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負の連鎖を止める鍵は“家”。母子ハウスが叶える社会的自立と心の安定
- 母子ハウスは、母子家庭(シングルマザー)を対象としたシェアハウスやアパート
- 住まいがないと保育園に入れず、保育園に入れないと就労できず、就労できないと入居審査に通らない負のサイクルに陥る構造がある
- 全国ひとり親居住支援機構は母子ハウス運営者の中間支援とデータ収集を行い、自治体への政策提言に向け準備中
取材:日本財団ジャーナル編集部
厚生労働省の「令和4年国民生活基礎調査」(外部リンク/PDF)によると、子どもがいる現役世帯において、大人が2人以上いる世帯の相対的貧困率(※)が8.6パーセントなのに対し、大人が1人の世帯の相対的貧困率は44.5パーセントで、ひとり親世帯の生活は苦しいということが分かっています。
- ※ 世帯の所得が、その国の中央値の半分にも満たない状態を指す
また、厚生労働省が2022年に公表した「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」(外部リンク/PDF)では、ひとり親世帯の中でも父子家庭の平均就労年収が496万円なのに対して、母子家庭は236万円となっており、母子家庭(シングルマザー)は相対的に厳しい経済状況にあることが伺えます。
収入が限られる中で、安心して暮らせる住居を確保することは、ひとり親家庭にとって大きな課題の1つです。NPO法人全国ひとり親居住支援機構(外部リンク)は、そんな母子に快適な住環境を提供し、自立をサポートするため、空き家を活用したシェアハウス「母子ハウス」の運営支援を行っています。
今回、全国ひとり親居住支援機構の代表理事の秋山怜史(あきやま・さとし)さんに、具体的な活動内容や行政と協働で行うプログラムの成果など、課題解決のための取り組みについてお伺いしました。

安心して子育てできる暮らしのために、住まいの確保から負の連鎖を断ち切る
――全国ひとり親居住支援機構の活動内容を教えてください。
秋山さん(以下、敬称略):全国で母子ハウスを運営している事業者の方々を支援する中間支援組織として活動しています。私たち自身が母子ハウスを直接運営しているわけではなく、現場で活動されている方々を後方から支える団体という位置づけです。
活動の大きな柱は3つあります。1つ目は、母子ハウスの運営者の支援。全国に25ある加盟団体のとりまとめやサポートを行っています。
2つ目は、母子ハウスの存在を世の中に広めること。まずは住まい探しに困っている母子家庭の方々に、必要な情報を適切に届けることを目指しています。また、行政や政治家の方々に、母子家庭の居住支援が必要であることを理解していただくための働きかけも大切な活動の1つです。
3つ目は、この取り組みに関わるプレーヤーを増やしていくことです。具体的な取り組みとして最も多くの方の目に触れているのが、母子家庭向けの不動産サイト「マザーポート」(外部リンク)で、このサイトは母子ハウスへ入居を希望される方と全国の運営者をつなぐ役割を担っています。

――建築家として働かれる中で、ひとり親の居住支援に関わろうと思ったきっかけを教えてください。
秋山:社会に出てからずっと建築家としての社会貢献を考えてきました。東日本大震災では、ボランティアで現地に赴きましたが、建築家としてできることがすごく少なく、無力感を味わいました。また、当時の建築家たちが、これからのまちづくりなどについて多くの提言をしたにもかかわらず、社会に認識されていないのを実感して、「課題に対して、いますぐできることを始めなければ」と考えるようになりました。
そのころ、関心を持っていたのが「子育てと仕事の両立」です。住まいのあり方次第で、子どもを持つ方々の負担を軽くできるのではないかと考え、母子家庭の貧困問題を知り、現在の活動へとつながっていきました。
――そうして、シングルマザー専用シェアハウスの立ち上げにつながったんですね。
秋山:はい。2012年に日本で初めてシングルマザー専用のシェアハウス「ペアレンティングホーム高津」ができたのですが、その立ち上げに携わりました。
実際にシェアハウスを立ち上げると、より具体的にひとり親世帯の深刻な現実が見えてきました。「母子家庭である」という理由だけで住まいを借りることが難しく、劣悪な住環境に住まざるを得ないケースも多々あるんです。
また、人は清潔で安全な環境でないと、前向きにはなれません。建築家として、そして子どもたちの成長環境を思う立場として、「住まいから支える必要がある」と、さらに強く感じるようになりました。

