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日立製作所が開発した「浸水被害予測システム」。自治体や民間企業との連携で水害の被害を減らす

- 日立製作所は洪水を予測し、被害を最小限に抑えるシステムを開発している
- 「田んぼダム」(※1)など小規模な対策も取り入れ、総合的な流域治水(※2)を目指すことが重要
- 候変動に伴い水害リスクが高まっている。自治体だけでなく民間企業や一般市民も意識を高めていく必要がある
- ※ 1.水田が持つ貯水機能を利用し、大雨が降った際に一時的に水を貯め、時間をかけて排水することで、排水路や河川の水位上昇を抑え、洪水で溢れる水の量や範囲を抑制する、被害を軽減することができる取り組み
- ※ 2.集水域(雨水が河川に流入する地域)から氾濫域(河川等の氾濫により浸水が想定される地域)にわたる流域に関わるあらゆる関係者(国・県・市町村・企業・住民等)が協働して、水災害対策を総合的かつ多層的に取り組むこと
取材:日本財団ジャーナル編集部
2024年7月、東北地方を中心に記録的な大雨に見舞われ、河川の氾濫や堤防の決壊、集落の浸水など甚大な被害をもたらしました。
これに限らず、近年は気候変動による豪雨が度々発生し、水害のリスクは高まっています。国や自治体にとって、水害の防止や軽減を図る治水対策は重要な課題といえるでしょう。
- ※ こちらの記事も参考に:史上最も暑かった2023年の異常気象は、地球温暖化が原因?(別タブで開く)
株式会社日立製作所(外部リンク)は、河川の地形データや降雨データを組み合わせて洪水を予測し、被害を最小限に抑えるシステムを開発しています。また自治体と連携し、洪水予測を避難指示に活用するための共同研究も実施しています。
今後、日本ではどのような水害が起こりうるのでしょうか。また、水害リスクを低減するために、私たちができることとはなんでしょうか。
今回、日立製作所で水・環境ビジネスユニットに所属する松井隆(まつい・たかし)さんと、同研究開発グループの山口悟史(やまぐち・さとし)さんにお話を伺いました。

6時間前に洪水を予測できれば、正しい避難指示が可能に
――日立製作所では、水害対策に取り組まれているとお聞きしました。概要について教えてください。
松井さん(以下、敬称略):大枠として「洪水シミュレーションソフトの開発」と、「被害を低減する方法の研究と開発」の2つがあります。
一口に水害といっても、土砂災害であったり、洪水であったりと、さまざまな種類がありますが、突き詰めるとやはり雨なんですよね。ですので、どれくらいの降雨でどのように川が氾濫するのかシミュレーションするためのソフトウェア「DioVISTA(ディオビスタ)」を開発しています。
もう一つは、水害の際、どの道路が使えなくなるか、浸水を免れる避難所はどこかを把握するといった、人的被害を少なくする「減災」に対する研究と開発です。こちらは近年、自治体と共同で開発しています。
――自治体とはどのような連携をしているのですか。
松井:1つが山形県東根市との共同研究です。きっかけは、2020年7月に最上川で発生した豪雨でした。
現状の避難指示の基準は、例えば「80ミリメートル以上の雨が3時間以上続いたとき」など、ややアバウトな条件で出されているんです。しかし、2020年の豪雨では条件に当てはまらず、東根市の避難指示は周辺自治体よりも遅くなってしまいました。
そのため、自治体として適切な避難指示を出すための情報が必要である、という話になり、弊社との共同研究が始まりました。
共同研究では、エリア単位の降雨や河川の断面、堤防、水門、ダムなどの情報を収集し、DioVISTA上で2020年7月の状況を再現するシミュレーションを行いました。その結果、約97パーセントの精度で当時の水害の状況を再現できたんです。
データがあれば6時間前には被害の予測ができるということが分かりました。水害は地震と違って、ある程度予測ができるんです。

松井:6時間前に予測できれば、避難すべき地域の人たちに対して、正しい避難指示を発信できます。
現在は、青森県にも「浸水被害予測システム」という形で導入しております。こちらはリスクマップ作りにも活かせるんですよ。
――ハザードマップは聞いたことがありますが、「リスクマップ」とはどんなものなのでしょうか。
松井:ハザードマップは、起こりうる最大の浸水被害を図で示したものです。
それに対して、リスクマップは確率で表します。「この地域は150年に1回」「ここは50年に1回」といった確率ごとに、洪水が起こるリスクを示す地図なんです。
いま全国の自治体がリスクマップの作成に取り組み始めているところで、そのためのツールとして青森県に弊社のシステムをご利用いただいています。

