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魚が減る原因にもなる海の酸欠「貧酸素水塊(ひんさんそすいかい)」とは?
- 海中の酸素が不足する「貧酸素水塊」は、魚介類の生息環境を悪化させ、漁業にも影響を与える
- 「貧酸素水塊」は気候変動や人間活動によって発生しやすくなるが、自然現象の側面もある
- 生活排水や食品ロスを減らすことは海に流れ込む過剰な栄養分を減らすことにつながり、海の環境を守る一歩になる
取材:日本財団ジャーナル編集部
「最近、スーパーに並ぶ魚が高くなった気がする」「いつもの魚が売り場に並んでいない」そんな変化を感じたことはありませんか。
その背景の1つといわれているのが、“海の酸欠”とも呼ばれる「貧酸素水塊」です。これは、海面水温の上昇や、海中の水温差によって生じる層構造などにより、海底付近の酸素が極端に不足する現象や、その水の塊を指します。
この「貧酸素水塊」が発生すると、魚介類の生息環境が悪化し、海の生物の大量死や漁場の機能低下を招くことがあり、漁獲量の減少や養殖業への深刻な影響にもつながる恐れがあります。また、植物プランクトンが大量に増える「赤潮」や、海底の「貧酸素水塊」が湧き上がる「青潮」という現象にも関係することがあるといわれています。
こうした海で起きているさまざまな変化は、魚の価格上昇や供給不安という形で、私たちの食卓に影響を及ぼします。
本記事では、海洋環境の研究に長年携わってきた水産研究・教育機構(外部リンク)の筧茂穂(かけひ・しげほ)さんに、「貧酸素水塊」が起きる仕組み、漁業や養殖業への影響を伺うとともに、持続可能な海洋環境を実現するために必要な視点について考えます。

海の酸素はなぜ減るのか。「貧酸素水塊」ができる仕組み
――「貧酸素水塊」とはどのような状態を指すのでしょうか。
筧さん(以下、敬称略):私たちが空気中にある酸素を呼吸に使っているのと同じように、海の生き物も海に溶け込んでいる酸素を使って呼吸します。この酸素を、専門的には「溶存酸素(ようぞんさんそ※)」と呼んでいます。
この「溶存酸素」の濃度が低くなった状態が「貧酸素」です。海水に溶ける酸素の量には限界があり、水温20度の海水では、1リットルあたり5ミリリットル程度。わずかな量に感じますが、生き物にとっては欠かせない酸素です。
そして、「溶存酸素」の濃度が低い水がまとまって存在する状態を「貧酸素水塊」といいます。
- ※ 「溶存酸素」とは、水に溶けている酸素のこと
――なぜ海の中で酸素が不足するのでしょうか。
筧:水温が高くなると、酸素は海水に溶けにくくなります。加えて、海の中の酸素は、多くの生物の呼吸によって消費されています。なかでも数が多いのは、バクテリアやプランクトンなどの微生物です。
一方で、海には酸素を補う働きもあります。海面から大気中の酸素が溶け込むこと、そして植物プランクトンや海藻が光合成によって酸素を生み出す働きです。しかし、海面から離れた光が届かない水深帯では、光合成によって酸素を生み出すことができません。
さらに、水の流れが弱い場所では、周囲の水と入れ替わりにくくなり、酸素だけが消費され続けます。こうして水が周囲と混ざらずに、取り残される状態を「水の孤立化」と呼びます。
密閉された空間で酸素が少しずつ減っていくのと同じことが海の中でも起こり、やがて酸素の少ない水が広がっていくのです。

