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難病があっても、働きたい。「両育わーるど」が目指す、誰もが働きやすい社会とは?

両育わーるどのビジョンを表現したインフォグラフィック。『障害や難病を越え、互いに学びあい、誰もが自らの望むように生きられる社会を目指して』というメッセージと共に、車椅子利用者との対話シーン、本棚での読書、VRゴーグルを使用する子どもなど、多様な人々の活動を円形の写真で配置
「両育わーるど」では難病や障害について、ポスター制作やワークショップなどさまざまなかたちで啓発活動を行っている。画像提供:両育わーるど
この記事のPOINT!
  • 難病とは「原因不明で治療法が確立されておらず、長期療養が必要な希少疾患」のこと。その内、特定要件を満たすと「指定難病」となる
  • 両育わーるどは「難病」「指定難病」の他に、希少疾患や研究途上の難治性慢性疾患(※)なども含めて「難病者」と呼び、障害者も含め、「難病者」の支援を行う団体
  • 「難病だから」ではなく、「全ての人が働きやすい環境にするためには」という視点で環境を整えることが重要
  • 両育わーるど独自の定義。既存の制度の枠にとらわれず、「希少性」や「診断の明確さ」はなくとも、難治性の痛みや強い疲労感などの慢性症状が伴い、治療の長期化や就労・生活上の著しい制約、社会的孤立などを余儀なくされる疾患を総じてこう呼んでいる

取材:日本財団ジャーナル編集部

あなたは「難病」と聞いて、何をイメージするでしょう? ドラマや映画などの影響で「寝たきりの状態」や「不治の病」をイメージする方も多いと思います。

しかし、難病には世界で数十人しか患者のいない疾患から、何十万人も患者のいる疾患まで、分かっているだけでも数千種の疾患があり、その中には、先天性や後天性の疾患、進行性や慢性化する疾患もあれば、寛解(一時的・継続的な症状の軽減や見かけ上の消滅)に至るものもあり、難病患者の状況はさまざまです。

その難病患者の中には、公的な助成がない「制度の狭間」にいる人がいたり、自身の病気を隠しながら働かざるを得ない人がいたりします。

2021年、NPO法人「両育わーるど(※)」(外部リンク)は、難病や障害に対する理解を深め、社会参加を促進するための冊子「難病者の社会参加白書」(外部リンク/PDF)を制作し、現在も啓発活動に取り組んでいます。

今回は「両育わーるど」の代表であり、自身も難病患者である重光喬之(しげみつ・たかゆき)さんに、難病について、また難病患者が直面する就労の難しさや、就労を後押しするために必要な取り組みについて伺いました。

  • 両育わーるどは障害や難病のある人と社会の接点を増やす橋渡し活動を行う団体。障害福祉と社会をつなぐ「THINK UNIVERSAL事業」と、当事者の就労・社会参加の後押しする「THINK POSSIBILITY事業」を展開し、当事者・支援者と一般の人々との相互理解を促進し、誰もが望むように生きられる社会の実現を目指している
「両育わーるど」の重光さん。25歳で難病の1つ「脳脊髄液減少症」を発症し、現在も病気と付き合いながら生活をしている

障害と比べると、難病に対する認知や理解はまだまだ足りない

――改めて、難病について教えてください。

重光:難病は「発病の機構が明らかでなく、かつ治療方法が確立していない希少な疾病で、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるもの」という定義があります。

さらにその難病のうち、患者数が一定の人数に達しておらず、客観的な診断基準が確立しているものを指定難病とし、こちらは難病法に基づいて、医療費助成制度の対象となっており、医療費の一部が助成されます。

具体的な数値を挙げると、2025年現在、難病患者は約700万人、そのうち指定難病とされている疾患は348種類(※1)あり、約108万人の人が指定難病患者となっています。

2023年の身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳所持者数の合計は751万人ですので、難病者とほぼ同数いるんです。もちろん重複している人もいますが、日本人のうち9人に1人は、何らかの障害や難病があると推察しています。

このほかにも、比較的新しい病気のため治療法が確立していないにもかかわらず、「難病」に該当しない病気もあります。

「両育わーるど」では、そういった方々も包括して、「難病者(※2)」と呼ぶことにしていて、難病者の認知促進や啓発、政府や地方行政へのアドボカシー活動、当事者の選択肢を増やす活動をしています。

――重光さんが「両育わーるど」を立ち上げた経緯について教えてください。

重光:私が学生時代にボランティアで参加した、障害者福祉施設での体験を原点に、2012年に立ち上げた団体です。“ボランティアとしてお手伝い”のつもりで参加したはずが、障害のある子どもたちや療育者の方々と関わる中で、多くのことを学ばせてもらい、「障害福祉現場と社会との接点を増やすため」の活動を始めたんです。

