日本財団ジャーナル

社会のために何ができる?が見つかるメディア

【難病の子どもと家族、地域を紡ぐ】「感謝の輪」で“つながり”をもたらす、「難病のこども支援全国ネットワーク」が目指す優しい社会

写真
「難病のこども支援全国ネットワーク」で主任を務める本田睦子さん
この記事のPOINT!
  • 全国にいる難病児の数は25万人以上。そのうち約2万人が日常的に医療的ケアを必要とする
  • 誰かに助けてもらったら、また違う誰かを助ける「感謝の輪」が難病児とその家族を支える
  • 「知ろう」とする小さな行動から、みんなが生きやすい社会づくりが始まる

取材:日本財団ジャーナル編集部

どんな人にだって、生きていく上でつらい瞬間、苦しい瞬間は訪れる。そんなとき、そのつらさや苦しさを共有できる仲間がいることは想像以上の励みになり、ときには生きる活力にもつながる。

けれど、なかなかその“つながり”を見つけ出せず、社会の中で孤立してしまいがちな人たちがいる。それが難病児とその家族だ。

現在、日本には25万人の難病児が存在すると言われている。中でもおよそ2万人は日常的に医療ケアを必要としながらも、自宅で生活せざるを得ない状況に陥っている。

それを支えているのは、もちろん家族。常に呼吸器や胃ろう(※)などの医療的ケアに気を配る家族は、我が子のために睡眠時間を削り、娯楽に費やす時間もほとんどなく、子どもの命と向き合っている。

  • 病気やけがなどの理由で口から食事を摂れない場合に、胃から直接栄養を摂取するための医療措置のこと

時には、そんな環境への苦しさを吐き出したくもなるだろう。けれど、彼らは自分と同じ境遇の人たちと出会うきっかけがあまりない。そのため、この広い社会の中でどうしても孤立しがちだ。

そんな難病児とその家族を支えるべく立ち上げられたのが、認定NPO法人「難病のこども支援全国ネットワーク」(別ウィンドウで開く)だ。「難病の子どもとその家族にとって、明日への希望と勇気になりたい」という願いを胸に、日夜活動を続けている。

その活動内容や直面する現実、そして社会に対して望むことは何なのか。主任の本田睦子(ほんだ・むつこ)さんにお話を伺った。

「知らないこと」が分断を生んでしまう

「難病のこども支援全国ネットワーク」は普段どんな活動をしているのだろうか。

「活動がスタートしたのは30年ほど前です。難病児の親と医療関係者が中心となって立ち上げました。難病のお子さんを育てている親御さん、地域の人たちなどと連携を取りながら、当事者をサポートするための相談活動や交流会に加え、難病の子どもやその家族の暮らしについて知ってもらうための啓発活動も行っています」

写真
「まずは難病の子どもとその家族のことを知ってもらいたい」と話す、本田さん

難病の中には、原因も治療法も分からないものがある。そんな子どもを育てる親の毎日は、暗闇を手探りで進むようなものだろう。

だからこそ、「難病のこども支援全国ネットワーク」では相談活動を通じて、親の負担を減らし、同じような悩みを抱える人同士をつなぐ「お友だち紹介」も行っている。

また、啓発活動を精力的に行うのには理由がある。それは、難病児とその家族があまりにも「知られていない」からだ。

「難病の子どもとその家族、そして健常者家族との間に溝が生まれているのは、やはり『知らない』からなんです。たとえば難病児や障害児は特別支援学校に通うことがありますよね。そうすると、どうしても彼らの姿が見えづらくなってしまう。本当は身近なところにいるのに、どこか離れた存在になってしまうんです。だから、健常者は彼らの存在を知るきっかけを失ってしまう。すると、街中で難病の子どもや障害のある子どもを前にしても、どういう風に接したらいいのか分からなくなるんです。それが溝になってしまう。それを少しでも埋めるために、私たちは彼らのことを知ってもらう啓発活動を行っています」

