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なぜNTTが陸で魚を養殖するのか? そもそも陸上養殖ってなに?
- 地球温暖化や海水温の上昇により、日本の水産業では漁獲量の減少や大衆魚の価格高騰が課題となっている
- 陸上養殖は、自然環境に左右されにくい安定生産や地域活性化を実現する新たな養殖方法として期待されている
- NTTアクアはICTを活用した「陸上養殖」で、養殖技術の見える化や地域産業の活性化を目指している
取材:日本財団ジャーナル編集部
近年、地球温暖化による海水温の上昇や海洋環境の変化、さらには乱獲などを背景に、水産資源の減少が世界的な問題となっています。将来にわたって安定した食料供給を実現するため、新たな生産方法として注目を集めているのが、陸上の水槽で魚を育てる「陸上養殖」です。
その可能性に着目し、通信事業で培ったICTやデータ分析技術を活用した「スマート陸上養殖」に取り組んでいるのが、株式会社NTTアクア(外部リンク)です。水質管理や飼育ノウハウをデジタル化することで、経験に頼らない養殖を目指すだけでなく、地域産業の活性化にも挑戦しています。
通信会社がなぜ水産業に参入していくのでしょうか。また陸上養殖は水産業や地域社会の未来をどう変えていくのでしょうか。株式会社NTTアクアの日高弘毅(ひだか・ひろき)さんに話を伺いました。

海の異変が進む今、注目される「陸上養殖」
――現在の日本の水産業はどのような問題を抱えているのでしょうか。
日高:大きな問題の1つは、海洋環境の変化による漁獲量の減少や、魚が育ちにくくなっていることです。気候変動による海水温の上昇などの影響で、これまで取れていた魚が取れなくなったり、旬の時期が変わったりする現象が各地で起きています。
また、世界的な人口増加によって水産物の需要は今後さらに高まると見込まれています。将来にわたって魚を安定的に供給するための「食料安全保障」は、日本にとっても重要な課題です。国際情勢によって輸入価格が左右されるリスクもあり、国内で安定して生産できる体制づくりが求められています(※)。
- ※ こちらの記事も参考に:どうすれば、魚を食べ続けられる? 魚食文化を支える「水産資源管理」とは(別タブで開く)
――魚の養殖には、どのような種類がありますか。
日高:大きく分けると、「海面養殖」「内水面養殖」「陸上養殖」の3つがあります。
「海面養殖」は、海にいけすを設置して魚を育てる方法で、ブリやサーモンなどの養殖に広く用いられています。日本の水産業を長年支えてきた代表的な養殖方法ですが、海水温の上昇や赤潮など、自然環境の影響を受けやすいという課題があります。
これに対して「内水面養殖」は、池や河川、地下水などを利用して魚を育てる方法です。ウナギやマス、アユなどの養殖で行われています。
そして「陸上養殖」は、海や川ではなく、陸上に設置した水槽で魚を育てる方法です。
――「陸上養殖」とは具体的にどのような養殖方法なのでしょうか。
日高:「陸上養殖」は、海や川などの自然環境ではなく、陸上に設置したいけすで魚を育てる養殖方法です。最大の特徴は、水質や水温など魚が育つ環境を人の手で細かくコントロールできることで、そのため、海水温の上昇など自然環境の変化に左右されにくく、安定した生産につながります。
また、理論上は暖かい地域で寒冷地の魚を育てたり、その逆を行ったりすることも可能です。餌や飼育環境を管理できるため、品質を均一に保ちやすく、安全性やトレーサビリティの向上にもつながります。さらに、餌を工夫することで脂の乗りをコントロールし、「味を設計する」こともできます。
現在、私たちが取り組んでいる「陸上養殖」は海水を利用するため、主な対象は沿岸地域です。海水を引き込んだり地下海水を活用したりしながら養殖を行っています。将来的には淡水を利用した陸上養殖への展開も視野に入れていますが、現時点では海水を使った養殖が中心となっています。
ICTで養殖のノウハウを「見える化」する
――そもそも通信事業者であるNTTが、なぜ陸上養殖事業に取り組むことになったのでしょうか。
日高:NTTグループでは以前から、通信やデータ、ICTを活用して、地域活性化や食料安全保障といった社会課題の解決に取り組んできました。
水産業と深く関わるきっかけとなったのは、東日本大震災です。震災後、海底環境が大きく変化したことで、当時のNTTドコモは海中の環境をデータで把握するセンサー「ICTブイ」を開発し、漁業者の支援を行いました。この取り組みを通じて、漁業現場が抱える課題や、現場で本当に使いやすいシステムづくりについて、多くの知見を得ることができました。

