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600万人もの“働きたくても働けない”就労困難な人を支援する、新しい「就労支援」のかたちとは?

岐阜県岐阜市で、幅広い層に対し就労支援活動を行う一般社団法人サステイナブル・サポートの後藤さん(右)、阿部さん
この記事のPOINT!
  • 現在、働くことに困難を抱えた人たちが約600万人もいる。その多くが適切な支援さえあれば就業できる可能性が高い
  • 「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」では、行政、医療機関、 NPO等と連携し岐阜県の就労困難者を支援している
  • 就労の鍵は「自分自身に向き合う」こと。「自分のできる部分」に気づくことが、望ましい就労につながる

取材:日本財団ジャーナル編集部

日本財団の調べ(※1)では、ひきこもり、ニート、刑余者、難病、さまざまな依存症などが原因で働くことが難しい日本における就労困難者の数は、約600万人と推定されています。一方で、少子高齢化による労働力不足が加速し、2035年には労働者が761万人不足すると予想(※2)されています。

働きづらい人たちが数多くいながら、労働力不足が深刻化している——そのような状況を打破するために2018年に立ち上げられたのが日本財団「WORK!DIVERSITY プロジェクト」です。

働きづらさを抱える全ての人が丁寧な就労支援を受けることができるように、すでにある障害者の就労支援施設(※)を活用し、ニーズに合った訓練や支援を提供することで、多様な困難者の就労を実現。その効果を検証するために現在(2025年3月時点)は、岐阜市、千葉県、福岡県、豊田市、名古屋市、宮城県の6つの地域でモデル事業を展開しています。

  • 障害者総合支援法に基づき、障害者の働く場を確保し、知識や能力を向上させるための施設で主に3種類ある。「就労移行支援」は、一般企業への就職を前提とし訓練するためのサービス。「就労継続支援」は、一般企業への就職が困難な障害者を対象に、就労の場を提供するサービスで、雇用契約を結ばず自分のペースで働けるB型事業所と、事業者と雇用契約を結ぶA型事業所の2種類がある
働きづらさを抱えるすべての人が対象に→多様な人を支援する多様な事業所(制度や財政)
すべての支援をフォーマルな事業としてサポートする仕組みへ
↓
働きづらさ」 と上手に付き合いながら働き続けることができる
「WORK!DIVERSITY プロジェクト」が目指す支援体制

今記事ではその中から「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」(外部リンク)の取り組みをご紹介。同プロジェクトの運営を担う一般社団法人サステイナブル・サポートでは、岐阜県を中心に、これまでも障害者をはじめさまざまな困難を抱えた人たちの就労を支援してきました。

働きづらさを抱えた人たちが社会で活躍するためにどのような支えが必要なのか。また、彼らが活躍することで、どのような良い影響をもたらすのか。同団体の代表理事を務める後藤千絵(ごとう・ちえ)さん、ダイバーシティ支援事業部の阿部雅(あべ・みやび)さんのおふたりにお話を伺います。

右から後藤千絵さん、阿部雅さん

障害者手帳は出ないけれど、「働きづらさ」を抱えるグレーゾーンの人たち

――「働きづらさを抱える人たち」というのは具体的にどのような存在なのでしょうか。

後藤さん(以下、敬称略):定義するとしたら、「自分の力で就職活動を進めていくことに難しさがある人たち」といえるかもしれません。例えば、なんらかの障害がある人や家族の介護で自分の時間を調整できない人たちが、その一例です。

なかには「発達障害グレーゾーン」と呼ばれるような、医学的な基準に照らしてみると診断が下りないような人たちもいます。大学生活はそれなりに送れていて単位もちゃんと取れているのに、就職することができない。そういう曖昧なところで困っている人たちも含めて、私たちは支援をしてきました。

「障害者」と診断されず、支援の狭間に陥りやすい人たちもサポートしてきた後藤さん

――サステイナブル・サポートを立ち上げるきっかけを教えてください。

後藤:はじまりは発達障害がある人の就労を支援する福祉サービスでした。ここに至るまでのお話を聞くと、彼らは目の前でポロポロと涙をこぼすんです。なんとか大学を卒業しても就職ができない。就職できてもうまくいかなくて、すぐに離職してしまう。周囲からはちゃんと働きなさいと言われ、どうしたらいいのか分からなくてひきこもりがちになってしまう……。「死にたい」って言いながら泣く人もいました。