また、難病児や障害児の実態を知らない人たちは、そのまま彼らを「かわいそう」と結びつけてしまうこともある。

「私自身も難病児の親でした。もちろん、育児はそれなりに大変だったんです。ただ、それを不幸だとは思ったことがなくて。でも、やはり周囲からは『かわいそう』だと思われていたように感じます。難病の子どもに触れたことがない人がそう思ってしまうのは、やはり『知らない』からなんですよね。本当は、難病の子どもを育てていても、すごく楽しい瞬間がたくさんあるんですけど」

難病児を育てていた経験が活動の原点

本田さんのお子さんはペナショッカー症候群(ぺなしょっかーしょうこうぐん)という難病を患っていた。医学書には「予後が悪い」と記載されており、本田さんのお子さんも亡くなってしまった。

その時の哀しみを軽はずみに「想像できる」などと私たちには言えないだろう。けれど、本田さんは前を向いた。

「子どもを必死に育てていた時、周りの方にすごく助けられたんです。同じように難病児や障害児を育てているお母さんたちとも仲良くなって、つながることで支えられた。その経験があったことで、『難病のこども支援全国ネットワーク』に携わるようになりました。いまは、同じような想いをしている親御さんを手助けしたいと思っています」

写真:定例ミーティングで対話を交わすピアサポーターたち
難病児や障害児を育てた経験のある人たちをピアサポーター(※)として養成し、相談活動を展開。写真は2020年6月に開催されたピアサポーター定例ミーティングの様子
  • 同じ問題を抱える人を仲間の立場で支援する当事者のこと

本田さんの胸にあるのは、育児中に出会った一つの言葉だ。

「当時、『サンクスサークル』という言葉を見つけたんです。誰かに何かをしてもらったとき、その相手に恩返しができなくても、また違う誰かに返すことで、『感謝の輪』がつながっていくという考え方を表す言葉です」

ちょうど病院から在宅での療育に切り替わるタイミングだったという本田さんは、子どもに何かあった場合に必ず救急車を呼ぶことになるため、担当の医師から「あらかじめ地元の消防署に連絡して、要請があったらすぐに病院に搬送してもらえるように伝えておくといい」とアドバイスをもらった。

しかし、本田さんはその言葉をありがたいと思いながらも、どこか引け目を感じていたという。

「けれど、『サンクスサークル』という言葉と出会い、救急車を呼ぶのを申しわけないと思うんじゃなくて感謝しながら利用させてもらい、自分に余裕ができた時に誰かにこの恩返しをすればいいんだと思えるようになったんです。それが、いまの活動の原点になっている言葉、考え方かもしれません」

自分が手助けしてもらった過去があるからこそ、今度は同じように悩む家族に手を差し伸べたい。そんな本田さんの想いは、さまざまな形で広がっている。

日本財団と日本歯科医師会によるチャリティー活動「TOOTH FAIRYプロジェクト」(別ウィンドウで開く)の一環で取り組むプログラムも、本田さんたちの熱意が形になった好例と言えるだろう。

例えば、サマーキャンプ「がんばれ共和国」(別ウィンドウで開く)は、毎年、さまざまな親子が参加する人気企画になっている。

写真
2017年に熊本県阿蘇市で開催された「がんばれ共和国」の参加者集合写真

「『がんばれ共和国』に参加するご家族は、本当にそれを楽しみにしてくれているんです。その日程に合わせて難病のお子さんの体調を万全に整えて、思い切り楽しんでくれる。きっとそれは難病のお子さんだけではなく、普段なかなか遠出がしづらい親御さんやきょうだい児たちにとっても意味があるんですよね。キャンプだと同じ気持ちを共有できる家族が集まりますから、誰もが気兼ねなくリラックスできて、大切な仲間と過ごす時間になっているんだと思います。一度、キャンプに参加しているきょうだい児の子とお話しする機会があったんですが、学校の友達には相談できないことも、キャンプに来ている同じきょうだい児になら話せる、と言っていました」

