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「高校無償化」の裏で広がる教育格差。生まれ育った環境に関係なく、子どもたちが選択できる社会づくりとは?
- 「高校無償化」とは、高校に通う生徒の授業料を国が支援する制度。2026年4月から所得制限がなくなり、全ての生徒が対象になった
- 経済的に余裕のある家庭は浮いた教育費を塾や習い事に回すことができる一方で、低所得層は費用を捻出できず、新たな教育格差を生む懸念もある
- 一律の支援だけでなく、本当に必要とする生徒に支援の手が届く「公平」な仕組みが必要
取材:日本財団ジャーナル編集部
2026年4月から本格的にスタートした、「高校授業料の実質無償化」(高等学校等就学支援金制度の所得制限撤廃)。それまでの所得制限がなくなり、すべての子どもが等しく授業料の支援を受けられるようになりましたが、一方で新たな教育格差が生まれる、教育格差が拡大するといった懸念もあります。
経済的に余裕のある家庭では浮いた教育費を塾や習い事といった課外活動に回せる一方で、余裕のない家庭ではそういった費用を捻出することが難しいのが現状です。
デジタル格差の問題もその1つで、最新のパソコンやプログラミング教育、多様な体験活動に触れられる子どもがいる一方で、「スマホは持っていても、自宅にパソコンがない」という子どもも少なくありません。
「AIが急速に発展を遂げる今の社会では、情報にアクセスできたり、情報の咀嚼ができたりする環境や力の有り無しが、さらに子どもたちの困難や格差を広げています」
そう語るのは、困難を抱える中高生に向けたデジタルを活用した伴走支援に取り組む認定NPO法人CLACK(外部リンク)代表の井上泰孝(いのうえ・やすたか)さん。本記事では、支援現場で見えてきた“見えない格差”の実態や、子どもたちが生まれ育った環境にかかわらず、将来に希望を持ちながら生きていける社会をつくるためのヒントを伺いました。
育つ場所によって差が出る、子どもたちの選択肢
――まずは、2026年4月からスタートした高校授業料の実質無償化について、教育格差の観点から井上さんはどのように捉えていますか。
井上さん(以下、敬称略):授業料が無償化されても、教育にかかる負担が完全になくなるわけではありません。教材費や学用品、修学旅行費など、授業料以外にもたくさんの費用がかかってきます。
また、都市部と地方では、受けられる教育の選択肢にも差が生じています。都市部は私立高校の数も多く、無償化の恩恵を受けやすい一方で、地方では、そもそも通える学校の選択肢が少なくなります。
本来、公立高校は、どんな環境に生まれても学びを通じて社会階層を移動できる“セーフティネット”の役割を担ってきました。無償化によって私立への流れが加速し、公立高校の価値や役割が弱まっていくことにも危機感があります。
――人口が集中する都市部と地方の教育格差も問題になっています。井上さんはどのように感じていますか。
井上:都市部ではAIを積極的に活用する先生方も増えていますが、地方では、まだ十分に活用できていないケースも少なくありません。子どもたちはSNSを通じてAIの情報には触れていても、「どう使うか」や「使う前にどう考えるか」を学ぶ機会を十分に持てていない。特に地方では、大人側とのITリテラシーのギャップが広がりやすいと感じています。
また、子どもたちの進路についても、「選択肢があるように見えて、実は少ない」という現状があります。
本来であれば、地域で暮らし、働いたほうが幸せだったかもしれない子が、「とりあえず進学したほうがいい」という空気の中で都市部へ進学するケースも少なくありません。その前段となる経験が十分に積めておらず、自分のやりたいことを言語化できない子どもも多いと感じています。
家庭環境が安定していれば、進学後につまずいても支えてもらえる場合がありますが、なかには「戻れる場所」がない子どももいます。その結果、居場所やつながりを失ってしまうことも考えられます。都市部に出ることだけが正解ではなく、地域の中でも、自分の可能性や役割を見つけられる環境が必要ではないでしょうか。
私たちはデジタルを入り口に支援をしていますが、目指しているのはIT業界に就職することではありません。デジタルを通じて、自分の選択肢を広げ、自立につながる力を育てることが大切だと考えています。

