日本財団ジャーナル

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広がる「卵子凍結」という選択肢。その先にある不妊治療・妊娠・出産の課題とは?

自身も不妊治療を経験している、NPO法人Fine・理事長の野曽原誉枝さん
この記事のPOINT!
  • 「卵子凍結」とは、卵子を保存することで将来の妊娠・出産の可能性を残す医療技術のこと
  • 自治体による助成事業の実施により身近な選択肢となりつつあるが、妊娠・出産を保証するものではない
  • 誰もが希望を持って子どもを望める社会にするためには、不妊治療や子育てなど「何かをしながら働くこと」が当たり前の環境整備が必要

取材:日本財団ジャーナル編集部

「卵子凍結」とは、加齢とともに妊娠する力が低下するとされている卵子を若いうちに採取し、凍結保存しておくことによって、将来の妊娠・出産の可能性を残す医療技術のこと。

「まだ結婚や妊娠の予定はないけれど、いつかは望むときがくるかもしれない。それに備えて、若いうちに卵子を残しておきたい」

そんな思いを持つ女性たちが、卵子凍結という選択をするケースが増えてきています。

東京都が2023年に行った調査によれば、これまで4,567人が卵子凍結を経験(※1)。国(こども家庭庁)による2026年度中の助成事業開始の発表(※2)や、東京都(※3)や大阪府(※4)など、すでに実施されている自治体独自の助成事業の取り組み、企業の福利厚生への導入も進み、以前より身近な選択肢になりつつあります。

一方で、卵子凍結は将来の妊娠や出産を保証するものではないということは、あまり語られてきていません。海外の調査では、自然妊娠に至るケースや、新たに採取した新鮮な卵子による不妊治療を行うケースも多いため、凍結した卵子が実際に使われた割合は約11.1パーセント(※5)にとどまるという報告もあります。

また、たとえ妊娠・出産に至ったとしても、仕事の両立、育児と介護のダブルケアなど、さまざまな課題が待ち受けているケースもあります。そのため、卵子凍結という選択肢が広がる一方で、誰もが安心して子どもを産める社会になっているとは言い切れないのが現状です。

そこで今回は、不妊治療当事者による支援活動を20年以上続けるNPO法人Fine(外部リンク)理事長の野曽原誉枝(のそはら・やすえ)さんに、卵子凍結をめぐる現状と、不妊治療や妊娠・出産を取り巻く課題、そして誰もが希望を持って子どもを望める社会づくりのヒントを伺いました。

卵子凍結から妊娠までの流れ(卵子採取、凍結保存、体外受精、受精卵移植)を示した図解イラスト
卵子凍結から受精までの仕組み。アーモンド1000/PIXTA

女性の可能性を広げる卵子凍結は、“万能”ではない

――卵子凍結への関心が高まっていますが、不妊治療の当事者支援現場から見て、可能性の広がりをどのように感じていますか。

野曽原さん(以下、敬称略):加齢によって卵子が老化する可能性が広く知られるようになったこともあり、今すぐに結婚や出産の予定がない人にとって、卵子凍結は将来の選択肢の1つとして広がっていると感じています。

卵子凍結は費用負担が大きいため、東京都や大阪府などで助成制度が始まったことも後押しになり、実際に卵子凍結をした人や、これから検討しているという話を聞く機会は増えました。

――卵子凍結に期待されていることと、実際にできることの間にギャップを感じられることはありますか。

野曽原:若いうちの卵子を保存することで、将来の妊娠の可能性を広げられるという点は、卵子凍結の大きなメリットだと思います。ただ、その一方で、メリットだけが強調されているように感じることもあります。

卵子凍結をしたからといって、将来の妊娠や出産が確実に保証されるわけではありません。実際には凍結した卵子を使わず、新たに採取した卵子で体外受精を行う人もいますし、自然妊娠に至るケースもあります。

日本ではまだ十分なデータが蓄積されていませんが、卵子凍結が急速に進む欧米では凍結した卵子が実際に使われる割合は決して高くないという報告もあります。

――卵子凍結は万能ではないということなのですね。

野曽原:はい。また、卵子凍結は採取して保存するだけの簡単な行為ではありません。

一度に複数の卵子を確保するために排卵誘発剤を使用し、数日かけて通院をしながらその状態を確認します。また、採卵の際には細い針を卵巣に刺して卵子を吸い出しますので、仕事の調整も必要になりますし、誘発剤の副作用で吐き気を伴う人や、採卵時に針の痛みを感じる人も少なくありません。

