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避難生活のストレス要因の1つ「におい問題」。産学連携で目指す、より良い避難所づくりとは?

今回お話を伺った「避難所衛生ストレス解決」プロジェクトの皆さん
この記事のPOINT!
  • 避難所で生活する人々は、「におい」をはじめ、さまざまな我慢を強いられている
  • UCI Lab.は京都工芸繊維大学、パナソニックと共同で、「におい問題」を解決するプロダクトを開発
  • 「におい問題」の解決は避難所生活改善の第一歩。心身ともに健やかに過ごせる避難所づくりにつなげたい

取材:日本財団ジャーナル編集部

ここ数年、地震や豪雨、山火事など、日本の至るところで大規模な自然災害が発生し甚大な被害をもたらしています。自宅に戻れなくなった人が一時的に暮らす避難所では、食事やプライバシー、衛生面といった多くの課題が生じますが、これまであまり注目されてこなかったのが「におい」の問題です。

命に直結しない問題がゆえに、被災者自身も「これくらいは我慢しなくては……」と声を上げづらい傾向にあり、十分な解決策が講じられてきませんでした。

この「避難所のにおい問題」の解決に向けて動き出したのが、企業と生活者を対話によってつなぎ新たな商品の企画・開発をサポートするUCI Lab.(ユーシーアイラボ)(外部リンク)です。

同社は、2021年に京都工芸繊維大学/櫛研究室と共同で「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト(外部リンク)を創設。そして、パナソニックくらしアプライアンス社(外部リンク)の全面的な技術協力と、2023年に豪雨被害で被災した福岡県八女郡広川町での実証実験を経て、避難生活の「におい問題」を解決する「なんでもバッグ」「シューズ・ボックス」を開発しました。

この記事では、UCI Lab.で代表を務める渡辺隆史(わたなべ・たかし)さんをはじめ、プロジェクトに携わった皆さんに「避難所のにおい問題」の実態と、開発したプロダクトに込めた思い、今後の避難所のあり方についてお話を伺いました。

「避難所の衛生ストレス」解決プロジェクトの写真が散りばめられ「ココロにも、カラダにも、衛生的な環境をデザインする。」という言葉が書かれている。
「避難所の衛生ストレス」解決プロジェクトは、2021年7月にUCI Lab.と京都工芸繊維大学/櫛研究室の共同で立ち上げられた。画像提供:UCI Lab.合同会社

市販のナノイー発生機を活用した「なんでもバッグ」と「シューズ・ボックス」

まずは、読者の皆さんも気になるであろう「避難所のにおい問題」を解決するプロダクトについて、UCI Lab. の渡辺さん、パナソニックくらしアプライアンス社の大江純平(おおえ・じゅんぺい)さん、中川佐和子(なかがわ・さわこ)さんにお話を伺います。

――「避難所のにおい問題」を解決するプロダクトについて、特に注目すべき技術について教えていただけますか。

中川さん(以下、敬称略):今回のプロジェクトで開発したプロダクトでは、パナソニックの独自技術である「ナノイー」を活用しています。

「ナノイー」は、空気中から集めた水分に高電圧を加えることで生成される「水に包まれたナノサイズの微粒子イオン」で、においやウイルスのほか、ダニの死骸やフン、ハウスダストといったアレルギー反応を引き起こす物質を抑制する技術になります。

「なんでもバッグ」は、ビニール製衣装ケースの中に棚を設け、もともと車内の空気をクリーンにする目的で開発された「車載ナノイー発生機」を設置するというものです。

ファスナー付きの透明な折りたたみ収納ケースの中に、車載用ナノイー発生器と折りたたみ式の積み重ね棚が2個入っている。これが「なんでもバッグ」
「なんでもバッグ」。中央に見える黒い筒状のものが「車載ナノイー発生機」
「なんでもバッグ」を開くと、中の棚にはにおいが気になりやすい物が置かれている。写真では例として、ヘッドライト、ゴム手袋、靴下が並べられている。
「なんでもバッグ」の使用例。災害時だけでなく、日常生活の中でにおいが気になるものを入れて使うこともできる

中川:使い方は、においの気になるものを棚の上に置き、ナノイー発生機のスイッチを入れ、ファスナーを閉めて放置するだけです。車用に設計されたナノイー発生機を、より狭い空間に設置することで、消臭効率を倍増することができます。