2020年は新型コロナウイルスによる影響で「がんばれ共和国」の実施は見送ることになった。しかし、楽しみにしている家族のため、オンラインキャンプに形を変え、WEB上で参加者が交流できる場を設けた。結果、参加者はみんなとても喜んでくれたという。

「毎年このキャンプを楽しみにしてくださっている方が多くて、改めて難病の子どもとその家族には“つながり”が大切なんだと実感しました」

写真
2019年8月に開催した「がんばれ共和国」の参加者家族。後ろ写っているのは、TOOTH FAIRYプロジェクトの一環で作成した車いすでも乗降可能な熱気球
写真
熱気球で空中散歩を楽しむ参加者家族

「がんばれ共和国」では、車いすのまま乗降できる熱気球で夢のような空中散歩体験を提供したり、2014年には山梨県北杜市に「あおぞら共和国」と呼ばれる難病児とその家族専用の宿泊ロッジを建設したり、気軽にレジャーを楽しむことができない難病児とのその家族のための支援に力を入れている。

写真
山梨県北杜市白州町にある「あおぞら共和国」
写真
TOOTH FAIRYプロジェクトの一環で山梨県歯科医師会、日本財団が建築を支援した「あおぞら共和国」の3号棟

誰もが暮らしやすい社会を目指して

そんな本田さんが社会に願うこと、望むことは何だろうか。

「私が望んでいるのは、とてもシンプルなことなんです。それは誰にとっても暮らしやすい社会が訪れること。難病や障害のある人たちが生きやすい社会というのは、すなわち健常者にとっても生きやすい社会じゃないですか。結果、みんなが生きやすいということ。そんな社会の実現を願っています」

写真:難病のこども支援全国ネットワークが実現したい未来を語る本田さん
誰もが生きやすい社会を夢見て、本田さんは未来を見据えている

誰もが暮らしやすい社会の到来――。本田さんが言うように、難病児や障害児、そしてその家族が生きやすいと感じられる社会は、きっと誰にとっても優しい社会なのだろう。その到来を拒む理由なんてないはずだ。

しかし、健康で何不自由なく暮らしていると、つい、生きづらさを感じている人たちのことが思考から抜け落ちてしまいがちでもある。では、そんな私たちに何ができるのか。

その1つは、やはり「知ること」だ。「知らないこと」は時として偏見にもなりうるだろう。難病児を育てる親に対し、「かわいそう」と思ってしまうこともそうだ。だから私たちは、彼らの現実を正しく知る必要がある。

同時に、彼らを支えるアクションを起こすことも大切だ。それは決して大きなことでなくてもよい。イベントにボランティアとして参加してみる。団体に寄付をする。情報を拡散する。話を聞いてみる。そんな些細なことが小さな波紋となり、やがては社会全体に広がっていくのだ。

難病児とその家族が生きやすい世界の実現。それは私たち一人一人の小さな行動にかかっている。

撮影:永西永実

〈プロフィール〉

認定NPO法人難病のこども支援全国ネットワーク(なんびょうのこどもしえんぜんこくねっとわーく)

1988年に難病の子どもを持つ親と医師によって設立され、その活動は電話相談からスタート。以来、難病や慢性疾病、障害のある子どもと家族の明日への希望と勇気の原動力になりたいという思いと共に、サマーキャンプをはじめとした幅広い支援を続けている。医療者や福祉、教育など、さまざまな専門家と、親による幅広いネットワークを活かした相談、交流、啓発活動、さらには、病児を育てた先輩保護者からなるピアサポーターの活動、病児の遊び支援、政策提言など、その活動は多岐にわたる。
認定NPO法人難病のこども支援全国ネットワーク 公式サイト(別ウィンドウで開く)

特集【難病の子どもと家族、地域を紡ぐ】