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阿蘇火山と複合災害。“災害”と“恵み”が共存する日本で、私たちはどう備えるべきか?

熊本県阿蘇市にある阿蘇火山博物館の学芸員・豊村さん
熊本県阿蘇市にある阿蘇火山博物館の学芸員・豊村さん
この記事のPOINT!
  • 日本は111の活火山が集中する火山列島。複合災害のリスクと自然の恩恵は表裏一体
  • 災害記憶が風化し始めている。地震の教訓が具体的な備えや行動につながっていないことが課題
  • 行政の支援は「補助輪」。生活圏の地形や災害履歴を調べ、自分の命は自分で守る心構えが重要

取材:日本財団ジャーナル

もし、あなたの暮らす場所で、地震と噴火が同時に起きたら、どこへ逃げるかをすぐに判断できるでしょうか。

111もの活火山がある日本は、世界の活火山の約7パーセントが集中する火山列島です。地震が火山活動に影響を及ぼす可能性はたびたび指摘されていますが、南海トラフ巨大地震と富士山噴火の関連も議論され、地震と噴火の複合災害への関心が高まっています。

2016年の熊本地震では、揺れが起こった約半年後に震源に近い阿蘇山で爆発的噴火が発生しました。

地震と噴火が重なる「複合災害」の経験は、私たちの備えに何を教えてくれるのでしょうか。阿蘇山の成り立ちや火山活動を伝える、熊本県阿蘇市の阿蘇火山博物館(外部リンク)の学芸員・豊村克則(とよむら・かつのり)さんにお話を伺いました。

館内に展示された日本全国の火山の分布図の前で解説をする豊村さん
館内に展示された日本全国の火山の分布図の前で解説をする豊村さん

観光だけでなく防災も学ぶ。熊本地震が変えた博物館の使命

――阿蘇火山博物館は、どのような施設なのでしょうか。

豊村さん(以下、敬称略):もともとは、阿蘇山の中岳(なかだけ)火口の見学に行けない方のための観光施設として誕生しました。

現在は登録博物館(※)として、阿蘇山の歴史や火山活動だけでなく、火山が自然にもたらす影響や、そこに住む人たちとの関係までも多角的な視点で紹介しています。また、防災学習も重要なテーマの1つです。

展示や学習プログラムで明確に防災を打ち出したのは、2016年の熊本地震がきっかけでした。それまでも1990年代に雲仙普賢岳(うんぜんふげんだけ)の噴火があったり、2012年に九州北部豪雨があったりと、「最近、災害が多い」という認識はありました。

そこにきて2016年の熊本地震が起こり、私たちがしっかり取り組まなければと思ったんです。

  • 「登録博物館」とは、都道府県教育委員会または指定都市教育委員会の登録審査を受けた館のこと

――阿蘇火山博物館が防災を伝える上で、大切にしているポイントはどこでしょうか。

豊村:一般の方々と研究者の「つなぎ役」をするのが博物館の役割ではないか、と考えています。というのも、教科書に載っている災害についての基礎知識は、最先端の研究と比べると一歩、二歩遅れてしまいやすいのです。

かといって、一般の方が地震や火山の研究機関の最新データを見るきっかけもないですよね。そこを分かりやすくつないでいきたい。

私たちの話を聞いたから100パーセント命が助かるなんて大それたことは言えませんが、知らないことには対策もできないのです。備えの「きっかけ」をつくることが、防災の発信を行う上での一番の役割だと思います。

阿蘇火山博物館が展開しているプログラムの概要。学びの深さや目的に合わせて選べる8つのプログラムをマトリックス形式で掲載
阿蘇火山博物館では、教育旅行向けのプランとして、目的に合わせた探究学習や体験プログラムを展開するほか、館内学習やフィールド学習、出前授業を積極的に行っている。出典:教育プログラム – 阿蘇火山博物館
4つの教育プログラムの概要。「ミュージアムツアー」「防災」「SDGs」「水」をテーマに、それぞれの所要時間、フィールド、学習ポイントがテキストと写真でまとめられている。
阿蘇市自体がカルデラ内部にあるという特殊な環境を活かし、定番の「ミュージアムツアー」に加え、防災やSDGs、水をテーマにした探究学習を展開している。出典:教育プログラム – 阿蘇火山博物館

