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もしも家族がヘアサロンに通えなくなったら? 「訪問理美容」が引き出す“その人らしさ”と生活の質(QOL)

訪問理美容のサービスとして、理美容師が施設や自宅を訪問し、高齢の女性の髪をカットしている様子。
実際の「訪問理美容」の様子。画像提供:NPO法人 全国福祉理美容師養成協会
この記事のPOINT!
  • 「訪問理美容」とは、高齢や病気で理容室や美容室に通えなくなった人のもとを理美容師が訪ね、髪を切り整えるサービス
  • 利用者の約8割は認知症。整髪はその人の尊厳を支え、記憶や社会性に働きかける効果があるが、社会の理解は進んでいない
  • 死や老いの話題を避け、本人と元気なうちに話し合えていない現実が背景にある

取材:日本財団ジャーナル編集部

年齢を重ね、少しずつ体の自由がきかなくなってきても、髪は伸び続けます。しかし、高齢や病気、障害などで外出が難しくなり、理容室や美容室へ行けなくなる方がいます。

そうした方のもとへ理美容師が出向き、髪を切り、整えるのが「訪問理美容」です。

近年、高齢の方や障害のある方などを対象に理美容サービスを行う「福祉理美容」は身だしなみの維持にとどまらず、その人らしさや生活の質(QOL)を支える役割があるとして、改めて注目されています。

2007年にNPO法人化した全国福祉理美容師養成協会(以下、ふくりび)(外部リンク)は、前身の活動から30年以上、訪問理美容の普及に取り組んできました。今では、がん患者・脱毛症の方に向けた医療用ウィッグの製造販売やアピアランス・ケア(※1)など、福祉理美容に関する活動を多方面に広げています。

髪を整えることは、人々に何をもたらすのでしょうか。そして、誰もが自分らしく過ごせる社会の実現に向けて、私たちには何ができるのでしょうか。同協会事務局長の岩岡ひとみ(いわおか・ひとみ)さんにお話を伺いました。

NPO法人 全国福祉理美容師養成協会の岩岡ひとみさん

美容室に行けない人のもとを訪れ、髪を切る「訪問理美容」

――「訪問理美容」とは、どのようなサービスなのでしょうか。

岩岡さん(以下、敬称略):日本では、70〜80年前に定められた理容師法(※2)および美容師法(※3)により、原則として理美容所以外の場所で髪を切ることは禁止されています。ただし、疾病や要介護状態といった特別な事情で美容所に行くことが困難な方に対してだけ、訪問施術をしてよいことになっています(※4)。

ですので、私たちはご高齢の方、要介護の方、障害のある方などを主な対象に、施設や病院、ご自宅に伺って、シャンプーやカット、ヘアカラーやパーマといった美容所とほぼ同じサービスを、場所によって異なる状況に合わせて工夫しながら提供しています。

「ふくりび」が福祉理美容を始めたのは、30年近く前になります。現理事長の赤木勝幸(あかぎ・かつゆき)が美容室を開業するとき、地域に貢献できることはないかと考え、近くにあった身寄りのないご高齢の方向けの施設へボランティアに訪れたのが始まりでした。

その後、介護保険制度の開始に伴い、介護が社会化、有償化されたことを受け、福祉理美容をきちんと普及させようと思い、医療や介護の現場と共通言語を持つべく、医師や看護師、介護関係者らとともに、2007年にNPO法人化しました。

そして、「誰もがその人らしく、美しく過ごせる社会の実現」を目指し、手頃な価格で質の高いサービスを提供しながら、福祉理美容師の人材育成に取り組んできました。

――一般的な理美容とは異なる技術や知識は必要なのでしょうか。

岩岡:大きく分けて、「寝たきりの方への施術」「認知症の方への接し方」、そして「身体障害への対応」の3つです。

まず、寝たきりの方の施術には、従来のいすに座って切る理美容とは全く異なる発想と技術が必要になります。

また、お客さまの8割ほどを占める認知症の方々は、長い時間いすに座っていることが難しい方が多いため、「早くて、うまくて、丁寧」という技術が強く求められます。何度も同じことをお話しされたり、ときには厳しい言葉をかけられたりすることもあるため、そうした場面での適切な受け止め方や接し方も身に付けます。

