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声をリアルタイムで文字に変換。聞き取りに不安がある場面でも、安心して会話できる電話アプリ「ヨメテル」

- 通話相手の声をリアルタイムでテキスト表示する電話アプリ「ヨメテル」のサービス提供が始まった
- サービスを普及させていく上でハードルとなるのは、「障害に対する社会の無理解」
- 音声電話の利用が困難な人を正しく理解するため、当事者とコミュニケーションを取ってみることが大事
取材:日本財団ジャーナル編集部
何らかの手続きや申し込みをする際、いまも「電話でのやりとり」を求められるケースは多く、その都度、聴覚や発話が困難な人たちは、社会的なバリアに直面しています。
そんな社会の中で、取り残される人が一人でも減るようにと日本財団電話リレーサービス(外部リンク)では、通訳オペレータが「手話」または「文字」と「音声」を通訳することにより、相手と通話ができる、電話リレーサービスを2021年より提供しています。

その日本財団電話リレーサービスは、2025年1月23日に、「ヨメテル」(外部リンク)のサービス提供を開始しました。

これは「自分の声で話すことはできるものの、相手の声が聞き取りにくい人」を対象としたサービスで、日本財団電話リレーサービスが提供する新しい電話の仕組みです。
今回、日本財団電話リレーサービスの理事長である大沼直紀(おおぬま・なおき)さん、専務理事である石井靖乃(いしい・やすのぶ)さんに、ヨメテル開発の経緯、音声電話の利用が困難な人を取り残さない社会の実現に必要なことについて、お話を伺いました。
音声電話の利用が困難な人が直面する情報格差を解消するために
――まずは「電話リレーサービス」の利用状況について教えてください。
石井さん(以下、敬称略):2025年3月末の時点で約1万7,400番号の利用登録があります。そのうち260番号 くらいは法人での登録ですが、その他は全て個人での登録です。利用回数は1日平均で1,500回ほど。そのうち、2件くらいが緊急通報のために使われています。
利用目的としては「病院や介護施設への連絡」が一番多く、次いで「レストランなどの飲食店の予約」「ホテルや旅館などの予約」「銀行、宅配業者、役所など、公共サービスへの連絡」と続きます。
――電話を利用することが前提となっている施設やサービスは多いですよね。
石井:そうなんです。電話が前提になっていることがほとんどですね。一方、家族や友人へ連絡する際には、近年電話はあまり使われていません。見知った仲であればテキストメッセージを利用するか、手話をお使いになっている方はビデオ通話機能を介してやり取りをしているのだと予想できます。

石井:サービス開始当初は、「電話リレーサービスへの理解が広まっておらず、かけた先から切られてしまう」という課題がありました。ですが、周知啓発活動を続けてきた結果「電話リレーサービス」も知られてきていて、「せっかくかけたのに切られてしまった」というケースは全体の1パーセント以下にまで抑えられてきています。

――「公共インフラとしての電話リレーサービス」が世界で生まれつつある背景を教えてください。
大沼さん(以下、敬称略):19世紀に電話が発明されことによって、離れた場所にいる人との通信手段に革命が起こりました。それまでは直接対面で話すか、手紙でのやり取りしかなかったのに、電話を使えばどんなに距離があってもリアルタイムでコミュニケーションが取れるようになったんです。
ところが、その電話が世界中に広まっていくにつれて、音声電話の利用が困難な人はどんどん取り残されてしまいました。
しかし、音声電話を利用できる人と利用が困難な人の間にある情報格差をなくさなければいけないと考える人が少しずつ出てきました。音声電話の利用が困難な人にとっても、電話が有益なものであるためにはどうすればいいのかと考え、生まれたのが「公共インフラとしての電話リレーサービス」です。
当初はテキストによる会話を可能にする通信機器が使用されていましたが、時代の発展とともにツールも進化し、現在の通訳オペレータが介在するという形になりました。世界中の国々で採用されていて、日本は26番目に実装することになり、大勢の人が申し込んでくれました。
大沼:ただ、それでもまだ取り残される人たちがいることも分かったんです。例えば、声で話すこと自体はできるけど、相手の声を聞き取ることが難しい人たちですね。
そうした方々の中には、手話を使わないケースも多く、手話通訳を介したコミュニケーションにあまりメリットを感じていないようでした。かといって、テキストメッセージを提案してみても、「自分は話せるので、相手の声だけをテキスト化してほしい」といった希望があり、提供するサービスとの間に齟齬(そご)が生じてしまっていたのです。
――そこで生まれたのが「ヨメテル」だったんですね。
大沼:そうなんです。「電話リレーサービス」だけではカバーしきれない人たちが利用する電話のあり方を悩み抜いた結果、「ヨメテル」の開発に至りました。ただ、国内では約1,400万人が「電話でたまに聞き取りが難しいことがある」と感じています。そういった方の利用も想定しております。
もちろん、それでもまだ届かない人たちがいます。例えば、視覚と聴覚に障害がある盲ろう者はどうすればいいのか……。課題は残っていますが、少しずつカバーしていければいいなと思っています。
サービスが普及する際、ハードルになるのは「社会の無理解」
――「ヨメテル」がスタートして、利用者からはどんな声が上がっていますか。
石井:「ヨメテル」は通話相手の声をAI(自動音声認識)でもテキスト化することができるのですが、そのスピードと正確さに驚かれる人がとても多い印象です。実際、タイミングのずれをほとんど感じることなくコミュニケーションが取れるようになっています。
難聴の人の中には、電話をかけるときにはわざわざ静かな場所に移動して、音声認識ツールを複数用意するといった、事前にしっかり準備しなければいけないという人がいます。それでは非常に疲れてしまいますし、電話をかけること自体が嫌になるかもしれない。でも、「ヨメテル」のおかげで気負わずに電話できるようになった、と喜ばれている人もいました。