2度発生した震度7の地震。その半年後、真夜中に阿蘇山が大噴火

――熊本地震の半年後、阿蘇山の爆発的噴火が起きました。当時はどのような状況だったのでしょうか。

豊村:噴火が起こったのは、2016年10月8日の夜中の1時過ぎ。調査の結果、1万1,000メートルもの噴煙が上がり、噴出物の摩擦によって光る火山雷(※)が発生したとされていますが、映像はほとんど残っていません。

阿蘇市内でも広い範囲で小さな噴石が降り、火山灰が積もりました。私もその時、阿蘇市内にいましたが、小粒の噴石が窓ガラスに当たる「コツコツ、バチバチ」という音がすごくて、「窓が割れるのではないか」と思ったのを覚えています。

実際、火口に近い施設では窓ガラスが割れたり、車が損壊したりしています。もし日中に噴火していれば、通行人に噴石が当たってけがをしていたことも考えられます。真夜中で出歩いている人が少なかったのが不幸中の幸いでした。

  • 「火山雷」は、火山噴火に伴い、噴煙や周辺で、電光放電によって発生する現象のこと

――噴火が起こった後の街はどのような状態になったのですか。

豊村:駐車場に停まっている黒い車が、セメントを被ったようなグレーに変わるくらい灰が降りました。

火山灰が積もると路面との摩擦がなくなるので、ものすごく滑るんです。噴火当時の灰は湿っていたので、道路は「ぬるっ」としたゆるい粘土を敷きつめたような状態になって、車がスリップするのはもちろん、歩くのすら大変でした。

鉄道の線路も広範囲にわたって灰に覆われたため、除灰作業が追いつかず、翌朝の交通はかなり混乱しましたね。

――改めて、今振り返ると、熊本地震はどういう特徴のある地震だったのでしょうか。

豊村:いろいろな意味で特殊な地震だったことは間違いありません。

九州地方で初めて、2日間のうちに2度の震度7を観測。震源が一点に留まらず、大分から熊本を横断するようにドミノ倒し的に発生しました。国の耐震基準といったルールもあの地震で大きく変わりました。阪神・淡路大震災と並ぶ、日本の防災ルールに影響を与えた地震だと思っています。

火山灰にすっぽりと覆われた軽自動車。黒の車体が完全に灰色に変色し、雨で灰が流れた跡が縦縞模様のように残っている
噴火後、豊村さんの車が損壊した様子。黒い車体が降り積もった火山灰によってグレーになっている。画像提供:豊村克則
降灰後の道路の様子
阿蘇市内では路面一帯が覆われた状況も確認され、雨によって灰が粘土状になっている。画像提供:豊村克則

恩恵と災いは表裏一体。阿蘇の暮らしが教える火山との共存

――修学旅行や社員研修にも対応する、多彩な教育プログラムを展開しているのも阿蘇火山博物館の特徴ですが、その中で「災害」と「火山の恩恵」を合わせた、共存の視点による学習を行っているのが印象的でした。

豊村:以前は館内の展示を解説するだけのプログラムだったのですが、来館者に飽きられないような工夫を凝らす中で、ガイドの育成や教育旅行プログラムの作成が本格化していきました。

その過程で生まれたのが防災プログラム「火山と共存する阿蘇人(あそんもん)から学ぶ防災」です。さらに、「防災のエッセンスはそのままに、SDGsの観点を加えてほしい」という学校からの要望を受けて、「火山と共存する阿蘇人から学ぶSDGs」というプログラムが誕生しました。

――防災とSDGsは、異なるテーマのようにも感じられますが、どのように結びついているのでしょうか。

豊村:防災とSDGsは一見違うものに思えますが、実は阿蘇においてはとても近いのです。

なぜなら、阿蘇市があるのは、周囲約100キロメートルにも及ぶ「阿蘇カルデラ」の内部。阿蘇人は「火山の中」という環境に住み着いて生きてきました。その特徴は、豊かな自然の恩恵を享受できる一方で、災いにも何度も遭遇すること。

SDGsの考え方に「自然の恵みと自然災害はほぼ等しい」という概念がありますが、まさに阿蘇の暮らしそのものなんです。そして、火山と共存する阿蘇の環境は、ある意味で日本の縮図である、という見方もできます。

災害リスクが支える豊かさ。日本はハイリスク・ハイリターンの国

――火山と共存する阿蘇が日本の縮図、というのは具体的にはどういうことですか。

豊村:阿蘇の暮らしを見れば、火山列島である日本という国がどういう場所なのかがよく分かるからです。

まず、日本は世界の活火山の約7パーセントが集中している国ですが、世界で起こる地震の約1割が日本周辺で起きています。火山の側に住んでいる・いないを問わず、間違いなく自然災害のリスクが高い場所なのです。