さらに、「若い卵子を保存しているから大丈夫」と安心し過ぎてしまうと、いざ使う段階で思うような結果が得られなかった際に、大きな精神的ショックを受けることもあります。精神的にも身体的にも負担が伴う可能性があることは、理解しておく必要があると思います。

一方で、キャリアを築きたい女性にとっては、「お守り」のような存在になることも事実です。仕事か出産かという二者択一ではなく、人生設計を考えるための選択肢が増えたこと自体は、とても前向きな変化だと考えています。

卵子凍結について説明する野曽原さん

20年経っても変わらない不妊治療の悩み

――野曽原さんが理事を務めるNPO法人Fineの活動についても教えてください。

野曽原:不妊当事者による自助団体です。不妊が特別視されることなく、普通に話せる社会を目指し、現在・過去・未来の不妊体験者への支援や啓発活動、患者さんと医療機関の橋渡しなどを行っています。

――不妊治療の保険適用や助成制度が始まったことで、相談内容に変化はありましたか。

野曽原:不妊治療と仕事をどう両立するか、パートナーとの温度差、周囲からの無理解といった悩みは、この団体が活動を始めた20年前から大きく変わっていません。

相談で多いのが、パートナーとの考え方の違いです。治療を始めるときは「子どもが欲しい」という共通の目標がありますが、どこまで治療を続けるのか、どれくらい費用をかけるのか、といった現実的な問題に直面すると、意見が食い違うことがあります。

一方で保険適用によって新たに生まれた悩みもあります。

――具体的にはどのような悩みでしょうか。

野曽原:現在、体外受精や顕微授精(けんびじゅせい※6)の保険適用には回数制限が設けられており、治療開始時の女性の年齢が40歳未満の場合は1子につき6回、40歳以上43歳未満の場合は1子につき3回までと定められています(※7)。

そのため、1回終わるごとに「あと○回しかない」とカウントダウンをするようになり、それ自体が大きな精神的負担になっているという声が多く寄せられています。

また、制度上の区切りができたことで、自分の意思で治療の終わりを決めることが難しくなり、「国から子どもを持つことを諦めろと言われているようだ」と感じる方もいます。

そもそも不妊治療は個人差がとても大きく、年齢で一律に判断できるものではありません。

私は38歳から不妊治療を始め、44歳で出産。当時の年齢では、統計だと妊娠率は0.01パーセント程度とされていましたが、私は妊娠することができました。一方で、年齢が若くても思うような結果が得られない人もいます。

どこで区切りをつけるのかという判断をするのは、とても難しいことなのです。

――治療をいつまで続けるのか、夫婦で意見が合わない場合はどうすればよいのでしょうか。

野曽原:とても難しい問題ですが、早い段階からゴールについて話し合っておくことが重要です。

子どもを授かることだけがゴールなのか、それとも家族をつくることなのか。もし授からなかった場合は夫婦2人の生活を選ぶのか、あるいは養子や里親という選択肢を考えるのか。

不妊治療を始めた時点では、そこまで考えられない人も多いと思います。しかし、治療が長くなればなるほど、こうした話し合いは避けて通れません。治療の結果が出なかったときに初めて考えるのではなく、早いうちに話し合っておくことで、選択肢を広く持つことができると思います。

100パーセント折り合いをつけることは難しいかもしれないので、お互いにどこまで歩み寄れるのか、落とし所を話し合うこともおすすめです。

2008年から開催されている「Fine祭り」。Fineメンバーの妊活・不妊の体験談発表やトークショー、当事者のおしゃべり会などが開催されている。画像提供:NPO法人Fine
2025年には、世界不妊啓発月間となる6月に啓発イベント「世界不妊啓発月間2025~不妊・不育症への理解を広げ誰もが選択できる未来へ~」を開催。ウォーキングイベントを実施した。画像提供:NPO法人Fine

高齢出産のリスクは理解しつつも、必要以上に恐れない

――卵子凍結は将来の可能性を残す技術ですが、高齢で出産した場合に待ち受けている現実について教えてください。

野曽原:こちらへ相談にくる方のなかには、高齢出産後の生活に不安を感じている方も少なくありません。例えば、育児と親の介護が同時に発生する「ダブルケア」の問題があります。

