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トラウマ体験によるPTSDは「心のケガ」。その症状や治療法、私たちに必要な配慮とは?
- PTSDの潜在患者は推定70万人以上。誰にでも起こり得る疾患で、心の弱さが原因ではない
- 専門治療の地域格差や保険診療で受けられる医療機関が限られることによる治療費の負担が壁となり、回復支援につながりにくい
- 誰もがトラウマ体験の影響を抱えている可能性を前提に、「心のけが」への配慮が必要
取材:日本財団ジャーナル編集部
「もしかしてPTSDかもしれない」そう感じたとき、どんな治療法があり、どこに相談すればよいのでしょうか。
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」とは、とても恐ろしくて悲惨な出来事を経験した後に起こりうる精神疾患のこと。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、被災者の「心のケア」の重要性が認識されるようになり、PTSDという言葉も世間に知られるようになりました。
震災や犯罪被害、虐待、事故などを経験した人たちが、心に深い傷を負い、PTSDという精神疾患に苦しむことがある――。そうした深刻さが知られる一方で、実際にはどんな病気で、どのような症状が表れ、どのような治療法があるのか、まだ十分に理解されているとはいえません。
今回は、国立精神・神経医療研究センター(外部リンク)で、PTSDの治療と研究に携わる井野敬子(いの・けいこ)さんに、PTSDの症状や、日常生活への影響、回復への筋道について伺いました。

「生死に関わる体験、深刻なけが、性暴力」によるトラウマ
――PTSDとは何かを教えてください。
井野さん(以下、敬称略):PTSDとは「Post-Traumatic Stress Disorder」のことで、日本語では「心的外傷後ストレス障害」と訳されます。心的外傷(トラウマ)体験にさらされた後に発症することがある精神疾患です。
トラウマ体験の記憶が、恐怖や不安といった強い感情とともに繰り返し思い出され、動悸や発汗、不眠などの症状が出ます。そうした症状が1カ月以上続き、日常生活に支障を来たしている場合はPTSDと診断されます。
――トラウマとはどのようなものを指すのでしょうか。
井野:医学的には、トラウマとは個人で対処できないほどの圧倒的な体験によって生じる心の傷のことを指します。原因となる体験には、災害や事故、暴力、性加害、戦闘、虐待などがあります。
精神科の診断基準(DSM-5)では、トラウマ体験を「実際に、または危うく死ぬ、深刻なけがを負う、性的暴力など、精神的な衝撃を受ける体験」と定義しています。
一般的には、「心が傷つき、乗り越えられずにいる体験」全般をトラウマ体験と指すことがありますが、PTSDの診断ではより狭い意味で使われます。
ただし、診断上は区別されるとしても、つらい症状がある場合には適切なケアが必要です。

誰にでも起こり得る「ありふれた」疾患の1つ
――PTSDの症状は、危険な出来事(トラウマ)に対してこころと身体を守る反応として出ているのですね。
井野:そうです。人命救助に関わる消防士や自衛隊員、警察官などの職業は、トラウマ体験のリスクが高いといわれています。
震災後には、被災地を取材したメディア関係者や派遣された自衛隊員がPTSDを発症したケースもあります。ただ、トラウマ体験をした全ての人がPTSDを発症するわけではありません。

