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体の一部を本物さながらに再現! 見た目も、心も支えてくれる人工装具「エピテーゼ」をご存じですか?

エピテーゼが並んでいる。手の指が3本(うち一本ネイルがしてある)、足の指が2本(うち一本ネイルがしてある)、耳がふたつ(うち一本ピアスが着いている)、ジュエリーケースに指輪と一緒に入った指が一本
田村さんが製作した指や耳のエピテーゼ。製作期間は1〜4カ月、完成後は専用のジュエリーケースに入れて渡している
この記事のPOINT!
  • 体の一部を失ったことに悩んでいる方は世の中に多く存在しており、外出の機会が減ったり、学校や職場を辞めたりしてしまう人も少なくない
  • 「エピテーゼという選択肢」があまり知られておらず、エピテーゼの普及や支援が広がっていない
  • 「理解しようとする姿勢を持つこと」「かわいそうというラベルを貼らないこと」「人と違うという目で見ないこと」が大切

取材:日本財団ジャーナル編集部

「エピテーゼ」とは、事故や病気、先天性疾患などによって失われた体の一部を、本物さながらに再現する人工装具です。一人一人の身体的特性に合わせて自然な見た目を再現できる点が大きな特長となっています。

体の一部を失った方の中には見た目へのコンプレックスを抱え、人と関わることが苦手になってしまった方や、社会復帰に困難を抱える方も少なくありません。そうした方々の「見た目」と「こころ」の回復を支えるのが「エピテーゼ」の役割です。

東京都台東区にあるエピテーゼ専門サロン「エピテみやび」(外部リンク)では、体の一部を失った女性を対象に「エピテーゼ」のオーダーメードを行っています。

エピテーゼが「見た目」と「こころ」の回復を支えるとはどういうことなのか、また体の一部を失った当事者の方はどのような悩みを抱えているのか。「エピテーゼ」の製作者であり、エピテみやび株式会社の代表取締役・田村雅美(たむら・まさみ)さんにお話を伺いました。

カウンセリングルームでエピテーゼを持っている田村さん
今回お話を伺った田村さん。一般社団法人日本エピテーゼ協会(外部リンク)の代表理事・講師としても活動しており、「エピテーゼ」の普及や啓発、技術者育成にも取り組んでいる

当事者にさえ認識されていない「エピテーゼの存在」を広めたい

――エピテーゼ専門サロン「エピテみやび」の活動について教えてください。

田村さん(以下、敬称略):弊社では事故や病気によって体の一部を失われた方、生まれつき指が短い短指症や、生まれつき耳の形が小さい小耳症、または、ない状態である無耳症といった先天性疾患のある方などに向けた「エピテーゼ」をオーダーメードで製作をしています。

――田村さんが「エピテみやび」を立ち上げた経緯について教えてください。

田村:事業を始めたきっかけは、乳がんを患った友人との出会いでした。彼女は手術で片方の胸を全摘出し、「人の目が気になって大好きだった温泉に行けなくなった」と落ち込んでいました。機能面でも、「胸の左右差があることでブラジャーがずり上がってくる」「服のシルエットに違和感が生まれてしまって、薄着になるのが怖い」という困りごとを抱えていたんです。

私は以前、歯科技工士として働いていたことがあり、技術を磨くために渡米した時に、エピテーゼに出合っていました。そこで、彼女に「エピテーゼを使わないの?」と聞いてみたんです。すると「お医者さんも教えてくれなかった」「手術以外の選択肢を知らなかった」とすごく驚かれたんです。

Q.外見が変化したせいで以下のようなことがありましたか

以降、設問内容と「はい」と答えた割合

外出の機会が減った 40.1%
人と会うのがおっくうになった 40.2%
仕事や学校を辞めたり休んだ 42.6%
職場の人との人間関係がぎくしゃくした 13.0%
パートナーとの人間関係がぎくしゃくした 12.0%
子どもとの関係がぎくしゃくした 4.9%
がん治療により外見が変化した患者への調査。外見変化に伴う患者の苦痛は日常生活に大きな影響を与えている。出典:国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター「がん治療に伴う外見の変化とその対処に関する実態調査」(外部リンク/PDF)

田村:当事者が困っているのに、「エピテーゼ」の存在があまり知られていないのはすごく不思議でした。実はその頃、歯科技工士としての技術を活かし、エピテーゼの製作を始めていたんです。それが人の役に立つことを知り、彼女にも背中を押される形で、少しずつ活動を始めました。

そこから、同様の悩みを抱える多くの方々と出会い、私の活動を通じて「エピテーゼ」の存在を知った方からの相談が増えていきました。そして2017年にサロンを設立、ビジネスコンテストのグランプリを獲得し、2018年に起業しました。

――今回エピテーゼの実物を初めて見たのですが、本物さながらに精巧ですよね。

田村:人体には、一人一人全く異なる特徴があるため、対面にて複数回打ち合わせをし、お悩みやご希望はもちろん、肌の色やシワの入り方など、お客さまにとって自然に見えるように、エピテーゼを仕上げています。また、「エピテーゼ」を使用する状況に合わせた工夫もあります。

