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【社会的養護「18歳」のハードル】自立後の負担を解消し、支え合いの循環を生み出す。奨学生が語る夢の奨学金の意味

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夢の奨学生交流会に参加した4期生、5期生のメンバー
この記事のPOINT!
  • 社会的養護のもとから自立した若者は、経済的・精神的負担から進学を断念するケースが多い
  • 夢の奨学金では全ての奨学生にソーシャルワーカーが寄り添い、精神的ケアを含め就職まで支援する
  • 自立後の負担や不安を解消し、全ての若者が夢を諦めずに済む社会づくりを目指す

取材:日本財団ジャーナル編集部

社会的養護(※)のもとで育った若者たちは、18歳になると児童養護施設や里親家庭を出て自立することが求められる。

自立後は、住居費や生活費を自分で稼がなければならず、学びたい気持ちがあっても、経済的・体力的・精神的な要因で、進学を断念する者が多い。

  • 子どもが家庭において健やかに養育されるよう実親や親族を支援する一方、親の虐待や病気等の理由により親元で暮らすことのできない子どもを里親家庭や児童養護施設等において公的に養育する仕組み

日本財団では、そんな大学や専門学校で学びたいと願う若者の自立を支え、応援するために2016年より給付型の奨学金制度「日本財団 夢の奨学金」(別ウィンドウで開く)事業に取り組んでいる。

例年、奨学生同士の交流の場を定期的に設けており、2020年11月15日に新型コロナウイルス感染拡大防止策を講じ交流会が開催された。

当日は、プロサッカー選手でNowDo株式会社の代表も務める本田圭佑(ほんだ・けいすけ)さんから、100万円分の図書カード(別ウィンドウで開く)と共にビデオメッセージが贈られるといったサプライズもあり、奨学生たちを大いに勇気づけた。

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図書カード贈呈式では、NowDo代表を務める本田圭佑さんからビデオメッセージも届いた

今回は、交流会に参加した奨学生5人に、学校生活や将来思い描く夢などについて話を聞いた。

年齢に経済面、精神面…。若者が直面する自立の「壁」

「夢の奨学金に応募するまでは、大学に進学できたとしても、経済的な理由で卒業できる自信がありませんでした。施設の先輩の中には、最初から進学を諦めたり、すぐに中退してしまったりする人も多かったので」

施設から自立する若者の現状についてこう語るのは、夢の奨学金4期生の藤本(ふじもと)さん。高校を卒業後、現在は、福祉系大学で心理福祉学を学んでいる。

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施設の先輩がぶつかった進学の壁について話す藤本さん

一度大学を中退し社会人経験を経て奨学生となった夢の奨学金5期生の和地(わち)さんは、社会的養護のもとから若者が自立する際に「未成年であること」が大きな壁になるという。

「施設を出てから20歳になるまでの2年間は、賃貸契約やスマートフォンの契約など、保証人がいないことでつまずく人も多いんです。私は23歳で一人暮らしを始めましたが、家探しには苦労しました」

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親がいることが前提の社会について疑問を抱く和地さん(写真左)

大学や専門学校への進学率は、児童養護施設児が約28パーセント、里親委託児が約49パーセントで、特に施設は全高卒者の約74パーセント(2019年5月1日時点)と比べて極めて低い。

その理由には、経済面での問題が多い。

施設や里親家庭を出た若者は自分で住居や生活費を稼がなくてはならず、その多くが就労という道を選ぶ。たとえ進学できたとしても学費を工面するのに追われ、体力が持たずに中退してしまうケースも少なくない。

社会的養護のもとから自立する若者の障壁となるのは、経済的な負担や保証人の不在だけではない。

現在、専門学校でグラフィックデザインについて学ぶ夢の奨学金4期生の齊藤(さいとう)さんは、頼れる人がいない苦しさについて語る。

「将来に対して、いつも漠然とした不安と焦燥感がありました。何をするにも支えがない感覚で、壁にぶつかっても誰に相談したらいいか分からない。夢の奨学金に応募したのも、このままでいいのだろうかという焦燥感からでした」

そんな経済的な問題、体力的・精神的な疲労から、自立してもすぐに就学や就職で行き詰まってしまう若者が多いのだ。

安定した暮らしが送れるからこそ夢を追うことができる

社会的養護のもとから自立した後も、若者に夢を諦めないでほしい。夢の奨学金はそのような思いのもと設立された。

自立後の不安を少しでも解消するため、学費や生活費の支援だけでなく、全ての奨学生に「頼れる身近な大人」としてソーシャルワーカーが寄り添い、精神的ケアも含めて就職までサポートする。

「お金の心配をしなくていいという安心感に加えて、ソーシャルワーカーさんの存在にも助けられています。少し前に隣の部屋の騒音トラブルを相談したら、物件探しや引越し先の保証人についても親身になって相談に乗っていただきました」(和地さん)

「はじめのうちは相談するのに気後れしていましたが、少しずつ信頼関係を築き、いまはいろいろと相談に乗ってもらっています」(齊藤さん)

奨学生たちはソーシャルワーカーとの関係にまつわるエピソードを聞かせてくれた。

それを受けて「これまで、どこまで相談してよいのか迷っていたんですが、そんな身近なことでもいいんですね」と安心した様子の夢の奨学金5期生の熊井(くまい)さん。同じく5期生の大森(おおもり)さんはソーシャルワーカーと一緒に、自立を控えた後輩たちのサポートも行っているそう。