親の介護は突然始まることもあり、自分でコントロールできる問題ではありません。一方で、産後ケア施設や地域の支援制度など、自分で準備できることもありますので、事前に情報収集をしておくことが大切です。

また、高齢出産には妊娠高血圧症候群(※8)などのリスクがあることも事実ですが、これも必ず起こるわけではありません。

仕事との両立についても同じです。高齢だから難しいというよりも、その人の働き方や職種、周囲の環境による部分が大きいと考えています。

――野曽原さん自身も高齢出産をご経験されていますが、どのように思われますか。

野曽原:私個人としては、リスクを無視するのではなく、注意すべき点として理解した上で向き合うことが大切だと思っています。

実際に起きてみないと分からないことも多く、高齢出産だから必ず大変になるとも限りません。私は高齢出産そのものを過度にネガティブに捉えているわけではないんです。

むしろ、不安なことばかりを考えるよりも、自分で準備できることは準備し、その時々で必要な支援を活用しながら対応していくことのほうが大切だと思っています。

また、全てを一人で抱え込まないことも重要です。パートナーと事前に話し合っておくことはもちろん、家族や地域、行政の支援なども活用しながら乗り越えていくことで負担も軽減できます。

――不妊治療やその先に続く妊娠、出産を支えるために、社会や企業はどう変わるべきでしょうか。

野曽原:不妊治療だけを特別視するのではなく、育児や介護、病気の治療なども含め、「何かをしながら働くこと」が当たり前の社会になってほしいと思っています。

今の社会にはさまざまな事情を抱えながら働いている人が多くいます。育児や介護への理解は少しずつ広がってきましたが、不妊治療もまた、見えない命に向き合う大切な時間だという認識はあまり持たれていないと感じています。

特定の事情だけを特別扱いするのではなく、それぞれが抱える事情を理解し合い、支え合える環境が生まれれば、誰もが働きやすく生きやすい社会につながるのではないでしょうか。

自身の不妊治療について振り返る野曽原さん

未来の親子をサポートするために、私たち一人一人ができること

最後に、年齢や境遇にかかわらず、誰もが希望を持って子どもを望むことができる社会にするために、私たち一人一人にできることを野曽原さんに伺いました。

[1]アドバイスよりも、まずは見守る

当事者は徹底的に情報を集め、できる限りの努力をしている。「もっとこうしたほうがいい」というアドバイスは、かえって本人を追い詰めてしまうこともあるため、「話したいことがあったらいつでも聞くからね」と伝えるくらいの距離感が安心を生む

[2]職場では先回りした配慮をしない

よかれと思った配慮が本人の希望とずれてしまうこともある。「治療中だから負担の少ない仕事を任せよう」といった判断は、本人のキャリアアップの機会を奪ってしまう場合もある。当事者の意向を丁寧に聞く姿勢が重要

[3]正しい知識を持つ

不妊治療を取り巻く課題の背景には、知識不足による誤解や無理解も多い。「卵子は減っていくが、精子は新しく作られ続ける」といった男女の差や、「不妊治療のスケジュールはコントロールできず、突然明日病院に行かなければならないことがある」といった実情を知るだけで、無理解によるトラブルを防げる

卵子凍結は、未来の可能性を広げる選択肢の1つとして注目を集めています。しかし、不妊治療や妊娠、出産へと続くその先は、果たして安心して子どもを持てる社会になっているのか。そんな疑問から、野曽原さんに話を伺いました。

取材を通じて印象に残ったのは、「不妊治療だけが特別な課題ではない」という視点です。育児や介護、病気の治療――私たちは皆、何かしらの事情を抱えながら生きています。

本当に求められているのは、どのような選択をしても孤立せず、必要なときに支え合い、支援を受けられる社会ではないでしょうか。子どもを持つ人も、持たない人も、それぞれの人生を尊重し合える社会。その実現こそが、誰もが希望を持って選択できる社会につながるのだと感じました。

撮影:十河英三郎

野曽原誉枝(のそはら・やすえ)

NPO法人Fineの理事長。大手電機メーカーにて22年間、販売促進や企画職に従事。約6年間の不妊治療を経て出産を経験したのち、NPO法人Fineに参画。2022年理事長に就任。2015年には自身の子育ての経験から産後の父母をサポートする産後ドゥーラ事業「アリレーヴ」を立ち上げ、現在では「不妊」「産後ケア」と幅広い領域において女性をサポートする活動を行っている。

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