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「インクルーシブデザイン」ってなに?──使いにくさを感じる人と、一緒につくる【ワークシート付き】
- 「インクルーシブデザイン」とは、障害のある人、高齢者、外国出身の人など多様な人々と一緒に新しい価値を生み出すデザイン手法
- 世の中のモノやサービスは多数派の人を前提につくられがち。その前提に合わない人に「使いにくさ」が生じる
- 多様な人と一緒につくることで、ものづくりの前提を見直し、使える人や選択肢を広げられる
取材:日本財団ジャーナル編集部
※【巻末特典】探究学習で使える「ワークシート」を無料でダウンロードできます
中高生が専門家の知見を借りながら、身近な社会課題について自ら調べ、考えるのを助ける連載企画「探究ジャーナル」。第2回のテーマは「インクルーシブデザイン」です。
ふだんの生活で、「これ、なんだか使いにくいな」と感じることはありませんか。
例えば、重い荷物で両手がふさがっていると、丸いドアノブが回せない。けがで松葉づえをついていると、自動改札機でICカードのタッチがしづらい。左利きだと、右利き用のハサミでは紙がうまく切れない。
こうした「使いにくさ」は、使う人のせいで起きているのでしょうか。実は、世の中の多くのモノやサービスは、特定の身体の動かし方や、見え方・聞こえ方、言語、生活習慣など、多数派の人を前提にしてつくられています。その前提に合わない人には、使いにくさが生じることがあります。
ではもし、「使いにくさを感じている人」と最初からアイデアを一緒に出し合ってモノづくりを始めたら、どんなデザインが生まれてくるのでしょうか。その考え方が「インクルーシブデザイン」です。
今回は、「だれもが社会の当事者になる」ことを目指してインクルーシブデザインの普及に取り組む、NPO法人Collable(外部リンク)代表理事の山田小百合(やまだ・さゆり)さんにお話を聞きました。

インクルーシブデザインってなんだろう?
——そもそも、「インクルーシブデザイン」とは何か教えてください。
山田さん(以下、敬称略):障害のある方、外国出身の方など、これまで利用者として十分に考えられてこなかった方々と、最初から一緒にモノやサービスをつくるデザインの考え方です。
——「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」と、「インクルーシブデザイン」とは何が違うんですか。
山田:3つとも、「使いづらさをなくしたい」「これまで届いていなかった人に届けたい」という目的は同じです。ただ、特に違いが出やすいのが、そこへたどり着く道のりです。
- バリアフリー:社会や環境にある障壁を取り除く考え方。既存の環境を改修する場面で用いられることも多い
- ユニバーサルデザイン:年齢や能力などにかかわらず、できる限り多くの人が使える製品や環境を目指す考え方。「ユニバーサルデザインの7原則」は代表的な指針の一つ
- インクルーシブデザイン:これまで利用者として十分に想定されてこなかった人の経験や視点を起点に、デザインの初期からともに考え、新しい価値や選択肢を生み出すアプローチ
ポイントは、ユニバーサルデザインができる限り多くの人が使える「基準や原則」を重視するのに対し、インクルーシブデザインは視覚に障害のある人や車いすユーザーなど、これまで使いにくさを感じてきた方々が、つくり始める段階からその場にいる「過程」を重視するところです。

※「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」「インクルーシブデザイン」の考え方には重なる部分があり、分野や国によって定義や使われ方が異なります。ここでは、それぞれの特徴を理解しやすくするために整理しています
「障害があるから不便」は、本当?
——「障害がある場合、ある程度の不便があるのは仕方がない」という感覚が世の中にはある気がします。その感覚は、間違っているのでしょうか。
山田:不便さの「原因をどこに置くか」で、問題の見え方がまったく変わります。例えば、足が動かない人が、目の前の段差を登れない状況があるとします。
- 本人の足が動かないことが原因=治療やリハビリ、補装具など、本人側への働きかけによって解決しようとする(障害の医学モデル)
- ここに段差がある/スロープがないのが原因=スロープをつけるなど、環境の側を変えて解決しようとする(障害の社会モデル)
「本人の問題」に見えていた不便も、社会モデルで見直すと「環境の問題」に変わる。何かが使いにくいとき、それは自分のせいではなく、多数派に合わせてつくられた環境の側に原因があるのかもしれない。そう疑ってみてほしいんです。

