日本財団ジャーナル

【難病の子どもと家族、地域を紡ぐ】難病児の子育ては「えらいこと」ではなく「ふつう」のこと。18トリソミーの娘を育てる吉田さんの想い(連載第3回)

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左から吉田さんと取材中ずっと笑顔を見せてくれたたまきちゃん
この記事のPOINT!
  • 全国にいる難病児の数は25万人以上。そのうち約2万人が日常的に医療的ケアを必要とする
  • 難病の子どもを育てるのは大変。しかし、看護や介護ではなくあくまでも「子育て」である
  • 同情ではなく、難病児がいる社会を“ふつう”のこととして受け止めてもらいたい

取材:日本財団ジャーナル編集部

現在、日本には25万人以上の難病児がいると言われ、そのうち約2万人の子どもたちが日常的に呼吸器や胃ろう(※)などの医療的ケアを必要としながら自宅で生活を送っている。その傍らにいるのは、彼・彼女らの家族だ。

  • 病気やけがなどの理由で口から食事を摂れない場合に、胃から直接栄養を摂取するための医療措置のこと

その生活を想像したことがあるだろうか。医療機器の大きな音で目を覚まし、時には数分置きに痰の吸引を行う。呼吸器がきちんと動いているのか、常に気を張る。子どもの命をつなぐため、家族は気の休まるときもなくケアに追われている。

そんな難病児の家族を支えるために、日本財団では「難病の子どもとその家族を支えるプログラム」(別ウィンドウで開く)を実施している。特に力を入れているのが、地域密着型の拠点をつくる(別ウィンドウで開く)こと。日本財団では、難病児のみならず、その「家族へのケア」も社会課題であると捉え、日々の暮らしをサポートする取り組みを広げてきた。

しかし、身近に難病児やその家族がいない人たちにとっては、彼らがどんな生活を送り、一体何に困っているのかが見えてこないのも事実だろう。そこで今回は、実際に難病の子どもを育てながらも地域密着型の支援施設を利用している吉田彩(よしだ・あや)さんにお話を伺った。

私がしていることは看護ではなく「子育て」

吉田さんには2人の子どもがいる。姉のたまきちゃんと、弟のけいすけくん。たまきちゃんには国が指定する難病がある。

「たまきは『18トリソミー』という染色体の病気を持って生まれました。主な疾患としては、心臓に穴がある心室中隔欠損症(しんしつちゅうかくけっそんしょう)、気管の軟骨が発達しない気管軟化症(きかんなんかしょう)、そしててんかんです」

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初めての子育ては無我夢中だったと話す吉田さん

病気が分かったのは妊娠9カ月目のこと。発育の遅れを心配した医師の進めで検査をしたところ、18トリソミーであることが発覚した。

「まず無事に生まれるかどうか、そして生まれたとしても数日、あるいは数週間生きられるかどうか分からないと言われました。生まれてすぐにNICU(新生児集中治療室)に入って、半年間は入院していましたね。その頃は、毎日泣きながら病院に通っていたんです。『明日死んじゃうかもしれない』って」

退院してからのことを尋ねると、吉田さんは苦笑いしながらこう話す。

「最初の数年間は、ほとんど記憶がないんです。初めての子育てで、病院では医師や看護師がしてくれていたような医療的ケアを、いきなりただの母親である私がしなければいけなかったので、無我夢中だったんだと思います。私が何かミスしてしまったら、この子が死んでしまうかもしれない。そう思うと、とにかく必死で。サチュレーションモニター(※)のアラーム音が鳴るたびに飛び起きて、たまきのケアをしていました。とにかく目の前にある、やらなければいけないことに一生懸命向き合っていた気がします」

  • 人体の酸素飽和度を測定する医療機器

その間、つらいこともあった。同じように健常な子どもの子育てをしているママ友から、「尊敬します」と言われることがしばしばあった。

「確かにたまきには病気がありますが、私がやっていることは“子育て”なんです。ちょっと大変なだけで、他は何も変わりません。それなのに、特別視されてしまう。もちろん、みんな悪気があったわけではなく、私を励まそうとして言ってくれたこと。それでも、『尊敬する』とか『えらいね』と誰かから言われるたびに、まるで線を引かれているような気持ちになってしまいました」