日高:2015年頃からは、沖縄県で地域課題の解決にも取り組むようになり、そのなかで、大宜味村(おおぎみそん)で「アカジンミーバイ(スジアラ)」の養殖を手がける紅仁株式会社(外部リンク)と出会いました。同社は、高度な養殖技術や豊富なノウハウを持っており、「この技術をICTと組み合わせれば、もっと多くの地域へ広げられるのではないか」と考えたことが、陸上養殖に取り組むきっかけです。
そこで、紅仁が培ってきた養殖技術をデータ化し、ICTで「見える化」することで、熟練者が現地へ行かなくても、遠隔から技術指導やフォローができる仕組みづくりを進めてきました。こうした取り組みを発展させる形で、2023年に共同研究を開始し、2024年12月にNTTアクアを設立しました。

――実際に陸上養殖に取り組むなかで、どのような課題や気づきがありましたか。
日高:苦労したのは、日本では陸上養殖がまだ発展途上で、必要な設備やノウハウを一から整えていく必要があったことです。
日本は海に恵まれていることもあり、これまで養殖といえば海面養殖が主流でした。そのため、陸上養殖に適した餌や機材、運用ノウハウなどは十分に整っておらず、私たち自身で工夫しながらつくり上げていく場面が多くありました。
例えば、餌を陸上養殖向けに調合したり、機材やデータの活用方法を試行錯誤したりと、一つ一つ積み重ねてきました。
一方で、うれしい想定外もありました。養殖場から海へ排水している場所では藻が育ち、そこへカニが集まり、それを追って魚が戻ってくるという変化が見られました。最近では、その周辺が釣りの穴場として知られるようになっているそうです。
陸上養殖は環境に負荷をかけるものというイメージを持たれることもありますが、こうした光景を目にして、海の環境にも良い影響を与えられる可能性があるのではないかと感じました。これは、現場で取り組んだからこそ得られた気づきの1つです。
食卓も地域も支える、陸上養殖が描く未来
――陸上養殖にはどのような可能性があると考えていますか。
日高:大きく3つの可能性があると考えています。
1つ目は、安定した食料供給につながることです。海水温の上昇など気候変動の影響や、国際情勢による物流の変化を受けにくく、安定して魚を生産できるため、食料安全保障の面でも大きな可能性があります。
2つ目は、地域活性化です。現在、大宜味村では使われなくなった学校を活用して研究施設を運営しています。今後、事業として展開していけば、新たな雇用が生まれるだけでなく、育てた魚を地域の飲食店や学校給食、観光資源などにつなげることで、地域全体の活性化にもつながると考えています。

日高:3つ目は、水産業の新しい担い手を増やせることです。陸上養殖には魚を育てる技術だけでなく、AIやデータ分析、デザイン、ブランディングなど、さまざまな専門性を活かせる可能性があります。若い世代にとっても関わりやすい産業になれば、水産業の未来にもつながっていくはずです。
国も陸上養殖システムの海外展開を成長戦略の1つとして位置付けています。私たちは陸上養殖を新しい養殖技術としてだけではなく、地域と一緒に元気になるストーリーをつくっていく取り組みとして育てていきたいと考えています。
――陸上養殖が広がっていくためには、どのような課題がありますか。
日高:まず、設備や運営にかかるコストです。陸上養殖では、水を循環させながら魚が育つ環境を維持するための設備や電力が必要なため、初期投資や電気代をどう抑えるかが重要です。省エネ化を進めることに加え、暖かい地域では暖かい海の魚を育てるといった、立地に合わせた養殖を行うことも大切だと考えています。
併せて、どの魚を育てるかという魚種の選定も重要です。コストに見合う事業にするためには、地域で需要がありながら漁獲量が減っている魚や、付加価値の高い魚を見極めて育てる必要があります。
さらに、人材育成や販路づくりも欠かせません。システムによって養殖技術を標準化できても、現場では魚の状態に応じた判断や工夫が必要です。また、育てた魚を適正な価格で販売するためには、ブランドづくりや販路の開拓も重要になります。
――肉は畜産されたものを食べるのが当たり前ですが、魚は「天然もの」に価値を感じる人が多い印象があります。
日高:「天然もの」に価値を感じるのは、とても自然な感覚だと思います。日本では昔から海で取れた魚を食べる文化があり、旬や産地、それぞれの地域ならではの物語も含めて、大切な食文化として受け継がれてきました。
一方で、食肉の多くは人間によって畜産されたものですが、「○○牛」や「○○豚」のように、餌や育て方、産地を工夫することで独自のブランド価値を生み出しています。魚も同じで、陸上養殖では育て方を管理できるため、品質を安定させやすく、安全性やトレーサビリティも高められます。さらに、餌を工夫することで脂の乗りなどを調整し、その地域ならではのブランドとして育てていくこともできます。
天然には天然の良さがあり、養殖には養殖ならではの良さがあります。天然か養殖かという二択ではなく、それぞれの価値を知った上で、フラットに選んでもらえるようになればいいなと思っています。