そういう人たちと出会うなかで気づいたのが、「問題が複雑化する前にサポートすることの重要性」でした。

「死にたい」と追い詰められてしまう前に、彼らと出会い、支援することで彼らの生きづらさの軽減につながるのではないか。そう考えてスタートさせたのが、大学生向けのキャリア支援プログラム(外部リンク)です。大学には通えているけれど孤立しがちだったり、就活がうまくできなかったりする人たちを、予防的にサポートするのが狙いでした。

そんな活動を進めていたときに日本財団さんと出会い、「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」を始めるに至ったんです。

――プロジェクトの内容について教えてください。

阿部さん(以下、敬称略):さまざまな事情で働きづらさを抱えている人が、全国に600万人もいるといわれています。一方で、就労支援施設が全国には1万5,000カ所以上ある。ただし、現行の制度(※)ではこれらの施設を利用できるのは障害がある人だけなんです。

ですから、例えば「働きたくても仕事がない人」「家族の介護のために仕事ができない人」「社会に出るのが怖くなった人」などはこの施設を利用できない。それをどうにか活用できないかと、2018年から調査や検討を重ね、実証化モデル事業としてスタートしたのが、「WORK!DIVERSITY プロジェクト」なんです。

  • 「障害者総合支援法」のこと。障害者および障害児の日常生活や社会生活の支援、福祉の増進障害の有無にかかわらず安心して暮らすことのできる地域社会の実現などを目的とした法律
一人一人の当事者と向き合ってきた阿部さん

阿部:障害者に限らず、働きづらさを抱える人たちに向けて就労支援施設を開放することで、より多くの人が活躍できる社会を実現することを目的としています。岐阜市はそのモデル事業を実施する自治体の1つです。

サステイナブル・サポートでは「ノックス岐阜」(外部リンク)という就労移行支援事業所を運営していて、そこでは就職に必要な知識やスキルを学んでもらっています。その他、宿泊施設を運営する就労継続支援B型事業所の「アリー」(外部リンク)、保護猫カフェを運営する就労継続支援B型事業所「シャンツェ」(外部リンク)なども運営し、相談に訪れた方々のニーズに応じて、それぞれの事業所を紹介しているんです。働く上で大切なのは「ご自身の意思」ですから。

就労支援拠点の1つ「ノックス岐阜」で、就職に必要な知識を学ぶ人たち。画像提供:一般社団法人サステイナブル・サポート
就労支援拠点の1つ「ウェルテクノスジョブトレーニングセンター岐阜」。Officeソフトやプログラミングのスキルを学べる。画像提供:一般社団法人サステイナブル・サポート

就労困難者を受け入れる側である企業も、理解を深める必要がある

――働くことに困難を抱える若者に共通する課題などはありますか。

後藤:一概には言えませんが、「支援につながりにくい」ということでしょうか。「自分は支援を受けちゃいけない」と、そもそも支援を受ける発想もなかったり、支援を受けること自体に抵抗があったりもします。

幼い頃から支援を受けてきて、その成功体験があれば、いざというときにSOSを出せますが、その経験もないので自ら助けてほしいと声を上げられないんです。

――そういった働くことに困難を抱えた人たちに対し、雇用が進まない企業はどのように考えているのでしょうか。

後藤:障害者雇用に限っていえば、「障害者を受け入れる体制が整っていないから雇用は難しい」と考えてしまうところが多いようです。ですが、本来は企業側も障害のある人も、お互いに理解を深めていくところからスタートすることが大事だと思います。そのために私たちが間に入り、トライアンドエラーを繰り返しながら進めていけばいい、と考えています。

また、障害者手帳を持っていない人たちに関してはさらにハードルが上がります。彼らを雇用しても、企業の法定雇用率には加算されないので、「わざわざ一般就労の枠で雇用するメリットがあるのか」とも思われがちです。その懸念をクリアするためには、例えば一般就労の枠で就労困難者を雇用した企業に対して、なんらかのインセンティブが得られるような法整備の検討も必要かもしれません。

岐阜市ではいま、上場企業を巻き込んだ検討会も開催しています。「WORK!DIVERSITY プロジェクト」の取り組みに関心がある中小企業も含めて18社が集まり、就労困難者の雇用促進について、知恵を出し合っているところです。

