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実態の見えづらい「女性のひきこもり」。社会との「つながり」が生まれるきっかけとなる女性限定の当事者会とは
- 近年、調査対象の変更などにより、ひきこもり状態にある人の約半数が女性であることが判明
- 女性のひきこもり当事者の中には、男性への恐怖心から当事者会に参加しづらい人がいる
- ひきこもり状態への偏見や誤解の目がなくなれば、当事者は安心して社会に踏み出しやすくなる
取材:日本財団ジャーナル編集部
2023年に内閣府が公表した調査(※)では、15~64歳でひきこもり状態にある人は推計146万人にも上ることが分かりました。
従来の国の調査では、「主婦」や「家事手伝い」をしている人が対象外だったこともあり、ひきこもり状態にある人の大半が男性とされてきました。しかし、2018年以降の調査では対象が広がったことで、約半数が女性であることが明らかになったのです。
さらに、女性のひきこもり当事者の中には、男性への恐怖心から、当事者会に参加しづらかったり、参加しても安心してその場に居られないなど、その実態は見えにくいものとなっています。
こうした課題を受け、一般社団法人ひきこもりUX会議では、2016年から女性限定の当事者会「ひきこもりUX女子会」を開催しています。
今回は同法人の代表であり、自身も20年以上にわたり、ひきこもり状態を経験した林恭子(はやし・きょうこ)さんに、ひきこもり女性の現状と、支援課題について伺いました。
- ※ 参考:こども家庭庁「こども・若者の意識と生活に関する調査(令和4年度)」

ひきこもり状態の女性が可視化されづらい理由
――当事者がひきこもり状態に至る理由にはどのようなものがあるのでしょうか。
林さん(以下、敬称略):原因は「100人いれば100通り」あるといわれ、人によって異なります。ただ、いくつもの要因が複雑に絡み合っていることが多いですね。
例えば、学校では不登校やいじめ、家庭では親との関係、社会に出てからはパワハラやセクハラ、過重労働といったことによるストレスや孤立が少しずつ積み重なり、心身の限界を迎えたときに、ひきこもり状態になる傾向があります。
――ひきこもり状態にある方の約半数が女性とのことですが、その原因に男性との違いはあるのでしょうか。
林:基本的には、男女が感じるプレッシャーに大きな差はないというのが私の見解です。
少し前までは「男性が働き、家族を養って一人前」とされていたため、社会的な重圧は男性の方が大きかったかもしれません。
けれど今は、女性も正社員として働きつつ、出産や育児もしなければならないというプレッシャーを、特に若い世代が強く抱えている印象です。そうした意味では、背負う負荷の大きさはほとんど変わらなくなっているのではないでしょうか。
――女性のひきこもりが社会から見えづらい理由を教えてください。
林:長年、「主婦」や「家事手伝い」が調査対象に含まれてこなかったため、実態が数字に現れてこなかったことが大きな要因です。また女性の場合、「家事手伝い」という言い方ができたことや、家にいても家族がさほど問題としてこなかったということもあります。
さらに、ひきこもり状態の女性は、刃物で手首や腕の皮膚を傷つける「リストカット」や「摂食障害(※1)」といった別の課題の中で捉えられ、ひきこもりという枠組みに含まれてこなかったこともあります。
私たちがひきこもり女性を対象に行った実態調査(※2)では、約7割の女性が「男性が怖い、苦手だ」と回答しています。男性がいるかもしれない支援の場に参加しづらいことも、女性の姿を見えにくくしている一因だと思います。
- ※ 1.「摂食障害」とは、食事の量や食べ方など、食事に関連した行動の異常が続き、体重や体型の捉え方などを中心に、心と体の両方に影響が及ぶ病気をまとめた言葉
- ※ 2.参考:一般社団法人ひきこもりUX会議「女性のひきこもり・生きづらさについての実態調査2017」

