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手間もお金もかかる。社会の「おかしい」を訴える「公共訴訟」へのハードルを下げるには?
- 「公共訴訟」は、制度やルールを問い直し、社会のあり方を改善する役割を担っている
- 時間や費用、精神的な負担など、声を上げる人が直面するハードルは大きい
- 違和感を放置せず、声を上げる人を支え、関心を持ち続けることが社会を良くしていく
取材:日本財団ジャーナル編集部
社会のなかで「おかしい」と感じる出来事があっても、「自分の力で社会の仕組みを変えられる」と考える人はそう多くないかもしれません。
そんななか、制度やルールのあり方を裁判で問い、社会の仕組みを見直すための手段となるのが「公共訴訟」です。
とはいえ、裁判には時間や費用、精神的な負担が伴うため、声を上げるためのハードルは決して低くありません。それでも、公害訴訟や旧優生保護法(※)をめぐる裁判など、「公共訴訟」によって社会が動いた実例は数多く存在します。
そこで、こうしたハードルを少しでも下げようと、「公共訴訟」の仕組みを解説したり、資金調達のクラウドファンディングをサポートしたりしているのが、公共訴訟の支援ウェブプラットフォーム「CALL4」(外部リンク)です。
今回は、認定NPO法人CALL4共同代表の丸山央里絵(まるやま・おりえ)さんに、そもそも「公共訴訟」とはどのようなものか、「公共訴訟」を取り巻く課題や、市民が声を上げやすい社会をつくるための取り組みについて伺いました。
「公共訴訟」とは社会のあり方を見直す仕組み
――そもそも、「公共訴訟」とはどのようなものなのでしょうか。
丸山さん(以下、敬称略):「なぜ同性カップルは結婚できないのだろう」「このまちの再開発は本当に必要なのだろうか」など、生活のなかで感じる違和感が、実は社会の構造や制度に起因している場合があります。
そうしたおかしいと思うことに対して、「仕方がない」と受け入れるのではなく、より良い社会に変えていくために声を上げ、司法を通じて解決を目指すアクションを、私たちは「公共訴訟」と定義しています。
一般的な裁判は私人同士の争いを解決するものが多いのに対し、「公共訴訟」は国や自治体を相手取り、社会全体に関わるルールの見直しを目指すという特徴があります。多くは民事訴訟の枠組みで行われますが、刑事裁判であっても、社会課題の解決という側面を持つものは「公共訴訟」として私たちは捉えています。
――これまで「公共訴訟」によって、日本の制度や法律、行政の運用が変わった事例にはどんなものがありますか。
丸山:最高裁まで進み、法令違憲の判断が出たものとしては、「在外日本人選挙権訴訟」があります。
長い間、海外で暮らす日本人は、国政選挙に投票できませんでした。1998年の公選法改正(2000年施行)でようやく比例代表のみ投票が可能になりましたが、選挙区への投票は認められていませんでした。2005年、最高裁はこの状態を憲法違反と判断し、その結果、海外に住む日本人有権者も、選挙区を含めて国政選挙に参加できる制度が2007年に整えられました。
さらに関連して、在外国民審査権訴訟も起こされました。在外選挙権の制度が整備された後も、海外在住の日本人が最高裁判所裁判官の国民審査に参加できないという課題が残っていたためです。この点についても最高裁は憲法違反と判断し、制度が改正されました。
また、旧優生保護法をめぐる訴訟も、「公共訴訟」によって社会が動いた例の1つです。旧優生保護法(1948年施行、1996年母体保護法へ改正)とは、障害のある方などに対する不妊手術を強制することを認め、推進していた法律で、優生思想に基づき、「不良な子孫の出生を防止する」という差別的な考え方が盛り込まれていました。
当時、手術を受けた方のなかには、自分が受けた被害の背景に国の政策があったことを知らないまま、長い年月を過ごされた方が多くいました。私が取材をした原告の北三郎(きた・さぶろう)さん(仮名)は、「当たり前に生きて、人間の価値がないと言われるのは、本当につらいです」と、長年手術のことをひた隠しにしてきた胸の内を明かしてくださいました。
2018年、強制不妊手術による被害が国の政策によるものだったと知った方が、国に謝罪や賠償を求めて初の訴訟を起こし、全国で多くの方がそれに続きました。裁判では、旧優生保護法そのものの問題や国の責任が問われ、2024年、最高裁は法律の規定を憲法違反と判断し、国の賠償責任を認めました。
勝訴したからといって失われた時間や経験、受けた苦しみが消えるわけではありません。しかし、声を上げたことで国の責任が認められ、公式の謝罪や大規模な補償制度創設などの歴史的な転換につながりました。