支援施設を利用して変わった毎日。手に入れた“ありふれた”幸せ

けれど、現在の吉田さんは、当時のことをあっけらかんと話す。どこか吹っ切れたような印象を受けるほどだ。それはなぜか。いま、日常生活を“ふつう”に謳歌できているからに他ならない。

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吉田さんの自宅には家族の思い出写真がたくさん飾られている

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可愛く装飾された吉田さんの家族写真

そんな生活を送れるようになったのは、前述した地域密着型の重症心身障がい児支援施設「FLAP-YARD」(別ウィンドウで開く)のサポートを受けるようになってからだった。

「はじめはたまきを預けて大丈夫なのかな…と不安もありました。でも、思い切って預けてみたら、そんな心配なんて杞憂だったくらい何ともなくて。けいすけも保育園に入って、たまきもFLAP-YARDのお世話になり始めた頃のことは忘れられません。初めて2人の子が手を離れたので、おしゃれをしてお化粧もして、街に出掛けたんです。久しぶりにヒールを履いて、ただ歩き回っただけでしたけど、とても楽しかった。施設を利用することで、私も日常生活を楽しむことができるんだということ知りました」

以来、吉田さんは積極的にFLAP-YARDを利用するようになった。いまは週に2回、たまきちゃんを放課後等デイサービスに預けている。

「たまきは体が弱いので、人が多い場所にはなかなか連れていけないんです。そこで風邪でももらってきちゃうと、入院することになってしまいますから。でも、放課後等デイサービスで帰りが遅いときを狙って、人が多い場所にも出掛けています。それは私自身の楽しみにもつながっていますし、きょうだい児のけいすけのためにもなっています。たとえば、たまきの帰りが遅い日に、けいすけを連れてポケモンセンターに遊びに行ったり、スイミングスクールの送り迎えをしたり」

もともと、吉田さんはグラフィックデザイナーをしていた。けれど、たまきちゃんの出産後、ケアの大変さを知り、復帰を諦めたという。その頃を吉田さんは、「諦めることばかりだと思っていました」と振り返る。

「でも、FLAP-YARDを利用するようになって、別に諦めなくたっていいんだと気付きました。施設を上手に利用すれば、より“ふつう”のママと同じような生活を送ることができます。だから私は特別視されるのではなく、他のママと一緒なんだよ、と伝えたいんです」

難病児がいる社会が当たり前になるように

ただ、「たまきの将来のことはまだうまく考えられない」とも打ち明ける。

「先のことを考えないで、目の前にあることをただ一生懸命こなすことで乗り切れてきた部分もあると思います。だから、たまきの将来についても、正直、まだきちんとは考えられないんです。もちろん、いつかは描かなければいけないとは思っています。でも、いまはまだ目の前のことに必死になるのでいいのかなって」

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右から、笑顔を向ける吉田さんとたまきちゃん、けいすけくん

それでも、社会に対して願っていることはあるという。それはとても控えめで、シンプルなことだ。

「私たちのように難病の子どもを育てている家族のことを知ってほしい、なんておこがましいと思っているんです。この時代、みんな生きるのに必死ですし、過度にアピールするつもりもありません。それでも、もうちょっとみんなが余裕を持てるようになったら、そのときは、たまきみたいな子が存在していることが“ふつう”なんだと受け止めてもらいたい。優しくしてもらう必要もないし、特別扱いされたいわけでもない。ただ、普通にいるっていうことを理解してもらうだけでいいんです」

難病や障害のある子どもたちを前にすると、過剰に哀れんだり、特別視したりしてしまいがちだが、彼らは別世界の人間ではない。私たちと同じ世界に生きている存在なのだ。そこに線引きなど不要で、必要なのは、普通に関わり合い、他の誰かと同じように支え合っていくことではないだろうか。

もし街中で難病児とその家族を見かけたら、「大変ですね」「尊敬します」ではなく、友達のように気軽に「こんにちは」と声をかけてあげたい。それが当たり前になったとき、本当の意味でも一緒に笑えるはずだから。

撮影:永西永実

連載【難病の子どもと家族、地域を紡ぐ】

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