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汚い、臭い、公共トイレを日本一美しく! トイレ清掃のプロ集団が考える“きれいの極意”とは?
- 公園や歩道にある公共トイレに汚い、臭い、暗いなど、負のイメージを持っている人は多い
- 東京・奥多摩町で公共トイレの清掃を担うOPTでは、床に膝をつけて拭き掃除する、挨拶するなどの工夫で、公共トイレのイメージをアップ
- 公共トイレをきれいに維持するには清掃だけでは限界がある。使う人が、使う人のことを思う心遣いが大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
皆さんは「公共トイレ」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか? 日本財団が2021年に行った18歳意識調査(別タブで開く)では、公共トイレの中でも特に公園や歩道にあるトイレに対して「汚い(67.6パーセント)」「危険(22.8パーセント)」「暗い(23.4パーセント)」「臭い(28.6パーセント)」など、多くの人がネガティブなイメージを抱いていることが分かります。
そんな公共トイレを、性別・年齢・障害を問わず、誰もが快適に使える場所にすることを目的に2018年に始まったのが、日本財団のTHE TOKYO TOILETプロジェクト(別タブで開く)です。
渋谷区(東京都)の協力のもと、世界で活躍する16人の建築家やデザイナーが手掛けたデザイン性・機能面共に優れた公共トイレを、区内17カ所に設置。清掃やメンテナンス部分にも力を入れ、これからの公共トイレはどうあるべきかを社会に投げかけました(※)。
- ※ 日本財団から渋谷区へ2023年6月に譲渡、2024年4月より維持管理を含む全ての業務を移管
そしてそれよりも以前から、東京・奥多摩町で荒れ放題だった観光用トイレを丁寧な清掃と斬新なアイデアで甦らせ、さまざまなメディアから注目を集めているのが、トイレ清掃のエキスパート集団「OPT(オピト)」(外部リンク)です。名前は「オクタマ・ピカピカ・トイレ」の略になります。
OPTのリーダーである大井朋幸(おおい・ともゆき)さんが活動を始めた2017年頃の奥多摩町の公共トイレは、汚れと悪臭がひどかったといいます。そして大井さん自身、トイレ清掃員に対してマイナスなイメージしか持っていなかったそうです。
しかし大井さんのお子さんが、周囲の子どもたちからお父さんがトイレ清掃員であることをからかわれ、泣いて帰ってきたことをきっかけにスイッチが入り「日本一かっこいい清掃員になってやる」と決意。
清掃員らしからぬスタイリッシュな出たちで、床に手足を着き、掃除をする姿は人々に衝撃を与えました。そうして磨き上げられたトイレは、美しく生まれ変わったのです。
公共トイレにかける情熱はどこから来るのか。そして、公共トイレはどうすれば、誰もが快適に安心して使える場所になるのか。大井さんと、OPTのメンバーであるミントさんのお2人にお話しを伺いました。
「かっこいい自分でいたい」という思いが、トイレ掃除の熱源に
――OPTを結成した経緯を教えてください。
大井さん(以下、敬称略): OPTは奥多摩総合開発という会社に所属する形になるんですが、もともと僕は別の仕事の面接を受けてこの会社に入ったので、トイレ清掃をすることになるとは全く思っていませんでした。
ところが2017年頃、会社が東京オリンピックに向けて奥多摩のトイレをきれいにする事業に参画することになり、その担当になってしてほしいと言われたんです。
僕は潔癖症だし、正直、その時はトイレ清掃員に悪いイメージしか持っていなかったので、返事を先伸ばしにしていたのですが、いつの間にか担当することになってしまいました(笑)。
――当時の奥多摩町のトイレは、どんな状況だったのですか?
大井:本当にひどいもので、トイレの外にまで悪臭が漂っていましたし、中に入れば目を突き刺すようなアンモニア臭、便器の中は便と落ち葉とトイレットペーパーがミルフィーユ上に重なっていて。本当に地獄絵図のようでした。
仕事を始めた当初は食欲が落ちてしまい、体重も最大8キロぐらい減りました。家族からも仕事を続けることを反対されていましたし、僕自身も続けられないかもしれないと思っていたんです。
――そこから、なぜ今のような活動につながったんですか?
