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まだ25パーセントしか解明されていない海の底は謎だらけ。「海底地形図」が完成したら、未来はどう変わる?
- 海底には陸上をはるかに超える巨大な山や深い谷が存在。その全貌はわずか25パーセントしか解明されていない
- 世界では「海底地形図」の完成を目指し調査研究が進行。これまでの氷河の変遷や新たな海山が発見されている
- 海への関心が高まり、海洋事業に携わる人が増えれば、海に関するさまざまな謎の解明や「海底地形図」の完成にもつながる
執筆:日本財団ジャーナル編集部
10代の今だからこそ読んでほしいトピックをお届けする「ジャーナル@ソーシャルグッドラボ」。今回は、今、世界各地で作成が進んでいる「海底地形図」について取り上げます。
地球表面の約70パーセントを占める広くて美しい海。皆さんは海の底にどんな世界が広がっているのか、想像したことがありますか?
今、海の底の地形を詳しく調べて「海底地形図」を作り、環境問題の解決や産業の発展に役立てようという取り組みが進んでいます。「海底地形図」は、どのような方法で作られているのでしょうか。また、なぜ今に至るまで完成していないのでしょうか。
「海底地形図」を作る取り組みの最前線について、紹介します。
そもそも、「海底地形図」ってなに?
「海底地形図」とは、文字通り海底の地形を図で表したものです。意外に思われるかもしれませんが、海の底にも地上と同じように山や谷、丘や盆地といった地形があります。
例えば、海上保安庁の調査で日本の小笠原諸島の父島から東に約700キロメートルの海底に7つの山(海山=かいざん)があることが分かっており、「春の七草海山群」と命名されています。
ちなみに、海底の隆起のうち、海山と名乗れるのは海底からの高さが1,000メートル以上あるもののみ。海の底に1,000メートル級の高山がそびえているなんて、ちょっと不思議な感じがしますよね。
また、地球上の火山の大半は海底にあるともいわれていて、「中央海嶺(ちゅうおうかいれい)」と呼ばれる、総延長が7万キロもある巨大な海底火山山脈があります。海底火山の周りでは、地上の火山と同様にマグマや温泉が噴き出していることも確認されています。
高い山がある一方で、海底には「海溝(かいこう)」と呼ばれる深い溝もあります。世界で一番深いとされる海溝は、北西太平洋のマリアナ諸島の近くにあるマリアナ海溝で、その深さはなんと1万983メートル。地上で一番高い山・エベレスト(標高8,848メートル)がすっぽり入って、まだ2,000メートル以上余るほどの大変な深さです。
こういった海底の地形を調べる試みが始まったのは、今から120年以上前のこと。1903年に当時のモナコ公国のアルベール1世大公が、海底地図の必要性を提唱したのが始まりといわれています。
海底地形図は、なぜ必要なの?
「海底地形図」を作るための調査・研究は、今も世界各地で続けられています。その目的はさまざまですが、一般的に「海底地形図」には、次のようにいろいろな役割が期待されています。
●防災対策
地震や津波のメカニズムは、海底の地形(海底火山など)やプレートの移動に大きく関係している。海底の状況を把握し、地形図として可視化することで地震や津波の予知など、防災計画に役立てられるのではないかと期待されている。
●海上交通の安全
海底の地形を知ることで、船舶事故を予防できる可能性が高くなる。特に浅瀬や岩礁(がんしょう)が多いエリアでは、海底の地形を把握することで、より安全に船舶を航行させることが可能になる。
●海底資源の開発
海底に埋蔵されている資源(石油や天然ガスなど)を利活用するためには、地形を調べて埋蔵している場所の特徴を詳しく把握する必要がある。
●気候変動に関する研究
地球の気候には深海を流れる海流が深く関係していると考えられているが、詳細な仕組みについては、まだ分かっていないことが多く、海底地形を含む詳しい研究が期待されている。また、海底に生える海藻を増やして、地球温暖化の原因の1つである二酸化炭素を吸収させる取り組み「ブルーカーボン」も進んでいる。
●環境汚染の抑制
海洋プラスチックごみの問題は年々深刻化しており、2050年には魚よりプラスチックごみが多くなると予測されている。海底地形を調べて、ごみが溜まりやすい海域が把握できれば、効率よくごみの回収ができるようになり、海洋汚染を防げるようになる可能性がある。
●生態系の研究
海底の地形は、魚をはじめとした海洋生物の生態系にも大きく関係している。海底地形の調査が進めば、未知の生物を発見したり、生物の進化の謎を解くカギが見つかったりする可能性がある。
「海底地形図」がなかなか完成しないのは、なぜ?
このように、たくさんのメリットが期待できる「海底地形図」ですが、いまだ完成には至っていません。1903年にアルベール1世大公が「海底地形図」の作成を提唱してから1世紀以上経った 2017年の時点で、わずか6パーセントしか解明されておらず、表面の地形がほぼ明らかになっている月や火星よりも調査が進んでいない状況でした。
「海底地形図」の作成が進まない原因としては、次のような点が指摘されています。
●測量が難しい
今までの海底地形調査は船からの測量がメインだったため、精度や効率に問題があり、「海底地形図」の製作が思うように進められなかった。最近では航空機からの測量が行われるようになり、効率・精度が格段に向上している。
●人材や資金の不足
海底地形の測量・調査には航空機や船舶、レーダーやドローンなどさまざまな機材が必要。加えてデータの収集と解析にも多額の費用がかかる。また、測量・調査、データ分析を担当する専門人材の確保が難しい点も、海底地形調査の進展を阻む原因となっている。
●国際協力が困難
海は複数の国や地域と接しているため、1つの国が自由に測量・調査できる海域は限られており、より広い海域の測量・調査のためには国際協力が欠かせない。しかし、海底地形に関する情報は潜水艦の航行といった軍事的に利用される恐れがあるため、国家機密として扱われ、防衛上の配慮から公開されないことが多く、これが「海底地形図」の製作が進まない原因の一つとなっている。
新たな海山も発見! 「海底地形図」、現在の進捗状況は?