学校に潜む「見えないバリア」
——学校にも、「平均的な前提」のせいで気づけない「不便」があるのでしょうか。
山田:学校にもたくさんのバリアがあります。その中には「目に見えないバリア」も含まれており、代表的なのが「情報のバリア」です。
[Aさんの事例]
難聴のAさん。まったく聞こえないわけではないけれど、授業のときに先生の声が少し小さくなると、話の内容が分かりません。でも、周りの生徒はその声の大きさでも聞き取れているようなので、「先生の話を聞いていない」と誤解されることもあり、悲しい気持ちになります。
※実際の事例をもとに作成

山田:Aさんのように、学習内容を理解する力があっても情報が届かないせいでテストの点が落ちたり、内容を理解できていないように見えたりすることがあります。周りの人がその事情を知らないことで「成績が悪い」「だらしない」などと、本来の困難とは別の「能力や性格」の軸で評価されてしまうこともあるのです。
——そういった「不便」に、現在の学校はどのように向き合っているのでしょうか。
山田:支援員さんがサポートする、先生の声を補聴器に届ける機器を使う、などの方法があります。ところが、それを見た周りの子が「一人だけ特別扱いされている」と受け取ってしまうことがあります。
しかし本来は、ほかの生徒と同じように学べるよう、環境や学び方を調整しているのです。こうした調整を「合理的配慮」といいます。この「環境を調整している」という事実が、うまく説明されていないケースも見られます。
そもそも学校という場は、同じ年齢の子どもが、同じ内容を、同じ方法や速さで学ぶことを前提にしてしまう場合があります。その前提に合わない子どもがいると、周囲から「特別な子」や「劣っている子」と見られてしまうことがあります。
しかし本来一人一人には個人差があって、生まれ年が同じでも身長や足の速さ、家庭環境なども違うはずで、それは本人の問題ではないんです。
「最初から一緒に」つくると、何が変わる?
——そうした「多数派から見えないバリア」を生まないために、インクルーシブデザインはどう役立つのでしょうか。
山田:大きいのは、「できてから直す」のではなく、つくる前の段階で当事者の体験をよく知ることができる点です。
新しい商品をつくるとき、完成してから当事者に体験してもらって感想を聞くと、返ってくるのはどうしても「それが使いやすいか、使いづらいか」という新商品の評価だけになりがちです。
しかし最初から一緒につくれば、本人がそれを使うときにそもそもどう感じ、どんな悩みがあるのか、まだ言葉になっていない体験の中身まで設計に反映しやすくなります。
——「インクルーシブデザイン」の発想で、どんなものが生まれていますか。
山田:2021年にNIKEが発表した「ゴー フライイーズ(GO FLYEASE)」という靴が象徴的です。
[ゴー フライイーズ(NIKE)の事例]
足を入れてかかとに体重をかけるだけで履け、脱ぐときはかかと部分を反対の足で踏むだけ、と脱ぎ履きに手を使う必要がない靴。ソールの中央に「双安定ヒンジ(ちょうつがい)」の仕組みが入っており、履くときはパチンと閉じて足を包み、脱ぐときはくの字に開く。伸縮するバンドが、ひもなしでも足をしっかり支える。

山田:スニーカーの靴ひもを結ぶのは「当たり前」だと思っていると、煩わしいとは感じません。しかしこの靴を開発したデザイナーたちは、身体に障害のある人の「脱ぎ履き」の動作や状況を深く理解したことで、荷物を持っているとき、子どもを抱えているときなど、多くの人にとって靴ひもが煩わしい場面がある、と気付いたんです。
そのためこの靴は、脱ぎ履きに手間を感じやすい子育て世代や妊婦さんの間でも人気を集めたそうです。
「靴ひもを結ぶのに不自由を感じる人のために、靴を直そう」と考えると、ひもをマジックテープに替える、といった今ある靴の形を少しだけ変えるデザインになりがちです。
でも当事者の靴を脱ぎ履きするときの課題を理解したことで、「脱ぎ履きという行為そのものを変える」という発想が生まれました。これは、完成後の評価だけでは、発想の前提そのものを変えるのは難しかったかもしれません。
博物館を変えた、当事者の視点
——山田さんが代表を務めるCollableも、当事者の方と一緒にものづくりをしてきたそうですね。
山田:はい。Collableが関わった、徳島県立博物館のリニューアルの事例を紹介します。私たちは、視覚に障害のある人や外国出身の人などに「リードユーザー(デザインの初期段階から参加し、新しい視点をくれる人)」として、最初から関わってもらいました。
というのも、視覚に障害のある人に「この展示は分かりやすいですか?」と聞いても、ふだん博物館に行く習慣がない場合は比べる対象がないので、「よく分からない」というのが正直な感想のような気がします。
最初から関わってもらうのが大事なのはそのためで、実際に現場ではこんなことが起きました。
[アンモナイトの事例]
触れる展示として置かれていた、直径30センチを超える大きなアンモナイトの化石。学芸員は「生きていた頃のアンモナイトには、イカやタコのようなやわらかな触手があって……」と説明しましたが、視覚に障害のある人は首をかしげていた様子でした。理由を聞くと、「私はただの大きな石を触っているだけに思えるんです」と答えました。伝えている知識は正しいものの、化石の触感とあまりに違うため、アンモナイトがどのようなものなのかうまく伝わりませんでした。