「貧酸素水塊」が発生しやすい条件は、成層、地形、人間活動
――「貧酸素水塊」が発生しやすい条件はあるのでしょうか。
筧:水の流れが滞りやすい場所では、酸素の供給が限られるため、貧酸素が起きやすくなります。例えば、海底のくぼ地、航路を掘った場所、防波堤で囲まれた港内などです。
もう1つ、「貧酸素水塊」の発生に関係する現象として「成層(せいそう)」があります。夏になると、海面は日射で暖められますが、深いところには熱が届きにくいため、「上層は暖かく、下層は冷たい」層構造ができます。
ダイビングをしたことがある方は、表層は暖かいのに、少し潜ると急に冷たく感じた経験があるかもしれません。あの温度差こそが、海の中で「成層」ができている状態です。
冷たい下層の水は上層と混ざりにくく、孤立しやすくなります。すると、孤立した水の中で酸素の消費が進み、貧酸素化が起こります。大きな湾では、夏場に成層の状態が強まり、海底付近で「貧酸素水塊」が発生しやすくなります。
――「貧酸素水塊」の発生には、人間の活動も影響を及ぼしているのでしょうか。
筧:河川を通じた農業排水や下水の流入による海水の富栄養化(※)、そして地球温暖化による水温上昇などは、人間活動が影響していると考えられています。
ただ、「貧酸素水塊」は必ずしも人間活動だけが原因というわけではありません。成層の構造や、地形の条件によっても発生しますし、太古の昔から貧酸素は存在していたと考えられています。
例えば、大分県の別府湾では、かつて貧酸素状態が続いていたことを示す痕跡が見つかっています。本来は分解されやすいイワシのうろこが海底に残っており、海底が酸素の乏しい環境だったため、有機物の分解が進みにくかった可能性を示す証拠の1つとされています。
- ※ 「富栄養化」とは、海や湖、河川などの水域に、窒素やリンといった栄養分が過剰に流れ込み、プランクトン等が増え過ぎる状態のこと。もともとは自然の変化を指す言葉だったが、近年は生活排水や農業排水など人間活動によって栄養分が増える現象を指して使われることが多い

――「貧酸素水塊」の発生は、気象条件によっても左右されるのでしょうか。
筧:はい。例えば、強い日差しで海面が暖められたり、大雨で川から塩分の少ない水が流れ込んだりすると、表層の水は軽くなって上にとどまりやすくなります。こうして、成層が強まり、貧酸素化が進行します。
一方で、台風や強い風によって海が大きくかき混ぜられると、成層は崩れやすくなります。上下の水が混ざることで酸素が行き渡り、貧酸素が解消されることもあります。そのため、しけの日(海が荒れている日)が多い年は、貧酸素が起こりにくかったり、あるいは発生しても解消しやすかったりする傾向があります。
内湾に多発する「貧酸素水塊」、地形と気候変動の影響
――最近の発生状況はどうなっていますか。
筧:改善している地域もありますが、全国各地で発生しています。特に発生しやすいのが、内湾と呼ばれる閉鎖性の高い湾です。外海との水の交換が限られ、成層が強まりやすいためです。
代表的なのは、東京湾、伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海です。いずれも湾口が比較的狭く、水が滞留しやすい地形を持っています。そして、規模の小さい湾でも、入り口が狭く水の流れが弱い場所では、同様に貧酸素が起こりやすい傾向にあります。

――ということは、日本は地形的に「貧酸素水塊」が発生しやすいのでしょうか。
筧:比較的、発生しやすい環境だと思いますね。日本には内湾が多く、外海との水の交換が限られやすい地形が各地にあります。
例えば、伊勢湾は湾口が狭く水が滞留しやすいことに加え、湾の中央には海底が深くくぼんだ場所があります。こうした地形では、深いところにたまった水が外と入れ替わりにくくなります。夏場には成層も加わって、「貧酸素水塊」が発生しやすくなります。

- ※ 水中の実際の溶存酸素量が、その時の温度や気圧における最大溶解量(飽和溶存酸素量)に対してどの程度の割合かを示す指標のこと
――「貧酸素水塊」の発生には、気候変動も関係しているのでしょうか。
筧:関係は大きいといわれています。ここ数年、集中豪雨や洪水が各地で増えていますが、大量に雨が降ると、河川から土砂や栄養塩(※)、有機物などが海へ流れ込みます。
海に流れ込んだ有機物は、バクテリアによって分解され、その過程で酸素が消費されます。有機物が多いほど酸素の消費量も増えるため、「貧酸素水塊」が発生しやすい条件が整います。
- ※ 「栄養塩」とは、主に窒素やリンなど、生物が生命活動を営む上で必要な主要元素のこと。工場排水や生活排水、農地からの流出水などに含まれ、水環境に過剰に排出されると、赤潮や青潮などの深刻な環境被害を引き起こすことがある
――地球温暖化による気温の上昇も影響していますか。
筧:はい。本来であれば、冬に海面が冷やされることで水が重くなり、海の水が上下に混ざって海底付近にも酸素が補給されます。いわば自然の“リセット”です。しかし、気候変動によって冬の冷え込みが弱まると、この混合が十分に起きない可能性があります。
その結果、海底付近の酸素濃度がやや低い状態のまま春を迎え、再び夏の成層が始まります。これが毎年積み重なることで、貧酸素がより深刻化する恐れがあると考えられています。
「赤潮」は貧酸素を強め、「青潮」は無酸素状態のサイン
――「赤潮」とはどんなものでしょうか、また「貧酸素水塊」とはどのような関係があるのでしょうか。
筧:そもそも「赤潮」は、植物プランクトンが大量に増殖し、海水が赤や茶色に見える現象です。
「赤潮」そのものが、直接的に「貧酸素水塊」を生み出すわけではありません。ただし、植物プランクトンも生き物です。大量に増殖していると、昼間は光合成をしますが、夜間に酸素を多く消費するため、局所的に酸素濃度が下がることがあります。
さらに重要なのは、「赤潮」が終わった後です。増えた植物プランクトンが死ぬと、有機物として海底へ沈み、それをバクテリアが分解する過程で酸素が消費されます。その結果、海底付近で貧酸素化が進行します。つまり「赤潮」は、間接的に貧酸素を強める要因となり得ます。