お体に障害がある方の場合は、例えば片まひ(※5)で体が傾いてしまう方にはクッションを挟むといった、一人一人の状況に合わせた臨機応変な対応を考えます。

カットの技術に加え、医療や介護の研修を通してそれぞれの症状に対する正しい知識や理解を深めるようにしているのが特徴です。

現在は施設訪問が8割、在宅訪問が2割ほどになっています。行く場所によって設備が異なるので、施設の狭い廊下でカットを行うこともあれば、ご自宅のコンセントが遠い部屋で延長コードを使って対応することもあります。現場ごとに自ら考え、工夫する必要があるんです。

――外出が難しい方の髪の扱いは、昔と今とで変化しているのでしょうか。

岩岡:病院や施設での理美容に関する運用ルールが明確になる前は、利用者の尊厳や権利のためというよりも、清潔を保つ衛生管理の一環という位置付けで、医療・看護ケアやボランティア活動の範囲内で看護師やボランティアの方が切ることも多かったようです。

ふくりびが活動を始めた当時の高齢者は、主に戦時中を生き抜いてこられた方たちでした。しかし、現在の高齢者の方々は若い頃にミニスカートやパンタロンの流行を経験し、当たり前におしゃれやお化粧を楽しんでおり、美容室でヘアカラーもしてきた世代です。そのため、パーマやカラーのご希望は年々増えています。

また、高齢者の数そのものが増えている一方で、国が自宅での生活をなるべく長く支える「地域包括ケアシステム(※6)」の構築を進めていることや、入所要件の引き上げに伴い、特別養護老人ホームの入居ハードルが上がっています。施設に入る費用負担の問題もあり、在宅で暮らす高齢者が増えているため、以前と比べると、寝たきりの方の在宅カットが増えています。

高齢女性が男性理美容師と女性ヘアメイクアップアーティストによる訪問美容サービスを受けている様子
福祉理美容は理美容の技術だけでなく、柔軟な対応力、介護・福祉の知識も求められる。画像提供:NPO法人 全国福祉理美容師養成協会

「髪を整えること」は、人に何をもたらすのか

――髪を整えることは、利用者の方にどのような変化をもたらすのでしょうか。

岩岡:ひと言で言えば、「その人らしさを取り戻す瞬間が生まれる」と感じています。

例えば、現役時代は3週間に1度、理容室で身だしなみを整えていた高齢男性は、私たちが髪を切るとシャキッとした表情に変化します。また、好きなお洋服を着て、お化粧を楽しむヘアメイクイベントでは、認知症の高齢女性にショールを掛け、マダムのように髪を整えると、優雅な様子でお茶を飲まれたりするんです。

見た目が変わることで気持ちまで前向きになり、本来の姿を取り戻されることがあります。その姿を見たご家族や施設の職員の方々が「すごくきれいになった」「昔のあの人みたい」と泣いて喜ばれることもあるんですよ。

――理美容の力で利用者の方に変化が生まれるのは、なぜなのでしょう。

岩岡:外見と気持ちに連動している部分があるからだと思います。

人は社会的な生き物ですよね。誰かに見られたり、人に会ったりするなかで「外見を整えたい」という気持ちが芽生えます。逆に、髪がぼさぼさになると、生活のいろいろな面がどうでもよくなってしまいがちに。だからこそ、先ほどの高齢男性のように髪を整えることで、気持ちまで立て直されたりするんです。

施術そのものが「お客さまとして扱われる時間」である、という点も重要です。介護施設で暮らしていると、お客さまとしてもてなされる機会はどうしても減っていきます。美容師が担当につき、施術が終われば代金を支払う……といった当たり前のやりとり自体が、社会性を保つのに役立っているのだと思います。

また、認知症になっても「行動記憶」はいつまでも残る、という理由もあります。

例えば、認知症でふだんはほとんど発語がなく、声かけにも応答されない方が、髪を切り始めると「私、昔はこういう美容室に行っていたのよ」と、かつての記憶がふと戻ってくることがよくあります。

