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なぜ南極の氷は急速に減っているのか。9,000年前の現象からひも解く、氷床融解(ひょうしょうゆうかい)の仕組みとは?
- 南極氷床(※)は地球上の氷の約9割を占め、将来の海面上昇を左右する重要な存在
- 約9,000年前の現象解明から、将来的に氷床融解が連鎖的に広がり、想定を超える海面上昇の可能性が示された
- 氷床融解は変化を実感しにくいからこそ、長期的な視点で地球環境を捉える姿勢が重要
- ※ 「氷床」とは、広い土地を覆う、厚い氷のこと
取材:日本財団ジャーナル編集部
地球温暖化が進む中、世界各地で海面上昇への不安が高まっています。こうした将来のリスクを考える上で、今注目されているのが、南極に広がる巨大な氷の存在です。南極大陸の上には「南極氷床」と呼ばれる、地球上の氷の約9割を占める大きな氷のかたまりがあります。
国連の関連組織であるIPCC(※)は、温室効果ガスの排出量が多い場合、2100年までに世界の平均海面上昇は約1メートルにも達すると予測しています。さらに、南極氷床が大きく失われる事態がひとたび生じれば、その影響は予想を超える規模に及ぶ可能性もあります。
- ※ 「IPCC」とは、1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された世界的な政府間組織で、気候変動とその対策に関する科学的な知見を提供している

一方で、極地という過酷な環境ゆえに、氷床融解の仕組みについて本格的な観測と研究が始まったのは、ここ20年ほど。いまだ分からないことも多いのが現状です。
この記事では、約9,000年前に起きた現象の調査から見えてきた南極氷床の融解の仕組みと、将来起こり得るリスクについて、国立極地研究所(外部リンク)の菅沼悠介(すがぬま・ゆうすけ)教授に話を伺いました。

南極氷床が、世界の海面上昇と海の環境を左右する
――まず氷床とは、どんなものでしょうか。
菅沼教授(以下、敬称略):陸地の上に乗っている、巨大な氷のかたまりを指します。雪が積もり、長い時間をかけて押し固められて氷になり、これが何千年、何万年と積み重なって、大陸のサイズにまで成長したものが氷床です。
南極氷床の面積はおよそ1,400万平方キロメートル、平均の厚さは約2,000メートル、厚いところでは約4,000メートルにも達します。この氷床が全て融(と)け出した場合、全世界の海面は最大で約58メートルも上昇すると考えられているのです。
そのため、南極氷床の変化は世界中の海面上昇や海洋環境に直結する問題として、国際的にも大きな注目を集めています。

――氷床融解とは、どのような現象なのでしょうか。
菅沼:氷床が融けたり、壊れたりすることで量が減っていくことを指します。
南極は平均気温がとても低く、高所では年間平均でマイナス40度からマイナス55度と極寒です。そのため、まだ気温の上昇によって氷の表面がどんどん融けていく段階には達していません。
南極氷床が縮小する主な要因は、海と接する部分で起きる変化です。海に浮いている氷「棚氷(陸上の氷が海上に突き出した部分)」の底面が海洋の熱で融ける「底面融解(ていめんゆうかい)」と、氷が割れて崩れる「分離」。南極氷床は、主にこの2つの要因によって減っていきます。
――この氷床の融解は、急速に進んでいるのでしょうか。
菅沼:氷床全体の変化を把握できる衛星観測が本格的に始まったのは2000年代に入ってからで、それ以前の状況はよく分かっていません。南極氷床はあまりにも巨大で、現場での観測が難しく、衛星による上空からの観測に頼らざるを得ないからです。
しかも、氷床の重要な変化は、棚氷の下など氷や海面の下で起きているため、上空から衛星で観測するだけでは全体像を捉えにくい。南極氷床は変化を把握すること自体が難しい存在なのです。
ただ、2000年以降のデータを見る限りでは、少なくとも氷床融解は「加速しているように見える」状態にあります。

菅沼:その一例が、2002年に起きた「ラーセンB」と呼ばれる南極半島の棚氷の崩壊です。
鳥取県の広さに近い面積(※)が、わずか数週間で一気に失われました。これは氷が徐々に融けるのではなく、壊れることで急激に縮小する可能性を示し、研究者たちに大きな衝撃を与えました。
こうした崩壊は、数週間から数日という非常に短い期間で起こる場合もあり、大きな変化が突然起き得るということを示しています。
- ※ ラーセンB棚氷から分離した氷山の面積は3,250平方キロメートル、鳥取県の面積は3,507平方キロメートル

