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「日本の若者、他国と比べて意識低い」はもう聞き飽きた ~日本財団18歳意識調査アンケートより~
先進的なオンライン大学に入学して半年が経った。学びたいと思っていたAI、アニメやゲームのアプリ開発、ウェブサービスに関係するソフトウェア分野の授業は期待していた通りに充実していて、ぼく自身の好きを見つけられた気がする。
そのうえ、オンライン授業が中心なので人付き合いをあまりしなくても学ぶことができることは、人と交わることが苦手なぼくにとってとても快適だ。入学前に少し心配になった勉強の自己管理は全く問題なく、いたって順調な大学生活だと思う。
ある日、なんのきっかけで参加したかは覚えていないけど、大学が提供している「社会連携・留学」についての説明会を聞く機会があった。大学の経営にも関わっている財団から依頼された講師が、日本を含む6カ国の、ぼくと同じ18歳の若者にさまざまなことへの意識をアンケート形式で調査した結果(別タブで開く)を紹介するとのことだった。
質問:自国の将来についてどう思いますか。

講師「『自国の将来についてどう思いますか』という質問に対して、日本の18歳が『良くなる』と回答した割合は15.3パーセントと6カ国中最下位でした。他国と比べて自国の将来に悲観的なことが分かります。反対に、中国とインドの18歳は、『良くなる』と回答した割合は、それぞれ85.0パーセント、78.3パーセントととても多かったです」
日本でそう思う人が多いのはよく分かる。しかし、中国とインドの同じ世代は国の未来をものすごく楽観的に捉えているのね。どうして、そのように考えられるのだろう。
質問:自分自身について、以下の項目に同意しますか。

講師「『自分自身について、以下の項目に同意しますか』という質問への回答を紹介します。
- 自分の人生には、目標や方向性がある:中国86.0パーセント、インド87.2パーセント、日本は63.2パーセント
- 自分のしていることには、目的や意味がある:中国90.2パーセント、インド83.9パーセント、日本は62.8パーセント
- 将来の夢を持っている:中国88.2パーセント、インド88.4パーセント、アメリカ84.7パーセント、日本は60.1パーセント
- 自分には人に誇れる個性がある:中国84.8パーセント、インド83.9パーセント、アメリカ81.1パーセント、日本は53.5パーセント
『自分の人生には、目標や方向性がある』『自分のしていることには、目的や意味がある』『将来の夢を持っている』『自分には人に誇れる個性がある』の質問に同意すると回答した日本の若者は、他国より10ポイント以上少なかったです。特に中国、インド、アメリカの若者は、目標・目的や夢をより具体的に持つことができている印象です。そして、自分の個性に自信を持つことができている若者が多いようです」
目標、目的、夢か。日本が低いことはよいとして、自分の未来を前向きに考えられるのも、誇れる個性もいいね。ぼくは個性的な方だとは思うから友だちになれそうだ。
でも、先生が言うように、回答している若者が多い、で終わっていいのかな。社会との関係で考えたほうがよいのかもしれない。個人が目標、目的、夢を持てる環境、個人が他人と違うことに価値があると認められている環境にいるからこそ、個人もそのように思えるようになる気がする。
質問:自身と社会の関わりについて、以下の項目に同意しますか。

講師「自身と社会の関わりについての全ての項目で日本は6カ国中最下位でした。特に日本では、『自分は大人だと思う』『自分の行動で、国や社会を変えられると思う』が5割を切っているのが特徴的です」
そうそう。社会への意識と社会との関わりの意識が違うんだと思う。結局、自分って社会の一員なの? 大人なの? という意識が全体に大きく反映されていると思う。
ぼくも含めて、日本の18歳の意識は子どもなんだと思う。ぼくが人付き合いを苦手な理由は、自分が子どものせいもあるけど、周りも子どもだからかもしれないな。
あおいさんは、海外と比較した日本の若者の社会参画への意識の低さに関心を持ち始めました。理由は何だろう? それは問題なのだろうか? どのような解決策が考えられるだろう? と。
そこで、翌週、若者の社会参画の有識者がオンラインセミナーを実施する情報を知り、聴講することにしました。
若者の社会参画と若者政策に詳しい日本福祉大学講師の両角達平 (もろずみ・たつへい)先生のお話

