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聴覚障害者の日常に潜むさまざまなリスク。アプリやAIでは代替できない聴導犬の仕事とは?
- 聴導犬は聴覚に障害のある人に「音の情報」を伝え、日常生活や安全をサポートする存在
- 聴導犬の認知度は低く、活動頭数も2025年10月時点で52頭と不足している
- 「聞こえる」ことを社会全体が意識し、無意識に得ている音の情報の多さを知ることが理解への第一歩
取材:日本財団ジャーナル編集部
「聴導犬(ちょうどうけん)」をご存知でしょうか。聴導犬は、聴覚に障害のある方の生活を支える大切なパートナー。目覚まし時計の音や赤ちゃんの泣き声など日常生活の音から、火災報知器や車のクラクションといった命と安全に関わる音まで、さまざまな音をユーザーに伝え、自立した生活を可能にする役割を担っています。
しかし、全国で活動している聴導犬は、2025年10月時点でわずか52頭。利用を必要とする潜在的なユーザー数に対して、追いついていないのが現状です。
その背景には、いくつもの課題が重なっています。聴導犬の育成には多額の費用がかかり、財源の多くを寄付に頼っていますが、認知度の低さから支援の輪が広がりにくい状況にあります。加えて、訓練士や育成に携わる人材も不足しており、聴導犬という仕組み自体がほとんど知られていないのが現状です。
今回は、日本聴導犬推進協会(外部リンク)の水越みゆき(みずこし・みゆき)さんに、聴導犬を取り巻く現状や課題、そして支援の輪を広げていくために何ができるのかについて話を聞きました。

- ※ こちらの記事も参考に:視覚障害者の生活を支える盲導犬。ボランティア不足解消が喫緊の課題(別タブで開く)
「空間」を把握し、命を守る。アプリでは代替できない聴導犬の仕事
――聴導犬の役割について具体的に教えてください。
水越さん(以下、敬称略):聴導犬の仕事は、日常生活で発生する音に含まれる情報を伝えることです。例えば、「お客様が来た」「冷蔵庫の扉が開いたままになっている」「洗濯が終わった」「赤ちゃんが泣いている」といった音です。
私たちの生活は、大半が音をきっかけに情報を得る仕組みになっています。緊急時も同様で、火災報知器や緊急地震速報、救急車や消防車など、まず音によって危険が伝えられます。
聴覚に障害がある人は、生活の中で起きていることを音で知ることはできません。その情報を伝え、生活をサポートするのが聴導犬の役割です。
――聴導犬は自分のパートナーが「聞こえない」ということを理解しているのでしょうか。
水越:はい、理解しています。私たちは、聴導犬自身が「この人は音が聞こえない。だから自分が伝えるんだ」という意義を持って動けるよう、訓練しています。
ひと言で聴覚障害といっても、聞こえ方や生活環境は一人一人異なり、知らせてほしい音も違います。そのため、育成過程では、それぞれのユーザーに合わせて、人の動きや行動、何をしようとしているのかといった意図をくみ取りながら、どの音をどのように伝えるのかを教えていきます。

――「知らせてほしい音」は、どのように決めているのでしょうか。
水越:基本的には、ユーザーと相談しながら決めていきます。生活環境が変わることで、後から追加されることもあります。 分かりやすい例では、緊急地震速報があります。東日本大震災をきっかけに広く使われるようになった音ですが、こうした新しい音についても、その都度、聴導犬に追加で教えていきます。
――一般的に、犬は吠えて何かを知らせるイメージがありますが、聴導犬の場合はどのように音の情報を伝えているのでしょうか。
水越:私たちの協会では、体を触ってから音源に連れていく方法や、「頭の向き」で音の方向を伝えるように訓練しています。例えば、外出中に後ろから何か情報があれば後ろを向きますし、右を向いていれば、右側から音の情報があるといった具合です。
――最近ではアプリやAIなど技術も進んでいますが、聴導犬ならではの役割はあるのでしょうか。
水越:実は何年か前に、聴覚障害者のためのアプリを開発したいという企業のお手伝いをさせていただいたことがあります。ただ、話を進めていく中で、最終的には「これは難しいよね」という結論になりました。
最も大きな理由は、聴導犬は「空間」を把握できるという点です。
例えば、「この範囲で鳴っている音は知らせるけれど、隣の部屋の音は知らせない」といった判断ができるんです。ホテルに宿泊するときも、「今日はここで過ごすからね」と打ち合わせをすることで、その空間の中で起きる音だけを拾って知らせてくれます。
こうした空間認識や状況判断は、現在の技術では機械に置き換えることが困難です。
また、聴導犬はユーザーにとって、精神的な支柱となるパートナーでもあります。この安心感は機械では代えがたいものでしょう。
想像しづらい「聞こえない」暮らし。パートナーとして信頼関係を築くまで
――聴覚に障害がある方は、外見からは「聞こえない」ことが分からないので、周囲とのコミュニケーションですれ違いが起きてしまうことが多いと聞いたことがあります。
水越:コミュニケーションの問題は、本当に大きいですね。だからこそ、聴導犬と一緒に社会に出ることには、「『この人は聞こえない』ということを周囲に知ってもらえる」という意味もあると思っています。
「人工内耳や補聴器などで見分けられるのでは?」と思われるかもしれませんが、全ての方がそういった機器を使っているわけではありませんし、最近はワイヤレスイヤホンと見分けがつきにくくなっているのが現状です。
- ※ こちらの記事も参考に:視覚障害者をナビゲートするロボット「AIスーツケース」ってどんなもの?(別タブで開く)
――ユーザー自身も、聴導犬と暮らすためには訓練が必要だと伺いました。
水越:はい。まずは、どのようなユーザーにも対応できるよう共通の基礎訓練を行いますが、ペアとなる方が決まれば、その方の実際の生活圏に合わせた「個別訓練」へと移ります。
具体的には、実際の生活の中で「どの音が必要で、どの音は聞き流してよいのか」を、犬に一つ一つ教え込みます。近場なら通い、遠方の場合は数日間泊まり込んで、このプロセスを何度も繰り返していくのです。
半年ほどかけて犬側の準備が整うと、いよいよユーザー自身も参加する訓練期間に入ります。聴導犬との接し方や、パートナーとなる犬の性格・癖を理解するのはもちろん、社会参加のための実践的なスキルも学びます。
例えば、日本ではまだ聴導犬への理解が十分とはいえないため、入店を断られた際の適切な説明方法なども、この訓練に含まれます。
単なるペットではなく耳の代わりを担う存在だからこそ、音の情報を正しく共有し、深い信頼関係を築かなければなりません。そのため、初めて聴導犬を迎える場合、全体で最低でも200時間という長い時間を要するのです。