――PTSDの患者はどのくらいいるのでしょうか。
井野:厚生労働省関連資料では、日本のPTSD患者について、医療機関で把握される患者数は2万5,000人弱(2017年度NDB調査)とされる一方、WMH日本調査に基づく推計では年間70万人規模のPTSD患者が存在すると示されています。
したがって、医療につながっていない潜在患者が相当数いる可能性があります。
――そんなにたくさんいるのですね。
井野:実際、PTSDで苦しんでいる人の数を特定するのは難しく、過小評価されていると思います。なぜならトラウマ体験を、誰にも打ち明けられずにいる人がたくさんいるからです。
性被害は表面化しにくく、内閣府や警察庁関連資料では、被害者の半数以上がどこにも相談していないこと、また古い調査では警察に相談した人は4.3パーセントにとどまることが示されています。
危険に備えるために表れるPTSDの症状
――PTSDになると、どんな症状が表れるのでしょうか。
井野:PTSDの症状は大きく4つの症状群に分かれます。
1つ目は「侵入症状」。トラウマとなった出来事が、今まさに起きているかのように、繰り返しよみがえってくる症状で、フラッシュバックが典型的です。特定の場所や人、におい、音など、トラウマ体験を想起させる刺激に触れると、動悸や発汗、息苦しさなどの身体的な反応が表れます。
2つ目は「回避症状」。トラウマ体験を想起させるものを避けるようになる症状です。トラウマ体験を人に話せなくなったり、前は何気なくやれていたことが怖くなってできなくなったりすることもあります。
3つ目は「認知と気分の陰性変化」。トラウマ体験をする前よりも、世の中や他人が危険に感じられるようになったり、ネガティブな感情を持つようになったりする症状です。以前は好きだったものへの興味を失い、楽しいはずのことをしていても気分が上がらない。人にも自分にも無関心になり、感情や感覚がまひしているような状態になります。
4つ目が「過覚醒(覚醒度と反応性の著しい変化)」。神経が高ぶったり、過敏になったりする症状です。常に警戒しなければならないような感覚になり、些細な物音や動きに過剰に反応したり、物事に集中できなくなったりします。

――なぜそうした症状が出るのでしょうか。
井野:「世界はとても危険だ」「人は信じられない」「自分は弱い存在だ」と思っていたほうが、危険に備えやすいからです。トラウマとなる体験を経て、世界や自分に対する見方が変わってしまう。そして、心と体を守ろうとする自然な反応として表れるのです。
心が弱いから、PTSDの症状に苦しむのではなく、大きな危険を経験すると誰でも起こり得るものだと知ってほしいです。
――日常生活にはどんな影響があるのでしょうか。
井野:トラウマ体験以前には、当たり前にできていたことができなくなります。
「電車に乗れない」「車に乗れない」「人との交流ができない」など、トラウマを想起させるかもしれないと感じることができなくなります。例えば、性被害に遭った人は、誰かに触れられることに恐怖を感じるので、知らない人がたくさんいるような場所には行けなくなってしまうことがあります。
また、トラウマ体験が起きたことを自分のせいだと責めてしまい、「私が○○したからこうなったんだ」と、自分の行動に制限をかけてしまうこともあります。
ほかにも、怒りのコントロールができなくなり、突然怒りが爆発してしまうこともあります。本人は恐怖や危険を感じて身を守ろうとしているのですが、それによって人間関係が壊れてしまうことにもつながります。
トラウマ体験に気づいていないケースもある
――「もしかしたらPTSDかもしれない」と気づくサインはありますか。
井野:過去にトラウマ体験があり、時間が経ってもなお、その時の記憶がありありとよみがえる、気持ちが動揺して苦しいといった状態が続いているのであれば、PTSDの可能性があります。
トラウマ体験の直後にこうした症状が表れるのは「急性ストレス障害」と呼ばれ、その状態が1カ月以上続く場合にはPTSDと診断されます。
国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センターが運営する情報サイト(外部リンク)では、PTSDをセルフチェックできるリストを公開していますので、参考にしてみてください。
PTSDはとてもつらい症状が出るので、本人が不調を自覚していないことはほとんどないのですが、トラウマ体験を経験したことに気づいていない人や、それがトラウマを原因としていることに気がついていない人もいます。

――トラウマ体験を経験したことに気づいていないケースには、どのようなものがありますか。
井野:例えば、子ども時代に児童虐待で重傷を負っていても、ほかの家庭の様子を知らないので「これが当たり前」と思い込み、トラウマ体験を自覚していないケースです。幼少期に性被害に遭うと、その意味が分からないまま成長し、大人になってその意味がわかることでトラウマ症状が出ることもあります。
また、うつ病だと診断された人が、実はPTSDも持っていたというケースも比較的みられます。本人がトラウマ体験を自覚していなかったり、診断の際に話していなかったりすると、表に出ている症状からうつ病と診断されてしまうのです。
PTSDはうつ病と併発している人も多く、約半数の方にうつ症状も見られます。