一方で、自然の恩恵に目を向けると、世界に200以上の国や地域がある中で、水道水をそのまま飲める国はたった9箇所ほどしかなく、その1つが日本です。

豊かな水量を担保しているのは、世界平均(約1,000ミリ)の約1.4倍から2倍という雨量。阿蘇に至っては、年間3,000ミリもの雨が降ります。そして、火山が出した溶岩が天然のろ過器となってきれいな水が地下水として湧き出てきます。

おいしいお米を作るにも、水の担保は絶対条件です。世界では主食として小麦が主流ですが、それは水の確保が難しい地域でも環境適応力が高いからです。日本は水が豊かで、おいしいお米が採れる。それらを支えているのは災害リスクそのものなのです。

同プログラムは学校だけでなく、社員研修や自治会でも利用されていて、参加者は小学4年生から最高齢80歳までいますが、「日本がこれほど超ハイリスク・超ハイリターンの場所だと改めて知った」という声を多くいただいています。

館内で、阿蘇市に広がる阿蘇カルデラについて解説する豊村さん
阿蘇市に広がる阿蘇カルデラについて解説する豊村さん。阿蘇火山博物館では、豊村さんをはじめとした学芸員の案内で館内を巡ることができる

忘れてはいけない過去の教訓。自分の命は自分で守る意識が大切

――熊本地震の発生から10年が経過しました。災害の記憶は地域内でどのように受け継がれているのでしょうか。

豊村:正直にお話しすると、すでに忘れられ始めているのを感じます。10年経つと、熊本で地震があったことすら知らない小学生もいます。

実際に体験した人だとしても、嫌な体験は忘れてしまいたいという心理が働くものです。しかし、嫌な体験は忘れても、地震の教訓を忘れてはいけません。

――その「忘れてはいけない教訓」とは、具体的にどういったことでしょう。

豊村:地震が起こるまで、熊本では「県内で大きな地震は起きない」という、根拠のない言説が聞かれることがありました。

でも、実際には非常に大きな地震が発生しましたよね。しかも熊本地震は「複合災害」でした。本震で地盤がゆるんだところに水害級の大雨が降って、土砂崩れが激増。噴火だけでなく「地震+水害」も起こったのです。

この時に学んだ教訓は、自分の生活圏でどんな自然災害が起こり得るのかをあらかじめ知っておくことの重要性です。それが分かれば、どういう被害に遭う可能性があるのかシミュレーションできますし、どのような備えが必要かも見えてきます。

館内にある阿蘇火口のジオラマ。阿蘇山の火口から巨大な噴煙が立ち昇る様子が再現されている
館内にある阿蘇火口のジオラマ。特撮美術監督・デザイナーとして活躍した井上泰幸(いのうえ・やすゆき)さんが手がけた。ボタンを押すと、ジオラマが動き出し、阿蘇の成り立ちを学ぶことができる

「知る・シミュレーションする・備える」。自助を実現する3つのステップ

――確かにそうですね。地域で起こり得る自然災害の可能性を知るために、どういう方法が有効でしょうか。

豊村:「知る」「シミュレーションする」「備える」の3段階で考えると良いですね。最初に始めるべきは、自分が住んでいる場所の地形と年間の雨量、火山や断層の有無を調べること。

併せて確認するのは「地名」の由来です。例えば、「蛇」や「龍」が付く場所は土石流や川の氾濫といった水害を表している事例が見られます。いわゆる「災害地名」として後世への警告として残したはずが、宅地開発によって名称変更されるケースもあるので、確認してみると良いですね。

そうやって地域を調べ、リスクを想定できたら、答え合わせのような気持ちで国や自治体が発行するハザードマップを見てみましょう。最後にハザードマップを見る理由は、あの内容はあくまで発生の目安であって、生命の安全を担保するものではないからです。

――そうやって住んでいる地域の地形のリスクを理解した上で、被災したときのシミュレーションをしてみるわけですね。

豊村:その通りです。例えば、水害が起こった場合は、一般に「高台に避難する」とされますが、もし真夜中に洪水が発生した場合はどうでしょうか。状況が分からない中で外に出て流されでもしたら、誰にも気づいてもらえないかもしれません。

マンション住まいなら、上の階に逃げる「垂直避難」を選ぶのはどうか、戸建てなら近くのビルや他人のアパートでも「命を守るために入れてください」とお願いしてはどうか、などを考えてみるわけです。