岐阜県内の支援機関が一堂に会し、「WORK!DIVERSITY」の制度化を見据えた支援体制づくりを検討する、ダイバーシティ就労推進地域プラットフォーム会議の様子。画像提供:一般社団法人サステイナブル・サポート
「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」の活動を知ってもらうためプロサッカーチームの公式試合でブースを出展した。ステージ上(中央右側)に立つのは後藤さん。画像提供:一般社団法人サステイナブル・サポート

――企業が就労困難者とどう向き合っていくのか、もポイントですね。

後藤:そうなんです。「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」がスタートして、利用者は計47名、そのうち現時点で13名が就労できました。これは少子高齢化による生産年齢人口減少が進む岐阜市に拠点を持つ企業が比較的協力的だから、という側面もあります。でも、これを全国規模で考えるならば、地域性に左右されない仕組みが必要だと考えます。

岐阜市の総人口の推移と推計 (2005年~2035年)
(万人)(%)
2005年(H17)/年少人口5.8(14.1)、生産年齢人口26.9(65.2)、老年人口8.6(20.8)、計41.3
2010年(H22)/年少人口5.6(13.6)、生産年齢人口25.6(62.5)、老年人口9.8(23.9)、計41.3
2015年(H27)/年少人口5.1(12.7)、生産年齢人口23.8(59.6)、老年人口11.0(23.9)、計40.7
2020年/年少人口5.0(12.5)、生産年齢人口23.3(58.3)、老年人口11.7(29.2)、計40.0
2025年/年少人口4.8(12.4)、生産年齢人口22.4(57.5)、老年人口11.7(30.1)、計39.0
2030年/年少人口4.7(12.5)、生産年齢人口21.1(56.0)、老年人口11.9(31.4)、計37.7
2035年/年少人口4.4(12.1)、生産年齢人口19.8(54.6)、老年人口12.1(33.3)、計36.3
※総人口は年齢不詳を含む、割合は年齢不詳を除いて算出
岐阜県岐阜市の人口推移。画像引用:岐阜市公式サイト「ぎふし未来地図」(外部リンク/PDF)

一歩前に踏み出したことで、手に入れた幸せな悩み

「働きづらさ」と一言でいっても、当事者が抱える事情はさまざまです。実際にどのような問題に直面していたのか、「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」を利用した馬渕(まぶち)さん、山田(やまだ)さん(仮名)のお話を伺いました。

――おふたりが支援を受ける前の状況を教えてください。

馬渕さん(以下、敬称略):過去に人間関係がひどく、働く条件も劣悪な環境で働いていたことから、10年近くひきこもりをしていました。何もかもどうでもいいやと投げやりになっていて、生活保護を受けながら生活していたんです。でも、やっぱり社会復帰したいと思ったときに、このプロジェクトを知りました。

障害がなくても利用できるとのことで、試しに相談してみようと……。

10年のひきこもり期間を経て、社会復帰した馬渕さん

山田さん(以下、敬称略):私はもともと大学の教育学部で教員になるための勉強をしていたんですが、なかなかうまくいかず、うつ病になってしまって……。卒業後はアルバイトでなんとか食いつなぎながら、就職活動を続けていました。

でもなかなか結果が出ずに、とうとう動けなくなり、引きこもるようになりました。ただ、そんな状況から抜け出したいと考えるようになった頃に、タイミングよくサステイナブル・サポートを紹介してもらったんです。

――いまはどんなところで働いているんですか。

馬渕:食品製造会社で工場勤務をしています。職場環境も良くて、正社員として雇用されているので給料の他にボーナスも支給されています。朝が早めなんですが、その分、16時には上がれるので、とても健康的な生活を送れていますね。金銭的にも余裕が生まれましたし、ものすごく幸せです。

山田:私は放課後等デイサービス(※)を提供する施設で働いています。学校生活にうまくなじめないような子どもたちを支援する仕事です。教員を目指している時、教育実習で学校に行く機会があったんですが、そこで一番気になったのが、集団生活になじめない子どものことでした。そういう子どもたちに手を差し伸べられるような存在になりたいと思っていたので、いまの就職先は理想です。

  • 支援を必要とする障害のある子どもに対し、学校や家庭とは異なる時間、空間、人、体験などを通じて、個々の子どもの状況に応じた発達支援を行う

馬渕:働くようになってからはもちろんですが、「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」に参加するようになってから、気持ちがどんどんポジティブになっていったのが印象に残っています。「どうせ俺なんて世の中から必要とされないだろ」と思っていたところ、支援者さんたちがたくさん話を聞いてくださって、前向きになれたんです。

