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なぜ日本では「障害者雇用」が進まないのか? 障害者と働くことで職場環境がより良くなる理由とは?

同じ職場で働く健常者と障害者のイラスト
障害者が安心して働くために、企業が考えなくてはいけないこととはなんだろう?
この記事のPOINT!
  • 「障害者雇用率制度」が定められているが、障害者雇用に足踏みする企業は少なくない
  • 障害者が働きやすい環境づくりは、全ての人にとってプラスになるもの
  • 障害者の「心理的安全性」をつくるために、まずは彼らに関心を持っていく

取材:日本財団ジャーナル編集部

「障害者雇用率制度」というものがあり、日本では従業員が一定数以上の規模の企業に対し「法定雇用率」というものが定められています。これは全従業員の人数に対し、身体障害者、知的障害者、精神障害者の割合を法定雇用率以上にする義務のこと。

2024年12月時点での法定雇用率は2.5パーセントなので、従業員を40人以上雇用している企業は、障害者を1人以上雇用しなければならず、雇用義務を履行しない事業主に対しては、最終的に行政指導が行われます。

2024年4月からの法定雇用率は2.5%、対象となる事業主は従業員40人以上。
2026年7月からの法定雇用率は2.7%、対象となる事業主は従業員37.5人以上。
今後、「法定雇用率」は増加していく見込み

しかし、障害者雇用にあまり積極的ではない企業があるのが現実です。「障害者と働くなんてできない、難しい」と考えている事業主もいるようです。

どうしてそう考えてしまうのか。そこにあるのは障害者への無理解で、それを是正すべく企業に働きかけているのが、三菱HCキャピタル株式会社にて障害者雇用部門責任者を務め、現在はラグランジュサポート株式会社(外部リンク)を設立し、障害者コンサルタントとして活躍する木下文彦(きのした・ふみひこ)さんです。

Cap:オンライン取材に応じる木下さん。2024年11月に中央経済社から『障害者雇用コンサルタントが教える 従業員300人以下の会社の障害者雇用』(外部リンク)を出版した

「法定雇用率」が定められたにもかかわらず、障害者の社会進出がなかなか進まないのはなぜなのか? さまざまな企業を見てきた木下さんにお話を伺います。

経営者が「障害者を雇用するメリットは?」と質問してしまう背景

――まずは「障害者雇用コンサルタント」の業務内容について教えてください。

木下さん(以下、敬称略):障害当事者が就労するのを支援する、とよく勘違いされてしまうのですが、私は障害者を雇用しようとする企業側にアプローチする立場です。短いと数カ月、長ければ1年ほど、企業に対して障害者雇用についての施策を提案し、ノウハウを提供しています。

最終的には私がいなくなっても、企業が問題なく障害者を雇用できるようにするのが仕事です。他にも障害者雇用のセミナーに登壇したり、それに関わる記事の執筆も行ったりしています。

――「障害者雇用率制度」が定められたことで、企業が障害者を積極的に雇用しようとする動きが見られるようになりました。一方で、その数字をクリアすることしか考えていないような企業もあるのではないでしょうか。

木下:おっしゃるとおり、障害者を「数字」でしか見ていない企業も存在するのが実情です。法定雇用率が達成されていないと、不足する障害者数に応じて、一人当たり月額5万円の納付金を納めることになりますが、それを「罰金だ」と言う人もいますね。

でも、罰金ではないんです。納付金を納めても雇用義務は免除されません。そのままでいると、いずれ行政指導も入ってしまう。

だから、先のことを考えて、障害者を正しく雇用していく必要があるんです。そのためには、企業側の思考を変えてもらわなければいけないことも多々あります。

とはいえ、「障害者雇用率制度」が定められたことで、障害者雇用が拡大していったのも事実。なので、功罪はあるかもしれません。

今はまだ、障害者を雇用することに対して、社会や企業の理解が追いついていないという感じでしょうか……。

――なかには「障害者を雇用するメリットがあるのか?」と聞いてくる人もいるそうですね。

木下:そうなんです。本当によく聞かれます。障害者を雇用するとなると合理的配慮(※)が必要になりますし、「面倒だから、そんなことを気にしなくていい健常者を雇いたい」というのが企業の本音なのでしょう。