また、私は25歳のときに「脳脊髄液減少症」という難病を発症しています。「両育わーるど」の活動を始めてしばらくは、自分自身の病気の存在を自分の中でないものとしてきました。しかし、メンバーに背中を押されたのをきっかけに、自分の病気と向き合うようになったんです。

改めて調べてみると、難病に対する認知度は障害よりも低く、制度も整っていないんですね。そうした経緯もあって、現在はさまざまな障害や難病について「知ってもらう」ための取り組みや、国や自治体に向けた政策提言、間接的な支援事業などを行っています。

脳脊髄液減少症の説明図。左側は正常な状態で大脳、小脳、脳脊髄液、脊髄、硬膜。右側は脳脊髄液減少症の状態で、大脳・小脳が下がり、脳脊髄液が漏れている様子を表している
Cap:「脳脊髄液減少症」は、脳や脊椎を満たしている髄液が漏れ出てしまう難病。重光さんは365日、体に痛みを感じ、そのストレスにも悩まされているという。画像は時事メディカル(外部リンク)を参考に編集部作成

――表記は「療育」が一般的ですが、なぜ「両育」と名付けたのでしょうか。

重光:「両育」とは創立当時に考案した造語です。単に支援する側と支援される側の関係ではなく、現場で実感した「互いに学び合い、育み合いながら成長していく」という考え方を表しています。

車椅子ユーザーやダウン症など、さまざまな障害・難病の人々を被写体にしたポスター
「両育わーるど」はさまざまな障害や難病を伝えるためポスターの制作(外部リンク)や、障害・難病当事者の疑似体験を通じたワークショップ、交流会なども行っている。画像提供:特定非営利活動法人両育わーるど

社会の設計はまだまだ「健康な人が正規職員としてフルタイムで働くこと」がベースになっている

――難病者の方々はどういった働き方をされているのでしょうか。

重光:あくまでも一例ですが、あるスタッフは潰瘍性大腸炎(※1)があり、障害者支援施設で働きながら「両育わーるど」を手伝ってくれています。潰瘍性大腸炎が2013年に「指定難病」とされたことで福祉サービスを利用できるようになり、体調も安定するようになったそうです。

彼女の場合は、職場柄、病気に対して職場の方からの理解があり、フルタイムで働いていますが、こうした環境で働ける人ばかりではありません。「難病」という言葉だけで企業側が敬遠するケースもありますし、同じ病気であっても人によって、あるいは日によって体調が大きく変わることもあります。理解を得るために苦労している方が多いのが現状なのかと思います。

イメージ画像:PCの前でうつ伏せになる人
難病者の就労は、会社や上司の理解が不可欠

重光:また、45歳でクローン病(※1)を発症した別のスタッフは、安定するまで入退院を繰り返し、会社で役職が降格となってしまいました。

見た目には分かりにくい病気の場合、このスタッフのように、「降格となってしまうのでは?」「会社に迷惑をかけるのでは?」「会社に居場所そのものがなくなってしまうのでは?」とさまざまな不安から、職場に病気のことを打ち明けられない難病者の方も多いと思います。

難病者の皆さんの話を聞いていると、時短勤務や在宅ワークなどさまざまな働き方をする人が増えている一方で、まだまだ社会は「健康な人が、正規職員としてフルタイムで働く」ことをベースに設計されているなと感じます。

そもそもの課題は「障害者雇用制度(※2)に難病者が含まれていないこと」だと思います。

――重光さんが「難病者の社会参加白書」(外部リンク/PDF)を制作された背景には、そうした当事者の声を届けたいという思いがあったかと思います。反響はいかがですか。

重光:難病者の方々からは「言いたかったことを伝えてくれた」という声を多くいただきました。

また、白書だけがきっかけではないのですが、2022年に行われた福祉5法案の附帯決議(※)では、難病が重点項目の1つとして取り上げられたり、山梨県では障害雇用枠とは別に難病患者を対象とした正規職員採用試験を開始したりと、少しずつですが波及していっているのかなと感じます。

  • 可決された案件に対し、事業を執行する上での要望や留意事項を述べるために提出されるもの

――一般企業では、難病者の就労に関してどんな配慮や工夫がされているのでしょうか。

重光:大手企業を中心に理解が広がっているという話をよく聞きます。コロナ禍以降、多くの企業が在宅ワークを取り入れるようになったのも、きっかけの1つといえるかもしれません。ある企業では、人工透析で通院が必要な人のための就業時間帯を制度化したことで、保育園の送り迎えがある子育て層も働きやすくなったという事例もあります。