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ソーシャルワーカーとの関係について振り返る大森さん(写真左)と藤本さん

「僕を担当してくれるソーシャルワーカーさんが、自立を控えた若者を対象に社会で出て必要な知識やマナーを身に付ける『ソーシャル・スキル・トレーニング』(別ウィンドウで開く)を行っているので、後輩たちに『参加しておいた方がいいよ』って声を掛けたり、時には僕自身が参加したりすることもあります。自立後に起こりうる失敗を知り、正しい知識を学んでもらう機会の提供に協力できるのはうれしいですね」

ソーシャルワーカーは、奨学生たちにとって社会と円滑に関わり合うための存在とも言える。

そんな彼らは、夢の奨学金となったいま、どんな生活を送っているのだろう。

大学でモンゴル語を学んでいる和地さんは「ラグビー部のマネージャーをしているのですが、最近、少し時間に余裕ができて、アカペラサークルにも入りました」と笑顔を見せる。

大学に通いながら児童デイサービスとグループホームでアルバイトをし、公私共に福祉に関わる藤本さんは「子どもたちが本当にかわいいんですよ。一緒に遊びながら、勉強もさせていただいている感じです」と話す。

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目標に向かって頑張る仲間の存在が励みになると話す奨学生たち

「私の場合、金銭的な理由で進学できなかったので、高校卒業後は寮のある会社に就職し、音大受験を目指して毎月10万円ずつ貯金していました。ただ、防音設備のない寮では思うように楽器の練習ができないことが不安で…。講師の先生のアドバイスもあって、受験に専念するために仕事を辞め、アルバイトをしながら勉強していた時に、施設の先生に夢の奨学金のことを教えてもらいました。おかげさまで大学にも無事に合格し、気兼ねなく音楽の練習に励めています」

中学生の頃からプロのサックス奏者を目指す熊井さんは、充実した暮らしを送れていると話す。

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高校時代も将来の夢のためにアルバイト代を貯金していたという熊井さん

奨学生の中には、熊井さんのように社会人経験がある学生も少なくない。地域課題の解決に関心を持ち、大学で地域のコミュニティづくりについて学んでいる大森さんもその一人だ。

「僕は一度、別の奨学金制度を活用して大学に進学したのですが、家庭事情を誰にも相談できずに、退学をしてしまいました。再進学は諦めていたのですが、就職先の方に勧められて、もう一度勉強したい!と思うようになり夢の奨学金に応募したんです」

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辛いことも含めて人生の醍醐味だと思えると話す大森さん

同じく社会人経験がある齊藤さん、和地さんは2度目の応募で選ばれた。一人ひとりが強い意志と情熱を持って夢の奨学金に応募したのだ。

育った環境にとらわれず、しっかり前を向いて進む彼らは、実年齢よりも大人びて見えた。

支えられる側から支える側へ

2020年6月に実施された交流会は5期生にとっては初めての顔合わせの場だったが、オンライン開催だったため、今回がほとんど初対面だったという5人。しかし、すぐに意気投合し、さまざまな話題で盛り上がった。

「やっぱり対面で話せるっていいね」「同じような環境で頑張っている仲間がいるんだと思うと、力をもらいます」と笑顔が絶えなかった。

奨学生たちは、将来の夢について聞かせてくれた。

「交流会では本田選手をはじめ、たくさんの方が応援してくださっていることが実感できてうれしかったですし、もっと頑張ろうという気持ちにもなりました。将来の夢はまだ定まっていないのですが、外務省の公務員試験を受けたいとも思っています。民間企業に勤めるとしたら、モンゴル語の研究や辞書の編纂など、いま学んでいることを仕事や社会の役に立てることにつなげられたらと」

そう話す和地さんは、NowDoから贈られた図書カードをモンゴル語関連の書籍に使いたいと話す。

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図書カード贈呈式で、贈り主であるNowDo取締役副社長の鈴木良介(すずき・りょうすけ)さん(写真左から2人目)と記念撮影をする奨学生たち

藤本さんの夢は、自分の手で児童養護施設をつくること。

「僕は施設で年上の子たちにいじめられた経験から、子どもたちを助けられる職員になろうと思いました。ただ、職員になったとしても、意見を通せるようになるまでには時間がかかる。だったら、自分が理想とする施設をつくろうと、夢が変わったんです。社会的養護のもとで育った若者が自信を持って社会に出ていくことができるような、そんな新しい居場所をつくりたいですね」

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新しく友達ができてうれしい!と笑顔を見せる奨学生たち

熊井さんの夢は「プロのサックス演奏者になって、聴く人の励みになり、癒しになる音楽を届けたい」、大森さんは「夢の奨学金のおかげでやりたいことがいっぱいできたけど、一番やりたいことは、疲れた大人が童心に返って遊べる、学べる場づくり」、齊藤さんは「見る人、手に取る人の心を豊かにするデザイナーになりたい」。

みんなの夢に共通するのは、誰かを笑顔にする仕事がしたい、社会のために貢献したいという思い。

いま、夢に向かって邁進する若者たちへ、心からエールを贈りたい。

撮影:宮田絵里子

特集【社会的養護「18歳」のハードル】

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