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【社会的養護「18歳」のハードル】幸せになってほしいからきちんと叱る。アフターケア事業部が取り組む一人立ちするための支援

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社会的養護のもとで育った若者が社会で生き抜いていくことができるよう支援に取り組むアフターケア事業部の藤川澄代さん
この記事のPOINT!
  • 児童養護施設で育った若者の多くは自立後、施設の生活と社会生活とのギャップに苦悩することが多い
  • アフターケア事業部ではソーシャル・スキル・トレーニングを通して若者の自立を支援
  • 社会的養護の子どもや若者には与える支援だけでなく、生きる力を引き出し、見守る支援が必要

取材:日本財団ジャーナル編集部

さまざまな事情で実の親と暮らすことができず、社会的養護(※)のもとで育った若者たちは、原則18歳になると「自立」を求められる。社会に出た多くの若者たちがつまずく壁が、それまで暮らしていた児童養護施設や里親家庭との生活環境のギャップだ。

  • 子どもが家庭において健やかに養育されるよう実親や親族を支援する一方、親の虐待や病気等の理由により親元で暮らすことのできない子どもを里親家庭や児童養護施設等において公的に養育する仕組み

そんな壁を乗り越えるために、若者たちにどのような支援が必要で、私たちに何ができるのか。

今回は、自立を控えた児童養護施設等の児童福祉施設や里親家庭の若者を対象に、社会を生き抜いていくための知識・スキル教育に取り組む社会福祉法人大阪児童福祉事業協会「アフターケア事業部」(別ウインドウで開く)の藤川澄代(ふじかわ・すみよ)さんに話を聞いた。

社会的養護で育った若者が自立するために必要な準備

私たちは無意識のうちに、社会的養護のもとで育った若者たちのことを「かわいそう」だという目で見てはいないだろうか。「その見方が、そもそも間違っているんです」とアフターケア事業部の藤川さんは力を込めて話す。

「実際に子どもたちと関わるようになるまでは、私自身も『施設の子はかわいそう』と思っていました。確かに親と暮らすことができない彼らは、とても気の毒な境遇です。でも、施設にいれば衣食住が確保され、各施設の職員が本当に大切に育ててくれる。この仕事を始めてから、親元にいながらひどい環境で育っている子どもたちにもたくさん出会いました。ですから、改めて施設で育った子どもたちはとても幸せだと思います」

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「日本財団夢の奨学金」のソーシャルワーカーも務める藤川さん

児童養護施設で育つ子どもたちは大人たちに守られながら育つ。愛情をたくさん受けることは必要だが、一方で守られ過ぎるあまり、社会に自立して壁につまずいたときに立ち直りに時間がかかるケースも少なくないという。

「施設では常にたくさんの職員に囲まれながら、にぎやかな環境で過ごしてきた彼らですが、社会に出た途端にそのつながりがどうしても希薄になり、一人で生活をすることになります。そのギャップと孤独に耐えながら生活をしていく中で、失敗をしたり、傷ついたりすると、ひどく落ち込んでしまう子も少なくありません。世の中の人は施設の先生みたいに優しい人ばかりじゃないし、いつも面倒を見てくれることが当たり前ではない。それを施設にいる間に教えることは、社会で生き抜く力をつけるためにとても重要なことだと思います」

施設出身の若者は、世間では「当たり前」とされる知識を知らないことも多い。藤川さんは社会に出た若者たちが、仕事で怒られたり、失敗したりして、会社に行けなくなる場面をたくさん見てきたという。

少しでも彼らと社会とのギャップを埋めるべく取り組んでいるのが、自立支援プログラム「ソーシャル・スキル・トレーニング」(別ウィンドウで開く)だ。

これから自立を控えた大阪府下の児童福祉施設に入所中の児童や里親委託児童を対象に、1年間、全13回にわたって行われ、一人で生活を営んでいく上で必要な知識や社会常識などを学び、生活技能を体得することを目的としている。

マナーや身だしなみ、話し方だけでなく、正しい薬の知識、金融教育、身近な法律の話などさまざまなプログラムが用意されており、全て若者たちの失敗談をもとに考案されたものだ。

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ソーシャル・スキル・トレーニングは、大阪の格式あるホテルを会場に実施される

トレーニングで身に付けた知識やスキルが、生き抜く力を育てる

ソーシャル・スキル・トレーニングの講習は、職場で人間関係を築く上で必要なビジネスマナーから始まる。

「当たり前のように思えてできない子が多いのが、挨拶です。ある施設で育った若者で、『僕はちゃんと挨拶しているつもりなのに、上司に叱られました。施設でも学校でも、挨拶ができると褒められていたのに』と言ってきた子がいました。どんな挨拶をしているのか尋ねてみたら、『あざーす!』という感じで(苦笑)。施設や学校ではそれで済んだかもしれないけれど、職場ではそうはいきませんよね。でも、彼はなぜだめなのか分からない。彼にとっては『施設や学校の先生も、職場の上司も同じ大人でしょ?』という感覚なのです」