例えば、フラダンスをしている方の指を製作した際は、踊りで重視されている指先の形に合わせて、ぴんと伸ばした形に仕上げました。講師としてマイクを持つ機会が多い方には、自然にマイクを握ることができるよう、指先を少し丸めた形で仕上げました。このように、お客さまのご利用になりたい場面に合わせてオーダーメイドでお作りしていきます。

現在ご依頼いただいている部位の割合は、手足の指が9割、残りが耳や胸が中心となっています。医療用シリコンを使っているので、人体にも安全ですし、水洗いもできます。取り外しもすごく簡単で、付け替えもスムーズです。

田村さんが「エピテーゼ」を製作している様子

「元の自分に戻れた」という声が多数。見た目に特化した「エピテーゼ」だからこそ解決できること

――「エピテーゼ」を求める方は、どのような悩みを抱えているのでしょうか。

田村:手の指は、日常的に人の目に触れやすい部位だからこそ、人前に出ることに恐れを感じてしまうという悩みを多く聞きます。例えば、「接客中にレジでお金を渡すことが嫌になってしまう」「事務仕事で書類を渡すときに気になってしまう」「人前でサインをするのが怖い」「恋愛に前向きになれない」といった悩みです。

あとは、「話し相手が自分の指ばかりを見ていて、全然話を聞いてくれない」という声もありました。

――周囲の視線や反応に対する不安要素が大きいのですね。では、「エピテーゼ」を装着された後の反応についても教えてください。

田村:事故や病気で後天的に体の一部を失った方からは、「元の自分に戻れた」という言葉をいただくことがすごく多いですね。目に涙を浮かべながら、「やっと人前に出られるようになった」とおっしゃる方もいました。

自然な見た目を求めていた方には「まさに自分が探し求めていたものです」とおっしゃっていただきました。実はその方は、美容師としてお仕事をされていて、ご自身が人前に立つ機会も多く、“見られること”が職業の一部とも言えます。だからこそ、「自然であること」は、その方にとって欠かせない条件でした。その方は長く愛用してくださっており「外出時は家の鍵、スマホ、指の3点セットが必需品です」とお話ししてくださいました。

「エピテーゼ」を作った後に「大好きだった人にアプローチをしました」といった、「エピテーゼ」が前向きな変化につながったエピソードもありました。「エピテーゼ」で外見を補うことで、心の中にあった自分らしさを出せるようになったのではないかと感じています。

田村さんが実際にカウンセリングを行っているサロンの一角。「エピテーゼ」を使用する環境が自然光の下か、室内の照明かといった条件に応じて、着色をする状況も工夫している

――「エピテーゼ」が見た目だけでなく「こころ」を支えるものになっているんですね。

田村:その通りです。また、お客様からはネイルやピアスができないという悩みも多く寄せられています。周囲と比べて自分はネイルすら楽しむこともできないのかと、悲観的になってしまうそうです。

当サロンでは、先天的に爪のない方や、事故で爪が変形した方などに向けた「爪エピテーゼ」、耳の外側にある耳介が全く形成されない無耳症や小耳症の方に向けた「耳エピテーゼ」も製作しています。無耳症の方で、お母様の遺品であるピアスを着けたいという思いから耳エピテーゼを作られた方もいました。

小耳症の方が耳のエピテーゼをつけた様子。エピテーゼにはイヤリングが着けられている
耳のエピテーゼを装着した様子。画像提供:エピテみやび株式会社

田村:そのほか、自己免疫疾患による皮膚の損傷や陥没のある方、生まれつき口唇(くちびる)が割れている口唇裂(こうしんれつ)の手術痕を隠したいという方には「皮膚エピテーゼ」をご案内しています。

実際に「爪エピテーゼ」を装着した様子。画像提供:エピテみやび株式会社

――これほど幅広い悩みに「エピテーゼ」が対応しているとは驚きました。ネイルやピアスなど、おしゃれに関する悩みは盲点でした。

田村:ささいなことに思えるかもしれませんが、義肢ではカバーできない切実な悩みです。見た目に特化した「エピテーゼ」だからこそ解決できるものだと考えています。私は「エピテーゼ」を医療器具ではなく、ウィッグやメイクのように生活に溶け込んだアイテムにしていきたいと考えています。

より多くの人が「エピテーゼ」を「知る」ことが、当事者の選択肢を広げる

――日本での「エピテーゼ」の認知や普及はまだ十分とはいえません。その背景について、田村さんはどのように考えていますか。

田村:例えば、指を失った人が医療機関に相談に行くと、足の指を手に移植するような手術や、義指を提案されることが多いそうです。しかし、当事者の方によっては、望んでいるサポートと一致しないことがあります。

外見の変化を支えるケア「アピアランスケア」をしっかり行っている医療機関はまだ少なく、医療の現場からエピテーゼという選択肢にたどり着くことが難しいのが現状です。また、「エピテーゼ」を使った「アピアランスケア」は、がん治療による外見の変化に対して提供されるケースが多く、先天性疾患や事故で体の一部を失った方をカバーしているものは少ないと感じています。