“学ぶ”と“働く”をつなぐ、CLACKの3ステップ支援
――CLACKの設立経緯について教えてください。
井上:きっかけとなったのは、創業者の平井大輝(ひらい・だいき)が、以前所属していたNPOで学習支援のボランティアをしていた際、「将来はプログラミングを学んで、システムエンジニアになりたい」という子どもと出会ったことでした。
その子は家庭の経済的な事情から、自分専用のパソコンを持っておらず、プログラミングスクールに通うことも難しい状況でした。
そこで平井は、とある企業から譲り受けたパソコンで、子どもたちにプログラミングを教える活動を始めました。この経験を通じて、IT人材不足が進む社会において、ITスキルは困難を抱える子どもたちにとって、「自立のための武器」になり得ると実感しました。
企業が不要になったパソコンや空きオフィスなど、社会の中に眠る資源を組み合わせることで、継続的な支援の仕組みをつくれるのではないかと考えたことも、CLACK設立の後押しになりました。
――主にどのような支援活動に取り組まれているのでしょうか。
井上:主に中高生を対象に、居場所づくりやデジタル教育を通じて、3つのステップで自走支援を行っています。
「ステップ1」は、“つながる”。大阪市淀川区で運営する「よどがわベース」や、東京・中野区の「テクリエさぎのみや」など、安心して過ごせる居場所づくりも、その入り口の1つです。
高校生の支援は、小中学生以上に難しさがあります。住んでいる地域と通学先が異なることも多く、行政経由では、すでに支援につながっている子どもにしか情報が届かないケースも少なくありません。
実際には「まだ深刻ではないけれど、このままだと危うい」という潜在的な層が多くいます。だからこそ、私たちは待つのではなく、学校での体験会や先生方との連携を通じて、「こちらから会いに行く」ことを重視しています。
「ステップ2」は“学ぶ”です。高校生は、早ければ卒業後すぐに社会に出ます。そのため、居場所をつくるだけでなく、社会に出る前の準備も必要です。
そこで行っているのが、3カ月間のデジタル教育プログラム「Tech Runway(テック・ランウェイ)」です。大学生メンターが高校生一人一人に伴走しながら、IT知識やプログラミング技術を身に付けるだけでなく、AIの使い方や、お金や生活に関する知識、進路について学ぶ機会も提供しています。
私たちは知識や技術習得をゴールにはしていません。大切にしているのは、「自分で考えながら前に進む力」を育てること。プログラミングは、試行錯誤を繰り返しながら解決していく世界です。その過程を通じて、「できるようになるって楽しい」と感じたり、「自分を見守ってくれる人がいる」と安心できたりすることが、次の一歩につながると考えています。
そして「ステップ3」が、“実践”です。学んだスキルを、実際の仕事の中で使っていきます。CLACKが企業から受注したWeb制作等の案件の一部を高校生が担当し、プロと一緒に取り組みながら、納品できるレベルまで仕上げていきます。
そのなかでは、「遅れるときは事前に連絡をする」といった社会人としての基本的なコミュニケーションも学んでいきます。
こうした経験を通じて、「学ぶ」と「働く」の間にあるギャップを埋め、社会に出る前に働く準備を整えていく。それが、私たちの考える「3ステップの自走支援」です。