大沼:一方で見えてきた課題もあります。社会生活において聴覚や発話に関する支援を必要としない人側の問題ともいえますが、障害に関して社会全体がもっと理解しなければいけないということです。
「ヨメテル」は利用者の声がダイレクトに相手に届きます。でも、利用者の中には、どうしても滑らかに話せない人もいる。すると、電話を受けた側が、「なんか変だな」と違和感を覚えてしまうかもしれない。
そのときに不審に思って電話を切るのではなく、「もしかして相手は音声情報の取得に困難がある人なのかもしれない」と、一歩進んで理解してもらいたいんです。そのためには「話し方」にも多様性があることを知っておかなければいけません。

大沼:これは「電話リレーサービス」にも通ずることですが、こういうサービスが普及するときのハードルになるのは、社会の「障害への理解が十分でないこと」なんです。
これまで障害というのは、その個人に問題があるのだから、当事者がなんとか努力をするべきだとされてきました。障害の「医療モデル」「個人モデル」という考え方です。ところが時代が進んで、問題は社会のほうにあるという考え方が広まってきた。これを障害の「社会モデル」と呼びます。
- ※ こちらの記事も参考に:“無意識の差別”に気付く。「障害の社会モデル」という考え方(別タブで開く)
大沼:「電話リレーサービス」や「ヨメテル」が生まれて、音声電話の利用が困難な人たちも電話が使えるようになりました。でも、いざかけてみると、相手に「よく分からない」という理由でガチャッと切られてしまう。
ここで問題になるのは、「電話リレーサービス」や「ヨメテル」を使って電話をかけた利用者ではなく、それを受け止められなかった相手の無理解です。つまり、社会の側に障害がある。
聴覚や発話が困難な人が使う電話サービスが生まれても、それを受容する側の理解が足りなければ、当事者の困難は減っていきません。だから、これから先は、障害の当事者以外に理解を求めていかなければいけないんです。
「合理的配慮」ではなく、「事前的環境整備」を広めていく
――では、音声電話の利用が困難な人への理解を広めていくためには、なにが必要なのでしょうか。
大沼:当事者とコミュニケーションを取ってみることでしょう。
雑談でも冗談の言い合いでも構わないから、まずは話してみること。その中で見えてくるもの、気付くことがたくさんあります。手話を使えばスムーズに話せる人もいれば、テキストでのコミュニケーションを望む人もいる。だんだんとどう伝えれば分かってもらえるのか、自分なりの答えが見えてくると思います。
その過程で「電話リレーサービス」や「ヨメテル」を利用してもらえたらうれしいですね。やり取りしていくうちに、自分の中にあった、音声電話の利用が困難な人たちの像が変わっていることに気付くはずです。
石井:音声電話の利用が困難な人は、見た目で分からないだけで、身近なところにもいると思います。まずはそこに気付いた上で、その人と「電話リレーサービス」や「ヨメテル」を通じてコミュニケーションを取ってもらいたい。そうすれば当事者の気持ちも理解できるでしょうし、置かれている状況も分かるのではないでしょうか。
それから、AI(自動音声認識)を活用したり、手話通訳などの第三者を介したコミュニケーションを経験すると、いかに自分が普段、適当に話していたかを実感できると思います。聞こえる人同士の会話って、意外とアバウトに話してるし、アバウトに聞いているんですよ。
それは普段のコミュニケーションを丁寧に見直すことにもつながってくるのかな、と思います。

