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最新技術を結集し2025年の実用化を目指す無人運航船。海の未来はどう変わる?

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この記事のPOINT!
  • 船員の高齢化や労働力不足、人為的ミスによる海難事故など、大きな課題を抱える日本の海運
  • 「MEGURI2040」プロジェクトは、未来の海を支えるため2025年までに無人運航船の実用化を目指す
  • 日本主導でルールを形づくることで、世界中の海を安心・安全に航行できる未来を築く

取材:日本財団ジャーナル編集部

少子高齢化の影響から、あらゆる分野での人手不足が深刻な問題となっている。それは海洋の世界でも顕著だ。

特に内航海運の船員はその半数以上が50歳を超え、約400ある離島航路の維持も切迫した課題に。さらに海難事故の原因の約7~8割は人為的ミスによるものと言われ、日本を取り囲む海の上には、こういった問題が山積みである。

そこに風穴を開けるべく進められているのが、無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」(外部リンク)だ。日本財団を中心に5つのコンソーシアム(共同事業体)が結成され、海事関係会社に加え、通信会社、気象情報会社、海上保険、ITベンチャーなど多種多様な企業60社以上が集結。「2025年までに実用化を目指す」その先には「2040年までに内航船の50パーセントを無人運航船にする」という目標を掲げている。

図:日本地図
1.無人運航船の未来創造~多様な専門家で描くグランド・デザイン~(日本海洋科学ほか29社)
2.内航コンテナ船とカーフェリーに拠る無人化技術実証実験(商船三井ほか7社)
3.水陸両用無人運転技術の開発~八ッ場スマートモビリティ~(ITbookホールディングスほか4社・団体)
4.無人運航船@横須賀市猿島プロジェクト(丸紅ほか3社・団体)
5.スマートフェリーの開発(新日本海フェリー、三菱造船)
無人運航船プロジェクトで2022年1月から3月まで実証実験を行なった5つのコンソーシアム

そして、2022年2月26日~3月1日には、東京港-津松阪港の航路(往復)でコンテナ船「すざく」の無人運航実証実験が行われた。1日に約500隻もの船が航行する世界有数の船舶航行密集海域である東京湾において無人運航が成功したのは、世界初の快挙と言える。

一時的に手動操船に切り替える場面もあったが、無人運航システムの稼働率は往路で97.4パーセント、復路では99.7パーセントを記録。避航(※)回数は往路だけで107回にもおよび、無人運航でも他船をしっかり避けられることを証明した。

  • 避航とは、船舶が危険物や危険な海域を避けて航行すること
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無事に実証実験を終え、東京国際クルーズターミナル(東京・お台場)に帰港したコンテナ船「すざく」
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「すざく」の無人運航実証実験の記者発表会の様子。左から日本海洋科学・赤峯浩一(あかみね・こういち)社長、日本財団・海野光行(うんの・みつゆき)常務理事、笹川陽平(ささかわ・ようへい)会長

この「すざく」の実証実験を率いたのは、それぞれの分野で日本を代表する30社で核をつくり、その周囲を国内外の協力会社・組織30社以上で構成する最大のコンソーシアム「DFFAS(Designing the Future of Full Autonomous Ship)」のプロジェクトディレクターを務める株式会社日本海洋科学・運航技術グループの桑原悟(くわはら・さとる)さん。大きな成果を得た今、その瞳にはどんな未来が映っているのだろう。

海上での「通信」が課題として見えてきた

成功を収めた大型コンテナ船「すざく」の実証実験を振り返ってもらうと、桑原さんは満足げな笑みを浮かべながら話し出す。

「正直、実証実験自体はほぼうまくいくだろうと予想していました。技術的には、無人で船を動かすことはできると。実証実験に対しては大きな反響がありました。『成功した!』といろんなメディアで報じられました。ただ、私は一度も『成功』とは口にしていないんです。日本企業が有する技術をもってすれば無人運航はできるだろうと確信していました。でも、実際にやってみないと分からないことがある。それは技術的なことに加えて、無人運航船を航行させる環境的なことも含めてです。つまり、実証実験をすることによって見えていない課題を可視化させることが狙いだったわけです」

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東京港-津松阪港の無人運航に成功したコンテナ船「すざく」

成果は上げているものの、諸手を挙げて喜ぶことはしない。それは桑原さんが無人運航船の実用化をしっかり見据えているからだ。では、実証実験で見つかった課題とは何だったのだろうか。