ただ、それは「障害者を雇用するとどうなるのか」を経営者が想像できないということだと思うんです。経営者だって、子どもや親、妻がいれば、「若者が働くこと」や「シニア雇用」、「女性の社会進出」について想像できるかもしれない……。

ですが、障害者のことはよく知らないから、想像するのが難しい。だから、概念的にしか捉えられないし、デメリットばかりを探してしまうのだと思います。

  • 障害によって生まれる社会的なバリアを取り除いてほしいという意思の表明があった場合に、行政機関や事業者がそれを取り除くために必要かつ合理的な配慮を講ずることが、2024年4月から義務化された
イラスト:悩む経営者
障害者のことをよく知らないので、障害者雇用についてためらう経営者は多いという

木下:一方で中小企業の経営者の中には、障害者雇用を真剣に考えている人も少なくありません。

これまでは主に大卒の男性で、転勤も残業も休日出勤も厭わない人だけを求め、そういう人たちを雇用できました。でも、いまは人も少なくなってきていますし、労働の規制も厳しくなってきているので、さまざまな人に目を向ける必要がある。女性もそうですし、シニア世代や、外国人もそうでしょう。

その中に、障害者もいる。そういうふうに考え、従業員の多様化を意識している人たちが少しずつ増えてきているように思います。

障害者雇用に積極的になることで、雇用の幅が広がっていく

――障害者雇用をうまく想像できない、まだ理解が足りていない人を前にしたとき、どのように説明しているのでしょうか。

木下:まずは「視点を変えてみませんか?」と問いかけています。企業には経営理念やビジョンというものがあります。例えば、「わが社は多様な人材の特性を活かし、イノベーションを生んでいく」とうたっているとしましょう。そうしたら、「その多様な人材の中に障害者が含まれてくるんですよ」と伝えるんです。すると、ビジョンの再確認にもなりますし、理解されやすい。

もう1つは、「業務の棚卸し」を促します。「いま、誰かにやってもらいたい業務はありませんか?」と尋ねると、いろいろ出てくるんです。その中から障害者にできることを見つけ出し、雇用の話へとつなげていく。

そもそも障害者といっても、個々で特性は異なりますよね。でも、障害者について知らない人たちからすると、どうしてもイメージが固定化されてしまいがちです。故に、「障害者にできる業務なんてない」というふうになってしまうんです。

ですから、人手が足りていない業務や力を入れていきたい仕事内容をヒアリングして、業務の中で障害者にできることを見つけていくようにしています。

障害者雇用のステップを説明するフローチャート。

1.雇用方針決定
2.社内理解促進
3.業務創出
4.採用5.定着面談
6.教育・研修
7.評価・報酬定着
木下さんの考える障害者雇用のステップ

――こうした雇用のステップを踏むことで、改めて社内の業務の整理にもなりますね。

木下:そうなんです。そうすることで、会社がうまく機能することにもつながります。

しかも、それが障害のない人にとってもプラスになることも多いんです。例えば、障害者を採用するため、短い時間でも働けるよう、有給を使って半日休めるような仕組みを導入したとします。すると、障害当事者はもちろんですが、育児や通院をしている人にとってもありがたい制度になり得ます。

障害者を雇用することは会社の仕組みを見直すことにつながり、働いている全ての従業員の働きやすさにもつながり、企業の寿命を延ばすことにもつながるんです。

――今のお話は社会全体にも通ずることですよね。障害者向けにサービスが整えられていくと、結局は誰にとっても使いやすいものになっていくんですね。

木下:本当にそう思います。障害者のために仕組みを変えていくと、それが回り回って、全ての人の生きやすさになっていくんです。デメリットなんてないんですよ。

車椅子の人がオフィスで働いている
障害者が働きやすい職場環境をつくると、他の社員に良い影響が起きる

――障害者雇用を実施した企業で、良い変化が起こった事例があれば教えてください。

木下:長野県茅野市に「株式会社みやま」(外部リンク)という企業があります。金属の代わりに使われる、スーパーエンジニアリングプラスチックと呼ばれる素材の設計や開発をしているところです。