――日立製作所はなぜ水害対策に取り組み始めたのでしょうか。
松井:私は以前から、防災に関するシステム構築や運用に携わってきました。
2015 年9月の関東・東北豪雨の際、鬼怒川の堤防が決壊し、大規模な水害が発生しました。そのとき既に仮の浸水予測システムを作っていたのですが、それを見た災害派遣医療チームDMAT(※)の人たちが、「この予測をもとに動いていれば、浸水被害が起こる前に病人の搬出ができたのではないか」「こういう情報は災害現場に必要なので、ぜひ実用化してほしい」と話していたんです。
災害現場で対応する人からのニーズが非常に高いということが分かっていましたし、今後日本でこういった需要は高くなると予想していましたので、日立製作所でも水害対策のプロジェクトがスタートしたんです。
- ※ 災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム。Disaster Medical Assistance Teamの頭文字をとって「DMAT(ディーマット)」と呼ばれている。
田んぼに水をためるなど、全体を俯瞰した「流域治水」が重要
――日立製作所のシステムは、自治体を中心に活用されているのでしょうか?
松井:自治体だけでなく、民間企業でも活用いただいております。
弊社から情報提供という形で活用いただいているところもあれば、自治体によっては「自治体独自のシステムを構築して、運用したい」という要望もあるので、仕様に合わせたものを作って納品しています。
民間企業の場合、電力、ガス、水道といったインフラ系企業から、物流、小売、保険会社など、さまざまな企業から「事前に浸水被害を把握したい」といったニーズがあるんです。
――「シミュレーションによって被害を防げた」といった事例、成果は出ているのでしょうか。
松井:リアルタイムに浸水予測することで大きな被害を防いだ事例はまだありませんが、早ければ2024年度にも実績が出てくるだろうと考えています。現状では、浸水想定やシミュレーションにより、「堤防をもっと強化しよう」といった街づくりや治水工事で活用していただいています。
――「浸水被害予測システム」は、現在どのような改良、開発がされているのでしょうか。
山口さん(以下、敬称略):近年は、川の流域全体を俯瞰した流域治水の考えが広がっており、それに対応する機能を追加しています。
例えば、「田んぼダム」という取り組みが注目されつつあります。田んぼに水をためることで川に出ていく水の量を減らし、洪水の防止につなげるんです。
「田んぼダムを活用すれば、河川への浸水がこれだけ減る」といった数字やシミュレーション結果を示し、社会的な理解を深めていくことが、治水において重要なことだと考えています。

――治水と聞くと堤防やダムなどの建造物をイメージしますが、それだけではないんですね。
山口:そうですね。従来の治水は川を太くしたり、ダムをつくったり、何十年もかけて施工するようなものが主流でした。ただ、地域単位でも取り組める田んぼダムのような小規模な治水対策も、近年注目されています。
シミュレーションの結果を見ても、田んぼダムのような地域単位で取り組む治水という方向性は正しいだろうと考えています。
松井:治水というのは、大きなダムが1つあればいいというものではありません。各省庁や自治体、地域住民含め、さまざまな関係者が連携して進めていく必要があると思います。
誰もが水害対策のプレーヤーになり得るという意識が大切
――今後、日本ではどういう水害が増えていくと予想されていますか。
松井:線状降水帯やゲリラ豪雨といった事象は、今後も増えていくと思われます。国のほうでも、線状降水帯を予測する取り組みを始めているところです。
山口:地球温暖化によって、水害が増えていくことは間違いありません。2100年には平均気温が2~4度ぐらい上がるのではないかと予想されています。国土交通省は、「平均気温が2度上がると洪水の頻度は2倍に、4度上がると4倍になる」と示しています。
4倍だとすると、従来は100年に1回起こるレベルの洪水が、25年に1回起こるということなります。それくらいの頻度ですと、住宅ローンを払い終わる前に家が流されてしまうという人も増えるでしょう。
そうなると、人の暮らし方にも影響が出てきて、まちのあり方も変わってくるでしょう。生活スタイルや考え方も改めることになるかもしれません。
――今後、水害が増えていくとすると、どのような対策が必要になるのでしょうか。
松井:大事なのは、いかに早く行動が取れるかという点だと考えています。災害が起こってから対応するのは非常に労力がかかりますし、失うものも多いです。未然に防ぐための予測ができる時代になってきたので、そのシステムを実用化していくことが大きな保険になるのではないでしょうか。
あとは、脱炭素などの温暖化対策や、水害リスクを下げるための活動も進めていく必要があると考えています。
- ※ こちらの記事も参考に:地球温暖化が進めば、いまの場所に住めなくなる人がたくさんいる?(別タブで開く)
――水害リスクを下げるために、私たち一人一人ができるのはどんなことでしょうか。
山口:この20年を振り返ってみると、水害に関する情報は増えています。例えば、家を購入する人の多くは、ハザードマップをチェックするようになったかと思います。20年前はハザードマップを気にする人はほとんどいなかったでしょう。それは国や自治体、民間の技術開発により予測の精度が高まり、周知徹底が進んだからだと思います。
今後は国や自治体の対策に任せるだけではなく、ハザードマップ等の情報を活かして、水害に強い倉庫や住居をつくるなど、一人一人、先手を取った行動が必要になるでしょう。
誰もが水害対策のプレーヤーになり得る、という意識を持つことが大切です。
編集後記
日本は土地が狭いこともあり、「水害リスクの高い地域には住まない」という選択が現実的ではありません。そのため、治水対策、とりわけ流域治水の考え方が重要です。
国土交通省では、流域治水の自分事化に向けた論点整理(外部リンク/PDF)という資料を公開しています。この資料を参考にしながら、災害に備えた備品の準備・備蓄や保険加入、地域の災害史を知ることや地域の避難訓練へ参加することなど個人できることを今一度確認すると共に、地域でできること、勤務先でできることには何があるかについても、考えてみてはいかがでしょうか。
水害対策ソリューション「DioVISTA」公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。