大井:ある時、娘が周囲の子どもから僕の仕事をばかにされたと泣きながら帰ってきたんです。ばかにしてきた子どもたちはまだ幼かったので、悪気はなかったと思うんです。ただ振り返れば、そこで辞める材料は全て揃ったんですよね。食欲もなく、精神的にもつらく、家族にも反対され、娘も泣いている……。
でも、逆にそこでスイッチが入ってしまって、「よし、ならば日本一かっこいいトイレ清掃員になってやろう!」と思ったんです。トイレ清掃員が持つ負のイメージ、汚い、臭い、ダサい、怖い、かっこ悪い、これを全部覆してやろうと考えるようになりました。
日本一かっこいいトイレ清掃員になれば、きっとテレビや新聞に取り上げられるだろうと思い、チーム名をつけたのが、OPTの始まりです。他にも作業服をスタイリッシュにしたり、テーマソングを作ったり、試行錯誤してきました。
――スイッチが入ったのは、娘さんを泣かせたくないという思いが強かったのでしょうか?
大井:いえ、全くそうではありません。僕は今でも家族や会社、まちのためにというような、誰かのために仕事をしたことはありません。ただ「自分がかっこいいことをしたい」という思いに突き動かされている気がします。
ミントさん(敬称略):それは、どうだろう……(笑)。だって、リーダーは頼まれてもいないのに、トイレの外の草刈りとか、屋根の上の掃除までするじゃないですか。はたから見ている私としては、人のために仕事をしているようにしか、見えません。
――そうなんですか(笑)。
大井:かっこいい自分でいられるような仕事をしていたら、結果として誰かが喜んでくれる、という感じですね(笑)。根本にあるのは、かっこいい自分でいたいという思いです。
清掃だけでは限界がある、きれいなトイレの維持
――OPT結成当時の奥多摩町にある観光トイレは相当ひどい状況だったということですが、そこからどうやって、今のようにきれいなトイレにしていったのですか。
大井:掃除のノウハウがあったわけではないので、独学でいろいろと研究しました。その頃、奥多摩町のトイレは東京オリンピックに向けてリフォームが始まっていたのですが、何カ所か汚れがひどい場所をとっておいて、そこを「ラボ」、いわゆる研究所にしていました。ひどい汚れに対してどの洗剤を組み合わせるときれいになるのか、実験していたんです。
山の中にあるトイレというのは、雨風といった自然の影響を直に受けるし、土の上を歩いていた人がトイレに入るわけですから、床は土で汚れるし、落ち葉も舞い込んでくる。それぞれのトイレに汚れの個性のようなものがあるので、ラボで研究しながら汚れを落としていきました。
――トイレがきれいになることに対する、周囲の反応はいかがでしたか?
大井:まちのいろいろな方から、トイレがきれいになって、匂いもなくなって、安心して使えるようになったと言ってもらえて、さらにやる気になりました。
大井:ただ、正直、トイレはすごく汚れている状態からきれいにするよりも、きれいな状態を維持するほうが難しいんですよ。というのも、汚い状態からきれいにするのは変化が大きいですから、掃除をする側もトイレを見る人も「きれいになった」と感じやすいと思うんです。
それに対して維持をするとなると、清掃でいくらきれいにしても、その後最初に使う人が汚してしまったら、すぐに元の汚い状態に戻ってしまう。トイレ掃除を続けるうちに、利用者の方にきれいに使ってもらう働きかけが必要だと気が付きました。
――具体的にはどのような働きかけをしているのですか。
大井:はいつくばって、ごしごし磨いている姿を見てもらうことです(笑)。OPTではあまり大きな清掃機械や柄の長いモップ、ブラシは使わずに、床に膝を着けて手作業で磨いていきます。僕たちがタイル1枚、溝1本も逃さずに磨いている姿を見ると、「これは汚せない」と皆さん思うはずです。
ミント:あとはトイレを利用する方に、「いってらっしゃい」「ありがとうございました」と、あいさつをすることも心がけています。「奥多摩にきてくれてありがとう」「きれに使ってくれてありがとう」という気持ちを込めて。そうすることで、私たちの味方になってくれて、きれいに使ってくれる人も増えている気がします。
大井:奥多摩町を訪れる人のほとんどは、都内から電車で2時間ほどかけてここに来て、到着してから初めて使う施設が、僕たちが清掃する公共トイレなわけです。日常で忙しい人も多いだろうし、たまたま機嫌が悪かったっていう人もいるし、トイレに入るときにあいさつをしても、つんけんしている人も多いです。