「1つは通信技術の問題です。都会にいれば、日常生活の中でスマートフォンの電波がつながらなくなることなんて、あまりありませんよね?でも、受信するアンテナの問題もありますが、海の上だと安定して電波を確保することが難しいんです。大海原で、どこにどれだけの電波が届くか、現代でも正確には把握できていない。今回、衛星通信とモバイル通信を組み合わせた新たな技術を開発しましたが、それでも一時的に電波がつながらなくなることがありました」

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実証実験で見えてきた無人運航船の実用化に向けた課題を語る桑原さん

海上を航行する船舶には、通常は衛星通信など外部環境によって不安定となるインフラが利用されており、無人運航船への活用は極めて困難だった。

「すざく」の実証実験の大きな特徴は、「陸上支援センター」(千葉県千葉市)を整備したこと。気象・海象情報や船舶の位置情報、自船の運航状況や機関の状態など、船陸のさまざまな情報を収集・監視・分析し、緊急時には遠隔操船することで船の運航を支援する。

海上と陸上をつなぐ通信システムには、衛星・モバイル通信のハイブリッドシステムを開発し通信状況に応じて最適な通信回線を自動選択可能な仕組みとなっているが、この最新技術をもってしても陸上と海上で一時通信が途絶える状況があったという。

図:
陸上支援センター/陸上側システム(陸上支援機能)
・総合表示ブロック(船陸情報収集・監視・分析)(機関異常予知含機能)
・非対応ブロック(遠隔層機能)
↑
↓
通信システム(通信回線・情報管理制御)
↑
↓
MEGURI2014/DFFAS
・船舶側システム(自立機能)
「すざく」と陸上支援センターを結ぶ無人運航システムの概要図

海上で電波が不安定になってしまう。それがどんなデメリットにつながるのか。

「例えば、お客さまから預かった大切な荷物を無人運航船で遠方まで運ぶとします。そのとき、通信が不安定だと、お客さまの大切な荷物を運ぶ無人の船がいまどういう状態なのか把握できない時があるんです。これは経験してみて分かりましたが、非常に不安になるんですよ。監視できていない時間の長さにもよりますが、無人の乗り物が陸上で監視できていない状態があるというのを想像すると怖くないですか?そして、いまは、見える化が求められている時代で、飛行機・鉄道・タクシー・宅急便など、さまざまな輸送モードで状態が監視されています。大切な荷物をお預けいただいているお客さまに対して、荷物、そしてその荷物を運ぶ船を適切に監視することは重要だと思っていますし、お客さまも安心して大切な荷物を預けていただけないのではないかと思っています。」

船がどこを走り、どんな状況下にあるのかを遠方から監視する。これは無人運航船を実現する上で必須だ。しかし、そういった課題が見つかったことを桑原さんはポジティブに捉えている。課題が見つかれば、あとはそれを解決するのみだと話す。

「不安やプレッシャーはありません」と言う桑原さんは、民間主導のオールジャパンで推し進めるこのプロジェクト の成功を、誰よりも確信している。

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陸上支援センターから「すざく」を遠隔操船する桑原さん

国際貢献や環境問題の改善にもつながる

無人運航船を実用化するためには、技術面のほかに、それを扱う人材の育成、国際的な法規制、ルールの整備などまだまだ解決しなければいけない課題がたくさんある。しかし、桑原さんがもっとも懸念しているのは、無人運航船に対し「世の中の理解を得られるかどうか」だ。

確かに「自動運転」や「無人運転」といった未知の技術を手放しで肯定し、その安全性に絶大な信頼を寄せられる人は少ないだろう。経験したことのないものを前にしたとき、人はどうしたって不安を抱く。

「何も知らずに無人運航船だと分かった瞬間、荷物を預ける人も乗り込む人もいなくなるでしょう。だから、私たちは無人運航船のことをもっと多くの人に知ってもらい、その価値を実感してもらわなければと考えています。私が積極的にこういった取材を受けたり、イベントに登壇し無人運航船についてお話したりするのは、全てそのためのものです。現在、海運が抱えている社会的課題、日本の技術の素晴らしさ、そして無人運航船が実現することによって人々の生活がどう変わっていくのか、を伝えています」

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コンテナ船「すざく」の操舵室。ハンドル下のスイッチで、陸上支援センターからの遠隔操船に切り替えが可能だ
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「すざく」の内部に設置されたモニター監視室

