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「大事な試合と重なる」「男性指導者に伝えづらい」。アスリートにとっての生理の課題とは?

- 生理期間は年間の4分の1にも及び、女性アスリートはパフォーマンスを発揮できないという課題を抱えている
- 運動量が多いと生理がこない無月経となり、骨が成長しなくなることもある
- 生理に悩む人が少ない社会の実現は、生理の課題を女性だけでなく社会全体のものだと捉えることから始まる
取材:日本財団ジャーナル編集部
「52分の12」という数字を聞いて、一体何のことを指す数字か想像できますでしょうか。
これは1年間(52週間)における女性の平均的な生理期間(※)を表す数字です。月に換算すれば3カ月にもなり、改めて数値化されると、女性がどれほど長い時間を生理期間として過ごしているかが実感できるはずです。
- ※ 一般的な女性の生理周期が1カ月のうちの約1週間。1年間に換算すると12週
また、生理期間中やその前後に心身の不調を引き起こすPMS(月経前症候群)や月経随伴症状によって、パフォーマンスが半分以下になる女性は45パーセントというデータ(※)もあります。
これは、常に心身のコンディションと向き合わなくてはいけない女性アスリートにとって、深刻な課題です。
そんな女性アスリート、特に女子学生が抱える「生理 × スポーツ」の課題を解決しようと、啓蒙活動や情報発信を行っているのが一般社団法人スポーツを止めるな(外部リンク)の1252プロジェクト(外部リンク)です。名前の由来は、1年間(52週間)における女性の平均的な生理期間12週間から。

女子学生アスリートの生理の課題とはどんなものなのでしょうか。今回、一般社団法人スポーツを止めるなの共同代表理事、最上紘太(もがみ・こうた)さんにお話しを伺いました。

女子学生アスリートが抱える生理の課題をサポート
――1252プロジェクトの概要を教えてください。
最上さん(以下、敬称略):女子学生アスリートが抱える生理の課題に対し、トップアスリートの経験談や、医療や教育分野の専門的・科学的知見を持って向き合う、教育・情報発信プロジェクトです。
――発信はどのように行っているのですか。
最上:発信の方法は主に2つありまして、1つはSNSでの発信です。Instagramに特化した生理のオンライン教材(外部リンク)や、YouTube(外部リンク/動画)上でトップアスリートの生理体験談のコンテンツ配信を行っています。
もう1つが、学校、部活、スポーツチームに向けたセミナー活動となっています。
――1252プロジェクト立ち上げのきっかけは。
最上:「スポーツを止めるな」の代表理事であり、競泳の日本代表選手だった伊藤華英(いとう・はなえ)が、選手時代に生理の課題で悩んだことが活動の発端となっています。伊藤は選手時代、オリンピックの選考会と生理周期が重なってしまい、思うような結果を出せなかった過去があり、しかもその悩みを誰にも相談することができなかったそうです。

最上:伊藤はその体験から、アスリートに対する生理の課題へのフォローや、正しい知識の発信の重要性に気付き、特に若年層の学生アスリートたちに対して何らかのアクションを起こしたいと考えていました。
私は男性ですので、当初は生理についての知識がほとんどありませんでしたが、実態を詳しく聞いて驚きました。私は元々ラグビー選手でしたが、1年間のうち、合算して3カ月もの間、体調が悪いなんてことはあり得ませんでしたし、それに対するフォローがないのもとんでもないことだと……。
「スポーツを止めるな」が主に学生アスリートを対象とした活動をしていたこともあり、ビジョンが合致し、私たちの活動の一環としてプロジェクトがスタートしました。
「生理は病気ではない」などと言われたり、個人で対処するもの、隠すものという風潮があったりしますが、社会の課題、スポーツ界全体の課題と捉え、プロジェクトを運営しています。
――特に女子学生アスリートを対象にしている理由はなぜでしょう。
最上:学生アスリートにとっての1年は、大人以上にとても重要です。学生たちは学年が変わる、卒業するなど1年でも目まぐるしく環境が変わっていく中で、コンディション調整を行っていきます。にもかかわらず女子学生アスリートは、その貴重な1年のうち合算すると3カ月もの長い期間が生理周期と重なるわけです。
実際、私たちが2021年に行った調査(外部リンク)によれば、運動部所属の女子学生のうち、約68パーセントが生理は運動パフォーマンスに影響すると答えています。
悔いのないスポーツ体験をしてもらうためには、生理に対するフォローを本人や指導者がしっかりと行うことは必要不可欠だと考えています。
――確かにただでさえ期間が短い学生時代に、生理期間が長く重なっていると思うと、何らかの対応が必要だと感じますね。
最上:そうなんです。また若年層へのサポートに力を入れている理由の1つに、生理が3カ月以上ない「無月経」のリスクについて啓蒙したいという思いがあります。
運動量に対して栄養が足りていないと、生理が起こりにくくなり、生理が起こらないと女性ホルモンであるエストロゲンが不足し、骨の成長が止まってしまいます。骨は10代でしかつくられないため、女性アスリートは人生にわたって骨量が減り、疲労骨折やじん帯のけがにつながったり、将来的に骨粗しょう症になったりするリスクがあるんです。
若いうちは生理が来ないことを、「ラッキーなこと」「わずらわしくない」などと捉えて、放置するケースが多々あります。こういった情報も知られていないため、積極的に発信しています。

