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第5回 心理的安全性を確立するために押さえておきたい。リーダーのためのツールキットとは?

執筆:横内美保子
前回(別タブで開く)は、心理的安全性とはどのようなものか、また、なぜ心理的安全性が重要なのかについて考えました。
心理的安全性とは、みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化です。心理的安全性が高い職場では、メンバーが積極的に提案や質問ができ、失敗からの学びを共有しやすくなり、それが個人と組織の成長につながります。
では、心理的安全性を確立するためにはどうしたらいいのでしょうか。
その際に役立つのが、リーダーのためのツールキットです。このツールキットは、心理的安全性を初めて提唱したエイミー・C・エドモンドソン博士がフレームワーク(問題解決のための枠組み)としてまとめたものです。
それは、どのような内容なのでしょうか。
リーダーのためのフレームワーク
エイミー・C・エドモンドソン博士(以下、「博士」)は、心理的安全性を確立したいと望むリーダーにとって有益なフレームワークを提供しています。*1
そこには、さまざまな調査と、世界中の組織を研究しコンサルティングしてきた博士自身の長年の経験が生かされています。
表1:心理的安全性を確立するためのリーダーのフレームワーク

これから、上の表1に示してある「土台をつくる」「参加を求める」「生産的に対応する」のカテゴリーごとに、いくつかのポイントを取り上げ、より詳しくみていきましょう。
土台をつくるために
まず、土台をつくるためのポイントはどのようなものでしょうか。
失敗をリフレーミングする
失敗や、失敗を報告することを恐れるのは、職場の心理的安全性が低いことを示す最大のサインです。*1
心理的安全性の土台をつくるためには、リーダーが失敗をリフレーミング(枠組みを捉え直すこと)し、失敗にどのような意味をもたせるかが大変、重要です。もしリーダーが明確に、また積極的に、従業員が安心して失敗できるようにしなければ、従業員は失敗を避けるようになるでしょう。
失敗からは重要なデータを得ることができます。ただし、失敗から学ぶためには、失敗からの学びを注意深く精査しなければなりません。そして、そのためには心理的安全性が必要なのです。そのことをリーダーはまず理解し、従業員にしっかり伝えなければなりません。
博士は、レストランのオンライン予約サービス事業で成功をおさめているある企業のCEOを例に挙げています。彼女は、ニューヨークタイムズのインタビューで、次のように述べています。*2
彼女がCEOになったとき驚いたのは、従業員がCEOに見せるからといって物事を完璧にするために膨大な時間を浪費していたことでした。そこで、彼女は従業員に次のように言ったというのです。
早く、頻繁に、ひどい失敗をみせて。完璧である必要はない。そうすれば、もっともっと早く軌道修正できるから。
そのCEOは、「早く頻繁に、ひどい失敗をすること」が、大成功につながる優れた決定をするための重要な情報であると、フレーミングしているのです。*1
ただし、失敗は仕事内容によって果たす役割が異なるため、失敗のリフレーミングは、次のような基本的な分類を理解することから始まると博士は指摘しています(表2)。
表2:失敗の典型例の定義と状況

また、失敗のなかには、望ましいものもあれば、感心しないものもあります。ただ、どのような失敗であっても、その失敗から学ぶことが、何より重要な目的であると博士は説いています。
職場での上司と部下のあり方をリフレーミングする
私たちは上司と部下をどのような関係性でみているのでしょうか。博士は、職場での上司と部下のあり方について、一般的なあり方とリフレーミングしたものとを次の表3のように示しています。
表3:上司の役割に関する枠組み