声を上げる人が直面するさまざまな負担
――「公共訴訟」では原告や弁護団に大きな負担がかかるといわれます。具体的にはどのような負担やリスクがあるのでしょうか。
丸山:大きく分けると、時間、費用、精神的な負担の3つが挙げられます。
違法性や憲法違反を問う「公共訴訟」では、最終的な判断を得るために最高裁まで争うケースも少なくありません。5年、10年と裁判が続くこともあり、当事者にとって大きな負担になります。
また、長い裁判を戦い抜くには費用も必要です。代理人となる弁護士は、往々にしてボランティアで関わっていますが、主張を立証するために必要な調査や証拠収集など、どうしても経費がかかります。特に相手が、圧倒的なリソースを持つ国や自治体の場合、良い判決を得るための主張・立証活動に大変な労力がかかります。
さらに、精神的な負担もあります。「公共訴訟」では、既存のルールそのものに問題があると訴えますが、それに対して「わがままではないか」「ルールは守るべき」などの批判を受けることがあります。
また、外国にルーツのある方や障害のある方、LGBTQの方など社会的マイノリティーの立場にある方が声を上げると、より強い批判やバッシングを受けるケースも少なくありません。本来は社会のルールをより良くするための問題提起ですが、声を届けようとするほど、さまざまな反応にさらされることになります。
――「公共訴訟」を支える弁護士は、どのような思いで取り組まれているのでしょうか。
丸山:「公共訴訟」は、そもそも件数が少なく、弁護士にとって多額の賠償金を得られる案件でもないため、経済的なメリットもほぼありません。代理人を務める弁護士はごくわずかです。
それでも手を挙げる弁護士のほとんどは、「この問題を何とかしたい、放っておけない」という義憤から取り組んでいます。

「公共訴訟」を支える「CALL4」の役割と、市民にできる関わり方
――CALL4は、「公共訴訟」においてどのような役割を担っているのでしょうか。
丸山:CALL4は、「公共訴訟」を支えるプラットフォームです。先ほどもお話したように、訴訟を起こすには時間や費用など、大きな負担が伴います。そこで私たちは、クラウドファンディングを通じて裁判に必要な費用を募る仕組みを提供しています。
個人が抱える問題を社会全体の課題として共有し、多くの人が支援という形で関わることで、裁判を後押しするとともに、これまで見えにくかった社会課題を可視化することにもつながっています。
――クラウドファンディング以外にも特徴的な活動があれば教えてください。
丸山:私たちが特に力を入れているのが、情報発信です。「公共訴訟」そのものや、一つ一つの訴訟について知ってもらう機会を記事やマンガ、SNSでの発信、イベントなどを通じてつくっています。訴訟で問われている問題の背景や、原告の思いを伝えていくことも大切な役割です。
もう一つは、訴訟資料のデータベース化です。訴状や準備書面などの資料をサイト上に掲載し、裁判の記録として残しています。こうした記録は、一般の方が裁判の内容を知るためだけでなく、ジャーナリストの取材資料や、ロースクールや大学のゼミなどの教材としても活用されています。
――現在、日本の「公共訴訟」を取り巻く環境について、どのような課題があるとお考えですか。
丸山:そもそも、「公共訴訟」がまだ十分に知られていないことが課題だと感じています。
制度やルールに対して「これはおかしいのではないか」と感じたとき、社会をより良くするために声を届ける方法はいくつもあります。選挙に行くこと、政策提言を行うこと、デモなどの活動に加え、司法を通じて判断を求めることも、その1つです。
司法も行政と同じく権力の1つです。その権力に対して異議を申し立て、必要に応じて是正する仕組みがあることは、社会にとって重要です。「公共訴訟」は、個人の権利を守るだけでなく、社会の制度やルールをより良いものへ変えていく役割も担っています。
しかし現状では、「『公共訴訟』という選択肢がある」という認識が十分に広がっておらず、「よく知らないもの」「自分には関係のないもの」と受け止められている状況があります。


「違和感を見過ごさない」が社会を変える第一歩に
――「公共訴訟」は一部の活動家や特別な人が起こすものというイメージを持っている人も多いと思います。
丸山:必ずしもそうではありません。例えば、同性婚訴訟では、同性カップルが婚姻制度を利用できないことで、相続や家族としての手続きなど、さまざまな場面で不利益を受けていることが争われています。