大切な試合での生理、相談者の不在。女子学生アスリートの課題
――女性アスリートには、どんな生理の課題があるのでしょうか。
最上:個人差があるので一概には言えないですが、悩みを大きく分けると、自分の練習や大事な試合に生理周期が重なってパフォーマンスを発揮できないこと。
また、日本のスポーツ界では、男性指導者が全体の8割ほどを占めていることもあり、生理に対する相談相手がいないという2つの課題になると思います。
――研修などの際に発信している、女性アスリートや指導者に知っておいてもらいたい、生理の知識はありますか。
最上:声を大にして伝えたいのは、先ほどもお伝えした無月経のリスクですが、それも含めて、生理に関して悩みや不調があるときは、積極的に婦人科を受診した方がいいということです。
例えば月経がない状態が3カ月続いているようでしたら、間違いなく病院を受診すべきですし、他にも初潮が15歳になっても来ていないとき、生理痛を感じているときなども受診のタイミングです。
- ※ こちらの記事も参考に:ヘルスケア相談室「ユースフレンドリーファーマシー」を薬剤師が広める理由(別タブで開く)
――確かに婦人科を受診するのは大人でもハードルが高く感じてしまいます。若ければなおさらかもしれません。
最上:ええ、婦人科の受診はもっと身近になってほしいと思います。婦人科に付随することで、ピルに関する正しい知識も広がってほしいと思いますね。
一般的にトップアスリートは超低用量ピルという薬を継続的に服用し、生理周期と試合がかぶらないように、1年という長い期間をかけてコントロールを行います。
しかし、ピルを使うことに対しても「遊んでいると思われる」というような偏見があり、認知度や使用率も低いため、なかなか正しい知識が広がっていない現状があります。

最上:ピルによって副作用が出たから服用を止めてしまうという選手もいますが、医師に相談すればピルの種類を変えて副作用を抑えられることもあります。こういうケースも含めて、生理の困りごと、不安や痛みがあったら、当たり前のように婦人科に相談して良いということが認知されていけばと思い、活動をしています。
――女性アスリートのコンディションを整えるためには、生理についてのフォローは不可欠だと思いますが、なぜスポーツ界では生理について対策が取られてこなかったのでしょうか。
最上:スポーツは男性アスリートが競うことが前提となって、さまざまなルールや仕組みが作られてきたという背景があります。そこに女性が参画してきたのに、生理について考慮しないまま、現在まできてしまったのではないかと思います。
1896年のオリンピック第1回大会は男性しか参加できませんでしたが、2024年のパリ大会では史上初めて選手の男女比が50:50になったように、100年以上かかってやっとスポーツ界に女性進出ができたといえると思います。
女性アスリートの生理の課題解決は、まだまだこれから、時間をかけて徐々に行われていくと思います。生理とスポーツの研究が進めば、女性アスリートの練習方法も見直され、記録更新にもつながるでしょう。私たちも尽力していきたいと考えています。
生理は女性個人の問題ではなく、社会の問題
――スポーツに限らず、社会全体に生理の課題が認知されて、生理で悩む人が少なくなる社会にするために、一人一人ができることはどんなことでしょうか。
最上:まずは生理の問題を女性だけの課題であるとは捉えずに、社会全体の問題なんだという認識を持つところから始まると思います。
基本的に女性には生理が来るし、それに対する悩みを持っている人は多いです。常に周りの女性がそういった不調を抱えているかもしれないという意識を持つことは大事だと思います。

最上:生理は社会全体の問題という意識があれば、生理について学ぶ機会が身近にあったときに、積極的になれると思いますし、個人が学んでいけば、社会が変わっていくと私は信じています。
編集後記
1252プロジェクトのYouTubeを見て「女性アスリートの生理対策って進んでなかったの?」と驚き、取材を申し込みました。
取材でお聞きした中で印象的だったのが、日本の性教育は遅れているとよくいわれるので、生理に関する対策も諸外国と比べて遅れていると思っていたのですが、最上さんによれば「アメリカなどスポーツビジネスで成功している国を除き、アスリートの生理の課題に関しては諸外国でもほとんど進んでいない」ということでした。
「1252プロジェクト」は2024年、国際オリンピック委員会らが進める「Olympism 365 イノベーションハブ」の「Ignite 365」という賞を受賞したそうです。この賞は持続可能な社会の実現のためのスポーツを活用した先駆的な取り組みを支援するプログラムで、アジアから唯一の選出とのこと。
日本ではまだまだ生理への理解や正しい知識が広まっているとはいえないかもしれませんが、「1252プロジェクト」が世界的に評価されていることに勇気をもらいました。
私たちの生理に対する意識も、今から変えていけるはずですし、誰もが活躍できる社会のためには欠かせないことだと改めて感じました。
〈プロフィール〉
最上紘太(もがみ・こうた)
一般社団法人スポーツを止めるな共同代表理事。1979年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学卒業後、広告会社に入社し、スポーツマーケティングやパブリック領域のビジネスプロデュースに従事する傍ら、大学ラグビーや高校ラグビーにてコーチを経験。指導者サポートなどを行うコーチとして活動。2020年に仲間とともに一般社団法人スポーツを止めるなを立ち上げ、共同代表を務める。
1252プロジェクト 公式サイト(外部リンク)
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