「難病者」だけではなく「あらゆる人」にとって、働きやすい環境を整えたい

――難病者の方々が働きやすい社会にするために、どんなことを行っていますか。

重光:「難病者が働きやすい社会」とは、裏を返せばさまざまな制約を持った人が働きやすい社会です。難病者の方だけでなく、子育て中の人や、親の介護をしている人、シニア世代……。何らかの事情で働きたいけれど働けない人は多くいます。

今後、労働人口がさらに減少する中で、「誰もが働きやすい社会」をつくるために働きかけていきたいと思います。

もう1つ。「難病」という言葉にとらわれ過ぎないでほしいですね。特に企業の方には、その人の病気ではなく、就業意欲や能力に目を向け、その能力を活かすためにどんな働き方が考えられるか、という視点を持っていただけるとうれしいです。難病という制約があるからこそ、創意工夫や創造力をもって働かれている仕事仲間も大勢います。

先ほど、「両育わーるど」の活動の1つとして「間接的な支援」とお話しましたが、当事者が置かれている状況を可視化するサービスも始めています。

重光さんの1週間における15分ごとの稼働状況を可視化したもの。赤色のマスは病気の影響が強い時間帯。画像提供:特定非営利活動法人両育わーるど

重光:難病者の方が抱える慢性的な症状は、人によっては心身のストレスが大きく影響しています。このサービスでは、少しでもストレスを抑えて体調を安定させつつ、QOL(生活の質。「Quality of Life」の略)を上げることを目的に、毎日の自分の状態を細かく記録し、自分の「トリセツ(取扱説明書)」を作成してもらいます。

それを職場に提示することで、会社側も「病気があるので大変そう」ではなく、その人の症状にどんな特徴があって、どんな工夫をすれば働けるかを具体的に伝えることができます。それだけでも、互いに働きやすい環境づくりにつながると考えています。

確かに、難病者の方には健康な人とは異なるさまざまな身体症状があり、働く上では就業時間の調整をはじめ、一人一人に合わせた環境整備が必要です。でも、それさえ乗り越えることができれば、十分に働くことができるんです。

働きたい・働ける難病者の存在を、難病者も働けるという実態を知ってほしい。この思いを社会に広めるために、「RDワーカー」という言葉を創りました。RDとは希少・難治性疾患を表す「Rare Disease」の略で、固定した働き方が困難な難病者たちが実現する、時間的柔軟性や在宅勤務などを組み合わせた新しい働き方、あるいはこれらを実践する、誰もが働きやすい社会への先駆者となりえる人たちのことです。

症状の変動タイプを説明する表。ゆるゆる変動(数週間〜年単位の緩やかな波形)はフルタイム可・フレックス勤務が適している。そこそこ変動(2〜3日から1週間単位の中程度の波形)は時短勤務・フレックスが適している。せかせか変動(日内変動の激しい波形)は超短時間・スーパーフレックスが適している
難病者の症状変動に着目すると、RDワーカーは3つの就業時間タイプに集約できると考えられる

重光:自分の症状に合った働き方を知ることは、無理なく仕事を始めたり、続けたりする第一歩です。就業タイプを把握することで、自分らしい「働き方の選択」が可能になるでしょう。

雇用者側も被雇用者側も、難病について知り、「その人がいつ、どのくらいの時間働けるか」に着目することで、難病者の就労というものが変わっていくと思います。

難病者の方々が働きやすい社会をつくるために、一人一人ができること。

  • 「大変そう」「あまり動けないのでは?」など、無意識のうちに抱いている難病者への思い込みを払拭する
  • 一言で「難病」といっても症状や体調は人それぞれ。一人一人に合った環境を整える工夫が必要
  • 難病者自身が自分の特徴をまとめた「トリセツ」があれば、コミュニケーションはさらにスムーズになる

なんとなく使っていた「難病」という言葉にしっかりした定義があることを知り、一般的な解釈との乖離を感じたため、今回、「両育わーるど」に取材に伺いました。

お話を伺い、私自身が気づかないだけで、難病者の方は近くにいるのだと感じました。そして、そのことに悩んでいる難病者の方も多いことが分かりました。

難病者の方に限らずですが、「自分の身近にいる人が、よりよい環境で働くためにはどうすればいいか?」という視点を持つことが大切だと感じた取材でした。

特定非営利活動法人両育わーるど 公式サイト(外部リンク)

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