社会のために何ができる?が見つかるメディア
【社会的養護「18歳」のハードル】必要なのは「信頼できる大人」の支え。日米の若者たちの声を社会に届けるIFCAの取り組み
- 社会的養護のもとから自立した若者は、それまで育った環境とのギャップに苦しみ、つまずくことが多い
- IFCAでは、日本とアメリカの若者の架け橋となり、かれらの声を社会に届ける事業を行っている
- 「信頼できる大人」の支えが、自立後のリスクから若者を守り、かれらが健全な人間関係を築いていく上での鍵となる
取材:日本財団ジャーナル編集部
厚生労働省の調べでは、日本には社会的養護(※)のもとで暮らす子どもが約4万5,000人(2018年10月時点)いる。彼・彼女らは児童福祉法のもと18歳になると「自立」を求められ、毎年約2,000人が、児童養護施設や里親家庭から卒業していく。
- ※ 子どもが家庭において健やかに養育されるよう実親や親族を支援する一方、親の虐待や病気等の理由により親元で暮らすことのできない子どもを里親家庭や児童養護施設等において公的に養育する仕組み
その多くの若者が住居費や生活費を自分で稼がなければならず、経済的な理由に加え体力的・精神的な疲労から、進学を諦める、あるいは就職しても長く続かない、といったケースも多い。
そんな社会的養護のもとから自立する若者にどのような支援が必要か。私たちに何ができるのか。
今回は、日本とアメリカの若者をつなげ、かれらの声を社会に届ける活動を展開する特定非営利活動法人「IFCA(インターナショナル・フォスターケア・アライアンス。通称イフカ)」(別ウィンドウで開く)のエグゼクティブ・ディレクターを務める粟津美穂(あわづ・みほ)さんにお話を聞いた。
日本とアメリカ、18歳の若者たちがぶつかる壁
「日本とアメリカでは教育制度に違いがありますが、社会的養護から卒業した若者が直面する大きな壁の一つが進学です。その原因の一つとして、これまで過ごしてきた環境と新しい環境のギャップと言えるかもしれません」
そのように語る、日本とアメリカで社会的養護のもとで育った若者が交流を通じて得た国際的な視野と経験を携えて共に活動する場をつくってきた、IFCAの粟津さん。
「大学生活では、いろいろな事が起こります。一般的な家庭で育った若者は、親から大学に行くのは普通であること、そしてキャンパスの過ごし方についても事前に教えてもらえます。でも施設で育った若者は、家族の中で大学に進学した人がいなかったり、中には去年までホームレス生活を送っていたりする若者もいるのです。入学後にどんな生活が待っているのか不安を抱えている子も多く、『自分には場違いな気がする』と言う言葉もよく耳にします」
他にも自分のことを理解してくれる仲間がいない、家庭環境などのバックグラウンドを知られたくない、過去のトラウマが整理できず、精神的な問題に引き込まれてしまい退学に至るケースも多い、と粟津さんは言う。
そんな心理的な壁は、就職においても若者たちの前に立ちはだかる。
「これは、日本とアメリカの両国に共通して言えることですが、施設や里親家庭で育った若者の共通点は、柔軟性を身に付ける機会が少ないところ。規則通りの施設の生活から一歩外に出ると、うまく人間関係が築けない子が多いんです。職場でも上司と問題を起こし、日常生活でも友人や異性との関係が続かないことが多いですね。そして、その問題についてどこへ支援を求めていいか分からない、その気力もないというのが実情です」
国ごとに異なる壁もある。多種多様な人々が暮らすアメリカでは、ネイティブ・アメリカンの子どもの白人家庭への委託にまつわる多くの問題が歴史的な背景として在る。近年においては、信仰心の厚いキリスト教徒の家庭に措置されたLGBTQ(※)の子どもへの差別的な対応を巡って論議が起こっている。
- ※ レズビアン(女性同性愛)、ゲイ(男性同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)、トランスジェンダー(生まれたときに区分された性別に違和感がある)、クエスチョニング(自分の性別、好きになる相手の性別が分からない)の英語の頭文字を取った性的少数者の総称
また、予防的な治療を十分に受けることなく自立した若者が薬物依存に陥ってしまいやすいケースもあるという。
一方日本では、アメリカに比べて社会的養護が施設での養護に偏ってしまっていることや、そもそも社会的養護の子どもに対する理解が不足している点に課題があると粟津さんは言う。
実際アメリカでは、施設は発達や行動に難しい問題を抱える子どもたちが治療を受ける場所で、子どもの8割近く(2010年前後の状況)が里親家庭に委託される。
「アメリカの大学には、公費や助成金で運営されている社会的養護出身の若者をサポートする機関があります。そこには専門職のスタッフがいて、当事者の若者たちが集まったり、個人面談したりするスペースがあります。仲間づくりや、休暇中に大学の寮が閉まったときの住まい探しなどの手助けを行っているところも珍しくありません。こういった制度が日本にもあればいいのにと感じています。また、アメリカでは法律に携わる専門家が当事者である若者たちに意見を聞くこともありますが、日本ではかれらの声をすくい上げて法廷などで代弁する専門職が少ないだけでなく、自分の進路や将来計画について話し合う重要な会議に参加させてもらえないという、非常に基本的で難しい問題に直面していると思います」