そこでは金型を成形する際、0.1ミリメートル単位での調整が求められるのですが、非常に細かい作業で、たいていの人は疲弊してしまうらしいんです。

ところが、細かい作業を集中して行うことが得意な発達障害傾向のある人を採用して、その業務を任せてみたら、生産性が向上したという事例がありました。それからは、他社が受注できないような難しい依頼も受けられるようになったため、価格競争にさらされることもなくなったそうです。

しかも、障害者雇用に積極的なことが広がったおかげで、障害の当事者ではない若者からの応募も増えたらしいです。そういう企業はきっと働きやすいはず、と思ってもらえるからでしょうね。結果的に人材面での苦労もなくなったそうです。

障害者と健常者は明確に分けられるものではない

――株式会社みやまの事例から分かるのは、「その人の特性やできることを活かしていく」ということの大切さですね。

木下:はい。みやまに入社すると、最初にさまざまな部署を回り、どんな仕事が合うのかを見極めてもらうそうです。人を仕事に合わせようとするのではなく、合う仕事を任せるということが大事なんだと思います。

――障害者の方のことを正しく理解し、個々の特性を活かせる環境を用意することが必要だと感じます。それ以外に、障害者の方が伸び伸びと働くために必要なことはありますか。

木下:「職場の心理的安全性(※)が高いこと」ですね。前職では障害当事者との面談を行っていたのですが、彼らの頭の中は不安だらけなんです。

「ミスをしたんじゃないか」「自分は変なことを言ってしまったんじゃないか」など常々考えていて、そうすると不安で不安で、仕事も手につかなくなってしまいます。

ですから、そういった不安を抱かなくていい環境を用意する必要があります。障害の当事者が迷うような抽象的な指示をなくし、マニュアルを作成し、全て明文化するなど、不安を生じさせる要素を限りなく減らしていくんです。

あとは、一緒に働く私たち一人一人が障害者の方にもっと関心を持つことも大事だと思います。「障害者は身近にいない」と思い込んでいる人が非常に多い。障害のある人の割合は2021年の調査で約7.6パーセントで、必ず近くにもいるはずなんです。見えていないだけ、もしくはその人が持つ障害者のイメージとは違うから気付いていないだけです。

考え方を変え、少しでもいいから障害者や障害に関して興味を持ってもらいたいと思います。

――障害者の方に不安を抱かせているのは、彼らをいないものとしてつくられてきた社会や私たち一人一人の考え方に原因があるのではないか、と思いました。

木下:そうですね。だからこそ、ここからは関心を持って考えていくことが必要なんです。

「障害者雇用って難しいですよね」とよく言われますが、確かに難しいんですよ。

先ほどお話しした「不安を抱かなくてよい環境づくり」は、個々の事象は取るに足らないように思われるだろうけれども、それを一つ一つ潰していくことが難しいし、負担に思われるのではないかと感じます。

ただ、それをしていくことで、職場の不都合な真実が減っていき、最終的には誰もが働きやすい職場に変わっていきます。障害当事者だけではなく、他の人にも働きやすい環境が実現できる。

それは長期的に見れば良いこと尽くしなので、いまここで、みんなでアップデートしていきませんか、と思っています。

編集後記

多様性社会を目指す上で、企業が障害者雇用に積極的になるのは必須なことです。しかしながら、その雇用がなかなかうまく進んでいないのも実情。その原因はどこにあるのか。そもそも、障害者雇用をどう考えたらいいのか。それを知るために、木下さんにお話を伺いました。

大事なのは、障害者のことを正しく知ること、身近にいる存在として捉え直すこと。誰もがそんなスタンスで障害者の方を特別視することなく、同じ一人の人間として付き合っていけるような社会の到来を願います。

〈プロフィール〉

木下文彦(きのした・ふみひこ)

障害者雇用コンサルタント、特定社会保険労務士、中小企業診断士。1962年長野県松本市生まれ。前社で70名の障害者社員の雇用管理全般を統括した経験を活かし、2023年にラグランジュサポート株式会社を設立。企業に対して障害者を雇用するノウハウを伝えている。著書に『障害者雇用コンサルタントが教える 従業員300人以下の会社の障害者雇用』(中央経済社)がある。
ラグランジュサポート株式会社 公式サイト(外部リンク)

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