社会的養護のもとで育った若者の多くは、自尊感情が低く、世間に引け目を感じやすいと言われている。

だから、「社会に出る前にいろんな経験を積み、少しでも自信をつけることができたら」と、藤川さんは各プログラムの講師を、話し方セミナーでは現役アナウンサー、身だしなみセミナーでは大手化粧品や紳士服ブランドの社員など、全てプロフェッショナルに依頼している。

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ビジネスマナーで講師から美しいお辞儀の仕方を学ぶ若者たち
写真:職業適性セミナーで自分の性格の傾向と職業の適性を自己診断する若者たち
プログラムの中には、自分の性格の傾向と職業の適性を自己診断する職業適性セミナーなども行われる

「ソーシャル・スキル・トレーニングの閉講式では、一人ずつステージに立って自己紹介や挨拶をし、これまでに学んできたことを発表するほか、講師の皆さんに自分の言葉でお礼を伝えます。施設には多くの方からご寄付が届きますが、子どもたちはどこの誰から贈られたものかを知らないことが多いし、何か品物をご寄贈いただくことに慣れているなと感じる場面が多々あります。だから、あえてお世話になった方の顔を見て、自分の口から『ありがとうございます』と伝えるという経験がとても重要なんです。人前に立って自己紹介や発表をすることは、とても良い訓練となり、回数が重なるとその経験は自信になります。月に1回のわずかな時間ですが、失敗も含めて、たくさん経験を積んでほしいと思っています」

幸せになってほしいと願うから、甘やかさない

もう1つ、藤川さんが大切にしているのは、若者たちを決して甘やかさないこと。講義中に騒いだり、肘をつくなどの間違った姿勢でいたりすればきちんと叱り、若者が逆切れして怒って出て行ったとしても追いかけたりはしない。

「私は施設で育つ子どもたちをかわいそうだと思っていません。何も知らないまま社会に出ていくことの方がよほどかわいそうだと思っているから、叱ることができるのです」と藤川さん。

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アフターケア事業部では、施設を自立する若者たちのために職業体験会なども実施。写真は大手パン製造会社での体験会の様子

「講義中の姿勢やおしゃべり、その他にもたくさん叱りますし、ときには大きな声を出すこともあります。ただし、注意されたことができるようになればしっかり褒める。もしかしたら、日本財団さんの夢の奨学金のソーシャルワーカーの中で私が一番うるさいかもしれません」

そう苦笑する藤川さんだが、若者たちからの信頼は厚い。就職後も何かあるたびに悩みや相談を持ちかけられたり、結婚や出産の報告に訪れたりする若者も多い。

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自立後に若者が訪れるとうれしくなり、「ついお菓子やご支援企業からいただいた生活用品などあれこれ持たせてしまうんです」という藤川さん

彼らにとって本気で叱ってくれる藤川さんは、まさに「お母さん」のような存在だ。若者同士の口コミで「ソーシャル・スキル・トレーニングは本当に受けておいた方がいい」と広がり、受講者の数は年々増え続けている。

「甘やかすことと支援は違います。社会に出れば、施設で育ったからといって誰も特別扱いしてくれないし、わがままを許してくれるわけでもありません。親がいないことはいろいろな面で不自由さはありますが、子どもたちはもともと生きる力をみんな持っています。だから必要以上に甘えてほしくないし、周りの大人には、その力を引き出すお手伝いをしてあげてほしいと思います」

写真:施設出身の若者たちの就職を祝う食事会の様子
アフターケア事業部では、施設出身の若者たちの就職を祝う食事会なども毎年開催している
写真:ポケット付きのカレンダー
毎年、アフターケア事業部では自立する若者たちのために、生活費の管理用に領収書などを入れられるポケット付きのカレンダーを作成。相談連絡先も掲載している

一人ひとりの可能性を信じているからこそ、社会に出て壁につまずいときに、生い立ちや育った環境のせいにしてほしくないと語る藤川さん。

人生を切り拓くのは若者自身だ。失敗も含めてさまざまな経験を積みながら、伸び伸びと自分らしく生きていってほしい。そのためには施設にいる間だけでなく、社会に出るまでの準備期間、社会に出てからの支援が重要なのだ。

撮影:十河英三郎

〈プロフィール〉

社会福祉法人大阪児童福祉事業協会 アフターケア事業部

1964年に設立した児童福祉施設の出身者のための支援団体。さまざまな理由により施設での生活を余儀なくされた子どもたちが、施設を退所した後の社会生活において、健全で幸せな自立した生活を送れるように、相談援助活動事業や健全育成事業などの支援活動を展開している。
社会福祉法人大阪児童福祉事業協会アフターケア事業部 公式サイト(別ウィンドウで開く)

特集【社会的養護「18歳」のハードル】

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