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生前に社会とつながるきっかけにも。最期の社会貢献、「遺贈寄付」という選択

公益的な活動をしている団体などに、自分の遺産を譲る「遺贈寄付」。日本で増えている老老相続問題の解決にもつながると期待されている
この記事のPOINT!
  • 少子高齢化が進む日本で、超高齢者から高齢者へ相続される「老老相続」が増加
  • その解決の一助となるのが、公益的な活動をしている団体に遺産を譲る「遺贈寄付」
  • 家族や生活を大切にしながら寄付を行い、それを周囲に宣言することが、経済を回し、寄付文化の発展につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

今、老老相続という問題が起こっているのをご存知でしょうか。

少子高齢化が進んでいる日本では、亡くなった方(被相続人)と相続人のどちらもが高齢者(WHOの定義では65歳以上)というケースが増加しています。老老相続された遺産は、下の世代に引き継がれることなく高齢者の間にとどまり続け、経済活動にあまり使われないという問題を引き起こしているのです。

その解決の一助として期待されているのが「遺贈寄付」。被相続人が法定相続人(※)以外の、主に公益的な活動をする団体などに遺産を譲ることで、社会に貢献することができる仕組みです。

  • 「法定相続」とは民法に定められた相続人の範囲や順位。また、それぞれの相続分に従って相続することを指す

家族以外に遺産を残すというとハードルが高く感じるかもしれませんが、今回お話を伺った遺贈寄附推進機構(外部リンク)の代表取締役である齋藤弘道(さいとう・ひろみち)さんは、「家族がいらっしゃるのであれば家族を優先していただき、遺産の一部だけの遺贈も可能です。遺贈寄付は手元に残るお金を減らすことなく、社会とのつながりを生み出すことができる仕組みです」と語ります。

遺贈寄付の現状や意義について、お話を伺いました。

遺言や信託を使って財産を譲る。遺贈寄付の仕組み

――まず、「遺贈寄付」とはどういった仕組みなのか教えていただけますか。

齋藤さん(以下、敬称略):全国レガシーギフト協会の定義では遺言による寄付、信託など契約による寄付(※)、相続財産の寄付のいずれかの方法によって、被相続人の財産の全部、もしくは一部を、 非営利団体に譲ることを指します。

日本には法定相続という仕組みがあり、誰かが亡くなるとその遺産は法定相続人に相続されますが、遺言や信託、または法定相続人に遺志を伝えておくことによって、法定相続人以外の団体などへの寄付が可能になります。

  • 信託とは自分が持つ財産を、信託銀行等の受託者に託して、管理・運用をしてもらうこと。信託による寄付とは、信託銀行などと信託契約を結んで、受託者(金融機関など)を通じて委託者(顧客)が指定した受益者(寄付先)に寄付する仕組み

――現在、遺贈寄付はどのくらい行われているのでしょうか

齋藤:年によって金額の上下があるのですが、日本ファンドレイジング協会が発行している寄付白書によれば、日本の遺贈寄付の金額はおおよそ、年間300億円前後で推移しています。

国税庁のデータによると、2021年は件数が973件、金額にして278億円ということでした。

ただ、国税庁が把握しているのは、遺贈寄付をした人の中でも相続税の支払い義務が発生している場合に限られます。基本的に、遺産の総額が3,600万円以下だと申告不要となるので、全体としてはもう少し多いだろうと思われます。

取材に応じる齋藤さん

――諸外国と比べると、これは少ないのでしょうか。

齋藤:寄付文化の進んでいる国と比較すると、圧倒的に少ないです。これも寄付白書からの引用になりますが、イギリスの年間遺贈寄付額は円換算で4,000億から5,000億円くらい、アメリカでは4兆から5兆円になりますので、日本は遺贈寄付が少ないことがお分かりいただけると思います。

――これだけの差が生まれた理由は。

齋藤:日本には法定相続という概念がありますが、日本の他には韓国、中国、台湾くらいにしかなく、世界で見ると珍しい制度なんです。つまり、法定相続の制度がある国に住んでいる場合、遺産に自分の意思を反映させるという流れになりにくいのです。