渡辺さん(以下、敬称略):一方で「シューズ・ボックス」は、ご高齢の方にも使いやすいよう、日常に溶け込むデザインになっています。

白い縦型のシューズボックスで、高さは腰ほどまである。
「シューズ・ボックス」。一見すると、市販の靴箱のようなシンプルなデザイン。扉が半透明になり、閉じたまま自分の靴がどこに入っているのかも確認できる
シューズボックスの最下段には、ナノイー発生機を置く場所がある。
「シューズ・ボックス」にナノイー発生機を設置する様子

大江さん(以下:敬称略):一番下の段にナノイー発生機を設置し、全ての棚板に空いた穴をつたって「シューズ・ボックス」の内部をナノイーで充満させることで、靴からにおいを取り除きます。また棚板は取り外し可能ですので、災害時に活躍するヘルメットや長靴も消臭することができます。

――ナノイーは既にエアコンや空気清浄機など、さまざまな製品に搭載されていますが、防災グッズに活用されることは想定していましたか。

中川:活用できるのではないかと漠然と考えつつも、どう活用して良いのか、悩んでいたところでした。「ナノイー発生機」は持ち運びがしやすく、市販のモバイルバッテリーで使用できるものがあるので、多くの避難所で活躍することを期待しています。

部屋の一角で、大江さん、渡辺さん、中川さんが横に並び、その前には白いシューズボックスが置かれている。
プロダクトについて解説をしてくださった大江さん(左)、渡辺さん(中央)、中川さん(右)

プロジェクト発足のきっかけは、コロナ禍で発生した豪雨被害

ここからは、UCI Lab.の渡辺さんに加え、オンラインにて京都工芸繊維大学の櫛勝彦(くし・かつひこ)名誉教授、畔柳加奈子(くろやなぎ・かなこ)助教、プロダクトの実証実験に協力した福岡県八女郡広川町にある社会福祉法人 広川町社会福祉協議会(外部リンク)の江口信也(えぐち・しんや)さんにもご参加いただき、「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトについてお話を伺いました。

インタビューへの参加方法と、それぞれのプロフィールが記載されている表。

対面参加:
UCI Lab.合同会社 
渡辺隆史代表

リモート参加:
京都工芸繊維大学
櫛勝彦教授

リモート参加:
京都工芸繊維大学
畔柳加奈子助教

リモート参加:
福岡市八女郡広川町
社会福祉協議会
江口信也さん
左上から時計周りで渡辺さん、江口さん、畔柳助教、櫛名誉教授

――そもそも渡辺さんは、なぜ「避難所のにおい問題」に注目されたのでしょうか。

渡辺:きっかけは、2020年の夏に発生した九州地方の豪雨災害(令和2年7月豪雨)でした。コロナ禍だったため、県外からのボランティアを受け入れられず、炊き出しや避難者へのケアも十分にできない状態だったそうです。

緊迫した状況の中で、「何かできることはないか」と考えていた時に、お仕事でご一緒しているパナソニックさんの「ナノイー」技術のことが思い浮かびました。この技術を使って、避難所の衛生環境を改善できるのではないかと考えたのです。

また、以前から関わりがあった京都工芸繊維大学の櫛名誉教授、畔柳助教にもお声がけし、「避難所の衛生ストレス解決」をテーマにものづくりを始めました。

――プロダクト開発に向けたフィールドワークでは、どのような気づきがありましたか。

櫛さん(以下、敬称略):避難所における「におい」の問題はこれまで顕在化されてきませんでしたが、避難所生活を経験された多くの方から「避難生活の間、においがつらかった」という声を耳にしました。問題がなかったわけではなく、「みんな我慢しているのだから仕方ない」という感覚になってしまっていたんだと思います。

リモート参加している櫛教授の映像キャプチャー
京都工芸繊維大学 櫛勝彦名誉教授。櫛研究室では、2020年から避難所生活の経験者や支援者、避難所として活用された場所を巡り、全国各地でフィールドワークを行った

渡辺:におい以外にも、2011年の東日本大震災の避難経験者の方からは「ノロウイルスに感染した子どもが吐いてしまい、嘔吐物をきちんと消毒できなかったために、後から避難してきた人が集団感染してしまった」「避難所生活が始まって2週間後にようやくシャワーを浴びられたり、歯を磨けたりした」といった話を伺い、衛生面での問題がたくさんあることが分かりました。