――では、「青潮」とはどんなものでしょうか、また「貧酸素水塊」とはどのような関係があるのでしょうか。
筧:「青潮」は、貧酸素化がさらに進行し、酸素がほぼゼロになった「無酸素水塊」が関係しています。
海が無酸素状態になると、今度は酸素を使わない「嫌気性細菌(※)」が活動を始めます。その過程で硫化物が生成されます。この硫化物を含んだ無酸素水が、風の影響で海面近くまで持ち上がると、海面付近の酸素と反応します。すると、硫黄の微粒子ができ、それが青白く見える。これが「青潮」です。
- ※ 「嫌気性細菌」とは、酸素がある環境では生育できない、または生育しにくい細菌のこと。酸素の少ない土壌や海底、動物の体内などに生息し、酸素を使わない「嫌気呼吸」等によってエネルギーを得る

貧酸素が漁業に与える影響と自然現象としての側面
――海の中の酸素が少なくなると、養殖業や水産業にも影響がありますか。
筧:すでに各地で影響が出ています。特に夏場になると「網を引いてもほとんど何も入らない」という漁師さんの声を聞きます。
海底付近で暮らす生き物は深刻な状況にあります。エビやカニなどの甲殻類は、酸素濃度が下がると弱りやすく、クルマエビのように海底近くで暮らす生物は強い影響を受けます。
一方で、魚はある程度泳いで移動できるため、酸素が足りなくなると条件の良い場所へ逃げることができます。しかし、アサリや赤貝などの貝類はほとんど動けません。逃げ場がないため、貧酸素が長く続くと成長に悪影響が出たり、大量死につながったりします。
――「貧酸素水塊」の発生は、時代とともに変化しているのでしょうか。
筧:1970年代の高度経済成長期には、水質汚濁が深刻でした。栄養塩や有機物を多く含んだ川の水がそのまま海へ流れ込んでいた時代です。海水の富栄養化が進み、赤潮や悪臭が問題になり、貧酸素も今より頻繁に起きていました。
その後、排水規制や下水処理の整備が進み、水質は大きく改善しました。1970年代と比べれば、「貧酸素水塊」を減らす対策も進み、発生頻度はかなり抑えられています。
ただし、「貧酸素水塊」を完全になくすことはできません。海は水槽のように外と切り離された空間ではなく、川や外洋とつながっています。外から栄養分が流れ込めばプランクトンが増えます。増えたプランクトンが沈んで分解されると、酸素は消費されます。これは自然の循環の一部でもあります。
つまり、人間による汚染は減りましたが、「貧酸素水塊」そのものは自然のプロセスの中でも起こり得る現象だということです。
貧酸素は必ずしも悪ではない、海のバランスを取り戻すことが重要
――「貧酸素水塊」を減らすために、どのような対策が行われているのでしょうか。
筧:まずは、海に流れ込む有機物を減らすことです。下水処理を高度化し、川から海に入る汚れを減らす取り組みが進められています。
また、すでに海底にとどまっている有機物を除去する取り組みや、汚泥が堆積した海底をきれいな砂で覆う「覆砂(ふくさ)」という方法もあります。海底の泥と海水が直接触れにくくなることで、酸素の消費を抑える効果が期待されています。
ただ、こうした対策には費用や労力がかかり、効果も長続きするとは限らないため、継続的な取り組みが必要になります。
例えば、瀬戸内海沿岸では、自治体が主体となって対策を進めています。そのほか、漁業者が協力し、現場での取り組みを続けている地域もあります。
――今後、「貧酸素水塊」が長期化した場合、どのような影響がありますか。
筧:一概には言えず、難しいところですが、必ずしも全てが悪い影響とは限りません。
もちろん、規模が大きくなり過ぎたり、長期間続いたりすれば、漁業や生態系に深刻な影響を及ぼします。ただ、夏の限られた期間だけ発生し、その時期に漁業や養殖業への影響が小さい場合には、大きな問題にならないこともあります。