「あなたの感覚は正しい」。医師のこの言葉が社会復帰のきっかけに
――林さんご自身もひきこもり当事者だったそうですね、当時はどのような状況だったのでしょうか。
林:私は高校2年生のゴールデンウィーク明けに不登校になりました。最初は発熱や頭痛といった体調不良が続き、学校に行けなくなったんです。家族はもちろん、私自身も何が起こっているのか分からず、身体的な病気だと捉えていました。
自宅で療養を続けましたが、家庭の事情で転校した先でも違和感を感じ、再び体調を崩してしまって……。結局高校を中退し、その後20年近くひきこもり状態が続きました。
私は厳格な母の下で、「いい高校、いい大学、いい就職先に進むのが当たり前」という価値観の中で育ったので、高校を中退した時には「自分の人生は終わった」と感じていました。
――何がきっかけで、外に出られるようになったのですか。
林:信頼できる精神科の先生や、同じような経験をした当事者の人たちに出会えたことが大きかったですね。それまでに7人の医師や臨床心理士などにかかっていましたが、8人目の先生が初めて私の話をきちんと受け止めてくれたんです。
私は、昔から理不尽なことに対して「どうしてこんなことがまかり通るのだろう」と憤りを感じるタイプでしたが、それを周囲に話しても「そんなことを言っていたら社会は回らない」「みんな折り合いをつけてやっている」とたしなめられるだけでした。
次第に「同じ日本語を話しているはずなのに何も通じない」と感じるようになり、誰にも本当の気持ちを話さなくなっていったんです。
――そうした中で、その先生だけは違ったのですね。
林:はい。私が思い切って自分の率直な考えや気持ちを話してみたところ、先生が「生き物としては、あなたの感覚の方が正しいのでは」と言ってくれて、その言葉に救われました。
それから、少しずつ自分の思いを話せるようになり、空っぽだった自分の中に、まるで地下水が少しずつ汲み上がるようにエネルギーがたまっていったのではないかと思います。
――その後、林さんも当事者会にご参加されたのですね。
林:そうですね。「ひきこもり」という言葉が社会で使われ始めた1999年頃のことです。東京では、当事者や家族が集まる会が生まれつつありました。私も勇気を出して参加してみたところ、そこにはたくさんの当事者たちがいたんです。
それまで、「こんな状態なのは世界で自分だけだ」と思い込み、自分を責め続けていたので、「同じように苦しんできた人がこんなにいる、ひとりじゃなかった」と分かった時、とても安心しました。
――林さんは現在、当事者会を主催していますが、参加される方が外に出られるようになる背景には、どんなきっかけがあると感じていますか。
林:何か劇的なきっかけがあるというより、薄皮を一枚ずつはがしていくように、少しずつ心の重荷を下ろし、わずかでも自分への信頼や希望を取り戻していく過程が必要なんだと感じます。
ひきこもり状態の人の多くは、「自分は最低だ」「生きている価値なんてない」と感じています。その粉々になっている自己肯定感を、一気に回復させることはできません。
だからこそ「安心して話せて、否定や価値判断をされない」「自分のことを分かってもらえる」、そんな人や場所に出会うことが何よりも大切です。
「ひきこもりUX女子会」でも、安心できる場づくりを何よりも重視しています。自信がなくても、「自分は生きていていいのかもしれない」と思える瞬間を、少しずつ積み上げていく。それが回復への第一歩だと感じています。

就労をゴールにしないひきこもり支援。ニーズに従い女子会を発足
――一般社団法人ひきこもりUX会議を立ち上げたきっかけを教えてください。
林:当事者として支援現場を見てきましたが、最近までのひきこもり支援はほぼ「就労支援」しかありませんでした。
働かせることがゴールとされていて、当事者にとってそれはあまりにもハードルが高かった。また、部屋から力ずくでも引っ張り出したり、ようやく相談窓口にたどり着いても、説教や説得、暴言を受けるなど、人権侵害にあたるようなこともありました。
こうした支援のあり方は、当事者のニーズと合っていないんですね。それは「当事者の声が届いていない」ことが原因だと感じ、当事者が中心となって活動し、発信しようと思ったのがきっかけです。
そこでまず企画したのが、ひきこもり状態にあった人たちが意見を発信する「ひきこもりUX会議」というイベントです。320人ほどの方が参加してくださり、「当事者の声を届けていく必要がある」と実感しました。
――「ひきこもりUX女子会」を始めた理由を教えてください。
林:従来の当事者会の参加者は、9割近くが男性で、女性が安心して参加できる場はほとんどありませんでした。性暴力や男性家族からの暴力、いじめの加害者が男性だったといった背景から、男性を苦手とする女性も多く、女性限定の場が必要だと感じました。そこで始めたのが「ひきこもりUX女子会」です。
現在は東京都の広域連携事業として、毎月都内のどこかの地域で開催しています。ですから、調子が整わず参加できないときでも、次のチャンスがあります。
また、自分の住むまちの窓口や当事者会には行きづらいという声も多いため、近隣の自治体同士が連携することにより、より参加しやすい環境になっていると思います。
――「ひきこもりUX女子会」の内容を教えてください。
林:2部構成で行っており、1部ではひきこもり経験者が自身の体験を語ります。幼少期から現在に至るまでのリアルな経緯を率直に打ち明けることで、参加者に「ここなら自分の思いを安心して話せる」と感じてもらい、自身の経験を語りやすい空気をつくるという意味もあります。
2部では、当事者/経験者は「女子会」に、広域連携事業に於いては当事者の家族や支援者は「つながる待合室」に分かれます。
――2部の「女子会」と「つながる待合室」ではどのようなことを話すのでしょうか。
林:「女子会」では、テーブルにテーマスタンドを置き、話したいテーマがある席に自由に座ってもらいます。
自己紹介を兼ねて「呼んでほしい名前」、差し支えのない範囲で「どこから来たのか」「なぜこのテーマについて話したいと思ったか」などを話し、あとはフリートークです。
「つながる待合室」は、当事者の家族や支援者が交流できる場で、性別を問わず参加できるので、男性の当事者が参加することもあります。もともと「女子会」に参加する当事者の中には、母親や姉妹が付き添って来られるケースもあり、2部の間、廊下やロビーで待っている方がいたことがきっかけでした。
「せっかくなら、その時間を交流の場にしよう」と考え、誕生したのが「つながる待合室」です。