――なぜ母子家庭の方は住居の確保が難しいのでしょうか。
秋山:日本の現状では、住宅契約の名義人が夫で、離婚後は妻が子どもを連れて家を出るというケースが多いからです。また、その際妻は妊娠、出産などのために仕事を辞めているケースも多く、入居における審査が通らないということも少なくありません。
住まいが見つからないと保育園に入れられない、保育園に入れられないと仕事が見つからない、仕事が見つからないと入居審査に通らないという、負のサイクルになってしまうんです。この悪循環を断ち切るには、まず住まいを確保することが必要不可欠です。住所が決まらなければ、手続きを行う行政窓口すら定まりませんから。全てのスタート地点が住まいなんです。
安心できる住まいを軸に、働く力と心も支える取り組み
――母子ハウスの特徴を教えてください。
秋山:運営者によって細かい点は異なりますが、個人の部屋と共有スペースがある一軒家が多く、入居者の方同士がコミュニケーションを取りながら生活をしています。
基本的には「家賃をいただいて成り立つ民間事業」ですので、仕組みとしては一般の不動産と同じで、所有または借り上げた物件に入居していただき、家賃をお支払いしていただく形になります。ただし、多くの運営者が「母親と子どもを支えたい」という福祉的な気持ちを持っているため、一般的な相場より安い価格で入居が可能です。

――母子ハウスには、どのようなきっかけで入居希望者が集まってくるのでしょうか。
秋山:さまざまなルートがありますが、最近は「マザーポート」を見て問い合わせてくださる方が増えています。気になる物件を見つけて問い合わせると、当団体と運営者の双方にメールが届く仕組みになっており、年間500件弱の問い合わせをいただいております。
入居者に共通して確認するのは「働いて自立していきたい」という意思があるかということです。受け入れ方針はそれぞれ異なりますが、多くの運営者は自立を応援したいという思いを持って運営されています。
――自治体との連携についても教えてください。
秋山:東京都豊島区と連携した「豊島区モデル」というプロジェクトを2023年から進めています。豊島区にはもともと空き家とその活用事業者をマッチングする制度がありましたが、十分に活用しきれていませんでした。2023年から区の方針で制度の強化が行われ、その中で私どものNPOとつながり、この分野での協働が実現しました。
区内に空き家を持つオーナーから相談を受けた区の職員が、その内容を踏まえた上で私たちNPOにつないでくれます。
私たちが直接オーナーに「空き家を貸してほしい」と訪ねても、多くの場合は相手にしてもらえません。しかし、このプロジェクトでは行政の担当者が丁寧に趣旨を説明し、橋渡しをしてくれます。オーナーが貸す前提で我々とコンタクトをとってもらえるのは本当にありがたいです。
――ほかにも行っている取り組みがあれば教えてください。
秋山:「SWIP(スウィップ)」という、女性の自立を支援するプログラムを2023年度に立ち上げました。住まいの確保と同時に、自立に向けた相談支援やキャリア支援も行う「住まいと心と就労」の伴走支援です。入居者に対して、家賃補助に加え、家計相談、キャリア相談、コーチによる伴走などをオンラインで提供しています。
これまでに58世帯に提供しており、6カ月間でほとんどの方が収入の増加を実現しました。また、キャリアコンサルトとつながることで新たな自分の可能性に気づくことができたという方、またSWIPに参加された方は、日本全体の女性の平均値と比べて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の指標が高い傾向があるのですが、6カ月のプログラムを通じてその数値が改善したという方がいらっしゃるなど、想定以上に良い成果が出ています。

