り場などに持ってきたインスタントハウスを設置しました。

輪島中学校の体育館で子どもたちとインスタントハウスを組み立てる北川教授。画像提供:名古屋工業大学

――反応はいかがでしたか。

北川:設置してすぐに授乳室や着替え室、子どものおむつ替えスペースとして使ってくださいました。中でも印象的だったのは、インスタントハウスを建てている様子を近くで見ていた3歳の女の子が「おうちができた」と大きな声で言ってくれたことです。その子の家は倒壊してしまっていたようなのですが、そんな状況で喜んでくれたことがたまらなかったですね。

――うれしくもあり、切ない言葉でもありますね。

北川:はい。この時の様子を新聞社が取材してくれていて、その記事が掲載されたことで思わぬ展開につながりました。

記事を見てくださった方が、「このお金でインスタントハウスを現地に届けて」と寄付をしてくださったんです。顔見知りの方は私に直接渡してくれましたし、大学にも寄付をしたいという問い合わせが続々と入ってきました。

2024年6月現在で6,100万円が集まっており、いまだに寄付をいただいております。今はその寄付金をもとに、インスタントハウスを現地に発送していて、4月上旬には屋内用約1,000軒、屋外用173軒をお届けすることができました。

――それでもまだ足りていない状況なのでしょうか。

北川:はい。石川県には少しずつ仮設住宅が出来上がっていますが、屋根のある避難場所が足りていません。避難所すら被災していて、崩れそうな体育館に身を寄せている人もいる状況(※取材は2024年6月に実施)です。

インスタントハウスは、感染症にかかった方を隔離することもでき、感染拡大防止にも一定の効果があることが分かりましたので、被災地の生活を支えるためにも引き続き現地に届けていきたいと思っています。

日本の避難所は「我慢」が前提。弱者ケアへの考え方が課題か

――日本では災害が発生する度に避難所の過酷さが話題になります。実際にはどんな点が問題なのでしょうか。

北川:一般的には人が暮らすことを想定していない場所に、混乱状態のままみんなが集まるわけですから、ルールもないまま場所取りが起きたり、プライバシーも確保できなかったりして、まるで「社会がない」ような状態に陥ってしまいます。

また食料品、水、寝具などが圧倒的に足りません。一応、備蓄品などはありますが、3日間分くらいしか想定されていませんし、利用する人数が多ければ行き渡らないことも当然あります。

――長期間の避難がそもそも想定されていないわけですね。

北川:はい。さらに日本では、避難所生活は我慢が当たり前です。備蓄品は最低限のラインで設定されているため、日常の基準からかなり落ちたレベルの生活になってしまいます。乾パンのような食料を少しでも長くもたせるために少しずつ食べる、飲む水も我慢するなどということが起こってしまうんです。

一方、ほかの先進国では、日常より上の生活レベルを提供することが珍しくありません。防災の超先進国で日本と同じように地震大国である国、イタリアでは、災害が起きたら3日以内にシェフが避難所を訪れ、温かい食事を3食提供することが条約に明示されています。

台湾も同じく被災者へのフォローが手厚く、2024年の4月に台湾東部沖を震源とする地震が起きましたが、翌日には避難所にアロマセラピー(※)やマッサージのスペースが設けられていました。家族を亡くしたり、家が崩れたりとつらい思いをしているのだから、せめて避難所では心を豊かにしようにするのが国際的なスタンダードな考え方です。

  • 植物から採取される精油の芳香などを用いて、病気や外傷の治療、病気の予防、心身の健康やリラクゼーション、ストレスの解消などを目的とする療法

――日本の避難所で我慢が当たり前になってしまっているのは、なぜなのでしょう?

北川:イタリアや台湾がなぜそうなったかは、私も現在研究中なんです。

ただ、日本に関しては分かっていることがあります。それは弱者や困っている人に対して、国が税金を使って手厚くフォローをするという精神が薄いということです。弱者うんぬんは関係なく、徹底した「国民全員に不公平なく」という考え方になってしまっていて、避難所の運営にもその考え方が反映されているのではないしょうか。一長一短ではあると思いますが……。

普段から避難所で誰と一緒になるかを意識しておく

――インスタントハウスのように、早急に、安価に作れる仮設住宅が日本各地どこでもあることが重要だと思いますが、そのために自治体はどんな備えをしておけばいいのでしょうか?