これが例えばアメリカでは、相続人の間での話し合いでは遺産分割ができません。個人が亡くなったあとの財産は裁判所が管理して、債権があればまずは債権者に分配します。

そして余った分を相続人で分けるのですが、その割合がそもそも決まっているわけではないので、自身の財産をどのように分けるのかを生前に明確にしておく必要があるんです。

こういった点から、遺贈寄付も選択肢の1つとして認識されていることが考えられます。

他にもアメリカでは信託の制度がとても充実しており、信託による遺贈寄付を決めると、その金額に応じて今の所得税が減税になったり、イギリスでは非営利団体側が遺言を残すキャンペーンを大々的に行ったりしたことなども、遺贈寄付が多い要因のようです。

遺贈寄付は、社会とのつがなりを生み出すことにつながる

――齋藤さんが遺贈寄付に関わり始めたきっかけはなんだったのでしょうか。

齋藤:もともとは信託銀行で、遺言信託(※)業務に携わっていまして、その仕事柄、お客さまから「普通に配分をする遺言ではなくて、寄付のための遺言を作成したい」という問い合わせをいただくことが度々あったのが最初のきっかけです。

当時は、私も遺贈寄付に関する知識はなかったので、シンポジウムに参加したところ、弁護士や税理士で遺贈寄付推進に関心を寄せる仲間に出会い、共に遺贈寄付に関する勉強会を主催するようになりました。

  • 信託銀行等が顧客の遺言作成をサポートし、遺言者の死亡後に遺言執行者として相続の手続きをするサービス
全国レガシーギフト協会のトップページ
齋藤さんが仲間と立ち上げた勉強会は、その後「全国レガシーギフト協会」(外部リンク)となり、遺贈寄付に関する情報発信などを今も続けている。画像提供:全国レガシーギフト協会

齋藤:その後、当時勤めていた信託銀行では、信託商品の1つである遺言代用信託(※)を寄付に使えないという課題を感じていたため、遺贈寄附推進機構株式会社を設立し、別の信託銀行と共同で商品開発して、遺言代用信託による寄付を実現させました。

  • 信託銀行などに財産を信託して、生存中は委託者本人のために管理や運用をしてもらい、死亡後は配偶者や子どもなどに財産を引き継ぐことができる信託。

――遺贈寄付の必要性を感じていらっしゃったんですね。

齋藤:というより、遺贈寄付をしたいと感じている人がいて、それが実現できないということに対して、当初は憤りに近いものを感じていました。

大層なことを言うと、経済には「経世済民(けいせいさいみん)」、つまり国を治めて、人を助けるという意味が込められています。銀行がその流れを止めてしまうというのは絶対にやってはいけないことだと思ったんです。

――その思いが齋藤さんの活動の根底にはあるわけですね。齋藤さんが考える、遺贈寄付の意義とはなんでしょう。

齋藤:遺贈寄付を選択すると、生前から社会との接点ができるということです。最近は独身の方やお子さんのいない世帯も増えていますが、特に男性の場合、職場以外でのコミュニティーに属していないという方が多いと感じます。そういう方にこそ遺贈寄付がおすすめです。

――遺贈寄付は亡くなってから行うものだと思うのですが、どのようにして生前につながりをつくるのでしょう。

齋藤:私がおすすめしている遺贈寄付の形は、遺言や信託の準備をするだけでなく、その意志を寄付先の団体に伝えることです。そうすると団体の方から、「イベントがあるので来ませんか?」「報告書がでるのでお送りします」と、アクションをとってくれますので、それが社会とのつながりになっていきます。

団体側からすると、遺贈寄付はその方の最後の思いが詰まっているわけですから、応援されている気持ちを特に強く感じ、寄付する人を大事にしてくれます。

イラスト:町内会の会議
地域で活動しているような非営利活動団体に遺贈寄付を行うと、社会、地域との結びつきがより強くなると、齋藤さんは話す

――実際に遺贈寄付を選択した方の声で印象的なものはありますか。

齋藤:たくさんあるのですが、1つ挙げると奥さまをがんで亡くされた男性のことです。その方は奥さまの一周忌を終えたくらいのタイミングで、私たちががん患者支援団体と一緒に行った遺贈寄付のセミナーの参加者でした。