――たくさんの訓練期間を経て、パートナーになるのですね。
水越:その通りです。社会の一員として活動する以上、最低限のマナーを守ることはもちろん、周囲に配慮しながら聴導犬を適切に導く責任が伴います。
万が一、ユーザー自身の振る舞いによってトラブルが生じれば、それは個人の問題にとどまりません。聴導犬だけでなく、盲導犬や介助犬を含む補助犬全体に対して、「やはり働く犬を受け入れるのは難しいのではないか」といったネガティブな先入観を植え付けてしまう恐れがあるからです。
また、パートナーとして一頭の命を預かる重みや、犬の安全を第一に守るという強い意識も欠かせません。だからこそ私たちは、聴導犬を希望される方に対して「それだけの覚悟があるか」という問いを、時間をかけて何度も確認します。
人生が変わったユーザーも。それでも普及が進まない現状と課題
――実際に聴導犬と生活している方からは、どんな声が寄せられていますか。
水越:よく言われるのは「人生が180度変わった」ということです。それまで、情報は自分から取りにいかなければ入ってこなかったのが、聴導犬が音を知らせてくれるようになる。それだけでも暮らしの質が変わります。
また、聴導犬を連れていることで、はじめから「耳が聞こえない人」と認識してもらえるようになったという方もいます。人に会うたびに毎回「私は耳が聞こえません」と説明しなければならなかったことを考えると、大きな変化ですよね。
街中で注目されやすくなったことで、「身だしなみに気を遣うようになった」と話す方もいらっしゃいました。
――それほど大きな変化があるにもかかわらず、現在、聴導犬として活動しているのは全国で52頭(2025年10月時点)と伺いました。なぜ、これほど少ないのでしょうか。
水越:まず、聴覚障害自体が情報へのアクセスが困難な「情報障害」であるため、聴導犬に関する正しい情報にたどり着きにくいという現状があります。
もう1つは、生まれつき耳が聞こえない方の場合、「音」というものを体験していないため、音によって情報が伝えられているという仕組み自体をイメージしにくいことです。その結果、聴導犬の必要性を感じにくい方もいらっしゃいます。
――その他、聴導犬に関わる課題があれば教えてください。
水越:聴導犬の育成そのものに対する国の補助金や公的な助成制度がなく、基本的には寄付によって支えられています。一部、普及活動を目的とした助成金を活用することもありますが、決して十分とはいえません。
聴導犬はまだまだ知られていない存在です。そのため、育成と並行して、聴導犬の役割や必要性を知ってもらうための普及活動にも力を入れています。
聴導犬と暮らしたいと考えながら、待っている方も多くいらっしゃいますが、認知度が低いために資金が十分に集まらないことに加え、育成に関わる人材を増やすための資金や、教育にかかる時間の問題など、いくつもの課題が重なって、追いついていないのが現状です。
だからこそ、まずは聴導犬の存在を知っていただくこと、そして「耳が聞こえない」とはどういうことなのかを理解していただくことが大切だと感じています。
聴導犬の存在を知り、聴覚障害についてより深く理解するために、私たち一人一人にできること
最後に、聴導犬の存在を知り、聴覚障害についてより深く理解するために、私たち一人一人にできることを伺いました。
[1]「聴導犬」の情報を共有する
最も取り組みやすい支援は、聴導犬の存在を誰かに話すこと。 聴導犬の認知度は盲導犬に比べて低いため、「聴導犬っていう犬がいるって知ってた?」と誰かに聞くだけでも、その言葉を知る人が1人増えることになり、立派な普及活動になる
[2]「今、聞こえる音」を意識してみる
まずは1分間、自分が今「音を聞いている」という事実に意識を集中させてみる。普段はいかに膨大な音の情報に囲まれ、守られて生きているかに驚くはず。無意識に得ている音の一つ一つを自覚することが、「聞こえない日常」への深い理解、そして聴導犬という存在の必要性を知る第一歩になる
福祉機器の展示会で聴導犬に関する講演に参加する機会があり、「なぜ、認知度が低いのだろう?」と疑問が浮かび、今回、取材に至りました。
私たちは無意識のうちに、膨大な音の情報に守られて生きています。もし火災報知器の音が聞こえなかったら。もし後ろから走ってくる車の音に気づけなかったら。水越さんのお話を通じて、当たり前だと思っていた日常が、聴覚障害のある方にとっては常に危険と隣り合わせであることを痛感しました。
聴導犬を育成するには、多くの時間と費用、そして人手が必要です。まずはその存在を知り、「聞こえない」暮らしを理解することが、社会を少しずつ変えていく一歩になると感じました。
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