髪に触れられる刺激やハサミの音がきっかけになるのかもしれません。当たり前にやってきた習慣を再現することで脳が刺激され、作業療法のような一定の効果があるのではないかと感じています。

――その人らしさを支えるうえで、理美容には大切な役割があるのですね。その事実について、社会の理解は進んでいるのでしょうか。

岩岡:まだ、十分とは言えないと思います。私たちの活動は人間の「尊厳」を扱うものだと考えていますが、生活困窮者支援や災害支援などと比べると、「贅沢」と言われやすい面は否めません。

尊厳についての理解が深まらない理由の1つに、死や老いをタブー視してきた文化が関係しているのではないか、と考えています。

日本には「死や老いにまつわる話をするのは失礼」「縁起が悪い」といった感覚が少なからず存在しますよね。そのため、ご本人が元気なうちに「老後の尊厳や生活の質(QOL)をどう保つか」という議論を深めづらいんです。

きちんと向き合わないまま老いが進み、いざ認知症などで本人の判断力が失われてしまうと、どうしたらいいのか分からなくなってしまうご家族を、これまでたくさん見てきました。また、ご本人たちの人生であるにもかかわらず、「自分では決められないから、お医者さんに決めてほしい」とおっしゃる方も珍しくありません。

高齢女性が訪問美容サービスとしてメイクアップを受けている様子
身だしなみを整えることで、利用者はもちろん家族も前向きな気持ちになる。画像提供:NPO法人 全国福祉理美容師養成協会

誰もが尊厳を保ったまま、年を重ねられる社会へ

――そのような課題に、どのように向き合ってきたのでしょうか。

岩岡:1つは、全ての人の尊厳を等しく大切にしたいと、高齢者だけ、障害者だけ、といった区分けを設けず、がん患者の方やそのご家族、介護をされている方など、分け隔てなく関わっています。

そして、その考え方自体を社会に広げていくことにも取り組んでいます。私たちが培ってきた福祉理美容のノウハウをすべて編著『技術からマネジメントまで 訪問理美容スタートBOOK[改訂版](※7)』にまとめ、誰でも学べるように公開しました。

また現在のふくりびは、福祉理美容の「次」の役割も考え、実行する段階に入っています。髪を切る現場で介護や病気など、さまざまな困りごとが地続きで存在しているのを目の当たりにしてきました。しかも、その解決を支える制度側はバラバラに分かれていたりするんです。

80代の親に50代の引きこもりの子どもがいる「8050問題」と言われるようなケースが分かりやすい例です。家庭内の困りごとは福祉、医療、就労支援など、さまざまな要因が絡み合っていることが多く、制度の狭間にこぼれ落ちてしまう方もいらっしゃいます。

そういった課題を目の前にしながら、「髪だけ切って帰る」というわけにはいきません。そこで、2023年に「TOTONOU(トトノウ)」という施設をオープンしました。

――「TOTONOU」とは、どのような施設なのでしょうか。

岩岡:壁一面に本棚があるカフェと、美容室、アピアランスサポートセンターが一体化した、愛知県長久手市にある全国初の施設です。2025年には、愛知県がんセンターの近くにがん患者さんやそのご家族も含めて支援する「TOTONOUハウス(※8)」も開設しました。

カフェでは飲み込むことに困難を抱えている方も、ご家族や仲間と一緒に食事を楽しめるように嚥下食(えんげしょく※9)メニューを提供しています。

美容室では通常のカットを行っており、アピアランスサポートセンターでは、がん治療で髪が抜ける方のウィッグをお作りするといった、外見の変化について専門スタッフがご相談に乗っています。

大事なのはこれらが同じ場所にあることなんです。もし親が急に介護状態になって、どういう制度を利用したらいいのか分からないとき、ふだんから「TOTONOU」の美容室やカフェをご利用いただいていれば、「あそこに行けば相談できるかも」と当たりをつけられます。

高齢者も障害のある方も、がんの方も元気な方も、美容の相談から治療や支援のことまで、切れ目なくご相談に乗れる。そんな誰もが来られる地域共生の場所になれたら、と考えています。