表3の「一般的な枠組み」のように、上司が答えと、部下を評価する絶対的な権力ももっている職場では、部下は上司を恐れ、上司の指示どおりに行動する存在になりがちです。
一方、「リフレーミング後の枠組み」はどうでしょうか。リーダーの責任は、仕事の方向性を示すこと、有意義な考えを明らかにしてもらい方向性に磨きをかけてもらうこと、絶えず学んで秀逸な存在になってもらうための条件を整えることです。
現在、業務がスムーズに進んでいる組織では、たいていこうした考え方が取り入れられていると博士は指摘しています。
今は不安定で不確かで先の展開が読めない時代です。こうした時代にあって、優れたリーダーは、いつどのように進路を変えるべきかを把握するためには、絶え間ない学習によって自らの考え方を意識的にリフレーミングする必要があることを理解しています。
参加を求めるために
次に、誰もが発言できるように、参加を求める方法について考えてみましょう。それには、率直に意見を言わずにはいられなくなる方法で参加を求めることが有益です。*1
リーダーが積極的に自分の弱さや欠点をみせる
自分は何でも知っていると思っていそうな上司に対しては、誰も対人関係のリスクを取ってまで自分の考えを話そうとは思わないものです。
ロンドン・ビジネススクールのダン・ケーブル教授は、リーダーが権限をもつと、成果や管理に過度に執着するようになり、従業員を手段として扱うようになることを明らかにしました。*3
こうしたリーダーのあり方は、目標を達成できない恐怖、ボーナスを失う恐怖、失敗する恐怖など、部下の恐怖心を煽り立てます。その結果、部下はポジティブな感情を抱かなくなり、試みや学習への意欲が抑えられてしまうのです。
一方、謙虚さと好奇心を備え、学習するマインドセットをもつリーダーであれば、そうしたリスクは低減します。*1
私たちは現在、複雑で変化が多く、不確かな世界で仕事をしています。このような状況にあって謙虚なマインドセットをもつことは、大変現実的であると博士は指摘します。
それは、自分がすべての答えをもっているわけではなく、未来を見通すことはできないと、率直に認めることだからです。
謙虚であることは、自分の過ちや欠点を認めることでもあります。
経営の危機に瀕していたある大企業を立て直した高名な経営者は、「知らないと認めると、信用を失うどころか、逆に信頼を得ることになる」と述べています。その企業では、経営者がそうした姿勢を見せることで、社員が向上心をもち、専門知識を提供し、会社の業績回復プロセスに参加することができるようになりました。
気さくで話しやすく、自分が完璧ではなくミスをする人間であることを認識し、他者から積極的に意見を求めるリーダーは、組織に心理的安全性をつくり、高めていくことができる。それ自体が強力なツールであると、博士は述べています。
発言を引き出す質問をする
「質問したら無知あるいは無能に見えてしまうのではないか」という不安からリーダーが解放され、心から質問できるようになると、そのことによって心理的安全性が促進されます。一般の予測とは逆に、質問するリーダーは無能ではなく、思慮深く聡明に見えるのです。
リーダーのツールキットは、よい質問をするための鉄則も備えています。それは次のようなものです。
- リーダー自身が答えを本当に知らない
- イエスかノーかの答えを求めるような質問はしない
- 相手が集中して考えを話せるように尋ねる
博士は、状況をより深く理解したり選択肢を広げたりするために有益な質問は次のようなものだと述べています。
「私たちは何か見落としていないだろうか」
「ほかにどんなアイディアが考えられるだろう」
「誰か、見解の違う人は?」
また、理解を深めるための問いとして、次のようなものを提唱しています。
「なぜそのように考えるようになったのでしょうか」
「例をあげてくれませんか」
米国のケーブルテレビを創業した高名な経営者は、ミーティングである案について話し合っているとき、よくこう質問するということです。
「賛成できない人の意見は?」
このとき、もし「反対なんて誰もしていませんよ」という返事があったら、こう促します。
「別の見方は必ずどこかにある。反対意見を見つける必要があるんだ」
生産的に対応するために
心理的に安全な風土を育てるためには、従業員が取るリスクに対して、リーダーが生産的に対応することが不可欠です。*1
この「生産的」という言葉が何を指すのかも含め、その対応がどのようなものかみていきましょう。
感謝を表す
率直に発言することは、最初の一歩にすぎない。部下が実際に率直に発言したときにリーダーがどう反応するかが重要な岐路だと博士は指摘します。
大切なのは、部下の発言する勇気に対して、まず感謝の言葉をかけることです。そうすることによって、部下はより発言することができるようになります。
また、結果がどうであっても、努力を称賛することは大変重要です。
特に環境が不安定で、原因と結果の関係性が単純ではない場合はなおさらです。不安定な状況にあっては、よいプロセスがよい結果につながるとは限らず、その逆に悪いプロセスが悪い結果につながるとも限りません。
そのような場合は、結果がどうであれ、従業員が払った努力に対して、敬意をもって対応することが必要です。
失敗は恥ずかしいものではないとする
率直な発言を促すためには、不確実な状況やイノベーションには失敗がつきものだということをはっきり示す必要があると、博士は指摘します。
失敗をネガティブなものとして対応すると、失敗に関する詳細を知らずじまいになるという重大な問題を招いてしまいます。それはリーダーがもっとも恐れるべき状況です。
次の表4は、失敗に関する従来の枠組みとリフレーミングした枠組みを示したものです。
表4:失敗を恥ずかしいものではないとするフレームワーク

ただし、失敗にはいくつかのタイプがあり、そのタイプによって、失敗に対する生産的な対応も異なります。
表5:失敗のタイプ別生産的な対応

この表からもわかるように、生産的な対応は、その対応が将来にもたらす影響を重視するものです。有益な失敗に対する生産的な対応として、失敗を祝うパーティーを開くケースすらあります。
何よりも大切なのは、起こったことから組織がどのように学ぶことができるかを考えだすこと。組織のそうした価値観と実践を確実なものにするのは、次のようなメッセージです。
「間違ってもいいし、他人によく思われない意見をもっても構わない。ただし、生じた結果から積極的に学ぶことが条件だ」
おわりに
心理的安全性は、個人にも組織にも学びと成長をもたらします。その心理的安全性をつくり高めるのは、リーダーの役割です。
失敗や職場での上司と部下の関係をリフレーミングし、有益な意味づけをする。誰もが自分の意見を率直に言えるような問いを投げかけ、発言した勇気に対して感謝と敬意を表す。
失敗は恥ずかしいものではないという文化を醸成し、失敗のパターンに応じて生産的な対応を心がける。
リーダーのためのツールキットを通して得られる気づきは、職場に豊かな変化をもたらすのではないでしょうか。
[参考文献]
*1.参考:エイミー・C・エドモンドソン著・野津智子訳(2021)『恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版株式会社(電子書籍)pp.209-210,212-216,219-221,224-231,234-235,237-238,240, 224-245
*3.参考:Cable, D. “How Humble Leadership Really Works.” Harvard Business Review. April 23, 2018.(外部リンク)
〈プロフィール〉

横内美保子(よこうち・みほこ)
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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