――氷床融解は、世界にどんな影響をもたらすのでしょうか。
菅沼:大きく分けて、「世界的な海面上昇」と「海洋循環(※)の変化」の2つが挙げられます。
まず氷床融解による海面上昇についてですが、南極氷床は地球上の氷の約9割を占めており、その巨大な氷が融けて海に流れ込むことで、世界の海面は大きく上昇します。東京や大阪、ニューヨークなどの沿岸都市や、低地に広がる農業地帯にも深刻な影響が及ぶ可能性があります。
- ※ 「海洋循環」とは、海水が長い時間をかけて世界の海洋を大きく循環すること
「海洋循環の変化」についてですが、氷床が融けると、南極大陸周辺の海域に大量の淡水(※)が流れ込みます。淡水は海水に比べて軽いので、海洋にふたがされるような状態となり、その影響で、海の大きな流れが弱まる可能性が指摘されています。
海洋循環は、深海から表層へ栄養分を運ぶ役割も担っています。その流れが弱まると、プランクトンの生産が減少し、魚類にも影響が及びます。これによって世界的な食料問題につながる恐れがあります。
また、海洋循環は地球の熱を運ぶ役割も担っているため、その変化は各地域の気候にも影響します。地球温暖化が進む中でも、場所によっては寒冷化が起こる可能性もあるのです。
- ※ 「淡水」とは、塩分をほとんど含まない水。一般に淡水の塩分は約0.05パーセント以下で、海水の塩分は約3.5パーセントとされる
約9,000年前の現象から見えた「ティッピング・カスケード」
――近年「ティッピング・カスケード」という言葉が注目されています。これは、どのような現象なのでしょうか。
菅沼:「ティッピング・カスケード」というのは、1つの気候変動がきっかけとなり、別の変化を誘発することで、ドミノ倒しのように連鎖的な環境変化を引き起こす現象のことです。
地球の気候は、いくつもの重要な要素(ティッピング・エレメント)によって成り立っています。それらは互いに影響し合っているため、どれか1つが大きく変わると、それをきっかけに別の変化を呼び起こすことがあるのです。
――その「ティッピング・カスケード」が、南極でも起きていた可能性はあるのでしょうか。
菅沼:私たちが2019年から2020年にかけて行った南極調査の結果によって、それが明らかになりました。
現在の観測では、南極氷床がすでに大規模に融解するような状態にあるとはいえず、また将来どのような条件で大規模な融解が発生するのかは分かっていません。
そこで、その手がかりを得るために、約9,000年前、実際に氷床が大きく融解した時代に何が起きていたのかを調べました。その結果、水深1,000メートル以下から500メートルぐらいまで湧き上がってくる暖かい深層水が南極沿岸に流れ込み、棚氷を崩壊させたことで、内陸の氷床が流れ出し、大規模に縮小したことが分かりました。
さらに重要なのは、この場所が最初の引き金ではなかった可能性があるという点です。別の地域で先に氷床の融解が始まり、その影響が連鎖する形で、この地域にも変化が及んだ可能性が見えてきたのです。

――約9,000年前の南極では、どのような仕組みで氷床融解が連鎖的に進んでいったのでしょうか。
菅沼:ここがとても重要なので詳しく説明します。この連鎖のカギになるのが、氷床が融けて生まれる淡水と、南極特有の「海が混ざりにくい」性質です。
通常、海では冷たい水は重くなって沈み、温かい水は軽くなって上にとどまります。しかし南極周辺では、温度よりも塩分の違いが、水の重さに大きく影響します。
氷床が融けて流れ出した淡水は、非常に冷たいものの、塩分を含む海水より軽いため、沈まずに海の表面を覆うように広がります。いわば、海の上部に「冷たい淡水のふた」がある状態です。
その下の水深400〜500メートルほどの深さには、水温が約1度の比較的暖かい深層水が入ってきます。本来であれば、表面の冷たい水と混ざって冷やされますが、「淡水のふた」ができることで混ざりにくくなり、暖かいまま棚氷の底面まで入り込みやすくなるのです。
その結果、海水が棚氷の裏側を融かす「底面融解」が進み、棚氷が崩壊します。その結果、内陸の氷床の流出が加速し、大規模に氷床が縮小していきます。