トラウマやPTSDを専門とする医療機関を受診し、医師とつながる
――PTSDかもしれないと思ったら、どこへ相談に行けばいいでしょうか。
井野:まずは精神科を受診してみましょう。精神保健福祉センターでも相談できます。
また、性被害を受けた場合には、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」(外部リンク)に連絡してください。産婦人科医療やカウンセリング、法律相談など、専門機関と連携しているセンターなので、包括的な支援につながることができます。

――精神科であればどこを受診してもよいですか。
井野:「内科・心療内科」と併記されているところは、内科を専門とする先生が診ている場合もあるため、精神科の専門医がいる医療機関をおすすめします。
PTSDを専門にしている精神科医は少ないので、医療機関のホームページを調べて、診療内容に「トラウマ」「PTSD」があるところを探してみてください。PTSDの患者さんは、トラウマ体験を人に話すことにハードルがあるので、信頼できる医師を探すことが大切です。
ただ、1回の診療だけで「信頼できる医師かどうか」を見極めるのは簡単ではありません。次々と医療機関を変えてしまうよりは、まずは通い続けること、医師とつながり続けることを目標にしてみてください。
症状の改善につながるPTSD治療の選択肢とアプローチ
――PTSDにはどんな治療がありますか。
井野:PTSDの治療の柱となるのは、主に「心理療法」と「薬物療法」です。
「心理療法」で有効性が高いとされているのが、トラウマに焦点を当てた認知行動療法の「認知処理療法」や「持続エクスポージャー療法」があります。他にも「EMDR」という治療法も効果が証明されています。
――「認知処理療法」と「持続エクスポージャー療法」について教えてください。
井野:「認知処理療法」は、安全な環境でトラウマ体験を振り返ることで、自分自身や世界に対する新しい考え方を学んでいく治療法です。
「持続エクスポージャー療法」は、トラウマの出来事をお話することで、不安を乗り越え、体験を整理する治療法です。
トラウマを体験して以来、遠ざかっている人や場所、活動にも段階的に接していき、怖くなってしまっているものに再び安心感を感じられるように繰り返していきます。
――「EMDR」はどんな治療でしょうか。
井野:EMDRは、トラウマに関する記憶を想起しながら、眼球運動などの左右交互の刺激を用いて、その記憶に伴う苦痛を軽減し、再処理を促す心理療法です。日本語では「眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)」と訳されています。
トラウマの記憶を思い浮かべながら、特定のリズムで眼球を左右交互に動かすことで刺激を与えます。メカニズムは明らかにされていませんが、すでに効果は証明されています。
「EMDR」を受けられる医療機関は限られていますが、「日本EMDR学会」(外部リンク)のホームページで治療者リストが公開されていますので、参考にしてみてください。