住まい支援の価値を、確かな根拠として提示する
――母子ハウスにまつわる、現状の課題があれば教えてください。
秋山:母子ハウスの運営には、暮らしに寄り添う人的支援が欠かせません。精神的につらいときはそれに適した施設につないだり、行政手続きに同行したりするといったサポートは日常的に必要ですが、現状は無償で担われています。本来は福祉的な役割であり、人件費に対する公的な手当てが必要だと思います。
住宅に関するセーフティネットを提供するため、住宅保証や家賃補助を行う「住宅セーフティネット法」という制度はあるものの、全国約1,700自治体の中で、活用されているのはわずか40程度しかありません。自治体が課題や制度を認識し、予算化しない限り使えない仕組みとなっているのが現状です。
自治体からすると「費用対効果が見えにくい」というのが、制度が使われない理由の1つでしょう。一方でSWIPでのデータを見ると、収入の増加や正社員登用など、自立につながる効果が確実に出ていて、長期的には社会保険料や税収の増加によって、2年以内にコストが回収できる見込みも示されています。住まい支援は「見えづらいが確実に効果のある社会投資」だと知ってもらうことが今の課題です。
――課題を解決するためには、どのような取り組みが必要でしょうか?
秋山:まずはこの課題で起きている社会的影響力を可視化することです。「豊島区モデル」はデータ収集も目的の1つで、居住者の自立や生活安定、経済的な運営リスクなどを数値化して収集しているところです。SWIPは2026年の2月で事業が終了するため、年度内に報告書をまとめ、その後は政府や自治体への提言を本格的に行っていきます。
自治体や議員の方々に響くのは、数字に加え「人の変化」が伝わるストーリーです。例えば、「収入が上がった」という数字だけでなく、「その結果、子どもの習い事を続けられるようになった」「子どもが胸を張って友だちと遊べるようになった」など、生活の変化が見えると政策として取り組む意義がより伝わると思います。
今後は、こうした具体的な変化を丁寧に集め、確かな根拠として行政に示していきたいと考えています。

安心して暮らせるひとり親世帯を増やすために、私たち一人一人ができること
最後に、秋山さんに安心して暮らせるひとり親世帯を増やすために、私たち一人一人ができることを伺いました。
[1]地域の母子ハウスにボランティアとして関わる
多くの母子ハウスではボランティアの受け入れ体制があるといわれている。最も多いのは夕食づくりの手伝いで、仕事と子育てを両立しているシングルマザーにとって、帰宅後に料理をするのは大きな負担となるため、非常に喜ばれるそう
[2]母子ハウスの存在を周囲の人に広める
まだまだ母子ハウスの認知度は低く、その存在を知らないために支援を受けられずにいる人も少なくない。困難な状況に陥ったとき、「母子ハウスという言葉を聞いたことがある」という記憶が頭の片隅にあるだけでも、いざというときの大きな拠りどころとなる。そのため、母子ハウスをできるだけ周りの人に伝えることが大切
ひとり親世帯の貧困率に関する統計を目にし、その背景にある「住まいの困難」について深く知りたいと考えていた時に、秋山さんの活動を知りました。
秋山さんの思いから始まった支援が、地域へ根を張り、そして全国へと枝を広げようとしています。そこには、秋山さんはじめ、運営者や自治体の方など多くの方の「社会をよくしていきたい」という想いが込められていることを感じました。
データはもちろん、数字だけでは語り切れない変化を、どう記録し、どう未来へ渡していくのか。今後の秋山さんの活動や、その結果自治体がどのように動いていくかも気になります。
現場で起きている変化を記録し、社会へ届けることの大切さを、取材を通して改めて感じました。
撮影:佐藤潮
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。