――そうすることで、連鎖的な融解が進んでしまうということでしょうか。
菅沼:はい。「底面融解」が進めば、氷は薄くなります。そして氷が薄くなれば棚氷は壊れやすくなり、崩壊によってまた大量の淡水が生まれます。その淡水が再び海の表面を覆い、さらに暖かい水が氷床の底面に入り込みやすくなる。
こうして、「氷が融ける→淡水が増える→さらに氷が融けやすくなる」という循環が繰り返され、融解と崩壊が雪だるま式に起こっていくのです。
さらに問題なのは、この連鎖は1つの場所にとどまらないということ。南極沿岸を流れる海流に乗って淡水が広がれば、ある場所での融解が、別の場所の融解を引き起こす可能性があるのです。まさに、ドミノ倒しのように広がっていく「ティッピング・カスケード」です。
約9,000年前の南極では、実際にこの仕組みが働き、棚氷の崩壊と内陸氷床の大規模な流出が同時に起きた痕跡が残されていました。この過去の記録は、将来、南極で同じように連鎖的な融解が起こり得ることを示す、極めて重要な手がかりです。
――連鎖的な融解が止まる可能性はあるのでしょうか。
菅沼:氷が減ることで、地面が持ち上がり、海と接する部分が減ることで融解が弱まる仕組みはあります。ただし、こうした動きはとてもゆっくりで、数千年近い時間がかかるため、短期的にはこの仕組みは働かないだろうと考えています。
――菅沼教授が実際に現地を訪れたからこそ、地球の未来に対して強く感じている危機感があれば、教えてください。
菅沼:私が最も強く感じているのは、「体感できる頃には手遅れになる」ということです。
南極氷床はあまりにも巨大なため、その変化を人の目で捉えることは困難です。つまり、全体が減っているのか増えているのかを、人間の感覚で判断することはできないということです。
それでも変化は確実に進み、もし誰もが実感できる段階に入ったときには、すでに取り返しがつかない状況になっているかもしれません。
もう1つは、こうした長期的なリスクに対して、社会全体として将来を見据えた判断が十分に行われていないことへの危機感です。
海面上昇の問題は、今の時代に意思決定を担う人にとっては、「自分が生きていない未来」の出来事かもしれません。だからこそ、短期的な視点だけでなく、長い時間軸で未来を考える姿勢そのものが、社会に求められているのではないでしょうか。

南極氷床の融解を周知し、地球環境を身近に考えるために私たち一人一人ができること
菅沼教授から、地球環境を身近に考えるために、私たち一人一人にできる3つのアドバイスをいただきました。
[1]見えないことを、知識で補い、自分ごととして知ろうとする
南極や深海で起きている変化は、私たちの日常ではもちろん、人間の感覚では体感することすらできない。だからこそ、研究者が発信する情報や報道に触れてみる。見えない変化を自分ごととして知ろうとする姿勢が、地球環境を身近に考える出発点となる
[2]50年後、100年後の地球を地続きの未来として想像する
氷床融解や海面上昇によって、今すぐに大きな影響を受ける人が少ない一方、その影響は長い時間をかけて確実に蓄積し、将来の社会に重い負担として現れる。遠い未来の暮らしや環境問題を「今の判断の積み重ね」として捉える
[3]長期的な視点を重視する社会の選択を支える
環境問題の解決には、個人の努力だけでは限界があり、社会全体の意思決定が長期的に積み重なることで、将来の姿が形づくられていく。短期的な利益や成果だけでなく、将来を見据えた考え方や取り組みを大切にする社会を選び、支えていくことが求められている
海面上昇のリスクの中でも、もっとも大きなカギを握るのが南極氷床の融解だと知り、菅沼教授にお話を伺いました。
海面上昇や気候変動は、どこか遠い未来の出来事のように感じていましたが、菅沼教授が語った「体感できる頃には、すでに手遅れかもしれない」という言葉は、今を生きる私たちの判断そのものを問いかけているように感じました。
長い時間軸で物事を考える視点を持って、私たち一人一人が生きていくことで、次の世代、そのまた次の世代が安心して暮らしていける未来を実現できるのではないかと感じました。
撮影:佐藤潮
〈プロフィール〉
菅沼悠介(すがぬま・ゆうすけ)
国立極地研究所および総合研究大学院大学教授。地質学・古地磁気学を専門とし、南極や北極の氷床変動や過去の地球環境の解明に取り組む研究者。これまで7回にわたり南極での現地観測に参加し、氷床上での調査や海底堆積物の分析など、過酷なフィールドワークを重ねてきた。特に約9,000年前の南極で起きた大規模な氷床融解の痕跡を明らかにし、将来起こり得る連鎖的な氷床崩壊「ティッピング・カスケード」の可能性を示した研究は、国際的にも注目を集めている。現在も、南極氷床の不安定化メカニズムの解明を通して、地球環境の未来を見据えた研究を続けている。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。