治療へのアクセスを阻む金銭的負担と地域格差、医療者不足
――PTSD治療において、どのような課題がありますか。
井野:「認知処理療法」と「持続エクスポージャー療法」は保険診療の適応になっていますが、実際のところ保険診療で提供している医療機関はほとんど見つからないのが実情です。
というのも、治療の提供に必要な時間に対して保険点数(※)が十分でなく、医療機関として採算のバランスが取りづらいからです。多くの患者さんはカウンセリングルームなどでカウンセリング料金として支払うか、一部の医療機関は診療報酬のほかに予約料をとってその採算バランスをとっている現状があります。
カウンセリング料金を支払う場合、1回1万円から1万5,000円ほどの費用がかかります。PTSDによって仕事を失ったり、休職したりしている方がいるなかで、治療費の負担は深刻な問題です。
この状況を変えるためには、医療制度の見直しが必要です。そのためにも、PTSD治療の必要性がもっと社会に認識されることが大事だと思っています。
- ※ 「保険点数」とは、日本の公的医療保険制度において診察や治療などの各医療行為に設定された報酬の単位で、その合計から医療費が算出される仕組み
――医療費の負担や制度の課題が大きいのですね。ほかにも課題はありますか。
井野:はい。PTSDの治療をできる医療者が不足していることです。PTSDの心理療法には専門スキルが必要ですが、そうしたスキルを習得している医療者は少なく、なかなか治療が広まりません。
さらに、PTSDの治療者は東京に集中していて、地方ではPTSDの治療を受けられる医療機関がとても少ないのも大きな課題です。
――PTSDで苦しむ人たちに、私たちができることはありますか。
井野:PTSDの原因となる、命に関わるような出来事に限らず、広い意味でのトラウマに苦しんでいる人は、皆さんの周りにもたくさんいると思います。
そうしたトラウマ症状に対するケアには、医療者でなくても実践できる「トラウマインフォームドケア(こころのけがに配慮するケア)」があります。「トラウマインフォームドケア」とは、全ての人にトラウマ体験の影響があるかもしれないと思って、人に接しようという考え方です。
トラウマの影響を、誰もが当たり前のように知っていれば、自分が傷ついたときの助けにもなります。「もしかしたら」と想像しながら人に接することが、PTSDに苦しむ人たちを理解し、ケアするための第一歩になると思います。
PTSDのある人が安心して暮らせるように、私たち一人一人ができること
井野さんから、PTSDのある人が安心して暮らせる社会にするために、私たち一人一人ができる3つのアドバイスをいただきました。
[1]「心が弱い」のではなく、誰もがなりうる疾患だと知る
一生のうちにトラウマ体験をする人は60パーセント以上に上るといわれている。その全ての人がPTSDを発症するわけではないが、「心が弱いからなる疾患」ではなく、いつ、誰がなってもおかしくない疾患であると知ることが大切
[2]症状を理解し、適切な治療へとつなげる
PTSDは、心と体を守るためにさまざまなつらい症状が出る疾患。当たり前にできていたことができなくなったり、人と信頼関係を築きにくくなったりと、日常生活に支障を来たす。専門的な治療が必要であり、その人に合った適切な治療法につなげることが重要
[3]「誰にでもトラウマがある」と想像して接する
私たちの身近にもトラウマ体験の影響に苦しんでいる人がいる。「あの人が怒っているのは……、あの人が不安がっているのは……、もしかしたらトラウマの影響かもしれない」。そんなことを想像しながら人に接することが、トラウマケアの第一歩になる
日本財団ジャーナルでは、これまで性暴力や児童虐待、犯罪被害者支援などを取材してきました。その中で、自分の意思では避けることのできなかった体験を背景に、PTSDに苦しむ人が多くいることを知りました。この疾患や治療法について学び、多様な背景を持つPTSD患者のその後を探りたいと考え、今回井野さんに話を伺いました。
電車に乗ることに恐怖を覚える。目的があっても人が多い場所に向かえない。恐ろしい記憶に支配され、大切な人に不合理に怒りをぶつけてしまう。PTSDを抱える人々は、こうした日常や人生の選択肢を狭める症状を予測できたでしょうか。
対人的な被害は、モラルハラスメントの気質があるパートナーの言動といった、「前触れ」があることが多い、でも不可抗力なのです。トラウマ体験は「〇〇していれば避けられる」ものではなく、意思や行動とは無関係に、個人の力を超えて降りかかってきます。
2020年の調査では、年間500人に1人が交通事故に遭い、女性の約14人に1人、男性の約100人に1人が性交等の被害に遭い、2024年の虐待事件被害の児童数は2,700人。ひとごとではないからこそ、身近にある現実から目を逸らしたくなることもあるでしょう。
一方で、PTSDは改善を望める疾患です。ただ、専門的な治療へのアクセスにはハードルがある。私たち一人一人の声には、こうした状況を変える力があります。
PTSDの背景にあるトラウマ体験、さらにその背景にある社会問題。それらを学び、声を上げる。一人一人の行動によって、トラウマ体験に苦しむ人が、自分の人生を取り戻し、今を生きるために、必要な治療にたどり着きやすい社会に、少しでも近づいていくことを願っています。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。