ここ数年で、一部の自治体では助成金による支援が始まり、少しずつ認知が広まってきたと感じていますが、全国的に見るとまだ不十分です。

以下の内容を円グラフで示されている。アピアランスケア支援のための助成を行なっているのは、全国1741の市区町村のうち1114市区町村で、全体の64パーセント相当を占める。
アピアランスケア支援のための助成を行なっているのは、全国1741の市区町村のうち1114市区町村で、全体の64パーセント相当を占める(2024年6月時点)。自治体によって助成の有無や対象範囲が異なり、必要な支援を受けられない場合がある。また、制度を知らないことで利用できない人も多いという。出典:一般社団法人チャーミングケア「2024年市区町村助成調査の最新データ」(外部リンク)

――「エピテーゼ」の認知や普及には制度的な整備も関係しているということですね。

田村:そうですね。あとは、欠損を隠すために装着している方も多くいるので、当事者自身が積極的に情報を発信しづらいという側面もあります。

また、障害に関する話題に関して慎重な傾向があることも影響していると思います。パラリンピックやメディアの影響で、体の一部を失った方に対する認知は広がっているように感じますが、人の痛みに軽々しく触れるのは、はばかられるものです。そうした背景が重なることで、認知や普及が進みづらいのだと考えています。

――「エピテーゼ」について、より多くの人に知ってもらうために、どのような工夫や取り組みをされていますか。

田村:当事者に限らず、広く情報を届ける必要があると考えています。「エピテーゼ」について知っている人を増やすことで、当事者に選択肢として伝える機会も増やすことができるからです。

そのため、どなたでも気軽に訪れることができる展示会を積極的に開催しています。展示では、「エピテーゼ」の実物に触れたり、装着前後の写真を見たりすることができます。また、「エピテーゼ」の製作に特別な免許は要らないため、制作技術に興味を持つ方が増えれば、より広く「エピテーゼ」を普及できるのではないかと考えています。

「エピテーゼ展」の宣伝チラシ。
左には、エピテーゼの画像が4枚(耳・手の指・胸・足の指)。右には以下の内容が書いてある。

エピテーゼ展XI
2025年5月3日(土)〜7日(水)
@原宿デザインフェスタギャラリーWEST 2-A

美容エピテーゼは、義手や義足と異なり、病気や事故、先天的な要因などで身体の一部を失った方の美的側面に焦点を当てた装具です。自己肯定感を高め、社会復帰を支援することで、QOL(生活の質)向上にも貢献します。本展示では、外見に関する悩みを持つ方々や、その周囲の人々の意識を高めることを目的とし、ユーザーと製作者の視点から美容エピテーゼの社会的意義を広く捉えます。
「エピテーゼ展」の宣伝チラシ。画像提供:エピテみやび株式会社
2024年11月に開催した「エピテーゼ展」の写真。壁に、エピテーゼの装着前・後の写真が掲示されている。
2024年11月に開催した「エピテーゼ展」の様子。乳がんの宣告を受けた方をはじめ、当事者や医療従事者の方の情報収集の場として、またアーティストがものづくりの視点から関心を寄せるきっかけとなっている。画像提供:エピテみやび株式会社

――体の一部を失った方々にとって居心地の良い社会にしていくために、私たち一人一人にできることを教えてください。

田村:まずは、「エピテーゼという選択肢があること」「体の一部を失ったことで困っている人がいること」を知ることが大事です。それを頭に入れておくことで、彼らの力になったり、解消のきっかけを提供したりすることができます。

そして、触れてはいけないものとしてタブー視するのではなく、「理解しようとする姿勢を持つこと」「かわいそうというラベルを貼らないこと」「人と違うという目で見ないこと」を通して、人として尊重することが必要だと考えています。

「エピテーゼ=かわいそうな人が着けるもの」と悲観的なイメージを持たれがちですが、前向きにコンプレックスと向き合い、おしゃれに美しくなるためのものだと捉えています。将来的には美容室に行くような感覚で、気軽にエピテーゼを利用できるようになればいいなと思っています。

「エピテーゼをより多くの人に知ってもらい、体の一部を失った人が少しでも生きやすい社会になれば」と語る田村さん

編集後記

体の一部を失った方の悩みやコンプレックスは、当事者でない人が全て理解するのは非常に困難です。何か声をかけようとしても、それ自体がタブーに感じて及び腰になってしまうこともあります。

そうした当事者の悩みを少しでも軽減するのが「エピテーゼ」です。しかし、まだまだ世間的な認知が低いことに問題意識を感じ、今回取材しました。田村さんの言うように、周りの人がエピテーゼの存在を知っていれば当事者により早く情報を伝えることができます。

「タブー視して何もしないのではなく、その人を理解しようとすること」。田村さんの心がけは社会に生きる私たちにとって大きなヒントになると感じました。

撮影:永西永実

エピテみやび株式会社(外部リンク)

一般社団法人日本エピテーゼ協会 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。