福岡県大牟田市にある大牟田文化会館を、プロジェクトのメンバーが見学している。舞台に向かって赤い客席が並ぶ、公演会場のような空間。
プロダクト開発に向けて実施された避難所でのフィールドワークの様子。2016年4月の熊本地震の際、難所する人たちが集まった福岡県大牟田市の大牟田文化会館。画像提供:UCI Lab.合同会社
宮城県岩沼市の総合体育館体育館。緑色のマットが敷き詰められた床に櫛名誉教授が座っている。
2011年3月の東日本大震災の際、避難所となった宮城県岩沼市の総合体育館体育館。画像提供:UCI Lab.合同会社

渡辺:あと、印象に残っているエピソードは簡易トイレです。避難所生活に欠かせない簡易トイレは、使い方を誤ると機能しなくなってしまうことがあるため、ある避難所のリーダーは、コントでユーモアを交えて使い方を伝えたそうです。この話を聞いて、自分たちで工夫して避難所での困り事を改善できたという体験が、「これから頑張っていこう」という前向きな力にもつながっていることを感じました。

櫛:ただ、においについては、避難者ご自身の工夫によって改善できたという成功体験を聞くことはできませんでした。においの原因は、体臭や衣類、排泄物やペットなど多岐にわたります。しかし、「においは我慢する対象」と判断してしまい、後回しにされてきた課題として残っているのではないかと気づき、私たちの手で解決することができればと思いました。

――福岡県八女郡広川町は「2023年7月九州北部豪雨」で大きな被害を受けたとのことですが、広川町社会福祉協議会の江口信也(えぐち・しんや)さん、当時の様子を教えていただけますか。

江口さん(以下、敬称略):町政始まって以来の甚大な浸水被害となり、床上浸水62戸、床下浸水250戸と、多くの方が避難を余儀なくされました。

避難所運営では、豪雨の中、避難されてきた方々の濡れた靴や衣類のにおい対策まで手が回らないのが現状です。私たちが取り組んだ災害ボランティアセンターの運営においても、ボランティアの方が使用されるヘッドライトやヘルメットなど、多数の人が共有して使用する資機材も多く、洗うことも難しいため、当然、においは皆さん気になっているとは思うんですが、我慢しながら使われているんですよ。

リモート参加している江口さんの映像キャプチャー
広川町社会福祉協議会の江口さん。社会福祉関係者や保健・医療・教育などの関係機関と連携して福祉のまちづくりを目指したさまざまな活動を行う

江口:九州北部はたびたび豪雨に見舞われており、その度に避難所運営のあり方は良くなっているものの、それでも「我慢」が大前提の環境になってしまうのが現状ではないかと思います。しかし、避難所生活が長期化すれば、皆さんの疲弊も色濃くなっていきます。

避難先でも、できるだけ心身の健康を保ちながら暮らすことの大切さを考えるようになり、「災害が起きてもより良く生きる、より良く暮らせる環境をつくる」ことが、とても大切なことだと強く感じました。

渡辺:避難所以外にも、においの問題はあります。例えば、床下浸水の被害に遭った家には下水が流れ込み、床下にカビが発生し、悪臭の原因になります。しかし、きちんと泥出しや乾燥などの処理をしなければ住めない環境にもかかわらず、「水が引いたら大丈夫」と家に戻ってしまう方が多いとのこと。そういう家に災害ボランティアセンターのスタッフが伺っても、「大丈夫」と遠慮されることが多いそうです。

その背景には、避難所よりも居心地が良いから「自宅に戻りたい」という気持ちや、災害時は「自分よりもっと大変な人がいる」とご自身の優先順位を下げがちということがあります。しかし、我慢し続けることが心身の病につながるケースもあるんです。

誰かの犠牲の上に成り立っている避難所生活の現状を変えたい

――今後、実現したい避難所の未来像について教えてください。

櫛:被災した地域というのは、突然「生存」に関わる問題を含めた問題解決の場になっていきますよね。そうした現場を乗り越えた人々のストーリーが語られるたびに、「非日常」とされる現場こそが、人間の能動的な創造性が発揮される場なのだと気づかされます。

今回のプロダクトのようなソリューションを見ると、「これって私が日常の中で大切にしていたことだった」と気づかされるんですよね。被災の現場はケース・バイ・ケースでそれぞれに異なりますが、被災を経験した方の声や創造性をいかんなく発揮された避難所づくりを考えていけたらいいなと思っています。

