日本財団ジャーナル

未来のために何ができる?が見つかるメディア

サッカースタジアムやロックフェス——「ハレの場」での就労体験がもたらす、障害者の自立への一歩

NPO法人ピープルデザイン研究所の代表 田中さん
この記事のPOINT!
  • 障害者をはじめ、さまざまな理由から社会参加が難しい人々は、働く機会や職業選択の幅が限られている
  • 就労継続支援B型事業所の低工賃や進路の選択肢の少なさが、就労や社会参加への課題になっている
  • 「ハレの場」での就労体験が、障害者の新たな可能性の発見や一般就労への意欲向上につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

「働きたい」という意欲があっても、自分に合った機会を見つけられず、社会との接点を持ちにくい人は少なくありません。障害のある人をはじめ、ひきこもりやホームレスなど、さまざまな理由から社会参加が難しい人たちに「働く体験」の場を提供しているのが、NPO法人ピープルデザイン研究所です。

同団体は「就労体験プロジェクト」(外部リンク)を展開し、JリーグやBリーグなどのプロスポーツチームと連携。来場者と接する仕事を通じて、参加者が社会とのつながりや働く喜びを実感できる機会を創出しています。

こうした体験は、参加者の意識や行動にどのような変化をもたらしているのでしょうか。また、誰もが自分らしく働き、社会とつながるためには何が必要なのでしょうか。同団体の代表・田中真宏(たなか・まさひろ)さんに伺いました。

ピープルデザイン研究所の取り組みや、就労体験プロジェクトについて語る田中さん

障害のある人にもワクワクする現場で働く機会をつくりたい

――障害者の就労を取り巻く現状や課題について教えてください。

田中さん(以下、敬称略):厚生労働省が発表したデータによると、日本には約1,165万人の障害者がおり、そのうち18~64歳の在宅障害者は約487万人(※1)いるとされています。令和6年度の就労継続支援B型事業所に通う方々の平均工賃は月額2万4,141円です。また、法定雇用率(※2)を達成していない企業も半数にのぼり、働く機会や社会参加の選択肢は限られているという現状があります。

――そうした課題に対して取り組むピープルデザイン研究所は、いつ頃から活動をスタートしたのでしょうか。

田中:私たちの活動の原点は2002年にさかのぼります。創設者である須藤(すどう)の息子に障害があったことをきっかけに、「障害のある人とない人が混ざり合う社会をつくりたい」という思いから、この活動が始まりました。

当時はファッション業界で働いていたことから、ファッションやデザイン、アートを通じてその思いを発信し、Tシャツやスニーカーなどアパレル製品開発に取り組んでいました。

しかし、ものづくりだけでは社会を変えることには限界があると感じ、より幅広い視点から多様性のある社会づくりに取り組むため、2012年にNPO法人としてピープルデザイン研究所を立ち上げました。

――「就労体験プロジェクト」を始めた経緯について教えてください。

田中:きっかけは、須藤が息子の進路と向き合うなかで感じた課題意識でした。特別支援学校卒業後の選択肢は福祉事業所か一般就労かに限られており、社会との接点を持ちながら自分らしく働いたり、学んだりできる環境はほとんどありませんでした。

「福祉事業所のなかで地味な軽作業をするだけでなく、スポーツや音楽など、本人が好きな場所で働く機会をつくれないだろうか」という、一人の親としての思いがこのプロジェクトの出発点です。

そこで着目したのが、息子自身も大好きだったスポーツの現場でした。まずはJリーグでの実施を目指し、知人のつてをたどって当時J2だった横浜FCの副社長に企画を提案したところ、「素晴らしい取り組みだから、ぜひやってみよう」と賛同をいただき、2012年に最初のプロジェクトがスタートしました。

――プロジェクトの仕組みについて詳しく教えてください。

田中:JリーグやBリーグの試合会場をはじめ、プロレス、音楽フェス、花火大会、ファッションショーなど、多くの人が集まる「ハレの場」が主な活動の舞台です。

私たち運営スタッフが現場に足を運び、準備から終了後の撤収まで一日の流れを見学し、その上で、「危険が少ない」「特別な技術がなくても取り組める」「金銭のやり取りが生じない」などの観点から、仕事を切り出し、障害のある方でも働ける環境を整えていきます。