子どもたちの「やってみたい」を引き出す居場所
――「よどがわベース」と「テクリエさぎのみや」には、どのような特徴がありますか。
井上:両拠点とも、3Dプリンタ、レーザーカッター、ゲーミングPC、VR、ペンタブなどのデジタル機器に触れたり、動画編集やWebデザイン、プログラミング、3Dモデリングなどを自由に学べたりする環境を整えています。
重視しているのは、「教えること」ではなく、子どもたちが「やってみたい」と思った意思を行動に移せること。最初は「パソコンに触ってみたい」という興味から来る子も多いですが、実際に体験するなかで、動画制作や音楽制作など、別の興味に広がっていくこともあります。
また、両拠点とも商店街の近くにあり、地域とのつながりも大切にしています。地域の方々と日常的にコミュニケーションを重ねながら、「地域の中で若者を支える場所」として関係性を築いてきました。
――これまで支援してきた子どもたちのなかで、印象的だったエピソードを教えてください。
井上:CLACKを利用する子どもたちの多くは、最初から「プログラマーになりたい」という明確な目標を持っているわけではありません。「パソコンに触ってみたい」といった、小さな興味から来る子がほとんどです。
でも、機材に触れたり、大学生メンターと関わったりすることで、少しずつ「実はこんなことをやってみたかった」と話してくれるようになる。無気力に見える子でも、関係性ができることで、自分の可能性を言葉にし始める瞬間があります。
実際に、最初はタイピングがほとんどできず、あまり話さなかった子が、3カ月のプログラムを通じて自信をつけて、自ら奨学金を獲得して海外留学に挑戦したケースもありました。今では「就職活動が終わったらCLACKでメンターをやりたい」と話してくれています。


失敗しても「挑戦」を肯定してくれる存在が重要
――支援活動を通して見えてきた課題はありますか。
井上:AIが急速に進化し、教育や支援のあり方も変わってきています。ただ、子どもたちに本当に必要なことの本質は、あまり変わっていないとも感じています。
例えば、AIがコーチングをしてくれる時代になったとしても、それだけで子どもたちが前向きに挑戦できるわけではありません。
「この人は自分のことを分かってくれている」「期待してくれている」と感じられる、顔の見える誰かとの関わりがあるからこそ、「やってみようかな」「一歩踏み出してみようかな」と思える瞬間が生まれるのだと思います。
失敗したときに振り返ることができる場所があり、挑戦を肯定してくれる大人がいる。そうした環境があるかどうかで、子どもたちの未来は大きく変わってくる。
だからこそ今後は、こうした伴走型の支援を、東京や大阪だけでなく、地方にもどう広げていけるかという課題に、取り組んでいきたいと考えています。

中高生に寄り添う、大学生メンターの役割
――CLACKでメンターとして活動している佐藤愛菜(さとう・あいな)さんにお話を伺います。まず、参加したきっかけを教えてください。
佐藤さん(以下、敬称略):大学生になったら、何かボランティアをしてみたいと思っていたんです。そんな折に、子ども支援の活動をしていた姉から、CLACKを紹介してもらいました。大学1年生の時に活動を始め、留学期間を挟みながら大学4年生になった現在も続けています。
――現在はどのような形で中高生と関わっているんですか。
佐藤:「Tech Runway」で、メンターとして高校生の伴走支援をしています。
はじめは自分に務まるか不安だったんですが、事前の研修期間があり、中高生との関わり方やコミュニケーションの取り方、メンターとしての役割などを学べたので、問題なく臨むことができました。
教室の開始前と終了後には、「リフレクション(振り返り)」の時間も設けられています。メンター同士で、「どんな声かけができたか」「どう関わればよかったか」を共有しながら、子どもたちとの向き合い方を考え続けています。
――高校生たちに関わる上で意識していることはありますか。
佐藤:最初は心を閉ざしている子もいるので、答えやすい会話から始めるようにしています。
相手のことを聞くだけではなく、自分のことも話すようにしています。例えば、「私は犬が好きで……」とか、こちらから少し自己開示することで、安心して少しずつ話してくれるようになることもあります。
もう1つ、研修で学んだ「褒め方」も大切にしています。例えば、ただ「すごいね」と結果だけを評価するのではなく、その子自身の変化をきちんと見て伝えるようにしています。「ちゃんと見てもらえている」と感じてもらえる関わり方を意識しています。
――印象に残っているエピソードを教えてください。
佐藤:初めて担当した生徒のことは今でも印象に残っています。その子は最初、ほとんど話すことをしなかったのですが、3カ月間関わり続けることで自信も生まれ、最後の発表会では、多くの人の前で自分の作品についてしっかりプレゼンすることができました。短期間でこんなに変化するんだ、と感動しました。
――ご自身のなかでの気づきや変化もあれば伺いたいです。
佐藤:活動を通じて、さまざまな背景を持つ子どもたちがいることを知り、自分が“当たり前”だと思っていたことが当たり前ではないことに気づかされました。また、CLACKで学んだことや出会った人たちは、自分の価値観の大きな柱の1つになっています。
将来、必ずしも教育やNPOの仕事に就くとは限りませんが、社会人になってからも、何らかの形でこうした子ども支援の活動には関わり続けたいと思っています。