前述の通り、海難事故はそのほとんどが人為的ミスによって発生している。無人運航船の実現によって、それを未然に防ぐことが可能になるのだ。

「そもそも海の上には道がありませんし、信号もありません。しかし、同じようなエリアに集まって航行するんです。さらには全ての海域を常時監視し取り締まってくれるお巡りさんもいない。船のサイズも小さなものからタンカーのような巨大なものまでさまざま。あえて例えるなら、海上というのは『同じ筋の上をダンプカーから三輪車まで好きな方向に向かって走っている状態』と言えるでしょうか。そんな状況ですから、ある意味、事故が発生するのも不思議なことではないのです。私たちは、無人運航船の開発を通じて優れた技術力を生み出し、さらには日本主導でルールをつくることで、世界中の海を安心・安全に航行できる未来を築きたいと思っています。これは、私を含め、プロジェクトを主導する現場の船員が常に持っている想いではないでしょうか」

無人運航船を実用化できれば、それが大きな国際貢献につながる可能性も秘めているという。

「無人運航船を海運インフラが未整備な発展途上国や群島諸国に持っていくことで、大勢の人たちを助けられると思うんです。そもそも海洋人材を育てるには時間もかかるしお金もかかります。発展途上国の人たちがそのコストを払えるのかというと、容易でないはず。でも、無人運航船があれば、教育する手間を省きながらも物流インフラが確立できます。人々の生活を支える航路にもなりますし、医療船を走らせることもできるでしょう」

さらに無人運航船の実用化は、環境問題の観点から見ても有益だ。

「船から出る排出ガスが環境汚染(※)につながると問題視されていますが、それを減らすことができます。例えば完全に無人の船であれば、船員たちが生活するスペースを削減できますよね。すると船の形をガラッと変えることができます。そうすると、風圧面積も変わり燃費も良くすることが可能で、結果的には排出ガスを減らせて、環境改善になるというわけです」

  • 船舶からの排出ガスで環境上の問題が指摘されているものに窒素酸化物(NOx)と硫黄酸化物 (SOx)があり、高濃度で呼吸器に影響を及ぼし、広く拡散した場合に酸性雨の原因になるとバルティック沿岸諸国をはじめ言われている

海の未来を切り拓き、子どもたちにロマンを感じてもらうために

人手不足を解消し、事故を減らす。そして国際貢献や環境改善にもつながっていく。無人運航船の実用化には、そんな可能性が詰まっている。最新の技術を使い、豊かな未来へと舵を切っている桑原さんは、そんな無人運航船のことを子どもたちにもっと知ってもらいたいと願っている。

「私が子どもの頃、船乗りって夢のある職業だったんです。でも時代が変わり、船に乗りたいと思う人が減ってしまった。それを改善するためには、やはり労働環境を変えなければいけないと思っています。実は『船に乗りたくない理由』の1つとして『海上ではスマホがつながらないから』という、いかにもいまどきな理由があります。でもそんな理由で船に関わる仕事はしたくない、と思う子どもたちがいるのは残念で……。であるならば、海上でスマホがつながるようになればよい、陸上にいながらも船の仕事ができるようになればよいのかなと。陸上から無人運航船を監視するのも1つですし、遠隔操船する人になる道もありますよね。もっと夢のある世界だということを知ってもらいたい。その上で、私たちのいる世界を目指してもらえるとうれしいですね」

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船乗りとしての経験を最大に活かし、桑原さんは海の未来を切り拓く

船に関わる仕事を子どもたちの憧れの職業にする。これもまた、桑原さんの夢の1つなのだろう。そのためにも、無人運航船の実現に向けて、日々走り続けるのだ。

「他の交通機関と比べると船の技術は10年以上遅れていることを痛感します。自動車の自動運転技術と比べても、遥かに遅れをとっていますよね。でも、地球全体の7割を占める広大な海。陸地と違って人間の力が及ばないことも多い。それだけに、大きなやりがいも感じているんです。乗り物の自動運転技術はさまざまある中で、それをどうやって船に取り込むのか。それを考えるのは非常に面白いですし、夢があるんですよ」

少し先の未来、日本の近海を無人の船が走っている。桑原さんの手には、そんな青写真が握られている。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

桑原悟(くわはら・さとる)

1994年に東京商船大学を卒業。株式会社日本郵船に入社後、油槽船などの海上勤務と陸上勤務を繰り返し、陸上勤務では先進技術を含めた船舶技術統括に携わる。2017年に株式会社日本海洋科学に出向。現在、日本財団や国土交通省が進める各種自動運航船プロジェクトをプロジェクトリーダーとして牽引している。