――現在養殖している魚は、実際に食べることもできるのでしょうか。
日高:大宜味村の施設は、魚をどう育てれば安定して成長するのかを研究したり、「種苗」と呼ばれる稚魚を育てたりするための拠点です。そのため、本格的に養殖した魚を販売することは行っていません。
ただ、成長した魚は学校給食や地域のお祭りなどで提供していて、地元の皆さんに食べていただく機会を設けています。「おいしい」と言っていただくことも多く、地域の方々に陸上養殖を知っていただくきっかけになっているほか、養殖場の見学へ来てくれる小学生もいます。
――まずは地元の人たちに届けたいという思いがあるんですね。
日高:そうですね。アカジンミーバイは沖縄三大高級魚の1つですが、高級魚であるがゆえに都市部へ出荷されることが多く、地元の人が口にする機会はあまりありませんでした。
紅仁の後藤社長は、「せっかく地元のおいしい魚なのに、地元の人が食べる機会が少ないのはもったいない」という思いから、陸上養殖を始めたそうです。
地元で育てた魚を地元の人に味わってもらうことは、地産地消につながるだけでなく、「この地域にはこんな魚がある」という誇りにもつながると思っています。そうした取り組みを積み重ねることが、地域を元気にすることにもつながっていくのではないでしょうか。
私ももちろんいただきました。実は最初は少し先入観があったんです。数日前まで水槽で泳いでいるのを見ていた魚ですし、やはり私も「天然ものとは違うんじゃないか」と思ったりもしました。
でも、お刺身を一口食べた瞬間、その先入観は全部吹き飛びました。魚特有の臭みがまったくなくて、本当においしかったんです。こんなにおいしい魚を安定して育てられるようになれば、多くの人に届けられるようになる。陸上養殖には、そういう可能性があるんだと実感しました。
どれだけ言葉で説明するよりも、一度味わってもらうことが何より伝わると思っています。私自身がそうだったので、食べる体験を増やしていくことも大切だと感じています。
――陸上養殖が広がることで、私たちの暮らしや社会は、どのように変わると思いますか。
日高:まず食卓では、天候や季節に左右されにくく、品質の高い魚が一年を通して安定して楽しめるようになると思います。
また、アカジンミーバイのように、これまで高級魚として都市部へ出荷され、地元ではなかなか食べられなかった魚を地域の人たちが味わえるようになり、地産地消も進んでいくのではないでしょうか。
さらに、陸上養殖が広がれば、新しい産業として地域に雇用が生まれます。取れなくなった魚を育てられるようになれば、その地域ならではの食文化を未来へ受け継ぐことにもつながります。
消費地の近くで計画的に生産できるようになれば、安定した食料供給という面でも大きな意義があります。
食卓が豊かになり、地域が元気になり、食の未来もより持続可能になる。陸上養殖には、そうした相乗効果を生み出す可能性があると考えています。
未来ある水産業を実現するために、私たちができること
最後に、未来ある水産業を実現するために、私たち一人一人ができることについて日高さんに伺いました。
[1]買い物の際、地元や国産の魚を選んでみる
「毎日の食卓で何を選ぶか」という意識の積み重ねが、地域の水産業や未来の食料供給を支えることにつながる
[2]陸上養殖の魚を一度味わってみる
現在、一部のスーパーマーケットでは陸上養殖の魚を取り扱っている。そのおいしさや価値を知ることが、陸上養殖への理解を深めるきっかけになる。また、家族や友人に感想を伝えることが、陸上養殖や地域の水産業への関心を広げる後押しになる
編集後記
今回の取材で印象に残ったのは、陸上養殖が「魚を育てる技術」ではなく、地域を元気にする取り組みとして語られていたことです。食料安全保障や環境への配慮はもちろん、雇用を生み、地域の食文化や誇りを未来へつないでいく――そんな可能性があることを初めて知りました。
現在、NTTアクアの陸上養殖魚はまだ一般には流通していませんが、全国ではすでに陸上養殖に取り組む事業者も増えており、ふるさと納税の返礼品として味わえる魚もあります。日高さんの「魚を食べて、知って、選んで応援する」という言葉の通り、私もまずは陸上養殖の魚を味わうことから始めてみたいと思いました。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。