以上のような理由から、「海底地形図」の作成がなかなか進まない状況が続いていましたが、近年、再び「海底地形図」に注目が集まっています。
そのきっかけの1つとされるのが、2014年に起きたマレーシア航空機墜落事故です。
この事故では乗客乗員239名を乗せた旅客機が南シナ海の上空で消息を絶ち、その後、インド洋に墜落したとみられています。しかし、この海域にはまだ詳しい「海底地形図」がなかったことから捜索が難航し、機体は事故から10年以上経った今もまだ発見されていません。 この事故を受けて、改めて海底地形図の意義が見直され、2010年代後半以降、再び世界中で海底地形の測量・調査が盛んに行われるようになりました。
海に関するさまざまな支援活動を行う日本財団と、「海底地形図」の作成を手掛ける国際組織「GEBCO」が2017年に立ち上げたプロジェクト「Nippon Foundation – GEBCO Seabed(シーベッド)2030」(外部リンク)も、その1つです。このプロジェクトは2030年までに地球上の海を100パーセント網羅する海底地形図を完成させることを目的としており、現在、世界中から288の団体等が参画しています。
プロジェクトの開始から7年が経ち、さまざまな成果が報告されています。例えば、2020年にはプロジェクトのメンバーが、高精度の海底地形図データをもとに、南極周辺で海底地形に氷河が溶けた痕跡が年輪のように残っていることを確認し、これにより氷河の融解が太古からどのように進んできたのか推測できることを科学雑誌に発表しました。
また、2024年1月にはプロジェクトのパートナーであるシュミット海洋研究所が、南米チリ沖の太平洋で標高2,000メートル級の海山4つを発見しました。
ただ、これまでこのプロジェクトによって完成した「海底地形図」の範囲は2018年に6パーセント、2024年時点で26.1パーセントにとどまっており、プロジェクトの目標を達成するためには、残り約6年で74パーセントの海底を測量・調査、地図にする必要があります。
プロジェクトディレクターのジェイミー・マクマイケル=フィリップス氏は、「世界の海の大半は水深3,200メートルより深く、北極や南極付近では恒久的に海面が氷に覆われているといった、測量には大きな課題がある。加えて各国の安全保障の問題もあり、例えば潜水艦の海中停泊など軍事機密のある海域での測量は難しい」としつつも、「課題解決のために国際的な協力を進めており、2030年までの残された時間を有効に使って、目標達成まで努力を続けていく」と話しています。
日本独自の「海の地図PROJECT」もスタート
また日本財団では、2022年に日本水路協会と共同で、10年以内に日本の総海岸線約3万5,000キロメートルの約90パーセントの「海の地図」の整備を目指す「海の地図PROJECT」(外部リンク)もスタートしています。
このプロジェクトで行う航空測量はALB(Airborne LiDAR Bathymetry)と呼ばれ、上空から特殊なレーザーを発射し、海水の透明度が高い場所では水深20メートル程度までの地形を測量することができます。
これまで日本の浅海域(せんかいいき)の詳細な海底地形情報は 2パーセント弱しか把握されておらず、水難事故予防や防災、ブルーカーボン(海藻によるCO2吸収)の促進、生態系の把握や保全など、さまざまな分野の研究・技術が遅れる一因となっていました。
「海の地図 PROJECT」が成功すれば日本の海を取り巻くさまざまな課題が解決できるだけでなく、同プロジェクトで得られた知識やノウハウをグローバルな研究機関と共有することによって、「Seabed 2030」による「海底地形図」の完成にも貢献できるかもしれません。
まとめ
これから世界的に海底地形の測量・調査が進めば、地球上の海域を100パーセント網羅する「海底地形図」の完成も夢ではありません。「海底地形図」が完成すれば、船舶の事故が減る、海底にある資源の利活用が進む、海の中の生態系についての研究が進むなど、たくさんのメリットが期待できます。
そして、この「海底地形図」を完成させるには、「海への関心」を持つ人が増えることが必要です。海への関心が高まれば、海に関する事業に携わる人々が増え、まだ解明されていないこと、知られていないことの発見につながる可能性が広がるからです。
しかし、日本財団が2024年に発表した第4回 「海と日本人」に関する意識調査(外部リンク)によると、「海が好きだ」と答えた人は全体の約40パーセントにとどまっており、海が好きな人は年々減少傾向にあることが明らかになっています。
このままでは日本人のさらなる「海離れ」が進み、海に興味・関心を持つ人が減ってしまい、海洋研究の進展を妨げる結果につながりかねません。
皆さんもぜひ、日頃から身近な存在である海について考える機会をもっと意識してみませんか。海への興味関心を持つことで、美しい海を守り、その可能性を広げる取り組みへとつながっていくのではないかと思います。
[参考資料]
日本初、日本の浅海域約90%を航空測量&地図化する海の地図PROJECT始動(別タブで開く)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。