――これから、福祉理美容やふくりびの活動は、どのような役割を担っていくとお考えですか。

岩岡:「かかりつけ医」や「かかりつけ薬局」のように、髪や外見のことを気軽に相談できる「かかりつけ理美容」がどこのまちにもある。そんな状態を目指していきたいと考えています。

誰もがいつか老いますし、今は2人に1人はがんになるといわれている時代です。自分や家族が病気になるかもしれないし、障害のある子が生まれるかもしれない。高齢者や患者さんが抱える状況は他人ごとではなく、いつかの自分や家族の姿でもあるんです。

将来的には、福祉理美容が特別なサービスとして切り離されるのではなく、まちの理美容室に自然と組み込まれていったらいいな、というのが理想です。全国に約38万件ある理容室や美容室(※10)それぞれで、小さい頃から髪を切り、年を取って通えなくなったら理美容師がご自宅や施設に伺う。ご家族ががんを患ったらウィッグを作る――。

生まれてから最後の瞬間までその人らしく過ごせるよう、一人一人に伴走していく。理美容にはそんな役割があるのではないか、と思っています。

左側:吹き抜けになった広々としたカフェ「TOTONOU」の内観。天井まである大きな本棚や木の階段、テーブル席が見え、多くの本が並んでいる。大きな窓からは外が見える。 右側:「TOTONOU」内にあるカフェでは、飲み込みやすさなどが配慮された嚥下食を提供。3段になった金色の円形スタンドに、色とりどりのデザートやサンドウィッチが盛り付けられ、手前には2色のフルーツカクテルグラスが置かれている。
愛知県長久手市にある「TOTONOU」。アピアランスサポートセンターをはじめ、嚥下食カフェやコミュニティー図書館が併設されており、がん患者やその家族が気軽に悩みを話し合える場となっている。画像提供:NPO法人 全国福祉理美容師養成協会

誰もが自分らしくいられる社会のために、私たち一人一人ができること

最後に、「福祉理美容」がより身近な存在になるために、私たち一人一人にできることを岩岡さんに伺いました。

[1]死や老いについて、考えてみる

家族や自分がまだ元気なうちから死や老いについて考え、それぞれの意見や希望について話してみる。それが、いざというときに自分や家族が納得できる選択をするための小さな備えとなる

[2]半径3メートルのなかで、誰かの手助けを1つする

専門職でなくても、身近な人のためにできることはある。例えば、友人や家族がウィッグを買うときに一緒についていくといった、小さなアクションを重ねることが人助けのハードルを下げていく

[3]自分も「助けて」と言えるようにする

介護や病気を一人で抱え込んでしまう人は多い。しかし誰もが年を取り、病気になる以上、迷惑はお互いさまで助け合えばいい。自分が困ったら誰かを頼ってみることが、相談の心理的な壁を低くし、巡り巡って誰かが声を上げやすい社会につながっていく

編集後記

記事には収めきれませんでしたが、岩岡さんによると、これまで福祉理美容の仕事に参入するのは、主に60代の理美容師だったそうです。しかし近年は、都内で修業する地方出身の若手美容師から、「地元に戻って開業するときには、福祉理美容もやりたい」という声が聞かれるようになっているとのことです。

恥ずかしながら、今回の取材まで美容室以外の場所で髪を切ることが原則として認められていないことを知りませんでした。法律が施行された70〜80年前は、高齢者がこれほど増える社会を想定していなかったのかもしれません。

けれど福祉理美容は、今や担い手の側から見ても、確かなニーズと大きなやりがいを持つ仕事になりつつあるのかもしれない。そんな温かい兆しを感じた取材でした。

岩岡 ひとみ(いわおか・ひとみ)

NPO法人 全国福祉理美容師養成協会(ふくりび)事務局長。ヘルパー2級。これまでに約4,500名のがん患者のアピアランス相談を担当。美容業界や医療・介護業界の人材育成講師も務める。2012年、内閣府女性のチャレンジ賞受賞。第27回人間力大賞厚生労働大臣奨励賞受賞。2012〜2020年、愛知学院大学経営学部非常勤講師。2019年、「Forbes JAPAN」オフィシャルコラムニスト。2023年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科にて医療政策学修士号(MMA)取得。

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