最初にお会いした時は随分気落ちをされているご様子でしたね。

ただ、その支援団体ががんで苦しむ人を減らす活動をされているということに共感されて、団体への遺贈寄付を決められたんです。

遺言書を書いたあとに「妻にいい報告ができます」と随分晴れやかな表情をされていたのが印象的でした。

――心のつかえが取れたということなのでしょうか。

齋藤:そうだと思います。遺贈寄付の場合、自分の人生と全く関係のないところに寄付をするケースはほとんどありませんし、お勧めもしていません。

人生を振り返ってみて、自分が興味を持っていたことに取り組んでいる団体、共感できる団体に寄付をすることで、ご自身が納得できるような寄付になるかと思います。

私たちの団体に寄付先の選定を相談された際には、その方の人生の棚卸しを一緒に行いながら、寄付先を決めるようにしています。

――遺贈寄付をする際に、注意したほうがいいことはありますか。

齋藤:団体によっては遺贈寄付を断るケースもあるので、自分の考えている形で寄付を受け付けてくれるどうか、事前に確認することが大切です。

断られるケースで多いのは、不動産です。自宅くらいであればまだいいのですが、山林や田畑の場合、売れずに困ることが多いことから、不動産は一切受け入れていないという団体も多いんです。

あとは遺贈には、遺贈する財産を特定しない「包括遺贈」と、特定する「特定遺贈」というものがありまして、包括遺贈の場合、もし被相続人に負債があると、それも引き受けることになってしまうので、包括遺贈は受け入れないという団体がほとんどです。

このあたりも含めて、一度は遺贈寄付に詳しい信託銀行などの専門家に、相談をされたほうがいいかと思います。

以前の日本では、寄付文化は当たり前だった

――寄付文化が根付くために、読者一人一人ができることはありますでしょうか。

齋藤:私は、日本でも江戸時代や明治期にはきちんと寄付文化があって、それが最近薄れてきているのが実態ではないかと思っています。

よく、大阪の橋のほとんどは寄付でできている(※)といわれていますが、その時代はお金を持っている人は寄付をして当然、それが格好いいという文化があったからでしょう。

以前の日本には、寄付文化が根付いていたと話す、齋藤さん

齋藤:今、一部のスポーツ選手が寄付をして話題になることがありますが、このように寄付を周りにもきちんと宣言していくと、寄付文化も復活してくるのではないでしょうか。

そして、もう1つ大切だと思っているのが、寄付はできる人がやるものという意識が定着することです。

多額の寄付の報道を聞くと、「自分には関係ない」と思われるかもしれません。しかし、欧米の「ノブリス・オブリージュ」(高い地位には義務が伴うという道徳観)のように、寄付はお金を持っている人として、ある意味当然の行為だと捉えていただいていいと、私は思います。

一方で、数万円程度の少額の遺贈寄付でも立派な寄付ですので、特に富裕層でもない普通の人も、自身にとって無理のない範囲で寄付をすることを視野に入れていただく。

そんな社会になっていけば、経済も回り、社会課題の解決にもつながっていくのではないでしょうか。

編集後記

遺贈寄付というと、自分が亡くなったあとのこと、という気がしていたのですが、生きている間にも社会とのつながりをつくれると聞き、新たな視点を得た気がしました。

また遺贈寄付は、老後の資金が心配という人でも、手元のお金を減らさずにできる社会貢献活動です。自分が興味を持っている社会課題はあるけれど活動ができていない、今は余力がなくて寄付が難しいという場合に、遺贈寄付は有効な選択肢になると感じました。

遺贈寄附推進機構では、遺贈寄付の専門家や受付団体の紹介もしています。関心のある方は相談をしてみてはいかがでしょうか。

また、日本財団も遺贈寄付の普及に取り組んでおり、日本財団遺贈寄付サポートセンター(別タブで開く)ではこれまでの活用事例も公開しています。ぜひ、参考にしてみてください。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

齋藤弘道(さいとう・ひろみち)

遺贈寄附推進機構 代表取締役、全国レガシーギフト協会 理事。みずほ信託銀行の本部にて遺言信託業務に従事し、営業部店からの特殊案件やトラブルに対応。遺贈寄付の希望者の意思が実現されない課題を解決するため、弁護士・税理士らと共に勉強会を立ち上げる(後の全国レガシーギフト協会)。2014年に野村信託銀行にて遺言信託業務を立ち上げた後、2018年に遺贈寄附推進機構株式会社を設立。日本初の「遺言代用信託による寄付」、「非営利団体向け不動産査定取次サービス」等を次々と実現している。
遺贈寄附推進機構 公式サイト(外部リンク)

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