山田:その一言がきっかけで、学芸員さんは「自分たちの伝えたいことを伝えるには何が必要か」と発想を切り替えました。
そこで、手のひらサイズで触れる化石の隣に、同じくらいのサイズのアンモナイトの内部を縦に切った木彫りの模型を置き、その生き物が当時どんな形だったのか、手ざわりで直感的に分かるようにしました。
その結果、視覚情報だけに頼らず、アンモナイトの形や構造を理解するための手がかりが増えた展示が完成しました。

「見えない不便」に気づくにはどうしたらいい?
——身近な「使いにくさ」に、自分で気づくにはどうすればいいのでしょうか。
山田:自分にとっての「当たり前」は、なかなか自分では見えづらいものです。私たちがリードユーザーを探すときは、その物やテーマについて
- 使わない人
- 使えない人
- 使おうと思っていない人
を探すのを基本としています。
これは、インクルーシブデザインの実践を教わってきた、京都大学の塩瀬隆之(しおせ・たかゆき)先生から学んだ考え方です。自分たちが想定している利用者像とは異なる経験を持つ人ほど、自分たちだけでは気づいていなかった前提や障壁を明らかにしてくれることがあります。
一人でする練習なら、「極端思考ワーク」もおすすめです。
- 自分がすごく使いやすいと思うものを選ぶ
- それを「どうすればとことん使いづらくできるか」考えてみる
- なぜ、「そうすると使いづらいのか」理由を考える
そうやって自分の「当たり前」を揺さぶると、ふだんは気づかない「使いにくさ」が見えてきます。
——そうして身近な「使いにくさ」に気づけるようになったら、次になにができるでしょうか。
山田:観察する目線をまわりに広げてみましょう。学校の事務員さんや、給食をつくってくれている人たちなど、身近だけど話したことのない人はいないでしょうか。「あの人は何をしているんだろう」と疑問を持ってみる。おしゃべりをしてみるのもいいですね。
その人の1日を聞くだけでも、自分とはまったく違う世界があるのが見えてきます。一方で、「あ、ここは自分と同じだ」という共通点も見つかるはずです。
大切なのは、その「違い」と「同じ」の両方に気づくことです。相手を「自分とは関係のない人」ではなく、「自分とは違うけれど、どこかつながっている人」として知っていく。そうやって「関係ない」が減っていくと、身のまわりにある「使いにくさ」も、自分が関われることとして見えてくると思います。

取材から学んだこと
インクルーシブデザインは、障害のある人のための特別な工夫のように誤解されやすい面があります。しかし取材を終えて、それが「自分とは違う誰かと出会うと、世界の見え方が変わる」という話であるように感じました。
誰かのための工夫が、まわりまわって自分も含めた一人一人の生きやすさにつながっている。そう気づかされた取材となりました。
中高生のみなさんへ
- 身のまわりに「これ使いにくいな」「危ないな」と感じるモノはありますか?
- 例えば片手がふさがっているとき、けがをしたとき、見え方や聞こえ方、使う言語が異なるときに、使いにくくなるものはありますか?
- あなたの学校には、さまざまな人が使いやすいよう工夫されている場所がありますか?
- 学校の事務員さんや、給食をつくってくれている人たちなど、身近だけど話したことのない人はいますか?
無償でダウンロードできるワークシート(別タブで開く/PDF)を活用して、身近な「しづらさ」を見つけて分解し、「インクルーシブデザインの考え方なら、どう変えられるか」を、友だちと意見を交わしながら考えてみましょう。
〈プロフィール〉
山田小百合(やまだ・さゆり)
日本女子大学家政学部家政経済学科卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。知的障害・自閉症の兄と弟がいる経験から、障害の有無を超えたインクルーシブな場のデザインとその学びに関心をもち、大学院に進学。在学時よりインクルーシブデザインワークショップや多様なこどもたちとのワークショップの実践研究に取り組む。大学院修士課程修了後の2013年、実践研究を延長させるかたちでNPO法人Collableを設立。障害に限らないあらゆる多様な人たちとの共創のための場づくりやプロジェクトに多数関わる。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。