日本財団ジャーナル

もし2つの場所に居られたら?「空間」をつなぐオンラインコミュニケーションサービス「tonari」が目指す、選択肢が増える未来

写真:「tonari」を使って、別々の空間でオンラインコミュケーションを取る人々
別々の場所にある空間を大きなスクリーン等を通してつなげるオンラインコミュニケーションサービス「tonari」
この記事のPOINT!
  • 東京への一極集中は、地方社会や都市部での暮らしに弊害をもたらし、持続可能な社会の実現は困難に
  • 「tonari」は、2つの「空間」を「自然」につなげることができるオンラインコミュニケーションサービス
  • 多くの人が自分らしい暮らし方や働き方をする実現するために「選択肢を増やす」未来を目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

あなたがいま「居たい」場所はどこだろう?

新緑の木々が美しい里山?物質的に恵まれた都会?日本?それとも海外のどこか?それは、事情やそのときの気分によってさまざまだろう。現在居る場所と、本当は居たい場所が違うという人も少なくないはず。もし近い将来、「居たい場所」と「居なくてはならない場所」に同時に存在することができたら、あなたの暮らしはどのように変わるだろうか。

2人の元Googleエンジニアとプロダクトマネージャーが中心になって開発を手掛けている「tonari(トナリ)」(別ウィンドウで開く)は、そんな夢のようなシチュエーションを実現するサービス。新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワークの導入が企業で進む中、大きな注目を集めている。今回は、「tonari」の仕組みや創造できる未来について迫る。

都市部への「一極集中」は、サステイナブルではない

民間の有識者で構成される日本創成会議が2014年に発表した、2040年におよそ5割の自治体が消滅し始めるという推計が、世間を騒がせたことはいまだ記憶に新しい。その一方で東京への一極集中が進み、多くの人が高い家賃を払い、通勤に時間を浪費している。2018年にアットホーム株式会社が行なった調査では首都圏の平均通勤時間は約50分。1日で約2時間、週5日の勤務で約10時間も通勤に使っていることになる。

「仕事のためと我慢して、高い家賃のわりに狭い住宅に住み、通勤に時間をかける生活というのは、本当に私たちが求めている暮らし方なのでしょうか。『tonari』では、そのような生き方はサステイナブル(持続可能)ではないと考えています」

そう語るのは「tonari」の広報を務める福垣(ふくがき)アリスンさんだ。

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多くの人で混み合う東京の通勤風景(イメージ)

「私の母は沖縄出身のシングルマザーでした。私を都会のインターナショナルスクールに通わせるために、沖縄から出て、証券会社で株のアナリストをやっていましたが、会社や学校は家から遠く、通勤と仕事で1日の大半を占めていたと思います。もしものことがあったときに寄り添える家族も遠く、子育てや仕事がとても孤独(サポートがなかった)だったと思います」

都心で働く会社勤めの人の中には、アリスンさんの母親の暮らしが他人事とは思えない人もいるだろう。しかし、新型コロナウイルスの影響でリモートワークが広がる中、企業が勤務形態や報酬体系を見直す動きも出てきている。私たちの暮らし方や働き方にも大きな変化が訪れようとしている。

もし、2つの場所に同時に存在できたら

「tonari」で提供するのは、大画面に映し出された等身大の相手とほぼリアルタイムで対話できる「2つの場所に同時に存在するかのような」コミュニケーションサービスだというアリスンさん。それはどのように形で実現するのか。

「現在でも映像や音声でコミュニケーションを取るサービスはたくさんあります。しかし、パソコンの画面がいくつかに分割され、そこにお互いの顔だけが映ってやりとりする、といったものが主流です。そういったサービスには良い点と欠点があり、まず良い点は、誰もが簡単にさまざまなデバイス(パソコンやスマートフォン、タブレットなど)からアクセスできるところ。欠点は、サービスで利用するツールの性能やコミュニケーションそのものに関する2点に分けられます」

ツール性能については、発言者の声が他の参加者に伝わるまでの時間とセキュリティが不十分であるという。一般的なウェブ会議システムの映像・音声情報は200ミリ秒ほどで伝達される。数字としては悪いものではないが、コミュニケーションに遅延が生じる可能性が高まり、ストレスも溜まりやすい。また、セキュリティについては、拠点間で通信が暗号化されていないと、中継サーバの脆弱性で機密が漏れたり、ターゲッティング広告に使われたりするといったことがないとは言い切れない。

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現在主流であるウェブ会議システムを使った打ち合わせの様子(イメージ)

「もう一点、通常、人は言語・非言語(姿勢やジェスチャー、表情など)両方の情報を得てコミュニケーションをしています。例えば、先輩に質問をしたいと思った新人社員がいるとしましょう。従来のウェブ会議システムでは、新人社員は先輩の非言語的な部分を十分に汲み取ることができず、質問するタイミングをうまく計れずに悩んでしまうこともあるでしょう。この悩む時間自体も無駄と言えます」