もともとはごく親しい人にしかカミングアウトしていなかったある同性カップルは、法的にも家族になりたいという理由で、勇気を持って顔を出して訴訟を提起。今も、自分と同じような苦しみをもう若い世代にはさせたくないという思いで戦っています。
また、立候補年齢引き下げ訴訟では、25歳や30歳にならなければ選挙に立候補できない制度について、当時その年齢に達していなかった10代・20代の若者が訴えを起こしました。
彼らは、政治を通じて社会に働きかけたいと思っても、年齢だけを理由にその機会が制限されるのはおかしいのではないか、という問題意識から声を上げました。最初から裁判を起こすことを目的にしていたわけではありません。「この問題は放っておけない」と感じたことが、「公共訴訟」につながっています。
また、日常の身近な疑問から「公共訴訟」にたどり着く方もいます。福島県いわき市の「不公正な行政契約は違法」訴訟(外部リンク)では、まちのお菓子屋さんが、行政による駅前再開発事業の進め方に疑問を持ち、情報公開請求を重ねるうち、行政契約のあり方に問題があるのではないかと考え、訴訟を起こしました。
一般の市民の方が、「駅前のお店の多くが勉強会のことを知らないのはなぜだろう」「再開発事業はどのように考えられているのだろう」という身近な疑問を追求した先に、「公共訴訟」という手段を選んだのです。
原告の方は、「住民である私たち一人一人が自治体を監視し、おかしいところにはおかしいと声を上げなければ、適切な手続きが踏まれないまま物事が進んでしまうこともあるのだと実感した」と話しています。
――もしも「公共訴訟」が十分に機能しない社会になった場合、私たちの暮らしや社会にはどのような影響があると考えますか。
丸山:「公共訴訟」には、制度やルールに問題があったとき、それを司法の場で問い直し、必要に応じて是正する役割があります。社会のルールをより良いものへと見直していくための、大切なチェック機能の1つです。
立法や行政は、多くの場合、多数決を前提に進められます。しかし、司法はたとえ1人であっても権利を侵害された人が声を上げることができる場です。多数決では届きにくい声を受け止める、最後の救済の砦でもあります。
先ほどお話ししたいわき市の住民訴訟では、提訴後、「行政が、今回問題とされた随意契約(競争入札を行わずに、任意で選んだ特定の相手と直接契約を締結する方法)を今は見送っているようだ」と弁護団から聞いています。行政側にも「見られている」という意識が生まれ、手続きに慎重になっているのだと思います。
しかし、この仕組みが十分に機能しなければ、制度やルールに問題があっても見直されにくくなり、権力をチェックする機能も弱まってしまいます。
私は、これらを「まちの花壇の手入れ」のようなものだと思っています。道端の花壇は誰も手入れをしなければ次第に荒れてしまいます。日々きれいだなと気にかけて、気になったことを見なかったふりをせず、みんなで少しずつ整えていく。その積み重ねが、より良い社会につながるのではないでしょうか。

「声を上げれば社会を変えられる」と一人一人が実感できる社会にするために、私たち一人一人にできること
最後に、「公共訴訟」をより身近に感じ、「声を上げれば社会を変えられる」と一人一人が実感できる社会にするために、私たちにできることを丸山さんに伺いました。
[1]声を上げる人を、それぞれの方法で応援する
「公共訴訟」で声を上げる人は、社会全体の課題にも向き合い、大きな負担を引き受けています。当事者でなくても、情報を発信する、裁判を傍聴する、寄付をするなど、さまざまな応援の方法があります。
[2]関心を持続させること
日々膨大な情報が流れていくなかで、一瞬だけ関心を持つのではなく「持続させること」が大切です。全ての社会課題に目を配ることは忙しくて難しいので、自分が少しでも関心のあるテーマを絞って追いかけ、「そういえばあの件はどうなったかな」と継続して気にかけたり、その話題を身近な人に話して広げていったりすることも重要な一歩になります。
編集後記
取材を通じて、「公共訴訟」は決して特別な人だけのものではないと気づかされました。日々の暮らしの中にある小さな違和感が、社会の仕組みを見直す出発点になるのです。
また、原告の方々が裁判を起こす背景には、単なる賠償請求にとどまらず、「社会に課題を知ってほしい」、「同じ思いをする人をなくしたい」という切実な願いがあります。
CALL4のウェブサイトでは、現在90件以上もの「公共訴訟」の事例を紹介しています。さまざまな訴訟の背景を知ることは、社会に潜む課題に気づき、自分なりの関わり方を考えるきっかけになると思います。
撮影:十河英三郎
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。