――同じような境遇で悩んでいる人たちに伝えたいことはありますか。

馬渕:やっぱり一歩踏み出してみることの大切さですね。サステイナブル・サポートには嫌な人、怖い人がいないので、勇気を出して通ってみてほしいですね。

山田:信頼できますよね。

馬渕:そう、信頼できるんです。やさしく寄り添って話を聞いてくれるので、抱えている不安や悩みも和らいでいくと思います。

山田:私も一歩踏み出すのが大事だと感じています。でも、踏み出すためには、自分にどんな強みがあるのか分かっていた方がいい。この場所でいろんな支援者さんたちと話していると、そういった自分の強みにも気づけると思いますね。

――今後の夢も教えてください。

馬渕:生活に余裕も出てきたので、自動車免許を取りたいと思っています。

山田:就職して1年が経ち、任される仕事が増えてきました。職場には塾も併設されていて、講師として2人の生徒を担当しているんですが、その子たちの期待にも応えられるように頑張っていきたいです。

「自分自身に向き合う」ことで、望ましい就労環境が見つけられる

「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」によって社会復帰を叶え、生きがいのある日々を送っている利用者の皆さん。そんな人たちをもっと増やしていくべく、後藤さん、阿部さんの挑戦は続きます。

――「WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜」の活動で最も大事にしていることはなんですか。

後藤:私たちが大事にしているのは、利用者の方が「自分自身に向き合う」ということです。まずは信頼関係を築きながら、プログラムや企業実習などの参加の機会を提供します。多様な経験を振り返る面談を重ね、抽象的な感情や思いを言語化してもらう。すると、徐々に自分自身への理解が進んでいきます。「自分にはやっぱりこういう仕事が合っているのではないか」と言葉にできるようになっていきます。

そうすると、他者と自分を比べて落ち込むことも少なくなります。「これが苦手だけど、これは大丈夫」と「自分のできる部分」に気づけるようになる。そうなることで、自分が納得できる働き方や自分に合った企業へ就職できるようになります。

阿部:そのためにも定期的な面談は欠かせません。「もっと自信をつけたい」という声が出てきたら資格取得に向けた勉強の計画を立ててみたり、「そろそろちゃんと働きたい」と意欲的な姿勢が見えれば、ハローワークと連携を取るなど、目標をクリアするためのお手伝いしていますね。

「元利用者」に支えられていることに感謝している後藤さん

後藤:利用者の方としっかり向き合わなければ、就労支援は絶対にうまくいかないんです。だから、サステイナブル・サポートでは何よりも「対話」を重んじています。それもあって、利用者の方とのつながりも深くなり、就労後もうれしい関係を続けることができています。

以前、「アリー」と「シャンツェ」の立ち上げに伴い、クラウドファンディングを実施しました。そうしたら、元利用者の方々からたくさん応援をいただいたんです!

この場所から一般就労して、自分でお金を稼ぐようになって、「今度は自分が支援します」と皆さんが言ってくれて……。利用者の方々の申し出が本当にうれしかったですし、この仕事を続けてきて良かったと思います。「WORK!DIVERSITY プロジェクト」からそのような関係が生まれることで、もっと優しい社会がつくれるのではないかと思っています。

就労継続支援B型事業所として注目を集める宿泊施設「アリー」。画像提供:一般社団法人サステイナブル・サポート

編集後記

「働きづらさを抱える人たち」とはどういう存在なのか。そもそも、現代社会における「働きづらさ」とはなんなのか。それらを知るために、サステイナブル・サポートに取材を申し込みました。

そこで見えてきたのは、画一化された枠からはみ出してしまう、あるいはこぼれ落ちてしまう人たちの姿です。障害や病気とは認定されずとも、どうしたって困難を抱える人たちもいる。その現実を受け止め、「自己責任」で終わらせないことが、これからの社会に求められていることではないかと感じました。

そして、サステイナブル・サポートとかつての利用者の皆さんとの間柄ように、「支援する側」「支援される側」という壁がなくなっていくことが、「福祉」のあるべき姿なんだと思います。

いつか自分も助けてもらうかもしれない、という心持ちで、目の前で困っている人がいたら手を差し伸べていきたいと思いました。

撮影:永西永実

WORK!DIVERSITY プロジェクト in 岐阜 公式サイト(外部リンク)

一般社団法人サステイナブル・サポート 公式サイト(外部リンク)

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