でもそういう人たちでも、トイレを使って出てくると、「きれいだったよ」「ありがとう」と声をかけてくれます。そんなふうに、自然とコミュニケーションが生まれる場所になっていることが、純粋にうれしいですね。
――素敵ですね。大井さんたちは、公共トイレやトイレ清掃員の悪いイメージを取り払うためにいろいろなことをされていますよね。
大井:そうですね、いろいろやってきましたね。OPTのテーマソングを作ったり、You Tube(外部リンク)で発信したり……。テーマソングのミュージックビデオには地域の子どもたちにも出演してもらいました。
僕の気持ちの根底には、奥多摩町の子どもたちに好かれたい気持ちと感謝を伝えたい気持ちがあるんです。僕の仕事が子どもたちからからかわれたことで、今の自分があるわけですから、子どもたちにとって、親しみやすいトイレ清掃員を目指しています。
ミント:あとはトイレ清掃員のイメージを変えるために、私たちが担当しているトイレの前には必ずリーダーのポスターが張ってあるんです。トイレの清掃員は表に出ないことがほとんどじゃないですか。でもあえて顔を見せて、この人がやっていますとアピールしています。
――これまで受けたよい反響の中で、もっとも印象的なことはなんですか。
ミント:大阪にある小学校の子どもたちから、「どうしたらトイレがきれいになるか」と連絡をもらい、交流が始まったことです。その学校はトイレが古くて、本当に汚かったらしく、トイレに行くのを我慢していて、授業に集中できない子どもが多かったそうです。
半年ほどメールやオンラインツールを使って、掃除の仕方やトイレの使い方などについてやりとりをしていたのですが、何度も子どもたちから「大阪に来てほしい」と言われていたんです。
ただそこまで簡単に行ける距離ではありませんし、スケジュールの調整などいろいろな問題があってなかなか行くことができませんでした。
大井:でも、僕はその子どもたちの思いを聞き流すわけにはいかないと思い、2024年3月にアポイントもなしに行くことにしました。子どもたちにずっと来てほしいと言われていたので、そういう願いは叶うものだと伝えたかったんです。
突然の訪問にもかかわらず、本当に熱狂的に迎えてもらって、とてもうれしかったですね。今でもずっと交流は続いています。
次に使う人のことを想像してトイレを利用することが大切
———きれいに維持することが難しいという、公共トイレの難題を解決するために、私たち一人一人ができることはどんなことでしょうか。
大井:やはり、一人一人が次に使う人のことを想像しながらトイレを使うことだと思います。最近は、奥多摩という場所柄かトイレにバーベキューのごみを捨てていく人が増えていて、本当に困っています。
あと皆さんに伝えたいこととして、トイレを使うときの何気ない行為が、トイレを汚す大きな原因になるんです。その行為を、僕たちは「シャンシャン」と呼んでいます。
主に男性トイレの話なのですが、手を洗ったあとに、手を振って床に水を飛ばす人がいます。そうすると、その水が靴の裏に着いて、便器まで運ばれる。そして、その水が尿の汚れに見えて、踏みたくないから便器に近づかないまま用を足し、さらに汚れやすくなるという負の循環があるんです。
ですから、皆さんがハンカチを持ってトイレに入るだけでも、トイレ内の環境は大きく変わると思うんです。まずは簡単なことから始めてみてもらえたらと思いますね。
編集後記
きれいに維持し、誰もが快適に使い続けられる公共トイレ——なかなか困難な課題解決の糸口を探るべく、早くから取り組んできたOPTの大井さん、ミントさんにお話を伺いました。
取材中、奥多摩駅に隣接するトイレを使用した時、私たちから見ればきれいにしか見えないトイレを、「今日はまだ掃除をしていないから、あんまり見ないでほしい」と言った大井さん。そんなプロ意識を持った清掃員の皆さんに、「日本一観光用公衆トイレがキレイなまち」を掲げる奥多摩町は支えられています。
公共トイレを利用するときには、自分の後に使う人のことはもちろん、いつもトイレをきれいにしてくれる人たちがいることを想像してみる。そんな些細な行動でも、一人一人が意識すれば、きれいな公共トイレが増えていくのではないでしょうか。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。