社会のために何ができる?が見つかるメディア
【社会的養護「18歳」のハードル】道を切り拓く力を育むために。全国こども福祉センター荒井さんの支援の流儀
- 社会的養護のもとで育った若者は、自立してから孤独や苦悩を抱え込みやすい
- 自ら問題と向き合い解決する力を育むために伴走するのがソーシャルワーカーの役割
- 一方的な支援ではなく、ゆるくつながり続けることで若者たちの社会的自立を支える
取材:日本財団ジャーナル編集部
社会的養護(※)のもとで育った若者たちは、18歳になると児童養護施設や里親家庭からの「自立」を求められる。多くの若者は、社会経験が乏しいまま自立し、経済面、精神面などの負担から暮らしに行き詰ってしまうことも少なくない。
- ※ 子どもが家庭において健やかに養育されるよう実親や親族を支援する一方、親の虐待や病気等の理由により親元で暮らすことのできない子どもを里親家庭や児童養護施設等において公的に養育する仕組み
そんな中、日本財団では若者の自立を支え、応援するために2016年より給付型の奨学金制度「日本財団 夢の奨学金」(別ウィンドウで開く)事業に取り組んでいる。
今回は、夢の奨学金でソーシャルワーカーを務める全国こども福祉センター(別ウィンドウで開く)理事長の荒井和樹(あらい・かずき)さんに、社会的養護下から自立した若者たちがぶつかる壁や、彼らにとって必要な支援について話を伺った。
自分で問題に気付き、解決するための居場所づくり
「フィールドワーク(街頭での声がけ)をしていると、支援が必要なのに届いていなかったり、支援を受けていても生きることに対して無気力だったりする子どもや若者たちにたくさん出会います」
そう語るのは、名古屋を拠点に、子どもや若者たちの居場所をつくる活動を展開する全国こども福祉センター理事長の荒井さん。
子どもたちを保護したり、支援したりといった社会福祉につなげることばかりが解決策ではないと考える荒井さんは、フィールドワークとして毎週土曜日の夜に名古屋駅前など繁華街で若者たちに声をかけるなどのアウトリーチ活動(※)を行っている。
- ※ 援助機関を利用していない若者に積極的に働きかけること
言わばパトロール活動だが、その中心になっているのは、当事者である10代、20代の子どもや若者たち。児童養護施設の出身者や、家庭環境が複雑で居場所がないと感じている者、つい最近まで国籍がなかった者など、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーで構成されている。
着ぐるみを身にまとった全国こども福祉センターの同世代のスタッフが声をかけることで、大人に対しては心を許せない子どもや若者も警戒心を解き、足を止めやすくなる。
「どこ行くの?」と立ち話から始まった関係は、いつしか毎週顔を合わせるようになり、時間をかけて仲間になっていく――。
2012年の全国こども福祉センター創立以来、フィールドワークを通してつながった若者は累計14,287名に及ぶ(2020年3月末集計)。
全国こども福祉センターの活動目的を、学校でも児童養護施設でもない、新しい居場所づくりだと荒井さんは言う。
「子どもや若者たちが抱えている問題は本当にさまざまで、社会の仕組みだけでは到底解決できない。だから僕は、当事者である彼らを主体に活動を行っています。彼らがいろんな出会いを通して仲間をつくり、仲間と一緒に自分や他者が抱える問題と向き合っていく。その中で、自分で気付いて前に進んだり、生きる力を身に付けていったりしてほしいんです」
社会を生き抜くためのヒントを教える
「大人が一方的に支援するのではなく、自分自身が抱えている問題や課題に気付かなければ、本当の解決にはつながらない」
この荒井さんの理念は、ソーシャルワーカーを務める夢の奨学金の奨学生と接するときも変わらない。
夢の奨学金は、社会的養護のもとで暮らした経験を持つ若者を対象とした給付型の奨学金制度で、学費全額に加え、生活費や住居費もカバーし、全ての奨学生にソーシャルワーカーが寄り添い、精神面も支えるのが最大の特徴だ。
ソーシャルワーカーは、奨学生に対し電話やメールでの日常的なやりとりや、毎月1回程度の面談を行う。荒井さんの場合は、担当する奨学生が山口や福岡など離れた場所にいることから、現地の支援機関と情報共有しながら協力し合うなど、彼らが自分の生活する地域でサポートが受けられるための体制づくりにも力を入れている。