「勉強ができる子」が中心の教育から、誰もが挑戦できる社会へ
――改めて井上さんに伺います。子どもたちの教育格差をなくすために、どのような社会の仕組みや支援が必要だと考えますか。
井上:教育格差そのものをなくすことは難しいと思いますが、支援の広がり方は、社会の仕組み次第で変えられるはずです。
現在の教育システムは、教科学習が得意な子を中心に設計された、100年前に作られた仕組みをベースにしている部分があります。これまでは、「勉強を頑張れば階層を超えられる」という機能も一定ありましたが、今は社会で求められる力そのものが変わってきています。
基礎学力だけでなく「自分で考える力」や「挑戦する力」、「人と関わりながら前に進む力」など、これからの社会で必要になる力をどう育てるかを、社会全体で考え直す必要があると思います。
また、一度レールから外れると戻りづらい構造も大きな課題。進学だけではなく、働きながら学び直せる仕組みや、地域の中で選択肢を持てる環境をもっと増やしていく必要があります。
AIの普及によって、この変化はさらに加速していくでしょう。テクノロジーは、使える人をより強くする一方で、使えない人との差も広げやすい。だからこそ、単にデジタル教育を進めるだけではなく、困難を抱えた子どもたちが社会からこぼれ落ちないためのセーフティネットを、教育や福祉という枠組みのなかでどうつくっていくかが、ますます重要になってくると感じています。


教育格差をなくし、子どもたちが自分らしく生きる社会のために、私たち一人一人にできること
最後に、教育格差をなくし、より多くの子どもたちが生きる上で選択肢を持てる社会をつくるために、私たち一人一人にできることを井上さんに伺いました。
[1]「誰かがやる」ではなく、自分も関わる意識を持つ
社会課題を政治や行政だけのものにせず、「自分にもできることがある」と考えることが大切。地域活動に参加したり、身近な子どもたちに目を向けたり、小さな行動から社会との関わり方を変える
[2]子どもたちの“体験機会”を地域のなかにつくる
学校だけで将来必要な生きる力を養うのは難しくなっている今、地域の大人たちが子どもたちと関わる場を増やすことも重要。特別な活動ではなく、「自分たちが楽しいこと」に子どもたちを巻き込む形でもいい
[3]専門的支援と地域のゆるやかなつながりを両立する
CLACKのような施設だけでなく、気軽に立ち寄れる地域の居場所も必要。多様な関わり方をできる社会が、子どもたちの選択肢を広げていく

取材を終えて心に残ったのは、デジタルという最先端のツールを入り口にしながらも、CLACKの皆さんが何よりも「人との関わり」を大切にしている姿でした。
AIが瞬時に答えを提示してくれる現代。一見するとすべてが便利で平等になったように錯覚しがちですが、その情報を「どう使い、どう考えるか」という本質的なリテラシーの部分で、見えづらい格差が広がっています。
パソコンのスキルやプログラミング技術の習得は、あくまで自立するための手段の1つに過ぎません。本当に子どもたちを前へ進ませるのは、失敗を恐れずに試行錯誤できる環境であり、「自分の変化を見ていてくれる大人がいる」という安心感なのだと、井上さんや佐藤さんの言葉から強く感じました。
撮影:十河英三郎
井上泰孝(いのうえ・やすたか)
大阪府出身。東日本大震災をきっかけに社会課題や教育支援に関心を持ち、大学時代から若者支援の活動に関わる。活動を通して、家庭環境や経済状況によって、子どもたちの進路や体験機会に大きな差がある現実を実感。進学後や社会に出た後も悩みを抱える若者たちと向き合い、関わるなかで、「自走を支える支援」に共感しCLACKに参画。現在は、デジタル教育や居場所支援を通じて、高校生の“学ぶ”と“働く”をつなぐ活動に取り組んでいる。
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