若者の社会参画への意識は、昔よりも増加している
私が関与した2020年の国立青少年教育振興機構の調査(外部リンク/PDF)でも同じような結果になっていて、日本財団18歳意識調査で日本が6カ国の中で最も低いことに驚きはしない。
90年代以降、米・英・日・韓のような先進国のポストモダン社会で自国の将来についてどうなるかわからないという考えを持つのは共通している。また、日本人はこういったアンケートに対して控えめに回答する傾向がある。中国・インドのような発展途上国で自国の将来についてよくなると回答するのは自然なことだ。
他国との比較よりも12年前との時系列的な意識の変化に着目している。日・米・中・韓の4カ国とも「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」と回答した割合は、2008年に実施した同じ調査のそれと比べて高くなっており(下図参照)、「現状を変えようとするよりも、そのまま受け入れる方が良い」「政治や社会より自分のまわりのことが重要だ」という自分本位的な回答をした割合は、4カ国とも減少傾向にあることが分かった。

実際に、今回の18歳意識調査で「自分の行動で国や社会を変えられると思う」と答えている若者は日本は調査対象国の中で最低だが、2022年と比べて日本、米国、英国は増えている。日本に限ると2022年26.9パーセントだったのが2023年では45.8パーセントまで増えており、1年で約19パーセントも上昇しているのだ。
また、社会参画の権利の尊重項目において、「社会や政治に対して意見表明は良いこと」だと思う割合は4カ国とも8割を超えていた。つまり、日本は他国と比較すると低くなってしまうが、比較から「日本の若者は社会に参画したくない」と捉えるのは違う。むしろ、日本の8割もの若者が社会参加を権利として認めることは大事だと思っていると肯定的に捉えるべきだ。
若者への傾聴が社会全体の民主主義につながる。若者が社会に参画する機会をつくろう
他方、日本は「社会はとても複雑で私は関与したくない」「私個人の力では政府の決定に影響を与えられない」という消極的な姿勢も多い。それは、若者の意識の問題ではなく、社会制度や構造的な部分に目を向けるべきだと思う。
これまでの若者の社会参画を促す政策は、「社会参加、ボランティア活動への参加を教育しましょう」というものだった。しかし、そもそもそういった機会がないから声を上げないし、聴かれる機会がないのであれば言わない。今、こども家庭庁ができて「意見表明の機会をつくりましょう」と大きく変わったことはとても良い。
OECDのPISA(国際学習到達度調査)が示すように日本の学力は国際的に悪くないが選挙の投票率は高くない。スウェーデンは日本より学力は低いが投票率はとても高い。フィンランドは日本と同様に学力は高いが投票率はスウェーデンほど高くない。学力が高くても、政治参加する市民の割合が高くないことの方は問題でないだろうか。
日本では、声を上げても無視される、あるいは否定されるようなコミュニケーション、非民主的なコミュニケーションが、学校内では教師と生徒、家庭では親とこどもという縦の関係のなかで起きがちであり、若者はこのなかで何を言っても変えられない、ということを学んでしまっている。
例えば、校則について問題があってそれを変えたいと思っても変えられない。意見を言うよりも静かにしていた方が内申点に響かないと学んで、結局そのまま何も言わず卒業していく。
そもそも、若者に意見表明の機会を与えないことを良しとすることは、民主主義社会を否定することにつながる。民主主義は、その社会に関わる人たちがいろいろな「差」はありながら参画して自分たちで自己決定して生きていけるようにしていく機能である。
日本では、民主主義のなかで声の大きい年長者や男性が物事を決めてしまうことがずっと起きている。それは「世代間の民主主義が保証されない」ということだ。若者の声を聞かないということは、それを容認し、加速することになってしまうのだ。
こども家庭庁ができ、こども基本法ができていくなかで、自治体やその他の機関は基本的に子どもや若者の声を聴かなければならない、ということが義務になっている。皆さんが住まわれている自治体でも基本的に子どもや若者の声を聴かなければならない、ということが当たり前になってきている。こういう変化は大きい。
調査結果は何も中高生の意識に限らない社会の課題であるといえる。大人も社会参画できていない。大人世代も国際的にみると日本では投票率は低いし、そもそも自分の声が届いて市政が変わると思っている大人は多いだろうか。
大人が社会に参画できていたら、子どもたちもそれを見て参画しようとする。むしろ、このような若者の意識調査の結果を受けて、社会構造に切り込まずに、「じゃあ政治教育、社会参加の教育をやろう」とズレた議論に向かう悪弊がある。
つまり、若者の意識は社会構造が一因であって、「日本は大人も含めて意見が届いている社会なのか、あらゆる人にとっての社会なのか、この国の民主主義や自治は大丈夫なのか」を考えていく必要がある。
社会が自分ごとだと感じると「参加しなければ」となるだろうし、自分の声が届いている実感があって、意見が反映されれば民主主義が実現されるようになる。私に声をかけてくれる自治体には、「大人たちも変わらないといけない」という意識があるが、世の中全体的にどうなのか。今後、大人側の意識も調査してみる必要があるのではないか。
若者が自分の言葉で自由に意見を言える第三の場をつくろう
また、国立青少年教育振興機構の調査では日本の若者は学校内のこと(部活・生徒会活動・学校行事)に参画する意識は高いが、学校外のことになると趣味・エンターテインメント・アルバイトに時間を割くことへの意識が高く、寄付募金・環境自然保護・政策に対する意見表明や動物愛護への参加意識は低いという結果が出た。
しかし、学校外における社会参加の活動もないわけでない。例えば、こども家庭庁が設置される前から、地域において若者の声を政治・政策に反映させるためのユースカウンシルや若者議会、全国規模の若者の声を政治に届けるための日本若者協議会、あるいはNo Youth No Japanといった取り組みが、若者たちが自分たちの声で社会を変えていこうと動いており、力を持ち始めている。
意識の高い一部の若者による政治参加の活動と揶揄されることもあるが、それでも若者である当事者による活動がまずは認知されるようになったことは大きな一歩だ。
そのうえで、あらゆる若者の声が社会に届くようにするにはどうしたらよいか。地域における若者の自由な居場所があることが大事だ。
例えば、若者が集まってたむろしたり、ゲームしたり音楽活動をやったりと余暇活動が自由にできる場所で、学校や家とは違うユースセンターといわれている場所。ヨーロッパ諸国では広く認知されている。また、長野の私の実家の地域に存在していたこともあって、このような場所が当たり前だと思っていたが、日本には意外と少ないようだ。
ユースセンターには、さまざまな若者が集まってくる。ユースセンターはそもそも学校とは異なり、行かなくてもいい場所なのにそこに集まっている時点で、素が出せる場になっており、結果的に若者の主体性が高い場合が多い。学校のアンケートでは評価の目に晒されているので真面目な回答になってしまうこともあるだろうが、ここでは「自由に発言していい、自分らしくいれる」と思えるため、本音の意見が自然と出てくる。
全国でユースセンターと名乗った地域の居場所は増えており、ユースワークをやろうとする人も増えている。ユースワークとは若者の居場所をつくったり、若者の参画の促進に取り組んだりする、若者と関わる活動のことである。
海外に行けるだけ余裕のある若者は、「あの国はこうなって、日本はやばい」と刺激を受けて自分たちで取り組み始める。それはそれですごく大事だが、そうではない人たちも含めてあらゆる人たちにとって「社会に居場所がない」ということが問題ではないか。だからこそ「言いたいことも言えないような世のなか」になっているではないだろうか。
若者の意見を傾聴するだけではなく、権力の移譲を想定しよう
若者の参画を発揮していく方法として、OECDの太陽モデルがある(下図)。