例えば、配布物の提供や座席の清掃、ごみの回収、イベント運営の補助などですね。

こうして整理した業務をクラブ側に提案し、実施日や時間を決め、行政や社会福祉協議会と連携しながら地域の福祉事業所へ案内を出します。募集を弊社の方で取りまとめ、当日受け入れる形でプロジェクトを進めています。

また、このプロジェクトは持続可能な取り組みにするため、2012年のスタート時から、国や自治体の補助金などの公金には一切頼っていません。

資金源は財団等の助成金や、NPOの活動自体の企業協賛費に加えて、最近では各スポーツクラブと連携して「就労体験スポンサー」を獲得し、運営資金を獲得しています。

就労体験プロジェクト公式サイトのトップページ。画像提供:NPO法人ピープルデザイン研究所

福祉事業所だけでは見えなかった力が発揮されることもある

――事業所の皆さんはどのように受け止められていますか。

田中:反応はさまざまですね。すぐに賛同してくださる事業所もあれば、まずは様子を見たいというところもあります。

支援者や親御さんの付き添いを必須にしているため、特にスポーツイベントは土日開催が多く、勤務体制との兼ね合いで参加が難しいと言われることもあります。近年は働き方改革の影響もあり、休日に同行するハードルは以前より高くなっていると感じます。

一方で、実際に参加した支援員の方々からは、利用者さんの新たな一面を知ることができたという声も聞かれます。

最も大きいのは、事業所のなかだけでは見えなかった姿が見られることです。例えば、「子どもが苦手だと思っていたAさんが、来場した子どもに目線を合わせて丁寧に対応していた」「手先が不器用だと思っていたBさんが、清掃作業を問題なくこなしていた」など、それまで見えなかった強みや可能性が見つかったという声は少なくありません。

また、複数の事業所が同じ現場に参加することも多いため、事業所同士の交流が生まれるのも特徴です。他の事業所の支援方法や利用者との関わり方が参考になったという声もあり、支援員の皆さんの学びの機会にもなっています。

――報酬はどのように設定しているのでしょうか。

田中:就労体験は1回あたり実働3時間程度で、参加者には2,000円を支給しています。時給に換算すると約600円で、就労継続支援B型事業所の平均工賃が時給約250円であることを考えると、決して小さくない金額だと思います。

――現在は全国各地で展開されているそうですね。

田中:全国30以上の地域やスポーツクラブで実施しています。2012年に横浜FCで始まった取り組みですが、大きな転機になったのは2014年に私たちが川崎市とダイバーシティのまちづくりに関する包括協定(※3)を結んだことでした。

その取り組みの1つとして就労体験プロジェクトにも力を入れることになり、横浜でのモデルを川崎へ展開しました。すると、川崎フロンターレをはじめ、バスケットボールやアメリカンフットボールなど、さまざまなスポーツクラブとの連携が広がっていったのです。

――取り組みが継続し、拡大している理由をどのように考えていますか。

田中:事業所や利用者さんからのニーズがあるということはもちろんですが、それ以外で大きな理由の1つは、受け入れ側に一切の負担がかからない仕組みにしていることだと思います。

先ほどもお話したように、私たちが福祉事業所との調整や運営を担うため、クラブやイベント主催者は受け入れやすい仕組みになっています。また、人手不足の解消やアルバイト人員の削減にもつながるため、現場からは「とても助かる」という声をいただくこともあります。

川崎ではスポーツイベントから始まった取り組みが、マラソン大会や地域イベントへと広がり、現在では年間を通じて多くの就労体験の機会が生まれています。こうしたモデルを各地に展開しているところです。

――一般的な職場体験や就労支援とは、どのような違いがありますか。

田中:一般的な就労支援のすべてに詳しいわけではありませんが、須藤も私もファッション業界の出身ということもあり、福祉事業所の仕事は、どちらかといえば地味な仕事が多く、人前に出たり、他者と混ざり合いながら働くことが少ないという印象を抱いていました。

このプロジェクトは、多くの人が楽しむために集まる「ハレの場」が舞台です。私はよく「スポーツはポジティブなエネルギーの集まり」と表現するのですが、そうした環境でスポーツクラブのスタッフやアルバイトの大学生、そしてボランティアスタッフの方々と一緒に働くこと自体に、とても大きな意味があると考えています。

スポーツや音楽ライブの会場には、応援や期待といった前向きな空気が満ちていて、そうすると来場者の方から直接「ありがとう」と声をかけられる機会が自然と多くなります。不特定多数の人から感謝され、自分の誰かのために役立つという実感が自己肯定感を高め、他者承認欲求を満たし、参加者の大きな自信につながっていきます。