畔柳さん(以下、敬称略):「日常の延長として過ごせる避難所」が目指すところではないかと考えています。現場を訪れた際には、「生野菜を提供したらとても喜ばれた」とか「避難者の方たち自身が雑魚寝していた体育館をきれいに清掃して、寄付で届いた畳を敷き詰めたら、夜中に咳をする人がほとんどいなくなった」といった声も聞きました。

一見ささやかだけれども、こういった工夫が精神的にはすごく重大な事柄で、心を守ることにつながるのではないかと思います。

リモート参加している畔柳助教の映像キャプチャー
京都工芸繊維大学 畔柳助教。対象となるフィールドでの現地調査やインタビューを重ね、当事者と積極的に関わりながらデザインを進める共創デザインを行う

畔柳:また、「自助・共助・公助」という言葉がありますが、実際に現場を見て分かったのは、ほぼ「自助」と「共助」で成り立っているということです。

もっと言えば「共助」については、資材や食料を持っている人、あるいは個人のスキルや時間に頼っている側面が強く、誰かの犠牲の上に成り立っていることがほとんどでした。だからこそ、「日常の延長として過ごせる避難所」を実現するリソースを公助で共有できるようにすることが目標です。

江口:地域の方とお話すると「福祉は施し」と捉えている方が多く、「なるべく福祉のお世話にならないよう暮らさないと……」という声を聞くことがあります。

しかし、たとえ災害という有事であっても、私たちは幸せな暮らしを実現するために、福祉を受けることをためらわない環境をつくっていく必要があると考えています。避難所は「我慢する場所」ではなく、一人一人が安全に、安心して過ごせる場所にしたいと考え続けることが、より良い避難所の未来像につながるのではないでしょうか。

そして、自然災害が頻発する中でも、「どこか遠くで起きていること」と捉えている人もまだまだ多いでしょう。私たちは自分たちの経験を通して、自然災害を自分ごととして捉えてもらえるように、発信していきたいと思います。

――避難所での生活環境を改善するために一人一人にどんなことができるでしょうか。

渡辺:災害現場という緊急事態では、「におい問題」をはじめ、日常では経験しないようなストレス要因が発生します。同時に、緊迫した状況の中では、心のキャパシティーが狭まってくる。すると、「普段気にならないことが気になる」「普段から気にしていることがもっと気になる」。でもみんな我慢しているから言えないという状況になります。

だからこそ、そうした環境を想像してストレス要因を改善できるものを用意しておくことが大事だと思います。

対面参加している渡辺さん
「避難所のにおい問題の解決は、入口に過ぎません」と渡辺さん

渡辺:ただ、災害が起きてから急に防災倉庫にあるものを使うことや、協力し合う関係をつくり上げることは難しいでしょう。ですので、防災の備えは、日常の延長線上にあるべきだと思っています。

日頃から地域の人たちとつながりを育てていくことも大切です。その上で、自治体が避難生活の際に起こりうる問題を想定して備えておくことで、地域全体の防災にもつながるのではないでしょうか。

今後、「シューズ・ボックス」は、福祉センターやこども食堂などの地域の人が集まる場所に常設して、日頃から使い慣れてもらうことを計画しています。避難所は、「緊急時だからこそ、少しでも日常を取り戻すことができる場所」であってほしいと考えており、避難生活のQOL(=生活の質)を重視した存在へと変わっていくことを願っています。

避難所でのストレスを解決するために、私たちができること

  • 被災を経験した方の声を避難所づくりに活かしていく
  • 自然災害は「どこか遠くで起きていること」ではなく、「自分ごと」として捉える
  • 災害現場のような緊急事態を想像し、ストレス要因を改善するものを備えておく

被災地の復旧作業でついた泥や汗、洗濯や入浴ができないことで蓄積する体臭、カビ臭など、避難所のにおいの原因は多岐にわたります。これまで「におい問題」はほとんど明るみに出ることがありませんでしたが、「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクトの皆さんが解決に取り組んでいることを知り、取材しました。

避難生活によって蓄積されたストレスは、やがて心身の健康にも影響を及ぼします。そして、自然災害はいつ、どこで発生してもおかしくありません。緊急時だからこそ心を守る対策や、心にゆとりが持てる避難所が求められていると感じました。

撮影:永西永実

UCI Lab. 公式サイト(外部リンク)
「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト 公式note.(外部リンク)

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