- ※ 「ソーシャルファーム」とは、一般的な企業と同様に自律的な経営を行いながら、就労に困難を抱える方が必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業のこと
「安心して来られる場」を最優先にした運営と支援の未来
――「ひきこもりUX女子会」に参加した方の声を教えてください。
林:徐々に変化が起こり、就労や自立に至った方や、結婚して子どもが産まれたという声も聞いています。
あとは、参加者同士で連絡を取り合うようになったり、会の後にお茶をしたりする人たちもいます。なかには、一緒に遊園地に行ったという人たちもいるんですよ。
女子会をきっかけに、社会との接点を少しずつ取り戻していく人が増えています。
――開催に当たって、意識していることを教えてください。
林:女子会に限りませんが、一番大事にしているのは、当事者が「安心して参加できること」です。
まず、参加のハードルを下げるために、原則予約制にはしていません。当日にならないと体調や気持ちが分からない方や、本名・住所・電話番号などの個人情報を知られたくない人も多いからです。
また、途中参加・途中退出も自由です。会場の一角には、他の参加者と交流せずに休める「非交流スペース」も設けています。当日は会場の扉の開閉角度にも工夫し、外からは見えないけれど、中に入りやすいように心がけています。
事前申し込み制ではないため、当日になるまで参加人数が分からないわけですが、私たちの活動の柱の1つに「最大の利益は当事者に」というのがあります。主催側の都合よりも、当事者が安心して来られることを最優先にしています。
――現場で感じる、ひきこもり女性支援の課題を教えてください。
林:課題はいくつもありますが、まず、女性が安心して相談できる環境が足りていないということはいまだ強く感じます。女性職員や、理解がある職員が支援の窓口にいることが重要ではないかと思います。
また、広域連携の支援がもっと広がって、全国どこでも相談ができるようになってほしいです。それに加えて各自治体の中でも、ひきこもりを含むさまざまな課題に連携して対応できる、縦割りでない支援体制が必要だと感じます。
さらに、行政がひきこもり支援策を作る場合には、当事者や経験者が入ることも望んでいます。当事者の意見を聞かずに進めてしまうと、ニーズとのずれが生じてしまいますからね。

ひきこもり状態の方を支えるために私たち一人一人ができること
ひきこもり状態の方を支えるために、社会全体や私たち一人一人ができることについて、林さんに3つのアドバイスをいただきました。
[1]関心を持ち、正しい知識を身に付ける
誤解や偏見、差別的なイメージが残る「ひきこもり」という言葉。まずは、どんな人が、どんな状況で困難を抱えているのかに関心を持ち、講演会に足を運んだり、本を読んだりしてみる。私たちが正しい知識を身に付けることで、当事者は社会に出ていきやすくなる
[2]当事者の話を聞くときは、助言や自分の意見を挟まず、ただ受け止める
良かれと思ってのアドバイスは、当事者の孤立感を深めてしまうことがある。当事者の話を聞くときは、助言や自分の意見を挟まず、ただ受け止める。当事者の心情に真摯に心を寄せ、ただそばにいるという姿勢が重要
[3]当事者の周囲にいる私たちは、情報を集めながら助けを求められるときを見守る
当事者と近い関係性の場合は、地域の家族会になど参加し、まずは自身を労わり気持ちが楽になれるようにする。そして、当事者本人が「そろそろ一歩踏み出せるかも」と感じたタイミングで、情報を差し出せるよう、適切な相談窓口や精神科医などの情報を集めておく。周りは焦らず、温かく見守りつつ、自身の生活や人生も大切にすることを心がける
ひきこもり状態にある女性の実態が見えにくいことや、女性ならではの支援の課題があることを知り、今回の取材に至りました。
印象的だったのは、支援活動が「就労」や「自立」ではなく、「つながりを育むこと」「共にあること」に重きを置いている点です。その根底には、元当事者である林さんの経験とまなざしがあります。私たちも「支援しなければ」と力むより、当事者のニーズを知り、共にある姿勢を持つことが何よりも大切なのかもしれないと感じました。
撮影:永西永実
林恭子(はやし・きょうこ)
一般社団法人ひきこもりUX会議・代表理事。高校2年で不登校、20代半ばまでひきこもりを経験する。2012年から、「自分たちのことは自分たちで伝えよう」と当事者発信を開始し、イベント開催や講演、研修会の講師などの当事者活動をしている。東京都ひきこもりに係る支援協議会委員/就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム議員等。 著書に『ひきこもりの真実―就労より自立より大切なこと』 (ちくま新書)。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。