実際の就労体験の様子。画像提供:NPO法人ピープルデザイン研究所
日本地図の中にさまざまな協力スポーツチームのロゴが描かれている
川崎市でモデル化したプロジェクトは全国各地へ拡大している。画像提供:NPO法人ピープルデザイン研究所

就労体験が社会参加と自立を後押しするきっかけになる

――スポーツやエンタメの現場に障害者が関わることで、どのような変化がありましたか。

田中:川崎市での取り組みは2014年からスタートし、2024年3月時点で約10年が経過しています。この間に延べ約3,400人が参加しました。

川崎市の担当部署にもご協力いただき、参加者のその後のステップアップも追跡しています。その結果、事業所に通いながら就労体験プロジェクトに参加し、その後企業就労につながった方は322人、全体の約9パーセントに上ります。

もちろん、就労体験に参加したことだけが理由ではありません。しかし、週末にこうした体験を重ねることで働くこと、地域や社会に一歩踏み出すことへの意欲が高まり、「自分にもできることがあるかもしれない」と、まだ見ぬ自身の可能性に気づくきっかけになっているのではないかと思います。

また、地域のスポーツクラブの運営に携わることで、クラブや地域への愛着が生まれることもあります。「自分も地域の一員なんだ」と実感することで、社会に出てみよう、働いてみようという気持ちにつながっていくのではないでしょうか。

参加者のなかには、就労体験で受け取った2,000円を貯めて、欲しかった時計を買ったり、母の日のプレゼントを買った方もいたりと、素敵なエピソードもたくさん生まれています。

――活動を続けるなかで見えた課題があれば教えてください。

田中:いくつかありますが、最も大きいのは全国展開を進める中で、各地で運営の担い手を確保し、質を維持していく点です。

このプロジェクトは、参加者への声かけや現場での関わり方によって体験の質が大きく変わります。そのため、運営する人によって成果の出方に差が生まれやすく、属人的な取り組みのため再現性を高めることが難しい面があります。

また、就労を目的にしているのではなく、参加者にとっての経験価値としての位置づけでもあることを、当事者の周りの方々に理解してもらうまでには時間がかかることもあります。

公金に頼った一時的な取り組みで終わらせず、継続的に実施していくための仕組みづくりも含めて、まだまだ課題は多いと感じています。

最も活動が盛んな川崎市では、これまでに3,400人を超える人がプロジェクトに参加している。画像提供:NPO法人ピープルデザイン研究所
さらに多くの地域へ展開したいという思いとともに、継続的な運営の難しさについて語る田中さん

多様な人が活躍できる社会を実現するために、私たち一人一人にできること

多様な人が「働く」場面で活躍できる社会を実現するために、私たち一人一人にできることを田中さんに伺いました。

[1]目の前にいる困っている人の課題に向き合う

社会課題を解決する第一歩は、身近な誰かの困りごとに目を向けて行動を起こすこと。また、困っている当事者の方が、無理のない範囲で周囲に困りごとを伝えることができる環境を整えること

[2]「障害は社会(環境)にある」という視点を持つ

障害を個人の問題として捉える「個人モデル」ではなく、社会や環境の側にある障壁によって生じるものと考える「社会モデル」という考え方を持つ。誰もが働ける職場を目指すためには「受け入れる側の人と場こそが変わらなければいけない」という意識が必要

[3]「できない」ではなく「できる」を見つける

障害のある方は環境を変えたり、役割を与えることで、これまで見えていなかった力を発揮することが多くある。新たな挑戦ができて、失敗しても大丈夫という環境をつくることで可能性は広がる。当事者の周りの人々こそが思い込みを捨てて、多種多様な経験の機会をつくっていくことが重要

取材を通して、障害のある人々が「働く機会が少ない」背景には、本人の能力ではなく、周囲の「これしかできない」という固定観念もあるのではないかと考えさせられました。

「ハレの場」で働くことで、本人も、家族も、支援者も気づいていなかった一面が見えてくる。その変化は、障害のある人だけでなく、周囲の見方や関わり方を変える力を持っているように感じます。

現在、川崎市では毎週のように就労プロジェクトが開催されているそうです。運営体制の構築や継続には課題もあると思いますが、こうした取り組みがさらに広がり、多様な人が活躍できる社会につながっていけばと思います。

撮影:佐藤潮

NPO法人ピープルデザイン研究所 公式サイト(外部リンク)

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。