――それによって、情報保障(※)の大切さの理解にもつながっていく気がします。
石井:情報保障という言葉とセットで「合理的配慮」という言葉も、最近はよく目にしますよね。もともと英語の「reasonable accommodation」という言葉を日本語訳したものですが、私は、この日本語訳があまり良くないと思っているんです。
正しくは「適切な調整」や「妥当な調整」と訳されるべきで、合理的か非合理的かという問題ではない。また、「配慮」と訳されたことで、配慮する側とされる側に一方的な力関係も生まれてしまっている。だから、「障害者に配慮しなきゃいけないんでしょう?」という誤解が広がっているんです。
そうではなくて、さまざまな人に「適切な調整」とそれを可能にする「事前的環境整備」をすべきなんだと認識を改めていく必要があります。
例えば、音声電話の利用が困難な人が職場に入ってきたとしたら、その人が電話を使えるようにするための「事前的環境整備」として「電話リレーサービス」や「ヨメテル」を契約するのは当たり前の考え方だと思います。
しかし、冒頭でもお話ししたように、法人契約数は少ないのが現状です。その理由の1つとして、雇用する側が「音声電話の利用が困難な人は、電話を使わなくていい業務に就かせることが配慮」だと考えていることが挙げられます。
今は電話リレーサービスがあるので、音声電話の利用が困難な人も電話を使った仕事ができるのですが、雇用する側が電話リレーサービスを使えるように環境整備することは少なく、障害の当事者側から訴えかけないと整備してもらえないことが多いと聞きます。
そうではなくて、当事者以外がもっと積極的に、「適切な調整」とそれを可能にするための「事前的環境整備」をしていってもらいたいと思います。
大沼:そのためにも私たちは、「電話リレーサービス」と「ヨメテル」をもっと世の中に広めるべく尽力していきたいと思います。
- ※ 情報へのアクセスに困難が生じる場面において、多様な手段を通じてその情報を保障すること。具体例として、手話通訳や文字情報の読み上げなどがある。こちらの記事も参考に:入学条件は視覚・聴覚障害。筑波技術大学が実現する障壁のない学習環境(別タブで開く)
編集後記
電話の向こうにいる相手の声が文字で読める「ヨメテル」というサービスが始まり、それを利用する人たちはどんな困難を抱えているのか知るため、取材を申し込みました。
大沼さん、石井さんのお話で見えてきたのは、どんなに豊かなサービスが生まれたとしても、最終的に大事になるのは「社会の理解」だということ。
聞こえない人や聞こえにくい人とはどういう人なのか。その多様な姿を正しく理解することで、当事者は生きやすくなっていく。そのためにも、こうした取材を通して、聞こえない人や聞こえにくい人たちのことをもっと広く発信していくことも重要なのだと感じました。
〈プロフィール〉
大沼直紀(おおぬま・なおき)
医学博士(聴覚障害学)、国立大学法人筑波技術大学名誉教授/初代学長。(元)テクノエイド協会補聴器協議会委員・要約筆記者認定協会理事長・(元)東京大学 先端科学技術研究センター客員教授(現:福島智研究室アドバイザー)・(元)つくば市教育委員長。日本教育オーディオロジー研究会を設立し20年にわたり会長を務めるなど、日本の教育オーディオロジーの第一人者である。一般財団法人日本財団電話リレーサービスでは理事長を務める。
石井靖乃(いしい・やすのぶ)
1962年、兵庫県神戸市生まれ。1990年まで三菱商事株式会社に勤務。1994年にカナダのダルハウジー大学大学院で修士号(経済学)を取得後、1995年、日本財団に入職。2020年8月まで「障害者インクルーシブ防災の推進プロジェクト」や「聴覚障害者向け電話リレーサービスプロジェクト」など、国内外の障害者支援プロジェクトを多数手掛ける。現在は一般財団法人日本財団電話リレーサービスに移籍し、専務理事を務める。
一般財団法人日本財団電話リレーサービス 公式サイト(外部リンク)
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