北川:能登にインスタントハウスを届けるようになってから、地方自治体からインスタントハウスを備蓄したいという連絡を200件ぐらいきたのですが、私は備蓄を数百軒分もしておく必要はないと考えています。

段ボール屋や加工工場は全国にありますし、段ボールからパーツの形に切り抜く型を用意しています。2時間で10軒分のパーツを切り抜くことができるので、災害の翌日、翌々日にはどんどんとインスタントハウスを量産することができるはずです。

いつ起こるか分からない災害に備えて、スペースを取って何百軒分も備蓄するより、日常的に数棟を愛用しておいて、災害が起きた時に大量にお届けしていくほうが、日常と非日常がシームレスに移行しますので、備えとしてもより理想的、また効率的だと思います。

段ボール製インスタントハウスを構成する4つのパーツ
1.窓・扉を設ける壁パーツ
2.四角形の部屋用の屋根パーツ
3.小さめの部屋用の屋根パーツ
4.大きめの部屋用の屋根パーツ
段ボール製インスタントハウスのパーツ一覧。画像提供:北川啓介研究室

北川:備蓄よりお勧めしているのが、インスタントハウスの組み立てに慣れておくことですね。例えば町内会で2つか3つくらいインスタントハウスを持っておいて、お祭りなどの時に出して、みんなで組み立ててみる。そうすればいざという時、効率よく組み立てができるはずです。

――被災した際に、避難所生活をスムーズに始めるために、一人一人ができることはありますか。

北川:普段から、災害が起きた時の意識をしておくことが大事です。災害時にどの避難所へ行くべきかを確認しておくのはもちろん、できれば同じ避難所へ行く人にどんな人がいるのか、コミュニティを確認しておくことも大事です。

東京都品川区にある避難所。都市部の避難所は学校であることが多い。画像出典:品川地区避難所一覧|品川区(外部リンク)

北川:東日本大震災の避難所を回っていた時に、石巻公民館の会議室を訪ねたのですが、そこには40人の方が避難していて、皆さんとてもスムーズに助け合って暮らしていました。近所の人同士で「大きな地震がきたらここに避難しよう」と決めて、町内会が主催する避難訓練をする時にも顔を合わせていたそうです。

夜には60平方メートルくらいの空間に、皆さんで布団を並べて敷いて、いわゆる雑魚寝なのですが、思い思いに楽しそうに過ごされていたのが印象的でした。

つまり、日常から同じ避難所に行く人のコミュニティがあって、お互いに信頼があったんだと思います。

そういった関係性ができていれば、避難所でも助け合える空気が自然と生まれるはずです。

編集後記

石巻公民館の好事例を伺いましたが、北川さんによると能登半島地震でも被災された方たちは利他の精神がとても強く、大きな混乱がなくお互いに助け合う姿が見られたそうです。普段から顔を合わせ、コミュニケーションを取っていた結果なのでしょう。

一方、近隣住民の顔が見えず、ほとんど交流もない自分のまちで、大きな災害が起きたらと考えると、避難所生活には不安しかありません。家族と一緒に地域の防災訓練に参加してみようと思いました。

また、今回の取材ではいまだ復興が進まない石川県の現状も知ることができました。インスタントハウス設置への寄付は1口1,000円から可能とのことですので、被災地への支援として検討いただくのもよいかもしれませんね。

〈プロフィール〉

北川啓介(きたがわ・けいすけ)

1974年生まれ。名古屋工業大学大学院教授。1999年ニューヨークの建築設計事務所にて建築設計に従事。2001年名古屋工業大学大学院 工学研究科 社会開発工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。同大学助手、講師、准教授を経て、2018年から現職。建築構造物領域のプロフェッショナルであり、インスタントハウス技術の考案者。受賞歴に科学技術分野の文部科学大臣表彰など。
北川啓介研究室 公式サイト(外部リンク)
名古屋工業大学基金 公式サイト「令和6年能登半島地震被災地への簡易住宅(インスタントハウス)設置支援」(外部リンク)

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