そうやってあらかじめイメージしておくと、どういう備えが必要か、具体的に考えやすくなると思います。

――なるほど。確かに自分の環境に合った備えが想像しやすくなりそうです。

豊村:一般的な防災プログラムによくある「タンスを固定しましょう」のような声かけは、あくまで地震対策で、水害には役立ちませんよね。自分の生活圏で起こり得る災害に合わせた準備こそが、本当の「備え」であり「自助」だと思います。

――実際に、そうした「自分に合った備え」を意識されたご経験はありますか。

豊村:私は熊本地震の前震を感じた時、「次に大きな揺れが来たらどこに逃げるのか」をすぐにシミュレーションしました。

住まいの近くに障害物のない広い空き地があったので、本震が来た瞬間にすぐ車でそこへ移動したのです。車の中なら倒れてくるものがないですし、プライベートなスペースも確保できる。「これで今晩死ぬことはない」という環境をつくれて少し安心できました。

行政の支援はあくまで「補助輪」のようなものですから、「国や県など自治体がなんとかしてくれる」という考えはいったん捨てる。何かあったときに自分の命を助けられるのは自分しかいない、という気持ちで備えてほしいです。

――そういった過去の教訓を、プログラムでは語り継いでいるのですね。

豊村:熊本地震での経験は、やはり忘れてはいけないものだと考えます。私たちが伝えていくことで、万が一のときに活かしてもらえる。そうやって、何かあったときに生き残ってもらうことこそが、阿蘇火山博物館の1つのミッションだと思います。

地震で激しく散らかった事務室の内部。大きなキャビネットが倒れ、書類やファイルが床一面に崩れ落ちている
地震後、豊村さんが博物館に初めて訪れた時の様子。同館は火山現象発生時に利用者の円滑な避難を確保すべき「避難促進施設」としても機能する。画像提供:豊村克則
阿蘇火山博物館の前に広がる、霧に包まれた草千里
阿蘇火山博物館の前には草千里が広がり、その背景には烏帽子岳が眺められる

地震と噴火の複合災害に備えるために、私たち一人一人ができること

豊村さんに、地震と噴火の複合災害に備えるために私たち一人一人ができることについて、3つのアドバイスを伺いました。

[1] 自分の生活圏で「何が起こり得るか」を調べてみる

自治体のウェブサイトや地域の図書館には、その地域の災害履歴や地形の情報が記録されている。自分の住まいや職場など、生活圏内にどのような災害リスクがあるのかを調べ、遭遇し得る被害について考えてみると、災害時の心構えの土台になる

[2] 「もしここで被災したら」と、頭の中でシミュレーションしてみる

生活圏内の災害リスクが見えたら、次は「自分がどこにいるときに、どんな目に遭うか」を想像してみる。自宅、職場、通勤・通学路。昼、夜など。それぞれの場面で、どこに逃げるか、何が必要かを考えるだけでも、いざというときの判断力や行動の俊敏さが変わる

[3] 調べたことを身近な人と共有し、「共助」の土台をつくる

調べたことや、そこで得た気づきを、家族や友人、地域コミュニティーと共有する。「この地域ではこういう災害が起こり得る」「逃げる場所はここがいいかもしれない」などと話し合うだけでも、備えに対する意識は変わり、周囲の命を守るきっかけにもなる

最大震度7の揺れをもたらした2016年の熊本地震では、震源に近い阿蘇山が直後に小規模噴火し、約半年後には大規模噴火も発生。地震、噴火、水害が重なる「複合災害」への備えを考える重要な事例となりました。火山列島で暮らす私たちが何を備えるべきかを学ぶべく、阿蘇火山博物館の豊村さんに話を伺いました。

阿蘇火山博物館では、日本全国の火山の分布図が展示されていました。豊村さんから「この図を見て、地震や噴火の影響を受けない地域はどこだと思いますか?」と問われ、隅々まで眺めましたが、「これぞ」という場所が見つかりませんでした。

言葉に詰まり「どこにも安全なところはなさそうに見えます」と答えると、「その通り。正解です」と豊村さん。博物館が防災教育を続ける理由が、その一言に凝縮されているように感じました。

豊かな自然の恵みを受け取ることは、災害の脅威から目を背けないことと表裏一体。日本に暮らす私たち全員が、あらためてそれを意識しなければいけない、と強く感じた取材でした。

撮影:永西永実

  • 掲載情報は記事作成当時のものとなります。