「tonari」の最大の特徴は「空間同士をつなげる」こと。壁一面の大画面を通して相手を等身大のイメージで見ることができるため、細かなボディランゲージを汲み取りやすい。常時接続で、映像や音声情報も150ミリ秒以下で伝達されるため、同じ場所にいるのと変わらないぐらい臨場感あふれる自然なコミュニケーションを取ることができる。

「新入社員のケースに当てはめるなら、会話をせずとも先輩の様子を伺いながら仕事の進め方を学んだり、ジェスチャーを用いながら質問をしたりすることができるというわけです」

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フロンティアコンサルティングの左が大阪オフィス、右が東京オフィス。写真提供:tonari

オフィスデザインのコンサルティングを展開する株式会社フロンティアコンサルティング(別ウィンドウで開く)の協力のもと行なった「tonari」の第一次調査実験では、フロンティアコンサルティングの東京と大阪のオフィスを「tonari」で接続。参加メンバーからは、「ちょっとした質問を投げかけやすかった」「空間を共有できるので、ランチ会や交流会にも利用できそう」といった意見が上がった。

「オンラインを使ったコミュニケーションサービスにはさまざまなものがありますが、ガイドライン無しに同じ空間にいないチームと効果的なコミュニケーションを取り合うのは、容易なことではありません。本来であれば組織に合うツールを見つけ、スタッフ全員が実践できるような研修を行うのが望ましいですが、人的・時間的なリソースを確保するのは難しいです(リモートワークの成功方法[別ウィンドウで開く]を参考)。その点『tonari』は導入さえすれば一緒のオフィスにいるかのような状態をつくり出すため、今までと変わらない方法で円滑に業務を進めることができます」

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フロンティアコンサルティングで行われた「tonari」の第一次調査実験の様子。写真提供:tonari

将来、少子高齢化に伴う人口減少により労働力不足が懸念される日本。もし、「tonari」で自宅と会社をつなぐことができたら、暮らす場所や通勤時間などの問題も解消され、「働きたい」もしくは「働ける」という人も増えるのではないだろうか。

選択肢が増えることで見える未来

「創業者の2人は『tonari』を一部の企業や富裕層向けの体験としてではなく、世界の誰もが仕事やライフスタイルの選択肢として導入できるような商品を目指しています」

会社を立ち上げた時の大切な思いについて、アリスンさんはこう語る。

「私たちの世代は移住を経験している人が多いように感じます。出身地とは違う学校に通ったり、職場に勤めたりすることはそう珍しいことではありません。そのため、多くの人が遠く離れた家族や友人たちと近い関係を保つことを課題としています。創業者のタージはモンタナ出身で、シアトルの学校に進学し、職場はサンフランシスコから東京と転々としてきました。いくつもの“大切な故郷”とつながりを持ち続けるためにも本人が一番使いたいと思えるようなコミュニケーション・テクノロジーを目指してい(ると語ってい)ます」

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「tonari」が実現を目指すオンラインコミュニケーションサービスのイメージ。イラスト提供:tonari

そんな思いと画期的なアイデアが評価され、ソーシャルイノベーション(社会問題に対する革新的な解決法)の創出に取り組む人材やチームを支援するために日本財団が実施した「日本財団ソーシャルイノベーションアワード2017」では優秀賞を受賞(当時の団体名は「一般社団法人WorkAnywhere」)。現在、「tonari」は実用化に向けて開発が進んでおり、2020年末までにはいくつかの企業で設置される予定だという。「tonari」が普及することで、どのような未来が開けるのだろうか。

「2つの空間をつなげることで生まれる可能性は無限大です。自分の好きな場所からオフィスにアクセスできるので、家族と好きな場所に移住することもできますし、通勤時間がなくなり、その分自分が集中しやすい時間帯で働くこともできるでしょう。一緒に働くメンバーも、地方や海外といった異なるバックグラウンドを持つ人たちになるかもしれませんね。教育も、例えば日本とシンガポールの学生で同時に英語学習をする機会などが生まれるかもしれません。また、遠く離れて暮らす祖父母や親兄弟ともより身近につながれるので、家族の絆を深められる機会も増えるのではないでしょうか。また、個人的なストーリーに振り返ってみると、子どもの頃にtonariのような技術があったら、私の母は沖縄で家族の近くで子育てをしながら仕事ができたかもしれません。教育と仕事の機会が場所に限られないことが早く現実化することが望ましいですね」

大きな可能性に満ち、想像するだけでワクワクする。世界中に暗い影を落とす新型コロナウイルスであるが、「tonari」のような画期的なサービスが生まれ、理想の働き方や暮らし方を実現するためのチャンスと捉えれば、明日への勇気と希望が見出せるのではないだろうか。