2カ国を比較することで、お互いの良い点や悪い点が明確になり、根底にある問題なども浮き彫りになってきたと粟津さんは話す。
子どもたち自身の手で社会を変える
「IFCAの設立は2012年。それまで私は、ルポライターとして子どもたちの記事を書いたり、子どものメンタルヘルスに携わる仕事や、ワシントン州の児童保護局などでアメリカの子どもたちと向かい合う仕事をしたりしてきました。その中で感じたのが、日本人でありながらアメリカで長年、社会的養護の分野で仕事を続けてきた次のステップとして『自分の経験と能力を生かして両方の国に利益になるユニークなことをしたい』という気持ちです」
長年、保護児童と関わる仕事に就いていたが、かれらが自立することの難しさを感じ続ける日々でもあったという粟津さん。そういった経験を経て、IFCAの立ち上げに至ったという。
「私が学生の時、何かを成し遂げようとしたらマクロとマイクロの2つの視点を持つ大切さについて教わりました。長年、子どもたちに関わる仕事をしてきたことがマイクロなら、今度はマクロで何かをしたいと思ったんです」
IFCAが取り組むプロジェクトは大きく3つに分かれる。
- ユース(社会的養護の当事者)
- 日本とアメリカのユースメンバー(当事者の若者たち)が協働して、グローバルな児童福祉の変革を目指す事業
- ケアギバー(子どものケアにあたる人たち)
- 里親や親族里親を支援することによって、子どもたちが安全に暮らせるプログラムを広めていく事業
- プロフェッショナル(児童福祉の仕事に携わる人たち)
- 子どもたちや、かれらのケアにあたる人たちに最上の結果をもたらす治療法やプログラムを広めていく事業
特に注目したいのが、日本とアメリカの当事者の若者たちが、1年に1度、お互いの国を訪ね、児童福祉の制度や仕組みについて学び、自分たちの経験と提言を、さまざまな場で発信するユース事業だ。
「日本とアメリカのユースたちが協力することの意味は、お互いの良いところを学び、足りないところを補い合うところ。例えば、日本のユースたちは、アメリカのユースと比べて、自分たちの主張する社会的な場や機会が与えられていません。日本とアメリカの社会的養護について知り、自分たちの権利や制度の在り方について発信していく能力とスキルを身に付けてもらえたらと。また、アメリカのユースたちには、まず自国のシステムを十分に学び、アメリカの社会的養護が世界の中でどのような位置・状況にあるのかを客観的に見る力を養い、他国の同年代のユースの声に耳を傾ける姿勢も学んでほしいと考えています」
現在、IFCAユースチームの若者たちは、子どものための権利章典(※)の作成や、ユースのための政策を提言するにあたってのリサーチなどを行っているという。
- ※ 人権を規定した法典のこと
100の支援制度よりも「信頼できる大人」が1人でも多くいること
アメリカにおける社会的養護のもとで育った若者の支援で特徴的なのが「サポーティブ・アダルト」という大人の存在だ。
サポーティブ・アダルトとは、若者たちが自ら選んだ信頼できる大人のことで、かれらの身内(実親は含まれない)や、身近にいる先生やコーチなど、信頼が置けて、連絡も取りやすく、継続的な関係を築ける大人のことを指す。
若者たちは、自ら伴走してほしい人に声をかけ、その役目を説明した上でサポーティブ・アダルトになってもらう。
「社会的養護を離れる若者には、心を開いて話し合うことができ、自分を支えてくれる大人が必要です。そんな大人の存在が、かれらの社会的・経済的な状況を改善するものと考えています。1人、もしくは複数の大人の愛情や支援は、若者たちの前に立ちはだかるあらゆるリスクからかれらを守り、健全な人間関係を築いていく上での鍵になるのです」
IFCAでは、若者たちが意味のある「社会参画」と「自己挑戦」ができるよう、目標を設定した上で活動に当たっている。
「社会的養護のもとから自立する若者が、毎年、アメリカには約2万人、日本には約2,000人いると言われています。とある若者は『たった1人でもよい。措置解除になる前に、自分を親身になって応援し、寄り添い、支える大人が必要だ』と言いました。国や制度の違いを超えて、ユースたちが今最も必要としているものはこの、サポーティブ・アダルト=信頼できる大人なのではないでしょうか」
〈プロフィール〉
粟津美穂(あわづ・みほ)
東京都出身。渡米し、カリフォルニア州立ポリテクニック大学卒業後、時事通信社ロサンゼルス支局の記者となる。その後、独立し、アメリカの子どもや女性に関する連載記事を執筆。1990年代には、地域のDV被害者のための施設やユース・カウンセリング・プログラムの活動に参加し、南カリフォルニア大学福祉学科で修士号を取得。ベンチュラ郡・精神保健局、少年院でのインターンを経て、カリフォルニア州立精神科病院ソーシャルワーカーとして勤務する。2012年にはIFCAを立ち上げ、社会的養護のもとで育った若者が自ら声を上げられる仕組みづくりを行っている。著書に『ディープ・ブルー』『こんな学校あったらいいな ミホのアメリカ学校日記』。ワシントン州、シアトル在住。
特定非営利活動法人IFCA 公式サイト(別ウィンドウで開く)
特集【社会的養護「18歳」のハードル】
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。