ロジャー・ハートの「子どもの参画のはしご」のと似ており、基本的に書いてあることはそれと同じである。「参画のはしご」は縦に並べているので上の方が絶対正しいとなるが、常に上を目指すことはしんどくなることもあるため、丸くしたものだ。
この図から分かることは、お飾りの子ども・若者の参画に留めないためには、本質的には大人から若者に権限委譲をするということである。実際に、大人が若者に意見の機会だけを与えても権力の移譲はしないこともある。権力の移譲まですると意思決定を若者に託すということになる。
民主的な社会では、社会についてさまざまな人たちが意見を出し合って意思決定をする。さまざまな人たちのなかに若者というカテゴリがある。大人、制服組、男性、政府機関というカテゴリは、自動的に無自覚的に、若者より強い権力を持ちがちである。そのことを自覚して、自分たちが持っている権力をいろんな面で移譲していく、という考え方が一番大事だと考える。
権力が移譲されるとは究極的には子どもや若者が自分に関することや社会について意思決定すること。実際には、まちであれば住民は子どもや若者だけではないため、そのような究極的なことにはならない。
だが、子どもや若者の居場所に関する方針であれば、子どもや若者が利用者であって主体者なのだから、意思決定まで参加するのは当然だろう。このような機会をつくって参加することで、「居場所に方針決定に関われた」「自分の声を聴いてもらえた」「次は別の方針で意見を聴いてもらおう」という連鎖が起きてくる。
太陽モデルを参考にすれば、若者に情報提供して何かしらの役割を任せる、若者の意見を聴きながら大人と一緒につくる、など本人の意思決定の手前にあるステップを設定すれば、若者の参加を促すことができるだろう。
以上
あおいさんは、自分が感じている生きづらさの理由が分かった気がちょっとしました。同時に、自分が意思を表明しやすい社会に自分の居場所を求めることがごく自然な選択肢のように思えてきました。
時間のある学生のうちに海外にまずは行ってみて、自分の目でその社会を見て、そこに住む人たちと接してみよう。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。