「僕は、彼らが何か困ったことがあったときに自分から動けるように、答えではなくヒントを伝えることを重視しています。できる限り彼らの選択を尊重し、失敗も否定しない。ただし、絶対に見放したりもしません。例えば、児童養護施設の中で大人たちに守られながら育った子どもたちは、お金の価値や使い方について知識が乏しい傾向にあります。以前、担当している奨学生が悪徳ビジネスに騙されかけたことがあるのですが、騙された人の事例や必要な情報は教えるけれど、本人が騙されたとしっかり気付くまでは見守ります。『どうすればいい?』と相談されたらもちろん応じますが、先回りして、こちらから手助けすることはしないよう心掛けています」
そんな荒井さんが、奨学生と関わる上で大切にしていることは、楽しい経験やおいしい食事を共にすること。
「大人もそうだと思いますが、楽しい時間を共有することで距離がぐっと縮まりますよね。一緒にスポーツしたり、面談の時に友達も呼んでもらって、一緒にご飯を食べることもあります」
荒井さんいわく、ソーシャルワーカーは奨学生たちが初めて深く関わる第三者の大人。友達とも兄弟とも少し違う、絶妙な距離感でゆるくつながりながら見守り、サポートする。これが荒井さんの流儀だ。
新しく出会う人とつながることから始める
これまで多くの奨学生に伴走者として関わってきた荒井さん。社会的養護のもとで育った若者にとって重要なのは、人とつながるスキルを身に付けるためのサポートだと話す。
「大切に育てられてきた施設や里親と離れて一人で生活を始めると、孤独に耐えられなくなる若者が本当に多いんです。また、新しい環境になかなかなじめないケースも多いですね。学校には自分よりも学力が高く、家柄も良く、何もかも優れているように見える若者がたくさんいます。今の自分や、自分が育ってきた環境とつい比べてしまい、仲間に入っていけないと感じてしまう子も少なくありません」
特に子どもの時に親から虐待を受けたり、見放されたりといった経験を持つ若者は自尊感情が低い傾向にあり、「自分には居場所がない」「どうせ自分なんて…」と、自分のことを肯定的に捉えることがなかなかできないという。
また、周囲に助けを求めることを苦手な若者も多いという。常に職員がそばにいて支えてくれる施設では自分から「助けてほしい」と言う機会はほとんどないからだ。
しかし、社会に出れば自ら声を上げなければ誰も気付いてはくれない。
「だから、まず僕たちが彼らとつながることを大切にしています。いろんな話をしたり、彼らのSNSを通して今どんなことに関心があるのかチェックをしたり、彼らを知るための努力を惜しみません。世の中には『助けて』と声を上げることがカッコ悪いと思っている人が多いけれど、動物だって群れをつくって助け合いながら生きている。そして、愛されたい、幸せになりたいという気持ちはみんなが持っている共通する想いです。人と人との持ちつ持たれつの関係が、自然であり、尊重される社会になったらいいなと思います」
社会的養護のもとで育った若者に対し「社会が無条件に支援すべきだという文化が、かえって若者たちの機会を奪ってしまう」と荒井さんは繰り返す。
彼らが今、どんな問題と向き合い、何を求めているのか。私たちに必要なのは、目の前にいる若者に関心を持ち、その声に耳を傾ける姿勢を持つことではないだろうか。
撮影:宮田絵理子
〈プロフィール〉
荒井和樹(あらい・かずき)
1982年、北海道生まれ。日本福祉大学大学院卒。児童養護施設職員として在職中、教育や公的福祉の枠組みから外れる子どもたちと出会い、支援の重複や機会の不平等に直面する。子どもたちを支援や保護の対象(客体)として捉えるのではなく、課題解決の主体として迎え、2012年に全国こども福祉センターを組織、2013年に法人化する。繁華街やSNSで子ども・若者とフィールドワークを重ね、8年間で、1万4,000人以上の子ども・若者に活動できる環境を提供。日本財団夢の奨学金奨学生選考委員会の委員を務めている。著書『子ども・若者が創るアウトリーチ 支援を前提としない新しい子ども家庭福祉』(アイ・エスエヌ)主な論文に「若年被害女性等支援モデル事業におけるアウトリーチの方法」『日本の科学者』(本の泉社)。
全国こども福祉センター 公式サイト(別ウィンドウで開く)
特集【社会的養護「18歳」のハードル】
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。