貧酸素化の過程では、海中の有機物が分解され、窒素やリンといった栄養分に変わります。つまり、酸素が消費される一方で、海の中で栄養が再生産される側面もあるのです。
近年は、海に流れ込む有機物を減らす対策が進んだことで、逆に海の栄養が不足している面もあるんです。
――「貧酸素水塊」の発生を事前に把握することはできますか。
筧:研究が進み、どんな条件で貧酸素が起きやすいかは、かなり分かってきました。水中にセンサーを設置し、水温や溶存酸素濃度をリアルタイムで測定する仕組みも広がっています。
こうしたシステムを活用すれば、酸素が減る前に「養殖いけす」を移動させることによって、被害を減らす対応が可能になります。重要なのは、「貧酸素水塊」を一律に悪いものと捉えるのではなく、状況に応じて向き合うことだと思います。
――持続可能な日本の海を実現するために、どのような未来像を描いていますか。
筧:1970年代は、栄養塩や有機物が大量に海に流れ込むことが問題でした。しかし現在は、むしろ栄養分である窒素やリンの不足によって、ノリの色落ちが起きたり、イカナゴのような小魚が減ったりしています。小魚が減れば、それを餌にする魚も減ってしまい、漁獲量の減少にもつながっているのです。
こうした状況を踏まえ、近年は赤潮の発生に注意しながら、必要な場所には栄養が行き渡るよう海の環境を管理する取り組みも進められています。
中国の言葉に「水清ければ魚すまず」というものがありますが、海の水をきれいにすることだけを正義として進めるのが必ずしも適切とは限りません。海水の有機物を減らすか増やすかという単純な二択ではなく、海全体を見ながらバランスを整えていくことが、持続可能な海につながるのではないでしょうか。

未来の海や食卓を守るために、私たち一人一人ができること
筧さんから、未来の海や食卓を守るために、社会全体や私たち一人一人ができる3つのアドバイスをいただきました。
[1]自然を体験し、守りたいという気持ちを持つ
海だけでなく、川や山にも足を運び、その大きさや美しさ、ときには怖さも含めて体験し、自然を感じてみることが大切。実体験を通じて「この景色がこれからも続いてほしい」と感じる心が、自然を守ろうとする意識につながる
[2]海ごみを減らすために、身近な行動を見直す
ごみを捨てないことはもちろん、プラスチックをできるだけ減らすこと。特にマイクロプラスチックの問題は深刻になっているため、まずは海ごみやマイクロプラスチックの問題について知る、そして身近なところから減らす努力をする
[3]日常の積み重ねが、「未来の環境を守る」と意識する
無理に大きなことをするというよりも、自分が日常生活の中で排出している二酸化炭素が気候に影響しているかもしれない、という感覚を持つことが大切。“ちょっとそこまで”なら車を使わずに徒歩や自転車で移動するといった、日常の積み重ねが未来の環境を守ることにつながる
今回の取材は、「海の酸欠」と呼ばれる現象があると知ったことがきっかけでした。調べていくうちに、漁業や食卓に影響するといわれる「貧酸素水塊」について、きちんと理解したいと思うようになりました。
取材を通して、海の中の酸素濃度が季節や気候条件によって変動していることや、場所によっては栄養不足が問題になっていることを知りました。日本は海に囲まれているのに、まだまだ知らないことがたくさんあると感じます。
海へ行く機会がないという人も、水族館でさまざまな生き物を見て海の豊かさに触れたり、おいしい寿司を味わったりする機会はあります。そんなときに、「これからも魚たちが生き続けるために」「これからもおいしい魚を食べ続けるために」と、少しだけ海に思いを巡らせてみていただければと思います。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。